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リアクション
一
「そろそろ行かなくちゃ」
ため息と共に、北門 平太(ほくもん・へいた)はのろのろと立ち上がった。
「凹んでても、飯は食うんだな」
空になった皿を覗き込み、半ば呆れたように仁科 耀助(にしな・ようすけ)は笑う。
「し、食欲は別だもん……」
ぼそぼそ答えながら食器をトレーごと片づけ、ご馳走様でしたと厨房に一声かけた平太たちは、食堂の外で紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が高札を立てているところに行き会った。
「メールにすればいいのに」とはこの学校に来て平太が真っ先に抱いた感想であったが、明倫館はこういう古風な手段を好む。
「何かあったんですか?」
テストの延期をちょっぴり期待し、平太は尋ねた。
「読んでの通り」
コン、と唯斗は高札の板を軽く叩いた。
「<漁火の欠片>……?」
耀助が眉を寄せた。「それって、オレたちが入学する前の? ものすごーい美人の?」
「情報が偏っているみたいだけど、まあ、そうだ」
「漁火……なんて甘美な響き……ああ、お会いしてみたかった……」
耀助は目を閉じ、うっとりと呟いた。唯斗は無視することにした。
「ま、要するに、あの女が残した欠片を調べるから、手を貸せってことだな。もちろん、補習を受けてる人間は除外する」
平太の期待を踏みにじり、唯斗はあっさり言い放った。
「その欠片というのは、どんな物ですか?」
と尋ねたのは、平太のパートナー、ベルナデット・オッド(べるなでっと・おっど)だ。
「俺もちょっと見せてもらったことがある程度だからはっきりは言えないんだが、水晶の欠片みたいなもんだな。形や大きさはマチマチだが、手の平に収まる程度のモンだ」
唯斗は親指と人差し指を使って、大体の形を説明した。
ふと、ベルナデットは考え込んだ。
「……へーた。へーたもそのような物を持っていませんでしたか?」
「僕ぅ?」
「はい。入学式の日に」
「そうだっけ?」
「ミシャグジの洞窟の近くで拾ったと言ってませんでしたか?」
「――あ」
パン、と平太は手を叩いた。「拾った拾った。なんかキラキラした石。なんか役に立つかなーって、でもあれ?」
「場所も近いですし、可能性はあるのではないでしょうか?」
役に立つかもと思えば何でも拾ってしまう癖が、平太にはあった。
「そりゃあ大変だ。平太、――はテストだからベルナデット、取りに行ってくれ」
「ええっ!? 困りますよ、これから僕らテストなんですよ。ベルも受けるんです」
「でも、ベルナデットは試験をクリアしているだろ?」
そう、平太と違って実技も合格していたベルナデットは、本来なら補習を受ける必要がない。ただただ、平太の付添いのためだけに彼女は補習を受けていた。
「私は、へーたと一緒に試験を受けます」
「ちょっと待ってろ」
唯斗は真田 佐保(さなだ・さほ)を呼び出した。彼女はこの補習の責任者である。
「だったら、二人のチームは一番最後に回すでござる」
話を聞いた佐保は、あっさり解決策を出した。
「その間に届けて、終わってから戻ればいいでござろう?」
「預けて、試験受けてから戻るのは?」
間に合わなかったときのことを考え、平太は別の案を出した。
「大切な物なんだ。他の誰かが手に入れたりしたらどうする?」
と唯斗。
「私は、へーた以外に大切なものはありません」
ベルナデットはさっと平太の後ろに下がった。
そのやり取りを聞いていた耀助がカラカラ笑う。
「まあ、心配すんなよ。たかがテスト。死ぬわけでもなし」
「死ぬ?」
ギロリ、とベルナデットの緑の目が睨んだ。普段が優しげなだけに、凄味が増す。
「失言でした……」
耀助は肩を竦め、「ま、要するに、こいつ一人で受けるなら心配だけど、万一間に合わなくても他のメンバーがいるんだから、怪我だってしようがないってこと」
「それに、この調査は明倫館にとっても葦原島にとっても、この世界にとっても、とても大事なことだ。怠ったせいで、平太の身が危険に晒されたら、どうする?」
唯斗の言うことは一理あった。
平太の身を守るためには、周囲が平和であることが一番だ。そのために、今は平太の補習より、<漁火の欠片>を優先させるべきかもしれない――とベルナデットは判断した。
彼女は平太の手を握り、
「へーた、私は必ずテストの時間までに戻ってきます。万一戻れないとしても、追試には必ずご一緒します。その時は、たとえ世界が滅びる寸前であろうとも、あなたを優先します」
「……気持ちは嬉しいけど、世界が滅びそうならテストはないと思う」
というわけで、平太の入るグループは試験を後回しにされた。ちなみに耀助とパートナーの龍杜 那由他(たつもり・なゆた)は、「強すぎるから」という理由で別々のチームに割り振られたようである。
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