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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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 どれだけ時が流れただろうか。
 唯斗と“鼬”。
 極限の緊張感の中にいる二人にしてみれば、きっと途方もない時間に感じていることだろう。
 長い睨み合いの末、どちらからともなく動き出そうとした時だった――。
 
『――なッ……!?』
 突如として放たれた砲撃。
 それは“ドンナー”bisの左腕を直撃する。
 
 本来ならば十分に避けられるはずの砲撃。
 だが、この時ばかりは幾つか事情が違った。
 
 一つは、実弾やビームといった視覚的に捉えられる兵器ではなかったこと。
 一つは、射手が完全に独自の判断で行動し、唯斗とエクスですらその存在を知らないほどだったこと。
 そして最後の一つ。
 それは、“鼬”がこの戦いを唯斗との一騎打ちだと心底より信じ込み、全神経を唯斗への注意に割いていたことだ。
 これが一番大きい。
 結果として、“ドンナーbis”は左肩口を吹き飛ばされる。
 かろうじて腕は繋がっているものの、左腕は今にも千切れて落ちそうだ。
 
『伏兵……ですか……っ!』
 千切れかけの左腕の先。
 手の平のパーツがスパークを上げる中、“ドンナー”bisの指先が僅かにピクリと震える。
 どうやら、異常なほど精度の高いマスタースレイブシステムはこんな時でさえも搭乗者の些細な仕草すら反映したようだ。
 
 それと同時、木々の間から新たな伏兵が飛び出した。
 ただし、サイズはイコンからすれば極小。
 即ち、人間サイズ。
 
 その伏兵はこともあろうに、生身でイコンに挑もうとしているのだ。
 それも、いかに奇襲によって手負いとはいえ、現行機を遥かに凌駕する機体を相手に。
 
「いいかげん……消えてしまいなさいよぉっ!」
 その伏兵――シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はイコンへの憎しみを隠しもせず吐露する。
 持てる能力を総動員し、可能な限りの最速を出すシルフィスティ。
 レーザーブレードを抜き放ち、シルフィスティは“ドンナー”bisへと突撃する。
 狙うは一点。
 整備科の知識からは考えられない可動を見せる間接部。
 出来ればまずは脚を落としてバランスを取れないようにしたいところだ。
 
「消えろぉぉぉっっ!」
 激昂しながらレーザーブレードを振りかぶるシルフィスティ。
 しかし、“ドンナー”bisも負けてはいない。
『小癪な真似を……!』
 無事に残った右腕一本で握り締めた“斬像刀”を咄嗟に振るう“ドンナー”bis。
 相変わらずその太刀筋は精密の一言に尽きるが、相手は人間サイズ。
 見事に一刀両断とはいかなかったようだ。
 それでも“斬像刀”の刀身、その側面は見事にシルフィスティを捉えていた。
 
 シルフィスティに取って幸いだったのは、“鼬”が咄嗟のことで刀身をビームで覆う機能をオンにしていなかったことだ。
 とはいえ、高速で振るわれた鋼板激突して吹っ飛ばされたシルフィスティ。
 その衝撃は生半可なものではない。
 何度も地面を転がった末にようやく止まったシルフィスティは随分と離れた所で昏倒している。
 
 二度目の奇襲は不発に終わったように見える。
 しかしながら、シルフィスティは十分に役目を果たした。
 本命であるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)
 彼女の駆るジェファルコンがライフル射撃を命中させる、その隙を作るという役目は。
 
『紫月……唯斗……。僕は……貴方を一人の武人として信……』
 機外スピーカーを通じて流れてくる“鼬”の声。
 そして、その声は言いかけた言葉を最後まで告げることはなかった。
 
 朗々と響き渡る轟音。
 イコン用のライフルが上げた咆哮のような砲声が“鼬”の言葉をかき消す。
 まるで彼の言葉を遮るように砲声が響いた後、“ドンナー”bisの右脇腹部分がえぐり取られる。
 否、これはえぐり取られたなどというレベルではない。
 
 近距離からクリーンヒットしたイコンサイズのライフル弾。
 それは、“ドンナー”bisの右脇腹を消失させていた。
 まるでそこだけ瞬間移動してしまったかのように欠けた“ドンナー”bisの右脇腹。
 
 かろうじてコクピットと中のパイロットが生き残ったのは幸運だったというに他ならないだろう。
 だが、“ドンナー”bisが重大な損傷を負ったことは明らかだった。
 それでも“斬像刀”を離さないのは流石というべきか。
 しかしながら、もはや戦闘続行が不可能でもなんら不思議ではない。
 そしてそれは、彼等の機体にとって一つの事実を意味する。
 
『“鼬”ッ! 機――』
 唯斗が言葉をかけるよりも早く、爆音が辺りを震わせた。
 ちぎれかかっていた“ドンナー”bisの左腕が遂に落ちたのだ。
 機体から離れ、自爆装置が作動した左腕。
 次の瞬間、漆黒の左腕は大爆発を起こした。
 文字通り、欠片一つ残さないほどの爆発を。
 
 砲声と爆音の違いはあれど。
 結局、唯斗も言葉を遮られてしまった。
 互いの言葉はついぞ最後まで告げられることなくかき消され。
 
 そして、爆風とそれが巻き起こした粉塵が晴れた後。
 もうそこには、欠片一つ残っていなかった。
 
 あまりにあっけない決着。
 
 葦原島で初めて相対して以来。
 唯斗は“鼬”と度々刃を交えてきた。
 
 ある時は魂剛で。
 ある時は剣竜で。
 彼の狩る漆黒の“ドンナー”と熾烈な仕合いを繰り広げた。
 
 ある時は葦原島で。
 ある時は海京で。
 繰り返し仕合いながらも、その決着を見ることはなかった。
 
 だが、それもこのイルミンスールの森における仕合において終わる筈だった。
 どちらが勝つにせよ、なんら不思議ではない仕合。
 しかしながら、その結果は唯斗――そして“鼬”すらも予想だにし得ないものだった。
 
 互いの刃以外による決着。
 その事実を前に、棒立ちになる唯斗。
 剣竜もそれを反映し、爆発で焦げた地面の前でただ棒立ちになる。
 
『もっと早くこうすればよかったかも知れませんね……』
 木々の間から聞こえてきた若い女性の声。
 機外スピーカーを通しているらしいその声ではっとなり、唯斗は棒立ちから我に返る。
 
 咄嗟に声のした方を振り返る剣竜。
 そのカメラアイの見据える先、木々の間から重厚な足音を鳴らして一機のイコンが現れる。
 リカインのジェファルコンだ。
 
 木々の間から姿を現した白亜の機体。
 ライフルを手にしているあたり、先程の射撃を行った機体とみて間違いないだろう。
 白亜の機体が視界に入ると同時、剣竜は地面を蹴っていた。
 
 一足飛びにジェファルコンの前へと迫る剣竜。
 そのまま剣竜はジェファルコンに詰め寄った。
『なぜ撃ったッ!』
 機外スピーカーを通して響き渡る唯斗の声。
 酷い音割れは、彼がいかに絶叫しているかを物語っている。
 
 叫びながら剣竜はジェファルコンに掴みかかっていた。
 胴部パーツ上部、それも頭部パーツ付近をマニュピレーターで掴む剣竜。
 ちょうど人間で言えば、『胸倉を掴む』動作にあたるだろう。
 
 唯斗が咄嗟に行った動作を忠実に再現した剣竜は、そのままジェファルコンを掴み続ける。
 一方、リカインは落ち着き払った様子で唯斗の質問に答えた。
『これは決闘でも果し合いでもないのだから』
 落ち着き払った声。
 ただ淡々と、事実だけを述べるリカインの声。
 
 それがかえって唯斗を絶句させる。
 追い打ちをかけるように、ジェファルコンのサブパイロット――またたび 明日風(またたび・あすか)が言い放った。
『ろくに名も明かさず、飽きることなく奇襲をかけ、帰りもワープじみた手段でがっちりガードを固めてるような連中。そんな連中に今更卑怯なんて言われる覚えはないしねぇ』
 やはり彼の声も落ち着き払っていた。
 剣竜に掴みかかられているにも関わらず、彼もまた、淡々と事実だけを告げる。
『今まで剣竜で戦ってきた人、あんたのような人たちから不満があるかも知れませんがねぇ。一対一で戦闘をさせろなんて命令を受けてるわけでもなし。敵を倒すために策を講じるのは当然のことなのだから』

 静かな森林の奥。
 つい少し前まで、イコンの駆動音と鍔迫り合いの音が止まなかったその場所。
 今はただ、淡々と事実のみを告げる明日風の声が響くだけだった。