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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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「可奈、鎧竜の残り活動時間はどうなっている?」
 鎧竜のコクピット。
 そのシートに身を預け、真一郎は問いかける。
 問いかける相手はサブパイロットシートの可奈。
 彼女は今回、センサー担当だ。
 操縦は無論、真一郎に一任されている。
 なにせ、それが真一郎のたっての希望なのだから。
 
「残り9分54秒……十分を切ったよ!」
 焦りを声に滲ませる可奈。
 だが、真一郎には焦っている様子はない。
 真一郎も経験を積んだ軍人。
 決して状況が見えていないということはないだろう。
 だが、それ以上の冷静さ。
 そして鎧竜を操って“フェルゼン”と戦えるという状況に燃え上がる闘志が焦りを凌駕しているのだろう。

 乗り慣れない機体でも『似たコンセプトの機体だから』とあまり苦にしていない真一郎。
 それを見て可奈はふと思い始める。
(真一郎君、実はイコン乗りの才能あるんじゃないのかな)
 
 落ち着いた手つきで操縦桿を動かす真一郎。
 それに呼応し、コクピットモニターに手甲に覆われた両腕が写る。
 鎧竜が空手の構えを取ったのだ。
 それこそが真一郎の得意とする戦闘スタイル。
 加えて、格闘戦を得意とする鎧竜にとっても理想的な戦闘スタイルの一つだ。
 
 一方、“フェルゼン”bisは足を肩幅まで開いて立っている。
 両脇を締め、頬の高さで構えた両拳。
 前脚の爪先は相手の方向へと向けている。
 コクピットモニターの映像越しにこの構えを見た真一郎は咄嗟に呟いた。
「成程。ボクシングか。量産型“フェルゼン”の最初の交戦記録と同様だな」

 かつて教導団施設五カ所に対して行われた同時襲撃。
 この際、たった一機で迎撃に出た数多くの機体を圧倒した量産型“フェルゼン”。
 かの機体が見せた構えもまた、ボクシングの構えだった。
 過日の戦いの後、自ら閲覧した交戦記録を思い出し、得心する真一郎。
 
 だが、その一方で何か違和感……もとい、僅かな違いのようなものを感じてもいた。
 歴戦の兵士ゆえの勘。
 とはいったものの、理由はわからない。
 
 だからこそ真一郎は微塵も油断せずに“フェルゼン”bisの出方をじっくりと伺う。
 一方、“フェルゼン”bisは早くも攻め込んでくる。
 全身を厚い装甲に覆われた重量級の機体とは思えないほどの軽快なフットワーク。
 それを活かして鎧竜の懐へと飛び込む“フェルゼン”bis。
 
「上等だ――」
 予想以上の反応に驚くも、咄嗟に操縦桿を倒す真一郎。
 同時に“フェルゼン”bisは手甲に覆われた拳を繰り出す。
 フットワークの勢いを乗せた痛烈なダッシュストレートだ。
 対する鎧竜は角度を付けた拳で相手の拳打をいなしにかかる。
 
 相手の攻撃は正面で『止める』のではなく、『逸らす、捌く」』事を中心とした防御。
 あくまでも自身を空手家であると考える真一郎らしい戦い方だ。
 拳を捌かれたことによって“フェルゼン”bisに生まれた隙。
 それを逃さず真一郎は操縦桿を動かす。
 
 今度は自分から拳を繰り出す鎧竜。
 空手家である真一郎らしく、鎧竜の拳打は正拳突きだ。
 至近距離からの正拳突きとあっては避けられないと判断したのだろう。
“フェルゼン”bisはフットワークを活かした動きで避けようとはしない。
 代わりに、素早く引き戻した両腕を頭部と胴部の前で構え、ガードの姿勢を取る。
 
 頑強な手甲と手甲がぶつかり合う音が響く。
 甲高いながらも、同時に重厚さも感じさせる独特の音を響かせ、周囲に衝撃が走る。
 規格外のパワーを持つ機体同士が正面から殴り合ったせいだろう。
 二機の周囲、特に足まわりは土が抉られ、同心円状の轍ができている。
 
 真一郎の気迫は衰える所を知らず、鎧竜の猛攻も留まる所を知らない。
 激しく操縦桿を動かす真一郎の意志に呼応し、鎧竜も両拳を次々に繰り出す。
 ――正拳突きの乱れ打ち。
 通常のイコンにとっては一発一発が必倒の威力を持つ拳が何発も繰り出される。
 それらの連打に対し、ただじっとガードを固めて耐え凌ぐ“フェルゼン”bis。
 
 このまま鎧竜が押し切ると思われた瞬間、“フェルゼン”bisが動いた。
 鎧竜の乱れ打ちの中に見えた一瞬の間隙をついて“フェルゼン”bisはローキックを繰り出したのだ。
 超重量級の機体で十分に機動力を確保できるだけの健脚。
 これを攻撃に転化しただけあって、その威力は絶大だ。
 
 咄嗟に身を引いて衝撃を減らしつつ、蹴りをいなすようにしてガードを試みた鎧竜。
 おかげで致命傷は避けたものの、もし僅かにタイミングがずれていたらフレーム部に甚大なダメージを受けていたかもしれない。
 格闘に優れた真一郎をパイロットとしていたのが幸いしたようだ。
 
「抜かった……っ!」
 コクピットで真一郎は歯噛みする。
「どういうこと?」
 真一郎の様子に少し動揺しながら、可奈が問いかける。
 操縦桿を巧みに動かして鎧竜を姿勢制御しながら、真一郎は務めて落ち着いた口調で答える。
「奴の構え、そして“フェルゼン”タイプとの最初の交戦時に得られたデータ……それらから奴の戦闘スタイルはボクシングだと推察した」
「でも……相手は脚も使ってるよ?」

 慎重に間合いを計りながら、真一郎はなおも語り続けた。
「ああ。奴の戦闘スタイルをボクシングだと推察した際、同時に俺は何か違和感のようなものも覚えていた……今思えば、あの時に気付くべきだった」
 先程モニター越しに見た“フェルゼン”bisの構えを思い起こす真一郎。
「爪先相手の方向――即ち、俺達に向けた構え。それが奴の構えだ。だが、ボクシングなら普通に構えた場合、爪先は内側に向く。体重移動や膝や腰といった下半身の動きを考えた場合、それが一つの理想的なスタイルだからな」
 緊張のあまり、真一郎は手の平にじっとりと汗をかくのを感じる。
「でも、爪先の向きは違うんでしょ……?」
「そうだ。そしてそれが違和感の正体」
「どういうこと……? もしかしてあの機体のパイロットは基本を外してるってこと?」
「いや、違う。あの構えはあの構えで、やはり一つの理想的なスタイルだ」
 何かに気付いている様子の真一郎。
 彼とは対照的に可奈は未だ釈然としないようだ。
「え……? じゃあ、あの機体のパイロットのスタイルはボクシングじゃないってこと?」
 そんな彼女に、真一郎ははっきりと語って聞かせる。
「その通りだ。奴のスタイルはボクシングとは確かに似てはいるが違う格闘技――キックボクシングだ」
 
 真一郎が言うと同時、“フェルゼン”bisはまたもローキックを繰り出してくる。
 回避しつつ手甲のガードで威力を削ぐ鎧竜。

「キック……ボクシング……!」
 緊張した声音で反芻する可奈に真一郎は頷く。
「ああ。あの爪先の向け方は相手からのローキックに対処する為のものだ」
 真一郎の言葉を頷けるように、“フェルゼン”bisはパンチとキックを織り交ぜた攻撃で鎧竜を押してくる。
「ならこっちもキックで対抗しようよ! 空手にだって蹴り技はあるんでしょ?」
 そう可奈に対して、真一郎は難しい顔で答える。
「ただでさえ脚部関節に多大な負担がかかっている鎧竜だ。そんなことをすれば、関節を破損しかねない」
 可奈に答えながら、真一郎は頭の中で対抗策を練り始めるのだった。