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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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 同時刻 ヒラニプラ市街 某所

「真実が本当はどのようなものであるか。どのように受け止め、どのように解釈するかは受け取り手たる「人」それぞれだ」
 とある部屋の中でトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は一人呟いた。
 まるで誰か他者ではなく、自分自身に言い聞かせるように。
 
「『僕』は何を知ることになるのか、正直予測はつかない。知ってからどうするのかは、その価値と、公表した場合の影響を考えてから決めればいい。だから今は少しでも手掛かりとなるものを探すべき、そうだろう――?」
 
 途中から仲間達へと問いかけるような言い方へと変えるトマス。
 口を動かしながらも、トマスは目を止めることはしなかった。
 トマスは目を皿のようにして注意深く部屋中を精査する。
 この部屋は既に入居者が去って久しいのか、雑多なものが放置されている状態だ。
 
「中尉は九校連首脳部がなした、といい、九校連の校長たちは疚しい事はない、という。どちらをどのように信じるべきか、が問題になってきますね」
 最初にトマスの言葉に応じたのは、トマス隊の一人――魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)だ。
「勿論、私達はこれまでの行ない等から、九校連の校長たちが信頼できる人達である事は知っています。そして先の調査で分かった事は、公人として、九校連それぞれの組織としては、件の『イレギュラーな』イコン開発を支持するものはなかった。可能性として『個人として』そうしたイコン開発を支持・推進しようとした者はあるかもしれないということ」

 語りながら子敬は考え込む素振りをみせる。
「現在起きている一連の強力なイコンによる騒動……と、そのイコンとの関連性は……? 強力な力である事は認めざるを得ません。誰が、欲しがったのでしょう?」

 するとトマスと同じく部屋中を精査していたテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)も会話に参加する。
「それに関しちゃイリーナ中尉の証言で触れられてたけどよ。ま、イリーナ中尉の話には、多少は思い込みはあるだろう。が、まったくそう思い込む原因がない――訳でもないだろうな」
 
 今回の調査において、彼等トマス隊は『偽りの大敵事件』の被害者を訪ねることを計画した。
 催眠術を用いて半覚醒・酩酊状態にし、問答・尋問に拠って当時の『証言』を追究。
 もちろん、許可を貰った上でであるが、そうした方法では協力してくれる被害者はなかなか出てこなかった。
 
 それでもなんとか協力してくれる被害者が出てきたこともあって、トマス隊の調査は進展を見せる。
 また、事件当時の所持品等を借り、サイコメトリ能力で調査するという目的も同時に果たせることとなり、調査は少しずつではあるが確実に進んでいた。
 
 だが、すぐに訪問というわけにもいかなかった。
 相手の都合の関係で、少しばかり訪問を待たねばならなかったのだ。
 
 その結果、トマス隊はもう一つ当たりを付けていた調査を先に行うことにした。
 それがこの調査。
 テノーリオの発案による、件のイコンサークルの痕跡探しである。
 
 当初はクラブハウスの類を当たるつもりだったトマス隊。
 しかしながら、件のサークルは所属校に関係なく集まった同好の士によるもの。
 ゆえに教導団の敷地内にあるクラブハウス棟には、該当する部屋が存在しなかったのだ。
 
 だが、そうした部屋が存在しなかったわけではない。
 意外な所、それも教導団の本校からさほど離れていない場所にそれはあった。
 
 ヒラニプラ市街の一角にある、とあるショップ。
 小規模ではあるが、作業用イコンや他の機晶技術製品を整備できるスペースを持ち、どちらかといえばそちらが本業と言えなくもない。
 言わば、ショップ兼ガレージのような店舗。
 それがこの場所だった。
 ショップの一階部分は販売スペース、そして二階は空き部屋だった為、件のサークルの面々はここの二階を間借りしていたようだ。
 
「まさか、こんな形で部室っぽいもんが存在してたとはな」
 テノーリオは部屋の隅に積まれた段ボールを開けながら呟く。
「ってかよ、自分達が作ろうとしてるものの性質について、全く予想がつかなかったのか?」
 
 すると今度はミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が口を開いた。
「何にせよ、この件についての調査は叶大尉の方に報告連絡して、情報の共有をしないとね。勿論、大尉が把握されてる情報もいただきたいものだけど」
 ミカエラの言葉にテノーリオも頷く。
「だな。でも、今までトマス隊は独立行動だっただろ? まぁ、イリーナ中尉に会いに行った時は白竜大尉と一緒だったけどな」
「独断専行は良くない気がするのと、現時点では個別で捜査となると情報収集効率が悪いから、今は他の調査者と足並みをそろえていきましょう。そうそう簡単に全容が見える事件ではなさそうだもの。そろそろ協力しなけばならないわ」
「確かにそうだな。一刻も早く真相を究明して、それを公開……ってわけにもいかない、かもしれないのか」
「ええ。真相の究明は急務よ。ただ、むやみに公開されて人々に九校連に対し不信や、不穏が生じることは避けないと。もしかすると、現体制に対する不信を募らせ不満として煽りたてる事が、この「事件」を起こした者の意図するところかも知れない。混乱は臨むところではないわ」
 テノーリオと同じく段ボールを開けながら、ミカエラは自らに言い聞かせるように告げる。
「……規律と秩序を支えるのが、教導団の任務ですもの」

 トマス隊の面々が部屋中を探し始めて、幾らか経った頃だろうか。
「ちょっといいかい?」
 開けっぱなしにしておいたドアから一人の男が顔を覗かせる。
 ツナギ姿のその男はここの店主であり、件のサークルの面々にとって家主にあたる人物だ。
 
「はい。どうかされましたか?」
 手を止めて振り返るトマス。
「何かめぼしいものは見つかったかい?」
 問いかける店主にトマスは首を振った。
「いえ……」
 店主もそれを薄々わかっていたのか、小さく頷くだけだ。
「あの事件が起きた直後、ここにはあんた方と同じく教導団の方々が調査に入ってるからな。めぼしいものはその時に持って行ってるはずだ。その結果、ここを借りてたあの連中があんなことをやったって結論に達したみたいだが」
 彼の言う通り、既にここには調査の手が入っていた。
 そもそも、『偽りの大敵事件』は既に一度結論を見ている事件なのだから。

 一度結論を見ている事件という事実を前にしては、トマスの表情も重い。
 店主の言葉にも黙って頷くだけだ。
 すると店主は手に持った紙束を差し出した。
「ああ……それに関してなんだが、これがあったのを思い出してな。あんた方に渡しておいた方がきっと役に立つだろう」
 
 渡された紙束はA4サイズ。
 クリップ一個で留めただけのシンプルなものだ。
 
「これは……」
 
 受け取ったトマスはすぐに目を落とす。
 そこには鉛筆線で描かれた図や、同じく鉛筆で書きこまれた注釈が所狭しと盛り込まれている。
 走り書きされた手書きのメモ、もとい何かの設計図。
 そうと見て間違いなさそうだ。
 
「……!」
 
 紙束をめくっていくトマスはやがて驚愕に息を呑む。
 いくつも描かれていた図は、いずれもが腕や脚といったパーツのものだ。
 そして、トマスはそれが何の腕や脚なのかすぐにわかった。
 
「イコンの設計図……! しかも――」

 それだけではない。
 このイコンが何であるかも、トマスにはよくわかっていた。
 あまりイコンに乗らない彼でさえも、この機体は頻繁に目にしている。
 なにせ、学内のいたる所で目にするのだから。
 
「鋼竜……!」
 
 思わず声を上げるトマス。
 彼の言う通り、この設計図に描かれているのは鋼竜のパーツだ。
 だが、その一方で細部はそこかしこが異なっている。
 おそらくは鋼竜をベースとしたカスタム機。
 そう当たりをつけ、更に紙束をめくるトマス。
 その瞬間、彼の目に飛び込んできたのは走り書きされた一つの単語だった。
 
「渇……竜……?」
 
 単語を読み上げるように、ただ一言そう呟くだけのトマス。
 他に口を開く者は誰もいない。
 この部屋にはただ、トマスが呟いた一言が響き渡るだけだった。