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 戻った別室では、
「まだまだこれで終わらないぜ!」
 涼司がモニターに笑いを零していた。
「協力を申し出た立場だが……」
 笹塚はノリノリの涼司に苦笑を零す。
「これはちょっと予想外だったな。山葉会長も、厄介な従兄弟をもったものだ」

――――

「は、恥ずかしいです……」
 右手でチャイナドレスの胸元を、左手で深く入ったスリットを押さえ、
「ちょっと大胆すぎじゃないですか……?」
 頬を紅に染めたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に抗議の声を上げた。
「流石ベア! スタイル抜群だし、メガネ外して髪を解くとすっごくセクシーだよね!」
「お世辞はいいですから、もうちょっと落ち着いた服装を……」
「何言ってるの、これくらいじゃなきゃダメダメ! だって、あのカイチョーだもん」
「そうですか……?」
 以前なら女の子であれば無問題だったろう。いや、今も変わっていないのだろうが、状況や心情は変わっている。
 やるからには徹底的に、そこまでいかなければ成功はありえないかもしれない。
「さあ、その格好で寄り添いながら食事だよ!」
「ほ、本当に行くんです、か?」
「もちろん!」
 背中を押され、強引にフロアへ。
 客の、主に男の視線を一身に集める。
「ベア、羨ましいくらい目立ってるね」
 自分もやってみたい! と考えてしまう美羽だったが、手にしたカメラのレンズを向けるだけに留めた。

 他方で。
 聡との面識はそれといってないのだが、念のためカジュアルな服装に身を包む二人。むしろ、水着姿が浸透しすぎていて、服を着ているだけでセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だとはわからないのではなかろうか。
「露出をもうちょっと多くした方がいいかな?」
「そのままで十分よ」
 今でもオフショルダーのTシャツとホットパンツ姿。露出の基準が少しおかしい。
「セレアナ、どうしたのよ? 少し素っ気無いわ」
「どうもしないわよ」
「もしかして……」
 パートナーの反応に何かに気付いたセレンフィリティは、
「セレアナも、もっと露出したものを着たいんでしょ?」
 対照的に黒いブラウスと七分丈のパンツ姿のセレアナ。
「……私はこれでいいわ」
「そう? 遠慮しなくてもいいわよ?」
 溜息一つ、セレアナは相方を先に促す。
「それよりも、作戦は考えているの?」
「ある程度はね」ウィンクを返して、「それじゃ、行ってくるわ」
 フロアに飛び出す。

 彼女達もまた、涼司に呼ばれた刺客である。
 二人は客の視線を集めるだけ集め、聡を挟むように座る。
「へ? 何が起きてんだ?」
 突然のことに泡を食う聡。
「えっと、お食事中ですか?」
「いや、まだだけど……」
「それじゃ、私が食べさせてあげますね」
 と言ってテーブルに視線を向けるベアトリーチェ。胸元からちらりと張りのある肌色が覗く。
「うっ……」
「あら? ご飯が無いです。これじゃ美羽さんの作戦が……いえ、何でもありません!」
 ついつい口に出してしまった名前を慌てて打ち消す。
 それを訝しく思う暇も与えず、今度はセレンフィリティが動く。
「あなた、天学の山葉聡よね?」
「ああ……」
「へぇ、意外とキレイな顔なのね」
 頬に手を沿え、艶かしく撫でる。
「ちょ、ちょっと!?」
「ごめんごめん。実物見るの初めてだからつい、ね」
 セレンフィリティの妖艶さがどこか日本のキャバレーを彷彿とさせる。
「ねえ、もう一度、顔を見せて?」
「いや、ちょっと、お姉さん……」
 殊勝にも顔を背けてしまう。なぜなら、オフショルダーのせい。下に目をやるだけで下着が見えてしまう。本当は水着なのだが、そんなことは関係ない。服の下に着けるから下着なのだから。
 両側からの肌色攻勢。これには色々な意味で縮こまるしかない聡。
「あの、聡さん?」
「聡、どうしたの?」
 身を寄せる二人。聡は今、理性の限界に挑戦中。
 身動きさえ出来ない窮地の状態に、助け舟が現れる。
「水のお代わりいかがですか?」
 物腰柔らかに水差しを掲げるウェイター、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)
「あ、すいません。ありがとうございます」
 天の助けか、聡はダリルとの会話を優先させるため前のめりに。そのせいか、隣の二人との距離が若干離れる。
「ご注文はお決まりでしょうか? 只今、こちらの限定メニューがお勧めになっております」
「いや、相手が来るまで待とうと思うので」
「それでは、御用の際はお呼び付けください」
 腰を丁寧に折り、戻っていくダリル。

 このダリルの行動。
 涼司から話を聞き、悪乗りとは逆に聡のナンパを阻止しようとした者もいたのだ。
 そしてダリルが居るなら、その主のルカルカ・ルー(るかるか・るー)もまた、客として潜入している。
「涼司も解任を望んでるわけじゃないと思うけど……これはちょっと酷だよね」
 手持ちの【シャンバラ電機のノートパソコン】で作っているレポートや、机に広げている参考書などただの飾り。ルカルカが注視しているのは聡の動向だった。
 画面内の別窓で開かれた動画。
 そこには深呼吸をする聡の姿が映し出されている。
 これはダリルがウェイターを装い、こっそりと仕掛けた隠しカメラからの映像だ。
 それを見たルカルカの指示でダリルが介入、という流れだったのだが、笹塚の目もあり、長くは使用できない。
 雅羅を狙撃した人物も瞬時に特定するほどの手錬。もう一度介入させれば、十中八九気付かれるだろう。
「それじゃ、ルカも混ざろうかな」
 パソコンをたたみ、用意していた黒長髪のカツラと黒のカラーコンタクトを装着。
 あわよくば、録画したデータを土産にできればと思うが、それは期待薄。笹塚がそれを見逃すとは思えない。
「ま、それはできたらってことにして」肉眼で聡を捕らえる。「聡も予想以上に頑張ってるよね」
 色気を押し出した二人相手に、まだ自分から声の一つもかけていない。
「これは案外、最後までいけるかもね」
 席を立つルカルカ。
 聡のナンパを防ぐため、もう一役買うつもり。
 その顔はとても楽しそうだ。

「ふう……助かったぜ」
 意識を逸らすことができ、冷や汗を拭う。
「俺には掲げた公約があるんだ。こんなところで反故になんてできないぜ」
 策謀のことは知らないものの、自分ではめた枷を自分で外す、そんな行為は心情に反するとして決意を新たにする聡。
 しかし、まだまだ状況は変わらない。
 横から尚も誘惑するベアトリーチェとセレンフィリティ。
「あの、食事を用意してもいいですか? 是非食べてもらいたいんです」
「ほら、向こうばかり見てないであたしを見てよ」
 最初の連携は上手かったのだが、良く観察するとこの二人、ちぐはぐに作戦を全うしようとしている。
 男を誘う経験など無いベアトリーチェは、美羽にいわれたことを素直に。
 ハイテンションを地で行くセレンフィリティは、自然に振舞うつもりが結局はテンションで。
 二人の手段は唯一つ、色仕掛けと言う点で繋がっていた。
 一度は翻弄された聡だが、これ対抗する秘策を見出す。
「わかったぜ! 要は見なければいいんだ!」
 聡は固く目を瞑る。
 しかし、そこにも罠は存在していて、
「聡さん?」
 左腕に感じる感触。
「聡?」
 右腕に感じる感触。
「くっ……」
 視覚を塞ぐことで、触覚が敏感になってしまった。
「なお更やばいぜ……」
 このような状況を無下にできる男などいない。
 女性特有の柔らかさに、又もや理性の限界を感じる聡。
 そこへ、
「あ、サクラ」
 誰かがそう言った。
「何っ、ちょっと待て! 何であいつがここへ!?」
 閉じた目を見開き、勢い良く立ち上がって辺りを探る。
 そこで見にしたものは、変装したルカルカだった。突然のことに驚いた様子を見せる。
「ど、どうかしました?」
「ふう、焦ったぜ」
 最悪の事態を避けられ、ドカッと座り直す聡。
 罠には罠を。視覚を塞いでいるからこそ有効な妨害手段。聴覚を刺激し、触覚を緩和したルカルカ。いい変化球だった。
「もうっ! さっきから何であたしを見ないのよ!」
 何度も誘っているのに乗ってこない聡に業を煮やし、
「こうなったらあの手この手で――」
 段々と本気度が増していくセレンフィリティ。
「セレン……」
 その言葉でハッと我に返って後ろを見る。ゴゴゴゴッと、セレアナが怒気を放っていた。
「セレアナ!? ちょっと、これはあのっ、ね? 落ち着いて!?」
「私は十分落ち着いているわ。そう、まだ、ね」
「怖いよ!? その言葉が凄く怖いよ!」
 嫉妬の炎を纏うセレアナ。
 何とか宥めようと、セレンフィリティは青ざめた顔でセレアナの背中を押して、
「わかったわ! 今からデートしましょう!」
 爆発する前に退散を決め込む。
 そして、ベアトリーチェもまた、
「やっぱり、駄目ですっ!」
 胸元を押さえて後ろに控える美羽の元へ駆け戻る。
 来ては去る人たち。
「今日はやたらと声を掛けられるぜ……」
 聡はまた、ぽつんと一人になった。

「ベア、急にどうしたの?」
「恥ずかしいです……それに、こういうのは良くないと思います……」
 彼女は良心と羞恥心の限界に到達していた。
「聡さんを騙すことはできないです……」
「うーん、後ちょっとなんだよね」
「でも、私は……」
 半泣き状態で懇願する。やはり、純情な彼女にはきつかったのだろう。
「ベアがそこまで言うなら、残念だけどこれまでだね」
 ホッと胸を撫で下ろすベアトリーチェ。
「その胸、すっごく目立ってたよ!」
「は、恥ずかしいから止めてくださいっ!」


 彼女達の他にも、又聞きで雅羅から話を聞いたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)と共に参加していた。
「あの、レティシアさん。“なんぱ”って何でしょう?」
「ふむ? フレンディス、お主はナンパも知らぬのか」
「殿方から仕掛けられる任務ということを雅羅さんに伺いました。受け身の任務なのですか?」
 ずれた質問。さすがフレンディスと言った所だろうか。
「私、最近葦原のどこへ出向いても『ドジッ娘忍者』と言われて……このままでは忍者さんとして失格になるような気がするのです!」
 今回の任務を見事遂行させ汚名返上を、と意思を固めているのだが、ナンパが何なのかわからず、スタートラインにも立てていない現状。
「マスターにご相談したら大変な剣幕で止められてしまったもので、レティシアさんにお願いするしかないのです」
 切実な表情に、悪戯心の働くレティシア。
「……よかろう、我が教えてやる」
 一呼吸の溜めを作り、
「ナンパというものは、異性に対して闘いを挑むことなのだぞ?」
 ある意味、合っている。
 しかも、言い切ることはせず、疑問系で囁くように。
 逆に強調された語法に、フレンディスも「そうなのですか」と信じきってしまった。
「さあフレンディス、決闘をしに行くのだ」
「はい!」
 というわけで、やってきた聡の眼前。
「山葉聡さん」
「今度はなんだ?」
 既に多くの人に声を掛けられ、耐性が付き始めている聡。今更、誰が来ようと動じず、またかと言った感じの対応になってしまっている。
 しかし、今回は少々趣きが違った。
「勝負を申し込みます!」
「……は?」
「私と決闘をしてください!」
 構えを取るフレンディス。
「いきなりどうしたんだ? それに、ここは店内だぞ?」
「店の外であればいいのですね。でしたら、そちらに移動しましょう」
 視線で外に出ろと促す。
 これは、期せずして誘導する形となった。
 ナンパ本来の意味とは違うが、異性を誘うと言う行為は成し遂げている。
 のだが、
「決闘するのは構わないが、今日は用事があるんだ。また後日にしてくれないか?」
「そうなんですか。それでは、日を改めます」
 ズコッとこける音が聞こえた。
「フレンディスよ! なぜそこで退くのだ!」
 見るに見かねて、レティシアが割り込む。
「決闘はお互い万全でなければ意味がないと、レティシアさんが仰ったではないですか」
 もしかしたら、騎士道とはそういうものだ、と教えたかもしれない。しかしこの任務は、今この時に起こさなければ意味がない。
 騎士道と任務、どちらを優先すべきか。
「……フレンディス、お主は忍者であろう?」
「そうです」
「忍者とは、何よりも任務を優先するものではないのか?」
 しばしの黙考。
「ああ、わかりました! 今、決闘をしなければいけないんですね!」
 少し頭が痛くなるレティシアだったが、気を取り直して視線を突き刺す。
「このポケポケ娘のせいでおかしくなったが、山葉聡! いざ、我らと勝負なのだよ!」
「二対一かよっ!」
 いつの間にかナンパという目的から離れ、彼女も愛する闘いへの参加を表明していた。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
 さっきまで色々な騒動に巻き込まれていたけれど、これは群を抜いて面倒な事態。
 ここで戦闘してしまえば、店や客にまで被害が及ぶ。
 かといって、席を外している間に待ち合わせ相手が来れば、己の職務放棄と疑われかねない。
 悩みに頭を抱える聡に、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)は気安げに話しかけた。
「ニーチャン、何か面白いことになってるな」
「全然面白くないぜ……」
「女の子二人に言い寄られて、俺にも分けてくれよ」
「できることなら、このまま二人とも持っていってくれると助かるぜ……」
「え、いいのか? ニーチャン太っ腹だぜ!」
 指を鳴らし、礼を言うアストライトが二人に向き直ると、
「オラと友達になろう!」
 先に話しかけていた童子 華花(どうじ・はな)が居た。
「ちょっ、ハナ! 抜け駆けか!?」
「だって、オラはお友達を作りに来たんだ」
「ハナはそうかもしれないが、俺は――」
「お姉ちゃんもお兄ちゃんも、お友達! お友達のお友達はお友達!」
 手を取り合う。
「ああ、もうっ! 勝手にちょろちょろ動くな! 周りに迷惑だろ!」
 いつの間にかお守り役をしているアストライト。
 華子の無邪気さに毒気を抜かれたフレンディスは頭を撫でる。
「お友達ですか、いいですね。仲良くしましょう」
「わーい!」
 両手を挙げて喜ぶ華子。
「フレンディス……だが、我はこれしきのことで靡かないのだよ」
「お姉ちゃんは、オラのこと嫌いなのか?」
 円らな瞳で真っ直ぐ見つめられ、
「そういうわけではないが……」
「ならお友達! 仲良く仲良く!」
「そうですよ、レティシアさん。こんなに可愛いじゃないですか。お友達になってあげましょう?」
「それじゃ、俺も友達だな! 遊びに行こうぜ!」
 ドサクサに紛れて、アストライトはナンパを決行。
「お主にナンパされても意味がないのだよ」
「“なんぱ”って、決闘じゃないんですか?」
「いや、普通は遊びに誘うものだぜ?」
「もしかしてレティシアさん……からかいました?」
 ようやく気付いたフレンディス。
「面白かったからつい、なのだよ」
 あっけらかんと答えるレティシアに、フレンディスは頬を膨らませて抗議。
「お姉ちゃんたち、仲が良い! オラも混ぜてくれ!」
「だから、そうやって人に飛びつくな!」
 和気藹々としてきた周りに、
「やっぱ、皆仲良くが一番だぜ」
 聡は改めて思った。

――――

「よくやったな」
 手持ちのカードを使いきり、涼司は従兄弟へと賞賛を送った。
「聡も生徒会長としての自覚が芽生えているみたいだ」
 レストラン前でその全貌を眺めつつ呟き、
「まだ試練は続くだろうけれど、頑張れよ」
 後ろ手を振り、かっこよく去ろうとした涼司。
「涼司君」
 それを止めたのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だった。
「リカインか。どうした?」
「どうしたもこうしたも……」
 開口一番、涼司を殴る。
「いてぇ! いきなり、何を――」
「それはこっちの台詞よ。あれだけ聡君にけしかけておいて、しらを切れると思って?」
「いや、それは、まぁ……」
「私は今、天学の生徒なの。その生徒会長がこんな目に遭わされて黙ってられないわ」
「そうだ! リカインは今、天御柱の生徒だろ。どうしてこの情報を知ったんだ?」
「ツァンダに残ってたアストライトに話を聞いたの。それに、加夜君にルカ君、美羽君。涼司君の親友がこれだけ揃ってて、勘ぐらないほうがおかしいわ」
「うっ、確かに……」
 話を持ちかけたのはいいが、そこから自分にアプローチが来るとは思っていなかった。
「何かやましいことでもあるんでしょ?」
「やましいことは無いんだが……」
 言いよどむ涼司に、リカインは爆弾を投げつける。
「そんなことだと、パートナーに言いつけるわよ?」
「ちょっと待て! それは反則だろ!?」
「それなら、後でちゃんと聡君に謝っておくのよ?」
「わかったぜ……」
 リカインに脅され、なんとも締まらない形で帰っていく涼司だった。