校長室
冬のSSシナリオ
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6 吉崎 樹(よしざき・いつき)が吉崎 睦月(よしざき・むつき)との出会いを思い出したのは、きっとあの時と状況が似ているからだろう。 パートナーは傍に居ず、ただふたりきり。 風の音がいやにはっきり聞こえていたのを覚えている。 先に話しかけたのはどちらだったか。自分だったと、思う。睦月は、呼び出されてもなおぼんやりと眠そうな目をしているだけで、何か言おうとはしなかった。 最初、彼を見て思ったことは『似ているけれど違う人』だった。無意識に、期待しないようにしていたのかもしれない。 なのに、耐え切れず空京の地に呼び出して。 話して、話して、結果、睦月が言ったのは。 『……誰だっけ?』 「…………」 あの日のことを思い出し、少しだけ苛立ちが再燃した。忘れることにする。 自分が弟の樹だと、言葉を尽くして話してもいまいち反応は淡白で。 これがあの兄貴? と思った回数、数知れず。 まるで別人みたいになっていたけれど。 だけど、それでも。 (兄貴は兄貴なんだよな) かっこよくて、優秀で、いつも樹の上をいっていた、あの憎たらしい――いや誇らしい、兄なのだった。 「なあ兄貴、覚えてるか? 最初に会った日のこと」 問いかける。返答はない。沈黙は肯定、なのだろうか。それとも思い出せないから黙っているだけか。後者のほうが、可能性は高いか。 なあ、と呼びかけながら顔を覗いて、「オイ」思わず手刀でつっこんだ。寝ている。立ったまま器用に、ぐっすりと。 「ふぁっ」 「ふぁっ、じゃねえよ」 「……おはよう?」 「昼だし」 「こんにちは」 「だから、そういう意味でもないから」 「すまん、ねてた」 見ればわかる、とため息を吐く。睦月は大きなあくびを零して、「お前顔変わりすぎだー」と言った。 「は?」 「会ったときだろー? 俺、全然わかんなかったぞー」 「寝てたんじゃなかったのか」 「夢の中で聞いたー」 どこまで本気かわからない言葉に呆れつつ、「兄貴も別人みたいだったよ」と返しておく。 「その割におまえ、すぐ気付いたなー」 そりゃそうだ。樹は、心の中で呟いた。 (あんたが変わったのは中身だったからな) 明らかな皮肉をまさか言うわけにもいかず、「弟だからな」とはぐらかしておいた。睦月は気付いた様子もなく、そうかー、と間延びした声で頷く。 「……あ。樹にも、変わってないところがあるぞー」 「え?」 「背ー」 ぽんぽん、と頭を撫でられた。下手すると女子よりも低い背は、樹が気にしているところである。 「…………」 「……あ、いや……」 「いいよ別に。変わってないのは事実だし……」 強がってみたが、感情は声に顕著だった。 「……すまん」 「いいってば。てか兄貴がデカすぎるんだ」 「俺は平均値だぞー?」 「…………」 「……あ。すまん」 もう強がる気にもならない。黙っていると、ふと引っかかるものを感じた。強烈な、既視感。ああそうか。 「……あー、これ。あの時と同じ流れだなー」 あの、再会した日にした会話とほとんど同じ。 「成長してないってことか? 俺ら」 もう、一年経つというのに。 だけど懐かしくて、少しだけ笑えた。 「この流れのあとはー……話題を変えようとして、俺の話をしたんだったなー」 そうだ。空白の時間、何をしていたのか聞きたくて、聞いて。 『こっちの苦労も知らないで、暢気に旅してたんだ、そうかそうか……』 『……んー? 何か言ったかー?』 『あ、いやいやいや。なんも言ってないぜ!』 『そうかー』 『楽しそうな毎日だったんだな! いいことだな!』 『んー。……あ』 『何?』 『楽しいことばっかりじゃなかったぞー。相棒が死んだときはきつかった』 『…………』 『しぬかとおもったー』 『生きてて良かったな』 『なー。強化人間にならなかったら即死だったぞー』 『…………』 気まずい沈黙が流れたのを、覚えている。 強化人間ってことはもしかして、と考え、匿うついでに契約し。 そして、今に至り。 「あっというまだったなー」 睦月が言うとおりだ。樹は首肯する。 「これからも俺の手がなけりゃ何もできない兄貴でいてほしいなぁ……」 「えー……本気かー?」 「冗談に決まってるだろ。これからもよろしくな」 おー、という睦月の返事はあくび交じりのものだった。