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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

リアクション

 空へと舞い上がった“フリューゲル”bis。
 その行く手を塞ぐように飛び込んだ一機のイコン――ザーヴィスチ
 コクピットで富永 佐那(とみなが・さな)は静かに息を吐いた。

 イルミンスールの森で戦いが起こっている。
 情報を聞きつけた佐那は独自に救援に駆け付けた。
 そのせいか迅竜に乗艦していた面々よりも遅くなったが、どうにか間に合ったようだ。
 もっとも、間に合わせる為に機体を加速状態のまま維持して飛び続けたおかげでエネルギーは残り少ないが。
 
 それでも十分だ。
 佐那には長期戦を行うつもりなどない。
 ごく僅かな間、全力を出せるだけのエネルギー残量があれば十分なのだ。

『お待たせ。パーティドレスを引っ張り出して来たから遅くなっちゃったわ』
 通信で話しかける佐那。
 すると、ほどなくして『SOUND ONLY』のウィンドウが立ち上がる。
 
『ジーナ! アンタだったか! また随分と上等なパーティドレスじゃないか!』
 スピーカーを通して聞こえてくる航の声はいつものように不敵な響きだ。
 同じく不敵に笑う佐那。
 そのまま佐那はペダルを踏み込む。
『ありがと。あなたが気にってくれるかどうか心配だったの』
 冗談めかした口調とは裏腹に、操縦桿を倒す佐那の動きは鋭い。
『心配ねえよ。似合ってるぜ、ジーナ』
 
 スピーカーから航の軽口が聞こえると同時、モニターの中で“フリューゲル”bisが急加速する。
 圧倒的なスピードでザーヴィスチを振り切りにかかる“フリューゲル”bis。
 現行機はもとより、佐那の為にカスタムされた機体といえどそうそう追い付けるものではない。
 だが、今まさに佐那が駆る機体は“フリューゲル”bisにすら振りきられることなく追いすがる。
 
『結構なパーティドレスじゃねえか……!』
 称賛するように言う航。
 その声には些かの驚愕の色も感じられる。
 
「また褒められちゃったわね。ありがと」
 小さな笑い声混じりに言う佐那。
 彼女は更に機体を加速させていく。
 
『そんな無茶苦茶なパーティドレスまで引っ張り出してどうするつもりだ?』
 通信越しに投げかけれた問い。
 それに対し、佐那は再び不敵に笑ってから答える。
「決まってるでしょ。あなたの相手をする為よ」
 ペダルを踏みつつ答え終えると、佐那は更に付け足した。
「なら、私からも聞かせてもらうわ」
 すると航も小さな笑い声混じりに答える。
『いいぜ。言ってみな』
「ウサギを攫うなんてね。ポトフにでもするなら止めないけど、パイロットに手を出すというのが貴方の流儀と言うのなら――此方としても考えがあるわ」
『考え――ね。聞かせてもらいたいもんだぜ。いったいどんな考えがあるのか、な』

 飄々とした調子で言葉を交わす二人。
 ある程度言葉を交わした後、佐那は今までの飄々とした調子の中に叩きつけるような気迫を忍ばせて言い放つ。
「決まっているわ。貴方をフン縛ってウサギと等価交換、よ」
 
 すると航は一瞬で息を吐くように笑う。
 ともすれば鼻で笑っているような笑い方。
 しかし、鼻で笑っているというよりは、楽しんでいるように佐那は感じられた。

『言うねぇ。流石はジーナだ――激しい女は嫌いじゃないぜ!』
 楽しげに航が言い放つと同時、“フリューゲル”bisは更に加速する。
『ついてきな。っても、ついてこれればの話だけどよ』
「もちろん! その為のパーティドレスだもの――!」
 
 先程は忍ばせていた気迫。
 今度はそれを惜しげもなく剥き出しにし、佐那はペダルを踏み込んだ。
 更なる加速をみせるザーヴィスチ。
 その強烈なGに苛まれながら、佐那はサブパイロットシートのエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)に問いかける。
「エレナ、いけるわね?」
 佐那からの短い問いかけ。
 エレナはそれに淀みなく答える。
「このザーヴィスチは禽龍の出力の80%。機動力は禽龍の84%……ファスキナートルのデータを元に機動性のみをマージナルまで伸ばしたのですから、禽龍に匹敵する黒きフリューゲルと……少なくともファスキナートルよりはマシな戦いが出来る筈ですわ」
 
 エレナの言葉はあながち嘘ではない。
 ギリギリまで機動性を引き上げたザーヴィスチはいわば“在来機版疑似禽竜”。
 本体そのものの機動性はもとより、機体背面には大改造した二基のイコンホースが装備されている。
 ――支援空中機動飛行ユニット『クリスニツァ』。
 増設ブースターとして取り付けられたそれにより、ザーヴィスチはもはや異常といえる機動性を獲得したのだ。
 
 佐那達が持てる技術をつぎ込んだザーヴィスチ。
 パイロットである佐那とエレナはもちろん、仲間である足利 義輝(あしかが・よしてる)立花 宗茂(たちばな・むねしげ)も協力して完成させたこの機体は、今回の出撃が事実上のデビュー戦だ。
 
 彼女達四人が力を結集した機体だけあり、デビュー戦に恥じぬ動きをみせるザーヴィスチ。
 しかしその一方で禽竜に迫るスピードを得た為、発生する強烈なGは佐那とエレナの身体を苛んでいた。
 それを想定し風術をコックピット内に充満させ重力の掛かる方向とは逆方向からの風圧を衝撃減殺のクッション代わりに――。
 その作戦のおかげで佐那とエレナはなんとか持ちこたえていた。
 だが、それも長くは持ちそうにない。
 
「く……ぅう……!」
 苦しげな声を上げる佐那。
 規格外のGに苛まれた身体が悲鳴を上げているのだ。
 
「早々に決めてくださいまし。わたくし達の身体はもとより、ザーヴィスチのエネルギー残量や機体への負荷も心配ですわ」
 静かな声で告げるエレナ。
 声の静かさは落ち着き払っているのではなく、Gで痛めたせいで声に力が入りきらないせいだろう。
「――ええ」

 ただそれだけ答えると、佐那は操縦桿を倒す。
 佐那の意志に応えるように、ザーヴィスチはハードポイントに懸架されているウィッチクラフトキャノンを手に取った。
 
 一方、“フリューゲル”bisは執拗に追いすがってくるザーヴィスチを振り切るべく方向転換する。
 一転して背後につかれる形となったザーヴィスチ。
 背後を取られたというのに、佐那に焦りの色は窺えない。
 それもそのはず。
 これこそが佐那の狙いなのだ。
 
 佐那は機体を90度――主翼が地面に対し垂直となるよう旋回させる。
 そうすることで、意図的な失速状態を起こしたのだ。
 それを敵機が追い越した所で、慣性による姿勢制御で失速状態から回復。
 相手の目を晦ませつつ逆に背後に回りこむ機動を佐那は繰り出す。
 ――『木の葉落とし』。
 それが佐那が使用した機動(マニューバ)の名前だ。
 
 間髪入れず操縦桿のトリガーを引く佐那。
 撃発信号を受け、ザ―ヴィスチの手中でウィッチクラフトキャノンが次々に砲弾を吐き出していく。
 
 狙いはメインカメラのある頭部。
『――ッ!』
 通信越しに伝わってくる息を呑む気配。
 咄嗟のマニューバで“フリューゲル”bisはすべての砲撃を回避する。
 無論、佐那としては避けられる事は想定済みだ。
 真の狙いは射撃で上方を抑え、下方か横へ相手を追いやること。
 
「『木の葉落とし』とはまた結構なのを見せてくれるじゃねえか。でもよ、アンタとしちゃあまだ本番じゃあないんだろ?」
「ええ。そうしたいところ。でも、そうもいかないのよ――」
 称賛する航の声に、やはり静かな声で答える佐那。
 そして、彼女は操縦桿を倒した。
 
 ここまでは佐那の目論み通りに行っていた。
 現在、“フリューゲル”bisはザーヴィスチの下方、六時方向にいる。
 一瞬でそれを確認し、佐那は135度ロールから下方斜め宙返りに持ち込む空戦機動『スライスターン』を繰り出した。
 
 佐那の意図こそ不明なものの、回避運動に入る“フリューゲル”bis。
 それすらも読んでいた佐那はマイクに向けて呟き、更に操縦桿を倒した。
 
「Прощайте.(さようなら)」

 繰り出している『スライスターン』の途中で、ザーヴィスチは脚を振るう。
 高速機動中の蹴り。
 それはただの蹴りではない。
 爪先には光刃が輝き、当たればイコンの装甲といえど切り裂く威力を持った必殺の蹴りだ。
 バク転する要領で蹴り下すザーヴィスチ。
 新式ダブルビームサーベルを仕込んだ爪先による渾身の蹴りは宙返りの軌道を描く。

『サマーソルトキックだと! 相変わらず無茶苦茶するじゃねえか!』
 驚愕の声を出す航。
 これほどの暴れ馬機体で高速機動を行い、その最中に『スライスターン』を繰り出す。
 それだけでも十分に脅威的だ。
 だが、更にその最中にサマーソルトキックをねじ込む。
 もはや驚愕するなという方が難しい。
 
 とはいえ航もただ驚愕していたわけではない。
 決して思考停止に陥ることはなく、活路を見出すべく頭は冷静に動いているようだ。
 加えて、本能的な反応もあるのだろう。
 それらが合わさったのか、“フリューゲル”bisは反射的に光刃を抜き放つ。
 
 抜き放たれた光刃を盾にして、“フリューゲル”bisはサマーソルトキックを受け止めた。
 大出力の光刃と光刃がぶつかり合い、凄まじいエネルギーの力場が発生する。
 それに伴い生まれた反発力が互いを弾き飛ばし、距離の開くザーヴィスチと“フリューゲル”bis。
 
 吹っ飛ばされながらも佐那は果敢に機体の姿勢制御を成功させた。
 それは“フリューゲル”bisも同じようで、既に漆黒の機体は制御を取り戻しているように見える。
 漆黒の機体による反撃を警戒する佐那。
 だが、彼女の予想に反して、漆黒の機体は更に距離を稼ぎ始めた。
 
 力場による反発力。
 それに吹っ飛ばされた勢いすらも逆利用して、“フリューゲル”bisは全力で飛び去ろうとする。
 ――戦域の離脱。
 
 漆黒の機体が取った行動が俄かには信じられない佐那。
 確かに、今までもあの漆黒の機体は程良い所で撤退を選択してきた。
 しかしそれは、ある程度の損傷を負わされてからだ。
 
 だが今回は、危ないところではあったものの、損傷らしい損傷はまだない。
「離脱、あなたらしくないわね――どういうつもり?」
 気付けば佐那は半ば無意識のうちに航へと問いかけていた。
 
『今日の俺は何としても帰らないといけないんでね。そうしないといけねえ理由ができちまったから、な』
 即答する航。
 打てば響くように返ってくるあたり、航に迷いはないのだろう。
 それを裏付けるように、漆黒の機体は凄まじい速度で戦域を離脱する。
 
「追うわ! エレナ、『クリスニツァ』を――」
 叫びながらペダルを踏み込む佐那。
 だが、直後に聞こえてきたのは噴射の轟音ではなく、甲高い警告音だった。
 それに伴い、エネルギー状況を示すグラフがモニター上でどんどん平べったくなっていく。
 
「くっ……!」
 すぐに佐那は事情を察した。
 聖カテリーナアカデミーから飛び続けていた上、“フリューゲル”bisに追いすがれるほどの超高速機動。
 それだけフルパワーでのマニューバを続けていれば、機体がエネルギーがすべて吐き出してしまっても不思議ではない。
 むしろ、戦いが終わるまでよく保った方だといえるだろう。
 まかり間違えば、耐えきれなくなった機体がオーバーロードしていた可能性もゼロではないのだから。
 
 漆黒の機体が飛び去って行った空の彼方を見ながら佐那は思う。
 思えば、漆黒の機体が無事に佐那の一撃を防ぎきったのは、今までとは違う戦い方をしていたからではないか。
 ――『何としても帰らないといけない』。
 その言葉通り、今日の彼は相手を倒す為よりも、自分が生き残る為の戦いをしていた。
 勝つことを狙う戦いよりも、負けないことを狙う戦い。
 もし彼がそれをせず、今までのように勝ちを狙いに来たのであれば――。
 
 もしかすると、ザーヴィスチの見事なカウンターは漆黒の機体に会心の炸裂をみせたかもしれない。
 そして佐那の駆る深蒼の機体は、あの漆黒の機体を撃墜していたかもしれないのだ。
 
 思考を終え、佐那はひとまず周囲に敵機の反応がないことを確認する。
 大きな息を一つ吐くと、彼女はザーヴィスチのシートに身体を預けたのだった。