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リアクション
「今はゆっくり休むといいわ」
鈴との勉強会を終えたイリーナ。
そんな彼女に、綺羅 瑠璃(きら・るー)が話しかける。
24時間イリーナを警護する為、鈴は仲間である瑠璃。
そしてもう一人の仲間である秦 良玉(しん・りょうぎょく)とともにローテーションを組んでいるのだ。
つい先程、警護は瑠璃に交代したばかりだ。
今頃は鈴と良玉はきっとクロカス家の者達へと改めて挨拶に行っているだろう。
クロカス家には引き続き大きくお世話になるので、礼を尽くす。
それはイリーナの警護においてクロカス家の協力を得ることになってからというもの、鈴達三人が常々考えていることだった。
「そういえば、エッシェンバッハ派にはイリーナさんにのご友人はいないのかしら?」
以前から気になっていたことを問いかける瑠璃。
しかし、イリーナは小さく首を振った。
「友達は誰一人として巻き込みたくなかったもの。確かに九校連を相手にした戦いである以上、多くの人にとって無関係なこととは言えないかもしれない。でも、これは復讐で、言ってみれば多くの人を傷つけたり殺したりする戦いだもの。だから、誰かを巻き込むわけにはいかない」
そう答えるイリーナ。
彼女に瑠璃が柔らかな微笑みを向けた時、ドアがノックされた。
「少し待ってて」
口調こそ柔らかいものの、ジェスチャーでイリーナに警戒するように伝える瑠璃。
それを終えた後、瑠璃は油断なくドアへと歩み寄った。
「どなたでしょう?」
ドア越しに問いかける瑠璃。
既にその手は武器にかけられており、いつでも相手を攻撃できる状態だ。
「羅儀だ。ちょっといいか?」
聞き慣れた声で、やはり聞き慣れた名前を名乗る訪問者。
それを聞いてほっと息を吐く瑠璃。
とはいえ、万が一ということもある。
あくまで気を緩めず、瑠璃はそっとドアを開けた。
相手を直に確認し、ようやく瑠璃は大丈夫であると確信する。
訪問者は自分でも名乗った通り、世 羅儀(せい・らぎ)だ。
何かとイリーナを気にかけている彼のことだ。
今回もこまめに顔を出しに来ていることの一環なのだろう。
「調子はどうかな? 怪我の具合も良くなってきているみたいだけど」
気さくな調子で話しかける羅儀。
「ええ。あなた達のおかげよ。感謝してるわ、あなた達には」
柔らかな声音でイリーナはそう答える。
見知った相手ということもあってか、イリーナは声だけでなく表情も柔らかい。
気を利かせ、瑠璃はベッドサイドの椅子を羅儀にすすめる。
礼を言ってそれに腰かける羅儀。
「これからまた任務なのかしら?」
相変わらずの柔らかな物腰で問いかけるイリーナ。
同じく柔らかな物腰で羅儀も答える。
「ああ。白竜の調査に警護として同行する予定だよ。だからその前に、イリーナさんに言っておきたいことがあって」
そう前置きすると、羅儀は真剣な顔になって問いかける。
「もしかしたらイリーナさんのご主人の周辺も調査し直すことになるかもしれない」
イリーナに面と向かってそう告げる。
軍人として必要なこととはいえ、あまり気持ちの良いものではないのだろう。
心なしか羅儀の声音は重い。
だが、イリーナは羅儀に不快感をあらわにするでもない。
ただふっと、疲れたように小さく微笑むだけだ。
「ええ。それが必要なことくらいわかってる。だって私も、かつては教導団の軍人だったんだもの――」
真剣な顔をしたまま、羅儀は続けた。
「納得してくれてありがとう。この事件は思っている以上に複雑で、そして根が深い。一つ一つ関連性を疑って厳密に調べる必要がある。イリーナさんみたいな『偽りの大敵事件』の被害者を、何らかの目的で利用するような行為はあってはならない」
迷いのない表情で言い切る羅儀。
するとイリーナは再び微笑んだ。
ただし今度は先程のような疲れた微笑みではない。
ただ優しげな微笑みだ。
「わかってる。信じているから」
イリーナが言うのはただそれだけだ。
羅儀も黙って敬礼すると、背を向ける。
そして羅儀は、そのまま部屋を後にしたのだった。