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リアクション
「どうして!? どうしてよ!? こうなったらはっきり言いなさいよ!? 私を取るの!? それとも義仲っ!?」
返答次第ではあなたを殺して私も死ぬからっ!!
「おーいユピリアさんー? よかったらこちらのこたつもそうしてくれませんかねー?」
陣の胸倉を掴み、がくがく振り続けるユピリアに向け、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は遠慮がちに声をかけた。
しかしユピリアは振り返らない。振っている陣の顔が土気色で完全に白目をむいているのにああして話し続けている様子からして、興奮のあまり何も見えてないし聞こえていないのだろう。
「あのー…」
それでも宵一は声がけを続けようとしたのだが。
「無駄ですわ宵一。彼女には聞こえていません」
向かい側で、やはりこたつに入っているヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)がため息まじりにそう言った。
「…………そう、だな…」
うすうすそんな気がしていた宵一も、あきらめてがっくり肩を落とす。
ひねっていた体を元に戻してヨルディアと向かい合わせになると、あらためてはーっと重い息を吐いた。
「まいったな。重いこたつを担いでここまで登ってきて、ようやくひと息つけると思った矢先だったのに、まさかこんなことになるとは」
「本当ですねえ」
ミカンもぐもぐ。
「しかもこのような地では、偶然通りかかる人など望めないし」
「そうですねえ」
ミカンもぐもぐ。
「俺もヨルディアもこたつの魔力に囚われて、出ることを考えるだけで脱力してしまう。残るは雪遊びをしていたコアトーだけだが」
と、視線をコアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)に投げた。
幼いコアトーはまだ宵一やヨルディアのハマっている状況に気付けていないのか、無邪気に背中から伸びた4本のアームで小さな雪だるまを作って遊んでいる。
ニルヴァーナ育ちのギフトだから、雪山登山で初めて見る雪景色にもものすごく驚いていた。雪そのものがめずらしくて面白いのだろう。
いずれ遊び飽きるか疲れて戻ってくるかもしれないが、コアトーでは宵一とヨルディアを引っ張り出すのは無理だ。そもそも近付いたら攻撃してしまうし。
「コアトーには近付かないよう言わなくてはな」
「そうですねえ」
ミカンもぐもぐ。
「って、おまえもミカンばっかり食べてないでもう少し真剣に考えろッッ!! このままだと湖にボッチャンしてそろって凍死だぞ!?」
「だって、考えるだけで疲労してしまうんですよ? 雪山ですし、救助が来るまで体力温存が一番ですわ。
あ、このミカン甘くておいしいですわ。当たりです。宵一もいかがですか?」
はい、どうぞ。
差し出された4分の1ほどのミカンにじーーーっと見入ったのち。
またも重いため息を吐き出しつつ、それを受け取った。
「ああ……こんな場所で本当に救助者が望めるのか…」
「それらしい方がいらっしゃると言えばいらっしゃるんですけどね」
「え゛!?」
ヨルディアの爆弾発言に目をむいた宵一の口からポロッとミカンが落ちる。
「どこだ!?」
「あそこです」
ヨルディアの指差した方角は、ちょうど雪原(湖)の真ん中あたりで、そこには1人の少年らしき人物が立っていた。
保護色みたいな真っ白い防寒コートで全身をくるんでおり、近くに張ってあるテントも雪のためか真っ白だ。
「き、気付けなかった…。一体いつからあそこに…」
「私たちがここへ来た、最初からですわ」
「気付いていたならどうして言わない!?」
「だってあの方、ずーっと動かないんですもの。助ける気がありましたらこちらへ来て問いかけてくださるはずですわ」
ヨルディアの判断は正しかった。
その少年、またたび 明日風(またたび・あすか)は彼らを助ける気なんかなかった。
というか、こたつで猫化という、彼らの置かれている状況を知った瞬間から、内心パニックを起こしていたのだ。
なぜなら彼は、サルナシの花妖精だから。
サルナシとは、またたび科またたび属のつる性植物のことを言う。またたびとは猫が大好きで凶暴にじゃれまくる植物である。
ただし、たしかにまたたびに属してはいるものの、成分は全く違うので猫に対する効果はない。
しかし明日風自身はそのことに気付けていなかった。(だって外見は19歳だけど、実年齢は2歳だし)
ネコミミの生えた彼らを見るだけで、全身が硬直してしまう。
猫=天敵
明日風の頭中では、猫まっしぐらにとびかかられて、猫ぱんちや猫ひっかきをされ、もみくちゃにされたあげくごろんごろん転がされてもて遊ばれる自分の姿が展開していた。
「釣りに来ただけなのに…。どうして猫が、たくさん……あんなに…」
しかもそのうち2匹の猫が、とうとう彼に気付いてしまった。
宵一にゃんことヨルディアにゃんこに見つめられ、ついに緊張が頂点に達した彼は、突然胸に抱き込んであった硬焼き秋刀魚を足元の氷面に打ちつけだした。
究極まで混乱してプッチンした人というのは、しばしばわけの分からない奇行に走ってしまうもんである。
ガコガコ、ゴンゴンめいっぱいたたきつけて穴があくと、また別の場所へ。
ひたすら氷に穴を開けることに集中する。
氷上に無数の穴が開き、秋刀魚がチビて割れて使い物にならなくなるころになってようやく心の均衡を取り戻した明日風は、今度は釣竿を用いた氷結結界――近付く敵がいたらサイコキネシスとグレイシャルハザードを用いて敵を撃退するというもの――の中に閉じこもってしまった。
「……だめだ、彼は助けになりそうにない」
手に持った何かをひたすら振り下ろし続けるという異様な行動に出たあげく、張り巡らせた釣り糸の中央で体育座りをして以降ぴくりともしない明日風に見切りをつけて、宵一は視線を戻した――ら。
「そうですわね」
と、超適当にあいづちを打ちながらミカンもぐもぐしているヨルディアの頭でピコピコ動くネコミミを見て、がたっと天板についていた手が落ちた。
「よ、ヨルディア……み、耳……耳が…」
「ええ。かわいいでしょう? コアトーによると、私、茶トラのようです。あ、宵一はキジトラみたいですね。ご自分では分からないかもしれませんのでお知らせしますが、とっても似合っててかわいいですよ。ね? コアトー?」
「お兄ちゃん、カワイイみゅ〜☆」
名を呼ばれ、雪だるまを作っていた手を止めて、コアトーがこっくりうなずいた。
「なぜ……どうして、こんなときまできみは…」
なに? のっぴきならない状況だと思ってるの俺だけ? もしかしてこいつら全然ヤバいと思ってない?
その場に両手をついて、2人のパートナーとの温度差を噛み締めていた宵一は、ようやく結論に達した。
他人はあてにならない。もはや自分でなんとかするしかないと。
「こうなったらあれだ! スキル神降ろし!!」
叫ぶなり、宵一は神降ろしを発動させた。
神の力を身に宿し、絶大な力を行使することでこたつから抜け出す宵一の目論見は、しかし残念ながらうまくいかなかった。
攻撃力の上がった光輝魔法をぶつけられ、こたつは衝撃に揺れたもののかすり傷ひとつつかない。
「だめか…」
ガックリ見るからに肩を落としている宵一を見て、ヨルディアはミカンを食べる手を止めた。
「そんなに出たいのですか? 宵一」
「さっきからそう言ってるだろう!! 何を聞いてたんだ!? きみは!!」
「そうですか。
まあ、方法がないわけではないのですが」
「あるのか!?」
「ええ、まあ。ただ、宵一のお気に召す方法かというと……かなりのリスクがありますので…」
ヨルディアの用いる言葉は要領を得ず、いまいち歯切れが悪い。
多分、このあたりで察しておくべきだったのだろうが、このとき宵一はすっかりテンパっていた。
「この際何でもいい! やってくれ!!」
「分かりました。あとで文句を言わないでくださいね。
コアトー、あなたも手伝ってくださいな」
コアトーがこっくりうなずくのを見て、ヨルディアはおもむろに藍鼠の杖を取り出した。
「猫にはネズミですわ! さあ、山ネズミさん、こちらへいらしてください!」
すると間もなくヨルディアの招請に呼応するように、ネズミの大群が現れた。
「どんな魔法であれ、本能に勝てるはずがありませんわ! さあ、ネズミを追って出るのです!!」
まるで何かに追われでもしているかのように自分たちの方へ押し寄せてくるネズミたちに、こたつ猫たちの目が向いた。
「ポポ〜!!」
「ポポポーーー!!」
かなり猫化の進んだ地元民たちがこたつから飛び出してネズミを追いかけ始める。
「やはり! イケますわ! コアトー、あなたも!!」
「やるですみゅ〜☆」
ヨルディアの作戦が成功し、にわかに活気づいたのを見て、コアトーも獣寄せの口笛を始める。
ネズミだけではなく、猫が好んで追いかけそうな小動物をもっと呼び寄せるために。
「おお……おお…! しんぼうたまらんっ!!」
ネズミを追いかける地元民たちの姿を見て、宵一もついに本能が魔法に勝った!
「それは俺のネズミだーーーーーっ!!」
こたつ布団をぱっとまくり上げて走って行く。
「出られてよかったですわね、宵一。でも絶対あとで怒ったりしないでくださいね」
雪の上、ネズミを追いかけてはしゃぎ回り、喜びいっぱい戦利品のネズミを口にくわえているキジトラ宵一を見ながら、ヨルディアはミカンをもぐもぐ食べていた。
「ちょっと! 何これ!!」
目の前、だだっ広い雪原に設置された一面のこたつとその周囲を走り回るネズミたち小動物を見て、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)
は思わずそう叫んでいた。
「何がどうなったの?」
全然わけ分かんない、と目をきょろきょろさせている美羽の横、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が鋭い声を上げた。
「美羽さん、あれを見てください!!」
そちらを向くと、首から上をこたつから出したタケシの姿があった。
そしてその同一線上に、パラミタヒグマの姿が……。
コアトーの獣寄せの口笛と小動物たちで誘い出されてきていたのだ。
きっと肉食獣への恐怖心からこたつから飛び出すに違いない、というコアトーの思惑どおり、パラミタヒグマの恐さを知る地元民たちは血相を変えてこたつから飛び出していったが、タケシは違った。
ぼへーーーっとこたつで脱力している。
さーっとコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の面から血の気が引いた。
「あんなの、前足の一撃でアウトだよ…。
タケシ! 早くこたつから出て!!」
「……んあ? あー、コハク。やほー」
「やほーじゃないからっ! 後ろ! 後ろ見て!!」
「えー? 後ろー? 何もないけど?」
「天板が邪魔してるからだよ! ちゃんと座って、見て!」
「出るのー? 寒いからヤダ」
もぞもぞとさらにこたつの中にもぐり込む。
パラミタヒグマはもうすぐそこまで迫っている。
「……ああもうっ!」
やきもきするコハクの横、美羽が飛び出した。
一気に走って距離を詰めるや高く跳躍する。
「やあーーーっ!!」
空中で一回転した美羽の必殺脳天かかと落としがあざやかに決まった。
「とどめ!」
着地とともに繰り出された後ろ回し蹴りが、頭を抱えて痛がるパラミタヒグマを吹っ飛ばす。
パラミタヒグマは雪原の上をごろんごろん転がった後、山に駆け込んで逃げて行った。
「おー。美羽、かっこいーー」
ぱちぱちぱち。
あくまでこたつのなかで、タケシが緊張感なく手をたたく。
「タケシ! 今こたつから出してあげるから――って、え…?」
振り返り、タケシを見て美羽は絶句した。
頭からにょっきり生えているネコミミもさることながら、両方のほっぺたから3本ずつネコヒゲが生えている。
それが、みょんみょん揺れていた。
「タケシ、それ…」
「ん? にゃに?」
「「にゃに」って、「にゃに」って言ったあーー?」
「にゃから、にゃんだよ?」
タケシ本人は異常さに全く気付いていないのか、美羽の反応こそおかしがって首を傾けている。
「たしかにかわいい……けどね」
コハク、苦笑。
「ネコミミ、ヒゲときたらきっと次はシッポだよ。そうなる前に急いでみんなを助けなきゃ。
コハク、ベア、手分けしよう。2人はほかの地元民たちをお願い」
「うん」
「分かりました、美羽さん」
2人はうなずき、それぞれ別のこたつへ向かって行った。
そこで地元民たちにヒプノシスをかけ、眠らせて、1人ずつ引っ張り出すことを始める。
「よし。じゃあお待たせ、タケシの番だからね。今引っ張り出して――」
と、歩み寄る。
そのとき、にゃごにゃごヒゲを整えていたタケシの表情が一変した。
「――シャアッッ!!」
敵意のこもった目で突然襲いかかられ、猫ぱんちや猫ひっかきを浴びせかけられる。
「シャシャシャシャシャシャシャッ!!」
「きゃっ!!」
「美羽!?」
聞きつけて顔を上げたコハクの前。
「何するのよ! 痛かったじゃないっっ!!」
美羽の怒りの蹴りを腹で受けて、どっかーーーーーんと吹っ飛ばされるタケシの姿があった。
「きゃーーー!! タケシーーー!!」
放物線を描いて落下した先に、あわててリーレンが走って行く。
「……あー…」
「美羽さんの足は、ヒグマも吹っ飛ばしますから」
ベアトリーチェがほおに手を添えため息をつく。
「ま、まあ……湖に落ちるよりは、いいよね。……たぶん」
そうコメントをしながらも、視線をそらすコハクだった。
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