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リアクション
美羽の蹴りを受けて吹っ飛ばされ、ごろんごろん転がった先。
「タケシ、大丈夫!?」
ようやく追いついたリーレンが声をかけると、むくっとタケシが起き上がった。
体じゅうについた雪を無言で払い落とし、そして一番近くにあった無人のこたつにもぐり込む。
「タケシ、まだ正気にもどってない…」
「ネコミミだけじゃなくてヒゲまで生えてきちゃってるからなあ。ちょっと戻るのに時間がかかるのかもね」
背後からそんな言葉がかかった。
振り返ると、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がいる。
「エース!」
「や。リーレン。救援に駆けつけたよ。遅くなってごめん。心細かっただろ?」
極上の花束を手渡され、リーレンは少し涙ぐみながら首を振って見せた。
「ううん。大丈夫」
「にしても、すごいなぁ。連絡もらったときはまさかって思ったけど、本当にみんな猫化してるよ」
こたつに入り、ネコミミとヒゲを生やしている人々を見渡して、エースは感嘆気味に告げた。
にゃごにゃご、にゃんにゃん。
こたつ布団の中で丸まったり、語尾に「にゃん」をつけて話していたり。
地元民は元がコロコロした体形の人ばかりだから、見ていてとても心がなごむ。猫好きにはたまらない光景だ。
「茶トラにキジトラ、サバトラ、クリーム。多彩だな。タケシは三毛か」
こたつに入り、ごめん寝をしているタケシの頭で、赤・黒・白のブチネコミミがピクピクしているのを見て、にやりと笑う。
「エース、何かよけいなこと考えてませんか? 彼らは呪いにかかってるんですよ?」
にわかに輝き始めた目の光とそのいかにもな笑みに鋭く気付いたエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が横から口を出した。
「僕らは救助に来たんですから、それを忘れないよう――」
言い終わるのも待たず、エースはビシッと指差し宣言した。
「タケシ! きみの愛くるしい姿に感銘を受けたよ! ぜひウチの猫カフェでのんびりにゃーんのニャンコ的天国、魅惑の食っちゃ寝生活を送らないか!」
「寝てますよ、彼」
「チッチッチ。甘いな、エオ。耳が動いているだろ? あれは寝てると見せかけて、しっかり周囲の音を聞き取っているんだ」
と、おもむろにエオリアが抱いていた本物の猫を受け取って、見せつけるように持ち上げる。
「このとおり、カフェの先輩ニャンコたちを連れて来たよー。さあ一緒に遊ぼう」
そしてタヌキ寝入りしているタケシの頭にぺったり貼りつけようと近付いたときだった。
「フーーーーーッッ!!」
カッと目を見開き、牙をむいて、タケシが威嚇のうなりを発した。こころなしか、髪の毛がふくらみ逆立っているようにも見える。
「あ、エース、近付いちゃだめ! さっき攻撃受けて気が立ってるからっ」
リーレンがあわててそでを引っ張った。
「え?」
「それに、近付いただけで攻撃されるんだよ。こたつから出ることをすごくきらってるの。最初はそうでもなかったんだけど、今は近付く人間は全員自分を引っ張り出そうとしてるんだって認識するみたい」
「そうなの? まいったなあ」
自分はともかく、猫を攻撃されてはたまらない。エースは猫をエオリアに返すとあらためてタケシの方に向き直る。
ふとリーレンは、奇妙な視線を感じてそちらを振り返った。
そこには、こちらへと近付く旧知の友達、師王 アスカ(しおう・あすか)と蒼灯 鴉(そうひ・からす)とオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)の姿があった。
「アスカ!」
「はぁい、リーレンちゃん。来たわよぉ」
リーレンが自分に気付いたのを知って、ボア付きのフードをかぶったアスカが足を止めてにこにこ笑顔で手を振る。
だが気になった視線の主は、その3人のいずれでもなかった。3人の後ろ、オルベールとアスカの間から顔を出している金髪の青年から送られてきている。
整った貴族的な顔立ちをどこか不機嫌そうに少しゆがめ、彼はリーレンをぶしつけに見つめていた。
(なんだろう……こいつ、初めて会ったはずなのに、なんかムカつく)
ひと目で他人にマイナス感情を持つのはめずらしい。ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)は彼なりに、内心ではとまどっていた。
相手のリーレンは見る限りただの女の子で、しかも救援コールをしてきた相手だった。不愉快に思う要素はないはずだ。
だが現実に、彼女を見てホープは機嫌を損ねていた。
いくら考えたところで、まさか夢の世界で何度か顔を合わせ、キスしたあげくグーパンくらった、なんていうことに思い当たるわけがない。しかしリーレンの方も、しっかり無意識的にホープからなんらかを――多分こっちは警報系――感じ取っているようで。
「……アスカの友達?」
すすす、とアスカに寄っていって、こそっと訊く。
「ホープ? リーレンちゃんとは初対面だったかしらぁ? 彼は私のパートナーよ〜。よろしくしてあげてね〜」
「アスカのパートナー」
じゃあ、仲良くしなくちゃ。
「あたし、リーレン・リーン。アスカの友達だよ。これからよろしくねっ、ホープ!」
できるだけ笑顔で、元気よくあいさつをしたつもりだったのだが。
その無邪気さが、さらにホープのいら立ちをあおる結果になってしまったらしい。彼は差し出された握手の手をとらず、金髪のツインテールを引っ張った。
「なんでおまえ、かつらなんかつけてんの」
――ピキッ!
次の瞬間突き飛ばされて、ホープは雪の中へ背中から突っ込んだ。
「ホープのばか! かつらじゃないもん! 地毛だもんっ!!
あーんっアスカー、ホープがひどいんだよ〜」
「なんですって〜?」
「大丈夫? ホープ」
「……なんか、前にもあったような気がするぞ、これ」
オルベールの手を借りて身を起こし、雪を払いながら、ホープはますます眉をしかめた。
「と、とにかくタケシをこたつから出しちゃいましょ。そのために来たんだからっ」
無言で互いをにらみ合うホープとリーレンの気をそらそうと、オルベールはことさら明るい声を出してそう言った。
「……で? 何か策はあるの?」
「そうねぇ。さすがに今の猫化したタケシじゃあベルの誘惑は効果ないでしょうし。第一、こんな寒いとこで肌をさらすなんてねえ」
「何が誘惑だ。通じたことなんか1度もなかっただろ」
即座に鴉がツッコんだ。
「うっさいわね! バカラス!! それはベルのせいじゃないわよ! 健全な一般男子高校生としてタケシがおかしいのよ!」
と、こちらでも犬猿の仲2人がにらみ合いを始める。
「アスカ! あなたもこのバカラスに何か言ってやってよ!」
だがアスカは残念ながら今後のからかいのネタ、こたつ猫タケシのスケッチに夢中で、それどころじゃなかった。
「んん〜、ちょっと待ってね〜。ささっと終わらせちゃうから〜。スケッチだけだから、5分もあれば十分よ〜」
あちこち移動しつつ、スケッチブックをめくってはさらさらと鉛筆を走らせる。
次に会ったとき、これで一体何をされることやら。……タケシ、アーメン。
「アスカ!」
「あきらめろ。ああなったらテコでも動かん」
「でも近付きすぎたらアスカが危険よ!」
「そうか? 俺はタケシの方がよっぽど危険だと思うが」
あいつのパレットナイフでの反撃はえげつないからな。
「……んもうっ」
「まあまあ。彼女も気がすめば、そのうち戻ってくるよ。
それより、どうやって出そうか。近付くだけで駄目ってことは、引っ張り出す手は使えないし」
うーん、とエースがほおづえをついて考え込む。
「とりあえず、平和的な手でやってみましょ!」
はずむ声で元気よく前に進み出たのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
ここへは着いたばかりだというのに、疲れはみじんも見せない。
「平和的な手?」
「そう。いきなり力ずくで引きずり出したりなんかしないの。何事もまずは交渉から、っと!」
宣言したルカルカはタケシのディフェンスラインギリギリの所まで接近した。即座に気付き、フーフーうなっているタケシと目を合わせる。
「タケシ、おひさしぶり。安心して。今日は個人として来たんだから。
それどころか、あなたにプレゼントを持ってきてるの! ぜひ受け取ってもらえたらうれしーかな?
今出して見せるから、驚いて攻撃とかしないでね」
ちゃんと前置きをしてから、非物質化していたこたつを物質化させた。
もちろんこれは普通のこたつ。道端でバーゲンセールしていたどこぞのあやしい呪いのこたつなどではない。
むしろそれよりずっと高級! 見るからに高級! どこからどう見ても高級な、光り輝く逸品だった。
「どう? タケシ。こっちのこたつの方がそっちより断然良く見えない? 足も天板もツヤツヤの紫檀づくりだし、こたつ布団だって100%水鳥羽根使用! 熱を逃がさないから軽くてあったかくて、スッゴク気持ちいいのよ?」
「そうか! そちらへ移して、徐々に呪いを体から抜くんだな!」
さあ、おいで! カモーーン! とこたつ布団を持ち上げて、チラリズムまで使って誘いをかける。
タケシはクンクン風に乗って届くにおいを嗅ぐようなしぐさをし、考え込むような間をあけたものの、結局プイッとそっぽを向いてしまった。
こたつ布団に顔をすりつけ、丸まってしまう。
「あら?」
「うーん。もしかすると、あのこたつになじんじゃったのかもなあ。猫とか動物って、自分のにおいがする物を好む習性があるし」
むうう、となったルカルカの視界の隅に、チラっとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の青い髪が入った。
ダリルはこたつ猫だらけの氷上を、無表情に見渡している。
「ダリル! そこでまるきり他人事な顔してないで、あなたも考えてよ!」
「なぜ?」
「なぜって……そのために来たんじゃない」
「俺は違う」
「え?」
「俺が来たのはタケシに確認したいことがあったからだ。
ルドラ関係の一件が身体と精神に及ぼした影響を知りたい。頭痛、眩暈、吐き気、違和感や気配、奇妙な夢を見ないか等を問診したいと思ったからこんな雪山くんだりまでやって来たんだが、それも無駄だったようだ。こんなに猫化が進んでいてはな」
「そんなの! あの直後に教導団が呼び出して、さんざんやって結論出てたじゃない! このままだと湖に落ちるかもしれないっていうのに何言ってんのよ! 今はそんな場合じゃないでしょ!?」
リーレンが非難するように叫ぶ。
「そうよ! タケシを心配する気持ちはないの!?」
ルカルカに言われて初めて気付いたというように、ダリルは「ああ」と視線を投げた。
「まあ、それも全くないというわけでは…」
「でもとるに足りないくらい少ないってわけね!
冷たい!! ダリルってば冷たいっ!!」
どーーーーーんとね。
「うお!?」
思いがけず突然突き飛ばされたダリルは大きくバランスを崩した。
足元がこたつの放熱で溶けた水浸しの氷上だったことも災いして、ツルツルっとすべる。必死に倒れまいとするあまり足をもつれさせたまま、タケシの入っているこたつとはまた別の、無人のこたつへ頭から突っ込むハメになった。
「ダリル!! って……あらあ」
掴み止めようとしたものの甲斐なく失敗した手を所在なくニギニギするルカルカ。
ダリル・ガイザック、二重遭難決定。
原因:パートナーからのツッコみ。
数分後。
「あらやだ、かわいい」
にまにましながらルカルカはこたつでうつ伏せになり、不機嫌そうにほおづえをついているダリルを見下ろした。
ロシアンブルーのネコミミが神経質にピコピコ動いている。
「ほんとに直に生えてるのね」
ツンツン引っ張ってみたら、体温が伝わってきた。
「……に、似合ってるよ、ダリル。うん。心配しなくても…」
エースは必死に吹き出しそうなのをこらえてフォローを入れるが、耐えきれず背中を向けてぶぶぶっと吹き出す。
「エース、失礼ですよ。それは」
と言いつつも、エオリアだって口元が緩むのを押さえきれない。
「そんな心配などしていない! ――くっ、力が入らん」
殴ってやりたかったが、匍匐前進すらままならない身では歯噛みするしかない。
ひたすら視線で「これ以上何か言ったらコロス」と殺意を伝えようとするダリルの上に、そのとき人影が落ちた。
「ミイラとりがミイラになるとは。とんだ醜態だな」
メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が無表情で見下ろしていた。
無表情なのだが、どことなく口端が上がっているような、目が嗤っているような…。
「きさま」
「おっと」
引っ張り込もうと伸びた手を、ひょいとかわす。
「そうはいかないよ。私はそういうのはごめんだからね」
「――くっ」
歯噛みするが、メシエは完全に彼の手の届く域を抜けている。
何か言い返そうにも全くメシエの言うとおりで、反論の余地がなかった。
そこに、リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が近付いた。
「ふうーん。ダリルは人の意識が強いのね」
「まだ入ってそんなに時間が経過してないからだろうな」
「じゃあこの手が使えるかも」
にんまり笑うリリアの足元には、大量の本物の猫たちが…。
「せっかくこんな寒い場所へ遠出してきたんだもの。おまえたちも活躍したいわよね。
さあ、入ってらっしゃい。温かいおこたよ!」
リリアの指示で、猫たちは一斉にダリルのこたつへ突撃をかけた。
「わっ! 何を!?」
驚愕するダリルの前、猫たちは次々とこたつ布団の隙間からもぐり込んでいく。
あっという間にこたつは猫でキュウキュウになり、ふくらんだこたつ布団の下ではひっきりなしにニャーニャーニャーニャー猫の鳴き声がしていた。
「これは一体何の真似だ!? リリア!?」
あわてふためくダリルにリリアが得意満面答える。
「おしくらまんじゅう効果でこたつの中の温度を上げるの。猫はそれ以上猫になりようがないから、呪いは効かないわ。のぼせて、自主的に出たくなること請け合いよ」
「いや、これは呪いで出られないんであって、べつに俺が出たくないと思っているわけじゃ…」
しかしリリアは聞いちゃいなかった。
「さあ猫ちゃんたち、ダリルにそのふわふわな体をこすりつけたりあちこちアマガミしてあげなさい!」
「うわ、ばか、やめ、ちょ、そこは…っ!?」
にゃーにゃー
なーなー
うなんごろん
またまた数分後。こたつという限定された空間で猫たちに翻弄され続けた結果、大幅に体力を消耗し、腕1本持ち上げられなくなったダリル猫はおとなしくエースたちに引きずり出されたという――――。
しかたないね。
「でも本当に猫になっちゃうのね。全ニャンじゃなくて半ニャンだけど」
ダリルの入っていたこたつをじーーっと見つめるリリアの心を読んだように、メシエが言った。
「きみは近付くのも禁止だ、リリア」
「何よ、それ!」
しっかり釘を刺しておかないと絶対彼女はやる、という、いかにもな態度にリリアが顔を真っ赤にして怒りだす。
そこにエオリアが割り込んだ。
「はいはい。まだ救助は終わってないんですからね。雑談はそこまでにして、これを持ってください、メシエ」
2人が言い合うのはいつものことと、全く気にしたふうもなく、ロープと鳥の羽で作ったお手製ねこじゃらしの1本を彼に差し出した。
「何だ? これは」
とたんメシエの眉がひそまる。
「ねこじゃらしです。ねこをじゃらして遊ぶための物です」
「それは見れば分かる。……まさかそれを私にしろと?」
「いけませんか?」
エオリアは真顔で問いに対し問いで返す。うっと詰まったメシエに、さらにたたみかけた。
「何を躊躇することがあるんですか。毎日エースっていう猫と遊んでいるじゃないですか」
そうして強引にロープの端を握らせたエオリアは、にやりと笑う。
「サボりは許しませんよ。きっちり監視させていただきますからね」
エースたちがねこじゃらしを手にしているのを見て。
「やっぱりみんな、考えることは同じってことね。猫っていったらねこじゃらしだもの!」
オルベールはうんうんうなずきつつ、持ってきたねこじゃらしをリーレンに手渡した。
「何? これ」
「これでタケシの気を引くの。ベルたちがそうしてる間にバカラスたちがこたつを移動させるって作戦よ。タケシが動けないならこたつの方を動かしちゃえばいいのよ!」
「あっ、そーか!」
ピンときて、リーレンが笑顔になった。
「これならきっと、タケシを出せるよね!」
「きっとね。
さあ、やりましょ!」
こうしてタケシたちこたつ猫救出作戦は実行された。
「ほーらほら、にゃんこちゃんたち。見て見て〜、面白いでしょ?」
手が届きそうで届かない位置で、ベルのねこじゃらしが振られる。
ふりふり、ふりふり。
猫には無視できない、魅惑の動き。
その動きにこたつ猫たちはそれまでしていた動きを一斉に止めて、そちらを向いた。
じーーーっと見つめる。
「どう? 我慢しないでいいのよ?」
ふりふり、ふりふり。
「……ポ、ポポ〜?」
生ツバごっくんする彼らに、さらにリリアが誘惑をかけた。
非常袋から取り出した懐中電灯を氷上に向けて、光でできた輪をひらひらぱっぱと移動させる。
「ふふふ。捕まえたいでしょ。追いかけてもいいのよ。さあ出てらっしゃい」
「ポポポ〜〜〜」
「にゃにゃ〜〜ん」
まるで見えない糸に引っ張られているかのように、ふらふらと誘い出される地元民たち。目はねこじゃらしと光の輪に釘づけだ。猫まっしぐらに遠くのこたつから駆けてくる者もいる。
そしてそれはタケシも例外ではなかった。
こたつから這い出る様子はなかったが、両手をにぎにぎさせ、ふりふり思わせぶりな動きをするベルとリーレンのねこじゃらしに合わせて首が動いている。
「――よし。そろそろやるぞ」
こたつの後ろに回り込んでいた蒼灯 鴉(そうひ・からす)がホープに合図を送った。
「了解。ちゃんと呼吸を合わせて動かしてよ。俺、あんまり力仕事って得意じゃないんだから。
……にしても。あー早く帰って兄さんの料理を食べたい…」
最後は自分にだけ聞こえる独り言でぼそっとつぶやいて。
2人はそろそろと音をたてないように動いて距離を詰め、こたつの足を持ちあげ移動させようとしたのだが。
「これは!?」
足はがっちり氷に貼りついて、1ミリも持ち上がろうとしなかった。
「重ッ! たかがこたつの重さじゃねーぞ? これ!」
「こっちもだよ、鴉。全く浮かない」
『一度設置したらそこから動かせない仕様になってます〜。不用意に体がぶつかって、盤上の飲み物やミカンかごを転がさないためです〜。よくありますよね〜、そういうの』
という、なぞの占い師のよけいなおせっかいによるものだったが、そんなこと、鴉やホープたちが知るはずもないことである。(おのれ、なぞの占い師!)
「くそっ! びくともしやしねえ」
それでもなんとか少しでも動かそうと引っ張っていたら、どうやら振動が伝わりでもしたのかタケシがくるっと振り返った。
「鴉、タケシがこっちに気付いた」
「チッ、しゃーねえ!」
鴉はオーダリーアウェイクを発動させた。
こたつの足を握り、強引に引っ張り上げる。
こたつの足は魔法で氷から剥がせなくても、氷にそれだけの耐久力はない。メリリと音をたて、氷が割れた。下から湖の水がにじみ出てくる。
「うらあっっ!!」
浮き上がったこたつをそのまま横にぶん投げる。
だがオーダリーアウェイクの怪力をもってしても、動かせたのはせいぜい2メートルというところだった。
ドゴンッ! と、まるで数十トンの鉄球でも落ちるような音と振動で、こたつは氷上に落ちる。
「なんて、重さだ……ったく!」
ぜいぜい息を切らせる鴉。
しかし彼のおかげで、タケシとこたつを分離することには成功した。
「……あれ? 俺、どうして…?」
「タケシ!! 良かったぁーーーっ!」
座わり込み、頭に手を添えているタケシの元へリーレンたちが駆け寄る。
「とにかくタケシを移動させろ! また元のもくあみになっちまうからこたつに近付かせるな!」
「分かった!」
鴉の指示で、まだ酩酊状態のタケシをホープとオルベールがこたつのない雪原の方へ引っ張って行く。
「ふうーん。こたつのなかではカギシッポまで生えてたのね〜。あとでスケッチに付け加えとかなくちゃ〜。
それにしても、あれ、どうしようかしら〜? 特大サイズの油絵っていうのもいいわね〜」
彼らを横目に氷術を用いて割れた氷を補修しながら、アスカがうろんなことをつぶやいていた。
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