空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

【第五話】森の中の防衛戦

リアクション公開中!

【第五話】森の中の防衛戦

リアクション

 数日前 パラミタ某所 クロカス家 私邸

「考えは整理できたかしら?」
 クロカス家から提供された私邸。
 その一室で療養するイリーナに問いかけたのは一人の女性。
 
 彼女こそイリーナの警護と看護を担うシャンバラ教導団中尉沙 鈴(しゃ・りん)だ。
「ええ。鈴さんのおかげでなんとか」
 微笑みの表情でイリーナは答える。
 少しずつではあるが、イリーナの表情は柔らかくなっているようだ。
 
 イリーナに考えを整理してもらう。
 それが鈴の目的だった。
 エッシェンバッハ派という組織の関係上、彼女に十分な情報を与えられていない事もあるだろう。
 だが、限られた中で見聞きした事柄から軍人として類推できることはあるはずと考える。
 纏め切れないなら教師として筋道をつける考え方の手助けはできるだろう。
 軍人であると同時に教師でもある鈴はそう考えていた。
 
「なら、更に詰めていきましょう」
 
 鈴がそう前置きすると、イリーナは頷いた。
 
「エッシェンバッハ派はその技術力、資本から、場当たり的に復讐だけを考えている組織とは考えにくいですわ。必然的にその行動には彼らにとって正当と考える目的があるはず。
そこを見直す時ではないかと思うの?」
 その問いかけに対し、しばし考え込むイリーナ。
 ややあって彼女はぽつりぽつりと答え始める。
「確かに、その通りかもしれない。もっとも、私達のような末端の協力者……もとい構成員は復讐以外の目的なんて最初から考えもしなかった。他の構成員のことを詳しく知っているわけではないけど……皆一様に、復讐さえできればそれ以外のことなんて構わない――そういう人も少なくなかったわ」

 先を急かしたりすることなく、じっくりと耳を傾ける鈴。
 イリーナの言葉を最後まで聞き終え、鈴はゆっくりと頷いた。
 
「なるほど。よくわかりましたわ。ありがとうございます」
 少なくとも、イリーナは嘘を言っているようには思えない。
 今の所、鈴はそう判断していた。
 
「では、次に行きましょう」
 あくまでゆっくりと鈴は切り出した。
 イリーナに負担をかけないように。
 それを念頭に置き、新たな質問を投げかける。
 
「エッシェンバッハ派としては、何を目標にしていたのかしら? 九校連を潰して目的達成、それ以後のシャンバラ王国の有り様について考慮外とは考えにくいのですわ」
 指を一本一本立てながら、鈴は一つ一つ列挙していく。
「九校連のポジションを奪うのが目的なのか、地球とパラミタを分離するのが目的なのか、あるいは誰かに売り渡すのか――」
 
 指を三本立てた鈴。
 そのまま彼女はじっとイリーナが答えるのを待つ。
 だが、イリーナはじっと考え込んだままだ。

「ごめんなさい……それに関しては、私は聞かされていないの。私がエッシェンバッハ派に協力する前、接触してきた相手もただ復讐の為としか言っていなかったし……。ただ――」

 何かを思い出した様子のイリーナ。
 それに気付いた鈴は鸚鵡返しに問いかける。
「ただ――?」
「――彼等が言っていたことの一つに、「世界に自分達の存在を忘れさせない為」というのがあった……それを思い出したの」
 
 イリーナの告げたその言葉。
 鈴はそれを小声で反芻する。
 
(どういうこと? まさか本当に主義の主張……純粋なテロリズムのみが目的だっていうのかしら?)
 声には出さずに自問する鈴。
 イリーナへと問いかけてみようとも思うものの、鈴は口をつぐんだ。
 当のイリーナですらエッシェンバッハ派の目的は全容がつかめていない。
 それよりも今は他に聞くことがある。
 そう判断した鈴は三度イリーナへと問いかけた。
 
「そもそもエッシェンバッハ派は、戦略的にしろ戦術的にしろ勝利する気があるのかどうか疑問ですわね?」
 この質問に関してはイリーナも驚いた様子を見せる。
 虚をつかれたように、どこか呆けたような表情になるイリーナ。
 すぐに真面目な顔に戻ったものの、どうやら彼女にしてみれば目から鱗だったようだ。
 
「勝利する気があるのかどうかも何も、エッシェンバッハ派……少なくともそれに協力していた私達の目的は復讐を遂げること。もし、勝利する気がなければ最初から行動を起こしたりなどしないはずよ」

 落ち着きを取り戻してそう告げるイリーナの口調は整然としている。
 
「ええ。その通りですわね」
 一方、鈴はというとイリーナの指摘に深々と頷いてみせたのだ。

「確かに、九校連という組織は名実ともに国家級の組織だわ。実際、国軍であるシャンバラ教導団……かつて私が所属していた組織が戦力として組み込まれているのだもの。それを打倒するのは並大抵のことではないし、勝利する気で挑んだとしても100パーセント倒せるとは限らない。確かに、それを認識した上で戦っている以上、『勝利する気がない』ととる人もいるだろうけれど――」

 語りながらイリーナは遠い目をする。
 もしかすると、かつてエッシェンバッハ派に協力していた頃のことを思い出しているのかもしれない。

「――けれど、九校連に何らかの形で無視できない被害を与えることができれば、それが勝利といえなくもない。一テロリストに過ぎない組織が、国家級の相手に痛手を与えた――『テロリストにしては十分によくやった』という結果……そこに落とし所を見出して戦っていた人もいる。である以上、どんな形であれ、『勝利する気がない』なんてことがあるはずがないわ』

 整然と言い切るイリーナ。
 やはり軍人。
 それも中尉という階級にまで登りつめただけあってイリーナの分析は整然で正確だ。
 鈴は先程と同様、その分析にも頷いてみせる。
 
「イリーナ殿の言うことは正しくてよ。しかし、その一方でエッシェンバッハ派の行動には疑問も残るのですわ」
 もう一度頷いてみせてから、鈴はゆっくりと諭すように言う。
 そう、まるで教師が生徒に言い聞かせるように。
 
「教導団に返却したイコンの存在を考えるに疑問なのですわ。特に葦原襲撃からは、イコン戦闘で遊んでる、あるいは楽しんでる節があるもの」
「遊んでる……」
 今度はイリーナが鸚鵡返しする番だった。
 
「ええ。純粋に九校連を撃滅するだけのつもりなら、最初の交戦時――五機の量産型が教導団の施設を五カ所同時襲撃した時からある技術レベルの優勢を保ったまま戦えばよいはずですもの。でも、エッシェンバッハ派は襲撃が実行に移されるよりも前に、教導団にイコンを返却している」
 
 鈴は語り続けた。
 
「教導団の保有する戦力を強奪したり、所属する博士を拉致したり……そうした行為の必要性はわかりますわ。でも、それをもとにわざわざ強力なイコンを建造し、あまつさえそれを返却する――わざわざ相手に戦力を与えている行為に他なりませんわ」

 そう言われてはぐうの音も出ないのだろう。
 イリーナは思わず返答に窮してしまう。

「禽竜、剣竜、盾竜、そして鎧竜――それらが『返却』されたことで教導団は力を手に入れましたわ。現行機を凌駕するエッシェンバッハ派の機体……それに抗しうるだけの力を。そのおかげで教導団は今までに三度の襲撃があったものの、そのことごとくで善戦している。そればかりか、彼等の出現が引き金となって、凍結されていた迅竜の整備も再開されましたもの。既に教導団の戦力は彼等のおかげで増強しているのですわ」

 そこまで言い切った後、一拍置いて鈴は続ける。
 
「影響はそれだけではありませんわ。今でこそブラックボックスの集合体であっても、いつか教導団の技術者は『返却』された機体を解析できるかもしれないでしょうね。そうなれば結果的に教導団の技術力を向上させることに繋がる――即ち、巡り巡って教導団の利となる可能性も否めないのです」
 
「なるほど――」
 鈴の話を聞きながら、イリーナも何かに気付いたようだ。
 
「発想を転換して考えてみれば、イコンを『返却』することにこそ意味があった可能性もある……?」
 思わず呟いたイリーナに、鈴は頷いてみせる。
「その通りですわ。加えて、『返却』された機体はどれもエッシェンバッハ派の擁する各種機体とコンセプトの共通するものばかり。同じコンセプトの機体同士をぶつけていることに何らかの意味を見出している――そう考えることもできますわね」
 
 再び鈴はここで間を取った。
 イリーナの理解が十分に追い付くよう、念の為に待ってから鈴は続ける。
 
「彼等の目的が我々の当初推察したもの――現体制の打倒なら、やり方が随分と回りくどいのですわ。九校連への襲撃に関する中長期的な作戦や、勝利後の支配や統治に関するプランはあるのでしょうか? そのあたりも疑問ですわ」