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リアクション
イルミンスールの森での戦闘終了後 迅竜 格納庫
「……こうも人手が足りないところを見ると……機械工学について学んでおいてよかったと思うわ。こうして実際に役に立てるし」
戦闘を終え、帰投してきたイコンの数々。
それらを見つめながら呟いたのは一人の若い女性。
――月摘 怜奈(るとう・れな)。
艦長であるルカルカからの頼みにより、整備員として乗り込んだ怜奈。
機械工学を学んだ彼女はその知識をもとに、イコンを次々に検査していく。
「にしても……随分と手酷くやられたものね。まあ、本体の基幹部分がやられなかっただけいいけど」
怜奈はため息を吐いた後に苦笑する。
彼女が見上げるのは盾竜。
既にパイロットの降りた機体は所々が損傷しており、特に両鎖骨部に装備されているオート・メラーラ 127 mm 二連装磁軌砲の損傷がひどい。
マイルブレイカー・モードの存在とあわせて盾竜を象徴する武器であり、名実ともにメインウェポン。
それが損傷していることに怜奈は頭を悩ませていた。
幸い、修理できないレベルの損傷ではない。
加えて、盾竜の移譲に際して紅生軍事公司香港支社からはイージス艦のパーツ提供を受けている。
修理用にと渡されたそれらの予備パーツ。
パラミタでの運用を想定して用意されたもの……もとい、鋼竜と合体させられたイージス艦のパーツ。
本来はそうしたものである以上、盾竜と『規格』は合う筈だ。
とはいえ、オート・メラーラ 127 mm 二連装磁軌砲の修理には今しばらくかかりそうだった。
その間に盾竜が出撃を強いられる事態が来なければ御の字。
もっとも、エッシェンバッハ派の連中がそれを待ってくれるかはわからないが。
「ひとまずできることから始めましょうかしらね」
気を取り直すと、怜奈は籠手型HC弐式に呼び出した盾竜の図面を見つめる。
まずは本体の損傷個所だけでも早急に修理してしまわねばならない。
怜奈が動き出そうとした時だった。
「仕事中にすまない。ちょっといいか?」
怜奈の背にかけられたのは若い男の声。
振り返った怜奈の前にいたのは、声に違わず若い男だった。
教導団の制服を着ていることから、怜奈と同じく正規の団員であることがわかる。
「あなたは確か――」
「スティンガー・ホークだ。この機体……盾竜のサブパイロットの、な」
それを聞いて怜奈は彼がここに来たおおよその意図を察した。
確か、彼は既に二度搭乗しているはずだ。
二度も死線をともにくぐり抜けた仲なのだ。
この機体に愛着も湧いているのだろう。
それに、そんな彼だからこそ、この機体の持つ力も知っている。
なればこそ元通りに修理してほしい。
――そう、頼みに来たのではないだろうか。
(機体はパイロットにとって命を預ける相手。当然よね)
胸中に呟くと、怜奈は大きく頷いてみせる。
整備班にも予定や優先順位がある上、ただでさえ整備班の人員は不足している。
だが、それを理由に彼の頼みを突っぱねるようなことはしたくない。
ギリギリの死線で戦っているパイロットを安心させてやりたいし、その為に整備班としてできることもしてやりたい。
ゆえに怜奈は、あえて頼もしく見えるように頷いた。
「心配しないで。すぐに元通りに修理するわ」
だが、スティンガーの顔は硬いままだった。
ややあってスティンガーは言いにくそうにしながらも、ゆっくりと告げる。
「それに関してなんだが……元通りに修理するんじゃなく、改造……してほしい。それを、頼みにきた」
「改造?」
思わず怜奈は聞き返していた。
「ああ。この機体は知っての通り、パイロットに相当な負荷を強いる。俺はまだしも、既に相棒は五感が摩耗してる」
淡々と語るスティンガー。
しかし、心なしかその声は沈痛そうだ。
「今はまだ、大丈夫だ。休めば五感も回復するだろう。けどこれから先、この機体に乗り続ければ……」
スティンガーはそこで言葉を切る。
数秒の後、意を決したように彼は告げた。
「……休んでも、五感は摩耗したままになるかもしれない。それに、既に身体に耐性ができてるらしくてな、専用の劇薬……あれの投与量も増えていくだろう。そうなれば、摩耗も加速していく。けど、あいつはきっとこの機体に乗り続けようとするだろう」
そこまで語ると、スティンガーは姿勢を正す。
「だから、この機体に改造を頼みたい。あの劇薬を使わずとも済むように。もちろん、山ほどの重火器を積んでる盾竜だ。その全部を撃って当てるようにするには、あの劇薬を投与しなきゃいけないこともわかってる。その為に――」
現状で盾竜においてパイロットへの劇薬投与は不可欠。
だが、彼がただ無理無茶を言っているわけではないことを怜奈は察していた。
「何か、腹案があるのね?」
落ち着いた声音で問いかける怜奈。
それにスティンガーははっきりと頷いた。
「ああ。確かこの艦にはファランクスと垂直ミサイル発射管がそれぞれ一対、予備として積み込まれてる筈だ。オート・メラーラ 127 mm 二連装磁軌砲を取り外したことでハードポイントが空いた部分……そこにそれをありったけ付けてほしい」
「なるほど。両鎖骨部には垂直ミサイル発射管が付けられるわね。それに『マイルブレイカー・モード』の使用を考えなくてよくなった分、極論すれば両手が塞がっていても大丈夫だから、両腕部にそれぞれファランクスを取り付けられるわ。うん。やってみましょうか」
「重ね重ね、本当に済まない。俺の我儘が整備班の人々を……ひいては迅竜の運営を圧迫していることもわかっているつもりだ。そして、軍人たる俺にとって、尚更我というものが許されないことも」
「気にしないで。丁度、ミサイル発射管の種別や搭載位置を見直してみて、色々と試してみようと思っていた所なの。それに、磁軌砲の修理が終わるまで盾竜の戦闘力は低下する。そのまま出撃させるわけにも、ましてや、それを理由に格納庫に押し込んでおくわけにもいかないしね」
スティンガーを安心させるように微笑んでみせる怜奈。
その後、怜奈は盾竜へと向き直った。
「今、劇薬なしでも盾竜の火器管制ができるように、その為の装置を開発してもらってるわ。けど、今日明日に……ってわけにはいかない。だからどちらにせよ、それまで盾竜が戦えるように改造はするつもりだったのよ」
そう言って怜奈は盾竜から少し横に目線を移す。
視線の先には可愛らしい顔立ちをした二人がいる。
二人は何らかの装置をいじっていた。
装置はケーブルで盾竜と繋がっており、何かのテストをしているようだ。
「コスト? んなもん無視だ無視。劇薬なんてまずいもんずっと使うわけにはいかんだろう」
二人のうちの一人――猿渡 剛利(さわたり・たけとし)は装置をいじりながら言う。
「なんで劇薬投与という発想になるのか俺様にはちとわからんのじゃが?」
するともう一人――三船 甲斐(みふね・かい)も口を開く。
しばらく二人を見ていたスティンガー。
ややあって彼が盾竜に視線を戻そうとした時だ。
それより早く、二人が彼の視線に気付いて振り返る。
「む? さっきからこっちをじぃぃぃっっと見つめておるあんたは確か――」
問いかけたのは甲斐だ。
スティンガーは二人へと歩み寄ると、姿勢を正して敬礼する。
「作業中に済まない。盾竜にサブとして二度搭乗したスティンガーだ」
名乗るスティンガーに甲斐は頷いた。
「うむ。さっき話しているのが聞こえたからな。安心するといい、じきに俺様が劇薬に代わる火器管制手段を開発してやるからな」
自信満々に自分の胸を叩く甲斐。
「頼む。それで、その装置は……?」
今度はスティンガーが問いかける番だった。
「よくぞ聞いた。俺様達が開発しているのは、ズバリAH技術による火器管制システムである!」
もう一度自分の胸を叩きながら、甲斐は誇らしげに説明する。
「AH技術?」
耳慣れない言葉を前に、スティンガーは思わず鸚鵡返しする。
「ヴァーチャル技術を利用して人間の知覚力を補強する技術だぜ。拡張現実感とも言うな」
すかさず答える甲斐。
更に甲斐はそのまま付け加えるようにして説明を続けた。
「拡張現実感を応用した、コンピュータで人間の能力を拡張するAH――オーグメンテッド・ヒューマンの概念は10年前から提唱されてる。電筋義手なんぞに使われてる技術だな。ついでに言えば情報を取捨選択できるCPU――すなわち人間の頭脳を再現できるCPUも10年前には下地ができてた」
「おう。凄い技術だってのはわかったが、まさかそれを本当に作るのか?」
驚いた様子のスティンガーに向け、甲斐は力強く頷いてみせる。
「まぁ、機晶姫連中をみれば現在では実用化の目処がたってるのはわかるじゃろう?」
「なるほど。そう言われてみればそうだな」
スティンガーが納得した様子を見せるのを待ち、指を一本立ててみせる甲斐。
「つまりだな、使用者にリンクして空間を把握し演算処理を肩代わりしてくれる装置は理論上製作可能なはずだぜ。……まぁ、オーバーフロー対策が出来るまでは使い捨てになるだろうがな」
語り終える甲斐。
すっかり感心した様子で、スティンガーはそれに聞き入っていた。
「凄いもんだな。二人だけでそれを?」
「ああ。あっちで作業してるのも俺様の仲間だが、CPU関連はあっちの専門外で手が出せんからな。で、もう一人の仲間もあっちの手伝いだ」
そう言って甲斐はさほど離れていない場所を指さす。
指さす先にいたのは佐倉 薫(さくら・かおる)とエメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)。
既に彼女達の前にはいくつかの巨大な物体が置かれている。
彼女達が試作しているそれらは、防具と思しき形をしている。
きっと、使い道もそれで間違いないだろう。
サイズから見て、人間用のものではないことは明らかだ。
もっとも、現時点ではひとまず形にしてみたという段階だが。
言わばこれは型紙にあたるもの。
これをまずは防具の纏い手たる相手――剣竜にあてがう。
その後、細かな調整を経て本物の防具を作るという工程に入る予定だ。
だが、剣竜はともかくとして、その乗り手の姿はこの格納庫にない。
その事実に直面し、薫とエメラダは困り果てていた。
この防具が『仮り』で『型紙』にあたるものであろうとも。
彼女達は本物に極力近い感触となるように建造している。
ゆえに、実際にこれを剣竜へと装着し、その上で乗り手に細かな感触を確かめてもらいたかった。
搭乗者の微細な動きすらも再現し、まさに自分の身体のように扱う事のできる機体である剣竜ならば尚更だ。
ましてや、この防具のコンセプトは『剣竜の特性を活かすため、関節部の稼動域を阻害しない造り』に他ならない。
その意味でも、彼女達にしてみれば、可能な限り早く実際の感想を聞かせてもらいたい所ではある。
しかし、そうもいかない理由もある。
薫とエメラダはそれを知っているからこそ、ただ黙ってパイロットを待つことにしていた。
そんな彼女達に歩み寄る一人の少女――垂。
彼女は薫とエメラダに向かって頭を下げた。
「すまねえ……。俺が謝ってどうなるとは思うけどよ……代わりに謝らせてくれ。ただ、その……なんていうか。今はあいつをそっとしておいてくれねえか……」
申し訳なさそうな顔をする垂。
機体は損傷したものん、無事だった彼女。
愛機の修理に立ち会っていた彼女は、薫とエメラダに気付いて思わず声をかけていたのだ。
「ふむ。それは気にせんでもよい。男にはそういう時もあろう」
対する薫は手を振って答える。
剣竜のパイロット――唯斗。
彼は帰投し、着艦して機体を降りるなり自室へとこもってしまった。
彼を気遣い、相棒のエクスも同行した為、現在の剣竜は引き渡された状態のまま無人だ。
「今は気持ちの整理をつける方が先じゃろう。なに、装備の開発なら平時でもできる。時間が空いた時にでも頼むとするよ」
薫も唯斗を気遣うように言う。
それきり、格納庫の中は無言のまま作業が進んでいった。