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リアクション
同時刻 エッシェンバッハ派 秘密格納庫付近 某所
「ん……は、はいっ!」
まどろみの中にあったティーは控えめなノックの音で目を覚ました。
反射的にドアに目を向けるティー。
ノックの音で跳ね起きたものの、まだ頭がぼんやりする。
ひとまずドアを開けようとしてティーはベッドから起き上がるべく立ち上がった。
だが、まだ目覚めきっていないのか、ふらついてしまう。
あわや転倒……という所でその身体がそっと支えられた。
次いで耳元で聞き覚えのある声がする。
「まだ無理しなくていいわ。ゆっくりで大丈夫だから」
相変わらずの聴き易い声だ。
その上、最小限の音量で囁くように言ってくれているおかげで、耳障りは妙に心地良かった。
もしかすると、頭に響かないように気を遣ってくれたのかもしれない。
支えてくれた相手の姿にぼんやした目を向けるティー。
声でおおよその見当はついていたが、やはりショートヘアにサスペンダーが特徴の彼女のようだ。
彼女はティーをベッドに座らせると、ドアに歩み寄った。
そのままドア越しに会話をすると、ティーの所へと戻ってくる。
同じくベッドに座り、ティーの隣に腰を下ろした彼女は、そのままティーへと話しかけた。
「まだ鎮静剤が効いてるかもしれないから、無理はしないでね」
その言葉でティーは事の顛末を思い出した。
確か、茶を淹れてもらってくつろいだ後、鎮静剤を打たれた気がする。
ティーがそれを思い出すのに合わせたように、隣に座る彼女が申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。でも、あなたにここがどこかを知られるわけにはいかなかったから」
まさか謝られるとは思っていなかったティーはまたも意表を突かれた形だ。
「い、いえ……そんな……」
恐縮してしまうティーに向けて控えめに微笑むと、彼女は問いかけた。
「身体の方は大丈夫?」
「は、はい……なんとか」
「あなたとお話ししたいっていう人が来てるんだけど、いいかしら?」
彼女から問いかけられ、ティーは小刻みに二度頷いた。
それを見届けた後、彼女はベッドから立ち上がった。
ゆっくりとドアへと歩み寄った彼女がドアノブを引くと、そこから現れたのはオレンジ色の髪をした青年だ。
彼の姿を見てティーは更に困惑する。
自分と話をしたいというのだから、彼は自分のことを知っているのだろう。
だが、当のティーには彼に見覚えがないのだ。
「あの……私とお話がし――」
僅かに口を開き、ティーが小声で呟きかけた瞬間だった。
「随分と元気そうじゃねえか。安心したぜ、ウサギ姉ちゃん」
彼が小さく笑ってそう告げると、ティーははっとなった。
思わず口を開け、大きく広げた手の平でそれを覆うティー。
そのまま固まるティーをじっと見つめ、彼はもう一度小さく笑った。
「そんなに驚くコトか……って、そうだな。確かに、直接会うのはこれが初めてか」
気付いて苦笑する彼。
それを大きく見開いた目で見つめながら、ティーは絞り出すような声で言う。
「貴方が……“鳥(フォーゲル)”さん……。あの……イコンの……パイ……ロット」
ティーの言葉を最後まで聞き届けてからオレンジ髪の青年――“鳥”は頷いてみせる。
「ああ。にしても……そんな怪我をしてるってのに、あれほどのGを強いる機体に乗って空戦するなんて無茶をやらかすとは。見た目によらず、随分とアグレシッブな真似をするんだな」
そう言われて微笑と苦笑の混じった表情になるティー。
「あの時はとにかく明倫館を守らないとって思ってて……それに――」
そこで一旦言葉を止めると、ティーは微笑して答える。
「――空を飛ぶのが好きだから。だから、一度あの機体に乗ってみたかったんです。戦争じゃなければ、もっと良かったのに」
すると“鳥”は堪らなくなったのか、小さく吹き出した。
「想像以上に無茶苦茶な姉ちゃんだぜ」
しばらく笑いを堪えている“鳥”。
そんな彼に向けて、ティーは意を決して気になっていたことを問いかけた。
「助けて頂いてありがとうございます……でも、どうして?」
その問いに“鳥”は真面目な顔になってしばし考え込む。
しばらくした後、彼は難しい顔で口を開いた。
「実を言うと、俺にもよくわからん。どうして敵である筈のアンタを助けたのか、な。だた……もしかすると――」
今度は逆に“鳥”が困惑したような顔になる。
ふと彼は遠くを見るような目になると、ぽつりと呟いた。
「――俺と同じで空が好きな奴だったから、かもな」
ティーが聞かされた答えを小声で反芻したきり、その場に沈黙が訪れる。
しばし沈黙が支配するのが続いた後、先に切り出したのはティーの方からだった。
先程の質問とは別に、やはり気になっていたことをぶつけてみるティー。
「いつも戦闘中に聞こえてくるあの曲、一文字理沙さんって方……ファンだったとか?」
すると“鳥”は再び小さく笑う。
「まあ、な。勿論、俺が理沙のファンだってのもあるが、それだけじゃない」
「――え?」
今ひとつ答えの意味が理解できないティーはきょとんとした顔で問い返す。
「理沙は一緒にイコンに乗って戦場で戦う相棒だからな。言ってみれば、理沙は俺の機体――漆黒の“フリューゲル”と並ぶもう一人の相棒ってやつだ」
それでもまだ意味を理解しきれないティーだったが、そんな彼女に今度は“鳥”が逆に問いかける。
「でもなんでまた急に? まぁ確かに、戦闘中に曲を流しながら戦ってる奴ってのはあまりいないと思うけど、よ」
問い返されたティーは戦闘中に幾度か聞いた曲を思い出していた。
「それも気になりましたけど、それだけじゃなくて……誰のどんな曲かも、気になってたんです。良い曲、だったから。声が綺麗で。できれば、戦闘じゃない所で一度ゆっくりと聴いてみたいと思ってて」
ティーがそう言うと、“鳥”はまたも笑みを浮かべる。
今度のは微笑とはっきりわかる笑みだ。
「ソイツぁ良い。意外な所にもファンがいたぜ。良かったな、理沙――」
小さく笑みを浮かべた口でそう言うと、“鳥”はティーから視線を動かした。
その視線の向いた先は、ショートシャツとミニスカートをサスペンダーで繋げた格好の彼女だ。
「ありがと。ファンが増えて嬉しいわ」
ショートヘアの彼女――理沙はティーに向き直り、“鳥”と同じく笑みを浮かべる。
「え……? じゃあ、あなたが理沙……さん?」
驚いた反面、腑に落ちた様子でティーは二人を見比べる。
しばらくティーが二人を見つめていると、“鳥”が口を開いた。
「空が好きで、おまけに理沙のファン――ここまで俺と好きなものが一緒のアンタにこうするのは正直、心苦しいが……」
そこまで言って言い淀んだ後、“鳥”は意を決したように言う。
「俺としてもアンタを返してやりたいトコだが、この場所を知られた以上はおいそれと返してやれそうにねえ。処遇が決まるまで、アンタにはここにいてもらうことになりそうだ。それと――」
そう言われるのを半ば予想していたのか、ティーは落ち着き払った様子で聞き入っている。
彼女に向けて、“鳥”は静かに告げた。
「――くれぐれも妙な真似はしないでくれ。ここを探ろうとかなんて気さえ起こさなけりゃ、少なくともアンタをそのままで置いておける」
ゆっくりと頷いて了解の意を示すティー。
そのまま彼女は言葉を返す。
「はい……。それに、私もまだここでやり残したことがあります、から」
ティーの言葉が気になったのか、目線で問いかけてくる“鳥”。
彼に向けてティーは静かだが、はっきりとした声で答える。
「貴方のお話を聞かせてください。過去に、貴方は何を見て来たのですか……?」
その問いに“鳥”は思わず黙り込む。
それでも構わずにティーは語りかけ続ける。
「過ちがあったなら公の場で糺すべきでは……とも、思います。私たちが狂ってると言うのは、否定しません。敵が送ってきたような武器を使ってでも対抗しようとしてるし……」
そしてティーは顔を上げ、“鳥”の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「聞かせてください。貴方の……お話を。また戦いを繰り返す前に、貴方のお話を聞かなくてはいけない――そんな気が、するんです」
ティーがそう頼み込んだ瞬間だった。
突如、部屋に小刻みなビープ音が響き渡る。
咄嗟に腕時計に目をやる“鳥”。
どうやらビープ音の正体はアラーム音のようだ。
「出撃の時間だ。行くぞ、理沙」
それだけ告げると、“鳥”はドアの方へと向き直ろうとする。
だがその前に一度、思い出したように彼はティーの方を振り返った。
「その話は俺が生きて帰ってきてからだ」
視線を前に戻し、“鳥”はドアノブに手をかける。
その背に向けてティーは言葉をかけた。
「はい……だから、ちゃんと帰ってきて……ください」
そう言った後、苦笑するティー。
「変……ですよね……。九校連、それも迅竜クルーの私が敵である“鳥”さんにこんなこと、言うなんて」
ティーがそう呟いた直後だった。
再び“鳥”が振り返ると、同じく呟くような声でティーへと告げる。
「――航だ」
「……え?」
一瞬、彼が何を言ったのか意味が解らず、小さく口を開けるティー。
そんな彼女に、彼は再び告げる。
「“鳥(フォーゲル)”ってのはいわばコードネーム。羽鳥航(はとりわたる)――それが俺の、名前だ」
するとティーは自然と微笑を浮かべて言葉を返した。
「私も兎って名前じゃないですよ。ティー……名前も名字もティーです。覚えやすいでしょう?」
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