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リアクション
数日後 エッシェンバッハ派 秘密格納庫
「新しい協力者が増える?」
秘密格納庫のハンガーに固定された愛機を見上げながら、天貴 彩羽(あまむち・あやは)はそう口にした。
「おうよ。どうやらオレ達が海京で戦った後でスミスが接触したって奴らしいけどな」
彩羽の言葉に答えたのは、彼女の隣で同じく愛機を見上げていた青年――前回の戦いで“蛇(シュランゲン)”と名乗ったパイロットである。
無論、彼が見上げているのは漆黒の“ヴルカーン”だ。
「そう。こちらに与しようとする契約者が次第に増えているみたいね」
相槌を打ちつつ言う彩羽。
すると“蛇”は両腕を交差させ、それに後頭部を預けつつ言葉を返す。
「ま、オレ等の正しさに共鳴したのか……それとも単にオレ等の保有する技術が欲しいのか――ソイツはまだ判りきってねェらしいけどな。彩羽、テメェは前者だとは思ってるがよォ」
彩羽は“蛇”の言葉に少し意外そうな顔をした後、微笑みを返す。
「あら、ありがと。それで、その新たな協力者さんっていうのはいつから合流するのかしら?」
すると“蛇”は丈の短い上着――背中に歯車と工具のエンブレムの付いたショートジャケットのポケットを探っていた手を止めた。
その動作は考え込むような素振りに見える。
「悪ィな……オレもよくは知らねェ。スミス曰く、『我々の同志として信頼するに足るかの見極め』ってやつがまだ済んでないらしい。オレ達に合流する時期――そもそも合流するかしないかは、その『見極め』の結果次第だろうな」
答えながら“蛇”は探っていたポケットからバブルガムを取り出す。
包装紙を解いてバブルガムを口に放り込む“蛇”。
会話しながら何の気なしにその様子を見ていた彩羽だったが、“蛇”の方はそれを勘違いしたようだ。
もう一個のバブルガムを取り出すと、彼は自分のと同じ上着――彩羽の纏う漆黒のショートジャケットのポケットに入れる。
「ほらよ」
それがおかしかったのか、彩羽はクスリと笑う。
「ふふ。ありがと。私、そんなにものほしそうな目をしてたかしら?」
「え? もしかして違ったのか?」
クスリと笑う彩羽に問いかけられた“蛇”はきょとんとした顔で振り返る。
彼にしては珍しい表情だ。
驚いているのか、彼はバブルガムを膨らませたままきょとんとした顔をしている。
(素だったのね……)
むしろ彩羽の方がきょとんとした顔になっていると、新たな足音が辺りに響き渡る。
「うんっ! やっぱり“カノーネ”もいいよねっ! このガッシリした見た目がイイ感じっ!」
足音に続いて聞こえてきたのは少女の声だ。
声質もそうだが、喋り方もどこかまさに少女といった印象を与える。
彩羽が声のした方を振り返ると、そこには一組の男女の姿があった。
案の定、今の声の主は子供のような外見をしている。
歳は彩羽よりも下。きっと十代に入ったばかりだろう。
ほどよく跳ねて丁度良くくしゃくしゃになったショートヘアは可愛らしく、大きめのキャスケット帽とも良く合っている。
長袖の上に半袖を重ね着しているのか、無地のシャツの袖からはそこだけ別物のようにボーダー柄が覗いている。
ショートパンツの下に見える二ーソックスも同様の柄であり、それにスニーカーという組み合わせが子供らしい可愛さをより引き立てていた。
子供らしい印象に違わず、彼女の背丈は小さい。
だが、その目線は彩羽よりも遥かに高かった。
というのも、彼女は長身の青年の右肩に腰をおろしているのだ。
青年の長身は大柄な者の中でも、文字通りの意味で頭一つ飛びぬけていた。
背の高さはもはや2mを超えている。
それだけではない。
縦はもとより、横幅もかなり大柄だ。
ここまでくると並の青年の二人分の容量はありそうな気さえしてくる。
短く切った黒髪や東洋人風の顔立ちを見るに、来里人や“鳥”といったパイロットの面々と同じく日本人なのかもしれない。
だが、彼の体格は2mほどの体躯も珍しくない西洋人並である。
着ているのもモスグリーンのジャンバーとジーンズというラフな格好だ。
もっとも、彼の好みというよりはサイズのある服を選んだ結果の必要に迫られて、という理由だろうが。
そのせいか、肩に乗った少女がより小柄に見える。
「まっ、あたし達の“シルト”ほどじゃないけどっ!」
その青年の肩に乗ったまま、彼女は“蛇”に笑みを見せる。
「ハッ! 言うじゃねェか」
それに対し、“蛇”も犬歯を覗かせる独特の笑みを返す。
言葉を交わす二人だが、彼女を肩に乗せている青年は黙して語らない。
その横で“蛇”と小柄な少女が互いの愛機を自慢し合っていると、また新たに一組の男女が格納庫に現れる。
「おや、これはこれは」
「へぇ。あなたも来たの。ここも随分と賑やかになってきたわね」
現れるなり彩羽と言葉を交わしたのはショートの黒髪に同色で詰襟の上着にスラックス、そして革靴という格好の青年だ。
その衣服はどこか学生服にも見える。
彼の隣に立つ少女の衣服は女子高生が着ているセーラー服そのものだ。
彼女のセーラー服は全体的に黒の色遣いが多い。
その為か、彼女の長く真っ直ぐな黒髪がまるで背中の生地に溶け込んでいるように見える。
彼女も、小柄な少女を肩に乗せた青年と同じく黙して語らない。
だが、その無口さは似ているようで別物に感じられるものだった。
長身の彼がただ物静かな雰囲気なのに対して、彼女はそもそもの『動き』が見られないのだ。
先程から彼女は身じろぎ一つせず、表情も動かしていない。
それどころか、彩羽は彼女が瞬きをしている所も殆ど見たことがないのだった。
彼女と数秒間目を合わせた後、彩羽はその隣に立つ青年へと話を振った。
「次の襲撃地点はイルミンスールらしいわね。今回はあなたも参加するの?」
それに対し、彼はゆっくりと首を横に振る。
「いえ。僕達の“ツァオベラー”は待機です」
「なんでまた? 九校連は迅竜はもとより、とんでもないカスタムイコンを次々に投入してきてる。それを考えれば、そろそろあなた達の機体も投入されそうなものだけど?」
今までの戦いを思い出すような素振りを見せつつ言う彩羽。
「僕としても彩羽さんの意見は間違っていないと思いますが。どうやら、五つ目の“ユーバツィア”を開発するのに“ツァオベラー”……それもシュヴァルツタイプが必要なようで」
それを聞き、彩羽は腑に落ちたようだ。
「なるほど。確かに“シュベールト”と同じく機体システムが特徴的そうな“ツァオベラー”ならそれも頷けるわ」
彩羽が頷くと、今度は学生服の青年の方から彩羽へと問いかけてくる。
「僕の機体だけでなく、彩羽さん――貴方の“シュピンネ”の技術流用も進んでいるそうで」
彼の言葉に彩羽は笑みを浮かべてみせる。
「あら、耳が早いのね。あなたの“ツァオベラー”、即ち最初から予定のあった五つ目に加えて六つ目の“ユーバツィア”の設計も始めているそうよ。もっとも、スミスのことだから、他の作業と並行して開発を進めているんでしょうけどね。まったく、凄いものだわ」
感嘆したような声を上げる彩羽。
するとその背にすっかり聞き慣れた声がかけられる。
「ここにいたか」
声の主に気付いて彩羽が振り返る。
「スミスから出撃準備の通達だ。一時間後に予定通りの編成でイルミンスールに攻撃を仕掛ける。機体の最終チェックを済ませておけ」
彩羽が振り返った先にいるのは、背中から腰にかけてまである三つ編みの黒髪を鈴の付いたリボンで纏めた青年――来里人だ。
その隣には太刀の入った鞘袋を担いだ青年もいる。
彼もまたパイロットであり、“鼬(ウィーゼル)の名前を名乗るシュバルツタイプの搭乗者だ。
「あら、随分と揃ったものね。シュバルツタイプのパイロットが五人も。是非、私も今度シュバルツタイプに乗ってみたいものだわ」
シュバルツタイプ搭乗者の面々を見渡しながら彩羽が言うと、来里人が目線を上げて“シュピンネ”を示しつつ言葉を返した。
「冗談を言う。お前の機体も見ての通り漆黒の機体――シュバルツタイプだ」
「あら、そうなの。てっきり、私が“シュピンネ”以前に乗っていた機体の色に合わせてくれただけかと思ってたわ」
来里人の言葉に対し大げさに驚いて見せる彩羽。
一方の来里人は彩羽に視線を戻す。
「もっとも、俺達の機体とは違って現時点では“グリューネタイプ”の存在しない機体だ。勘違いするのも無理からぬことだろうがな」
来里人の視線を正面から受け止めつつ、彩羽はもう一つ気になっていたことを問いかけた。
「そういえば、“鳥さん”の姿が見えないわね。彼の“フリューゲル”も出撃予定に入ってた筈だけど?」
「あいつなら所用の最中だ」
「所用?」
興味をひかれたように彩羽が更に問いかける。
すると来里人に代わって“鼬”が口を開いた。
「彼ならあのお嬢さんの所ですよ。出撃前に会っておきたいそうで――」
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