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炬燵狂想曲

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炬燵狂想曲

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 ちなみに今ここに、倒れてドクドクと血を吹き出す朝斗を気にかけるような人間は1人もいない。
 ルシェンもアイビスもちびあさも、こたつ猫と化してて外へ出られないし。
 朝斗の命はこのまま風前のともしびかと思われたが。



「あーあー、まったくだらしないわねえ〜」
 ジャッと雪を蹴って散らし、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)がこの場に到着した。

「おい、大丈夫か? 朝斗」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が駆け寄って、白目をむいてる朝斗を抱き起す。
 ざっと見たところ鼻血を吹いてるだけだと分かって、とりあえずハンカチを突っ込んだ。

「真司〜、そんなことよりこっちを手伝いなさいよ〜」
「ヴェルリア、朝斗を頼む」
「分かりました。向こうの方へ移動させておきますね」

「で、一体何をするつもりなんだ?」
 気絶している朝斗をヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)に託して、ざくざく雪を踏みしめながらリーラへと近付く。
 うさんくさそうに見る彼に、リーラはポケットからぽいぽいカプセルを取り出して見せつけた。
「なんだ?」
「今から出すから、グラビティで支えてよね〜」
「え? 何を――」

 返事も待たず、リーラはぽいぽいカプセルのスイッチを押した。
 ボンっとふくらむような感じで中から飛び出してきたものは――――……


「創世運輸のトラック!? なんでこんな物ここに!?」


「いいからほらほら。早く持ち上げないと、氷が割れて湖に落っこちちゃうかもよ〜?」
 タイヤの下で早くもピシピシ氷の割れる音がして、ひびが走り出していた。
「……くそっ」
 真司はグラビティコントロールを発動させ、トラックを浮かせる。
「やけに重いな」

「そりゃそうよお。荷台に満タン詰まってるもの〜」
 後ろに回ったリーラがずるずる引き出してきたのは、まるで放水車についているような放水ホースだった。
 顔にはポータラカマスクを装着している。
「……ちょっと待て。おまえ、何する気だ?」
 いやな予感がビンビンきて、眉を寄せる真司の前。
「いっくわよお〜!」
 ホースを腰だめに構えるや、指で弾くように金色のノズルについていたスイッチを跳ね上げた。
 まるで荒馬のようにうねって跳ねるホースを押さえ込むリーラ。
 その手元から放出されたのは、大量の液体だった。

「なんだ!? これは!?」
 仰天し、顔を押さえた真司の前、リーラは高笑う。
「あんなに大勢いるのに、1人ずつ救助なんて効率悪いじゃなーい。これなら一網打尽よ〜!」
「違う! 俺が言いたいのは、何の臭いだこれはってことだ!!」

 放水の音に負けまいと怒鳴る真司に向かい、リーラはあっさり答えた。

「超濃縮ミント汁、原液100%!!」

「おま…っ! なんでそんな物っ」
「あ、言い忘れてたけど、ヴェルリアから防毒マスク借りてかぶっておかないと、これかかったら猫じゃなくても涙と鼻水でグシャグシャになるわよ〜」
 悪びれた様子もなくカラカラ笑って、リーラは放水をこたつに向けた。


「さあ猫ちゃんたち〜、水増ししてごまかしたりしてないから、存分に味わいなさーーい〜」


 リーラの救出(?)作戦は、おそろしく凶悪で滑稽だった。
 大量の放水の直撃を受けたこたつ猫たちはこたつにしがみつくこともできず、氷上をツルツルすべって否応なくこたつから放り出される。
 たとえ直撃を受けなくても、ちょっと浴びただけでその強烈な刺激臭に鼻と目を押さえ、涙と鼻水まみれになりながら転がって、反撃をするどころではなかった。

 ただ、氷上にこたつはたくさんあって、どうしてもリーラの放水が届かない箇所ができてしまう。
 救出作業にあたっていたコントラクターたちは、リーラのとんでもない作戦を知って、ミント汁の届かない場所まで退避していた。

「あそこへ逃げ込まれたら同じじゃないか?」
「ふっふ〜ん。この私に抜かりはないわよ〜」

 きらんと光ったリーラの目が、後ろを向く。

 そこには噴霧器を背負ったクロウディア・アン・ゥリアン(くろうでぃあ・あんぅりあん)グラナダ・デル・コンキスタ(ぐらなだ・でるこんきすた)の姿があった。

「さあ、やっちゃってちょうだい〜」
 リーラの合図で、2人は放水されているミント汁を浴びないように気をつけながら風上から回り込んだ。

「……こんな重たい荷物運ばせたの、こういう意味があったんだな」
 グラナダがぽつり言う。
「猫は臭いに敏感だからな。
 あ、念のため言っておくが、地元民の入っていないこたつの中にも噴霧するのだぞ。もぐり込まれないようにするためにな」
「分かった。
 ……あ、でも」
 と、何か思い出したように立ち止まる。
「これってテラーもやばいんじゃ…? テラーにかかったらやばいよね?」

 グラナダは何もかも、テラーを中心に回っている。言い換えれば、テラーさえよければ結構ほかはどうでもいい。
 それはクロウディアも同じだった。

 うーん、と少しの間考え込んで、そっけなく肩をすくめた。
「もう遅いな、おそらく。さっきから姿が見えん」
「え!? それってやばくない!?」
「しかし怒ったり、苦しがっている声も聞こえん。案外あのテラーのことだ、最初の放水が始まった時点でさっさと逃げているかもしれんな」
「あ、そーか。そうだね。あのテラーのことだもん」
 ほっと胸をなで下ろす。
「うむ。ドロテーアのやつもついている。あやつがそばにいる限り、テラーを危険な目には合わせるはずがない」
 クロウディアのこの言葉に納得して、グラナダはほっと表情を緩めた。
「よし! じゃあ遠慮することないな! じゃんっじゃんかけてやろう!!」

 2人は噴霧作業を開始して、こたつ猫たちの追い立てに入った。



 ちなみに追い立てられた地元民たちは、ミント汁のせいですっかり混乱していた。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、一目散に逃げ出す。
 そしてその先は、あろうことか幽那が植樹研究している方面だった。

「あっお祖母ちゃン、なんカ、大勢来るヨ!」
 枝に座って湖の様子を見ていたハンナが真っ先に気付く。
「え? そんな、困るわ。まだ研究は終わってないのよ」

『こーれはとんだハプニングだーっ! パニックを起こしたこたつ猫たちが、こっちへ向かって走ってくるぞー? はたして植樹された植物は守りきれるのか!? それとも踏み荒らされてしまうのか!? ハイ、ここで90秒のCMタイム! でもチャンネルはそのままっ!!』

「いつまでもばかやってないで、あなたも手伝いなさいな」
 木の根元で抱き枕を手にごろりと横になっていた帰蝶が、トライデントの柄で不思議の国のアリスの頭をこつんとすると、よっこらしょ、というふうに立ち上がった。
「ああ面倒くさいですわぁ。戦わずにすみましたら、それが一番ですのに〜」
 そうならなかった現実を嘆くように、ふうと息を吐いて。

「アリス、ハンナ。相手はほぼ戦闘力ゼロのにゃんこたちですわ。あまり手荒に扱ってはいけませんよ? 向かってこられても受け流しましょうね」
『はーい』
「え? ワタシもするノ?」
 驚きつつも木から飛び下りてくる。
 もうすぐそこまで迫った地元民たちの前、3人は幽那の植物を守るべくかまえた。
 


 一方湖では。
「ほーらほーら猫ちゃんたち〜、こたつに執着してると、痛〜いミント汁まみれになっちゃうわよぉ〜」
 相変わらずリーラが、豪快な救出作戦を敢行していた。

 氷上を流れるミント汁のせいでコロコロコロコロ転がりながらすべって行く地元民たちを見て、リーラは愉快そうに笑う。
 と、ノズルから出るミント汁の勢いが見るからに弱まった。加減も考えず全開でぶっ放すから、早くも使い切ってしまったのだ。
 しかしリーラのすること。抜かりはない。
「ヴェルリア。あなたのトラック用意して〜」
「え? もうそっちは使い切ったんですか?」
 ちょっと飽きれながらも、ヴェルリアは非物質化してあったトラックを物質化して、リーラのトラックから自分のトラックのタンクへとホースを移し替える。
「じゃあこっちはもういらないな」
 真司がトラックを安全な場所へ移そうとしたときだった。

 ――ビキビキビキビキビキビキッッッ!!


 激しい亀裂音が湖の中ほどで起きた。

「……なんだ? あのいやな音は」
 こわごわ肩越しに音のした方を振り返る。
 そこには、真司の想像したとおり、巨大な穴が出現していた。

「なんだと!?」


 救助に来た者はだれも知らなかったが、またたび 明日風(またたび・あすか)が心身の安定を図るために氷に無数の穴を開けていて、それがくさびの役割を果たしてついに崩壊したのだ。
 リーラの放水も、これをかなり促進する役割を果たしていた。

「一体いつの間にっ!?」

 目を瞠る。
 しかし、事態はこれだけではなかった。

 1災起これば2災起こるとはまさにこのことか。
 バキン!
 とこたつが不吉な音を立てた。
 ぶち当たってくる放水の圧力に耐え切れず、こたつの足下の氷がもげたのだ。
 これもやはり、ミント汁によって氷解が促進されたのも原因の一端だったろう。

 このこたつは魔法によって超重量化していたが、そんなもの、水をはさんだ氷同士のゼロ摩擦には一切関係なかった。


 ミント汁で雪の解けた氷上はよく滑るアイススケートリンクと化し、こたつはコーヒーカップさながらに回転しながらつーるつーる滑って、湖に開いた大穴へ次々落ちていった。
 もちろん、流されるのはこたつ猫もたちも同じ。
 そりゃもう勢いよく、どぼんどぼんと落っこちていく。


「なっ……なな…」
 まさかこんな事態になろうとは。
 絶句し、蒼白して見ている真司の前で、リーラは豪胆にも笑った。
「見て見て〜真司。みんなどんどん落ちてくわ〜。人間がゴミのようよ〜」

「違うだろ!!」
 そのとき、真司の視界をとあるものがかすめた。


 それは、切の入ったこたつ。
 こたつ猫と化した切は出ることもできず、脱力しきったまま、こたつとともにすべって行く。


「くそッ!!」
 トラックを放り出し、真司は走った。

「切! 手を伸ばせ! 必ず助ける!」

「真司」
 名を呼ばれ、顔を上げてそちらを見る。


 目と目が合う瞬間。好きだと気づ――いたわけじゃなくて、時間が止まったかに思えた…………が、全然そうでもなかったぜ。


 次の瞬間、切の入ったこたつは勢いのつきすぎたカーリングのストーンよろしく勢いよく穴の真上に飛び出した。


「にゃんにゃん」


 それが彼の最後の言葉だった。


「切ーーーーーーッ!!」


 どぷんっとね。