校長室
冬のSSシナリオ
リアクション公開中!
7 もうあと数日経てば、クリスマス。 そんな、ある日のこと。 南西風 こち(やまじ・こち)は、ショルダーバックの紐をぎゅっと握り締めて歩いていた。 辺りに、知った顔はひとつもない。 見知らぬ人が通り過ぎていく往来を、ひとり、目的のものを探して。 一軒目のお店に、欲しいものはなかった。 へこたれない。次へ行く。 二軒目のお店にも、見当たらない。 どうしてだろうか。探し方がへたくそなのか。だってそれは仕方がない。こちは、ひとりで外に出ること自体が初めてなのだ。もちろん、ひとりで買い物を済ませた経験だって、ない。 「…………」 ひとりで大丈夫だと思っていた。 自分ひとりで出来るのだと。 だけどどうやら思い上がりだったようだ。これ以上ひとりで探し回るのは効率が悪い。悔しいけれど、ここは大人しく人の手を借りよう。 だけど、店員さんに聞いても、未知行く人に聞いても、戻ってくる答えは「知らない」ばかり。 もしかしたら見つけられないのではないか。 『あれ』は、どこにもないのではないか。 不安になってきた頃、思い出した。 ここはヴァイシャリーの地。 人形師の――リンスの工房が、近くにある。 (あの人なら) こちの求めているものがどこにあるか、わかるかもしれない。 工房のドアを、そっと押す。キィ、と微かに軋む音を立てて、ドアが開いた。 「……おじゃまします、です」 小さく呟きながら、こちは工房に足を踏み入れた。小さすぎる声だったからか、まだ誰もこちの来訪には気付いてないようだ。静かな空間が広がっている。一歩踏み出すと、靴の踵が床とぶつかって硬い音が響いた。 リンスはどこにいるのだろう。「あの」声をかけてみた。返ってくるのは静けさばかりだ。仕方がないので見学して待つことにした。 壁際に寄って、棚に飾られた人形を――妹や弟を、見る。 どれくらい、見て歩いていただろうか。 「あれ」 声が、聞こえた。振り返る。湯気の立つマグカップを持ったリンスが立っていた。 「ごきげんよう、なのです」 ぺこり、お辞儀をする。リンスは工房の中を見回してから、「どうしたの?」と言った。ある程度の事情を察したようだった。 こちは視線を妹たちに移し、 「妹や、弟に、プレゼントをあげたい、のです」 ぽつり、呟く。 「でも、プレゼントをあげるのはサンタさんです……だからプレゼントを入れる靴下を、こちは買いに来ました」 サンタさんは、靴下に入る分のプレゼントを用意してくれるのだと聞いたから。 探して、探して。 靴下は、あった。 だけど、求めるものとは違った。 だって、どれも、普通の靴下で。 『あれ』が入るものとは思えなくて。 「妹や、弟に与えられる、あい、という温かい気持ちの入る靴下は、どこにあるのでしょう?」 あんな手を持つ彼だから、わかるのではないか。 縋るような気持ちで、答えを待つ。 リンスの唇が動いたとき、同時に、工房のドアが音を立てて開け放たれた。 「こち様! やっぱりこちらにいらしたんですね!」 アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)だった。 「マリア」 「だ、大丈夫ですか?」 「それは、こちのセリフ、です」 何せアドラマリアは息を切らし、周りも見えぬ有様で飛び込んできた。いったいどれほど探し回ったというのか。 ああいえ、とアドラマリアは何事かを言おうとして、「ひっ」リンスを見つけて息を呑んだ。そのままむせ込む。 「大丈夫?」 「す、みま、せ……!」 「何が。水、持ってくる?」 「いいいえ! お構いなく! それより、あの、あの時は暴走してしまい大変申し訳ございませんでした……!!」 「あの時」 「あの、その、春頃の……」 「……ああ、うん。……うん」 「す、すみませ……」 何の話かわからないが、どうにも雰囲気が微妙なものとなっている。 どうしたものかと考えて、こちは、リンスにしていた話をアドラマリアにもすることにした。 「靴下、ですか」 「はい」 アドラマリアは博識だった。考えるそぶりも見せず、「それはですね」と答えを告げる。 「こち様が、心を込めて、妹さんや弟さんのために靴下を編めばいいと思いますよ?」 「……え」 「そうすることで、靴下には、『あい』がいっぱい、入るようになります。というか、もう、……ああいえ、なんでもありません」 急に言葉を濁したアドラマリアに首を傾げるが、彼女は誤魔化すように「ですから手芸店へ参りましょう。毛糸を買って、編むのです」と提案をした。こちは、リンスを見た。 「人形師さんも、そう思いますか?」 「うん。すごく素敵な考えだと思うよ」 この人がそう言うなら、きっとそうなのだろう。 「ありがとう、ございました。 マリア。編み方、教えてください」 「はいっ。 ではリンス様、今日はこれで失礼しま――」 失礼します、とアドラマリアが言い切る前に、ドアの開く音。目を向けると、紡界 紺侍(つむがい・こんじ)が立っていた。 「ちわ。珍しいお客様っスね」 「プレゼントのアドバイスを、もらいにきたのです」 そうなんスか、と人当たりの良い笑顔で紺侍が言う。こちは頷き、彼を見た。今日も、彼はカメラを持っている。あのカメラで、去年写真を撮ってもらった。雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)と、ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)との三人で。そのときの写真は、写真立てに入れて飾ってある。見るたびあの日のことを思い出せる、大切なものとして。 今日も、頼めば写真を撮ってもらえるだろうか。 アドラマリアと、リンスと、弟妹たちもできるだけ、一緒に。 「写真、ですか……」 こちの提案にまず声を上げたのは、アドラマリア持自身だった。 「オレは構いませんけど。アドラマリアさんは」 お嫌で? 紺侍が軽く、首をかしげて問いかける。「う、あ」と言葉に詰まった。嫌、というわけではない。こちが誘ってくれた。それはとても嬉しく思う。ただその内容が、写真、だから。 「……悪魔に魂抜かれたりとか……されません?」 恐る恐る問い返すと、彼は「さァ?」と軽く言った。笑っている。あれは陥れる笑みなのだろうか。わからない。怯えて一歩後ずさると、笑い声がした。 「あはは。少なくとも、オレが知ってる限りじゃンなことはなかったっスね」 「そ、そうですか……」 「で、どうします?」 「えっ、と……」 まだ、心臓が不安にどきどきしているけれど。 でも、折角だし、という気持ちもある。 (そもそも私、悪魔じゃないですか。大丈夫、きっと彼らも同族からは取らない、はず……) 「お、お願いします……!」 覚悟を決めて、言ってみた。こちが、ぱたぱたとリンスの傍に寄り、くいっと彼のエプロンを引いた。 「人形師さんも、一緒に映りましょう」 「俺? いいよ、ふたり水入らずにしなよ」 「……だめ、ですか?」 「駄目じゃないけど」 「じゃあ」 「……はいはい」 「マリアも、早く。こっち、です」 「あ、はいっ」 こちの弟妹の並ぶ棚を背に。 真ん中にこち、こちの左にリンス、右にはアドラマリアと横に並ぶ。 「はいじゃァ撮りますねェー」 声の後、一拍の間。 かしゃり、シャッター音が聞こえた。ぱっ、と光ったフラッシュに、アドラマリアは目を瞑る。いまの光のお瞬間に、魂を取られてはいないだろうか。恐る恐る目を開けた。異変はない。ほっと胸を撫で下ろした。 「マリアさん、目ェつむっちゃってますよ」 「えっ」 「だからもう一回」 「や、や、今度こそ魂取られちゃいますから……!」 「取られねェっての」 「ええええ……!」 わたわたと慌てるアドラマリアを見たこちが、リンスと顔を見合わせて小さく笑っていた。