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リアクション
「くっ……!」
鎧竜のコクピットで真一郎は歯噛みした。
漆黒の“フェルゼン”が繰り出してきた幾つかの拳打。
それを前に真一郎はかつてないほどの脅威を感じていた。
数にしてたった数発。
スピードにしても、高速戦闘を得意とする“フリューゲル”タイプの敵機よりは遅いだろう。
だが鎧竜は、先程から防戦一方を強いられていた。
なにせ敵の攻撃には無駄、言い換えれば真一郎が付け入る隙が中々見当たらない。
真一郎とて歴戦の軍人でありイコンパイロット、そして格闘家。
相手の隙を全く見い出せていないわけではない。
だが、その隙は小さいのだ。
見出した隙をついて一気に踏み込む選択肢も無いわけではない。
しかしながら、それをすれば痛烈なカウンターが飛んでくるだろう。
それが本能的に、そしてありありとわかるのだ。
ゆえに真一郎は鎧竜に防御姿勢を取らせ、じっくりと戦うスタイルを取らさせざるを得ない。
漆黒の“フェルゼン”の持ち味である圧倒的なパワーとタフネス。
敵機のパイロットはそれを惜しげもなく活かしている。
しかし、それだけで終わってはいないのだ。
相手を牽制しつつ、時間を稼ぐ戦い方をちゃんと選んでいる。
もしかすると、鎧竜の弱点である足腰の負荷も見抜いているのかもしれない。
格闘技の試合にたとえるなら、とてつもなくクレバーな戦い方をする頭脳派ファイター。
今、真一郎が相対しているのは、そんな相手なのだった。
「真一郎くん……そろそろ鎧竜の足腰が……!」
可奈が声を上げると同時、鎧竜のコクピットに警報が鳴り響く。
まだ僅かに余裕がある分、警報は控えめだ。
とはいえ、悠長に構えてはいられない。
焦燥を必死に抑えながら、真一郎が操縦桿を握り締めた瞬間だった。
『ごにゃ〜ぽ☆ こっちの方は片付いたよ☆』
裁の顔が映ったウィンドウがモニターにポップアップする。
『これより援護に入ります。一気に畳みかけましょう』
続いてポップアップしたのは近遠のウィンドウだ。
『たとえどんな装甲が相手でも、それ以上の攻撃を持ってすれば破壊は不可能ではない。あの敵を断ち、砕く為に同時攻撃を仕掛けるぞ――』
二人に続き、新たにポップアップしたウィンドウの中で煉が告げる。
その声は厳かで、まさに武人のそれだ。
ウィンドウの中の三人に向けて頷く真一郎。
顔を上げる際、真一郎はモニターの右上端に表示されている残時間のカウンターに目をやる。
05:35:09
残り継戦可能時間は五分強。
もう一度頷くと、真一郎はコクピットのマイクに向けて叫んだ。
「ああ――タイミングは俺に合わせてくれ!」
ウィンドウの中で三人が頷く。
直後、鎧竜は大きく腰を落とし、拳を握り込んだ。
強烈な踏み込みとともに十分に威力の乗った拳打を叩き込む技――正拳突きの構えだ。
「いくぞ!」
叫び声を上げ、合図を出す真一郎。
呼応するように後方から魔法攻撃が放たれる。
放たれた魔法攻撃は、一斉攻撃というのに違わず膨大だ。
その数々は“フェルゼン”bisへと炸裂。
残るエネルギーすべてをぶつけたかのような魔法攻撃の数々はどれもがクリーンヒットする。
とはいえ、相手もさるもの。
それほどの攻撃を全身に受けながらも、“フェルゼン”bisの巨体は立ち続けている。
叩き込まれたありたったけの魔法攻撃。
それで“フェルゼン”bisは撃墜できなくとも、確かにその装甲は『変転』した。
「――せいっ!」
次いで叩き込まれる鎧竜の正拳突き。
流石にそれは危険だと判断したのだろう。
“フェルゼン”bisは装甲に鎧われた胸板でその一撃をガードする。
ぶつかり合う鋼鉄と鋼鉄。
重厚で、それでいて澄んだ音が響き渡る。
そして、“フェルゼン”bisへの攻撃はそれだけではない。
再び舞い上がったレーヴァティンの振り上げた大太刀――神武刀・布都御霊。
その白刃は先刻と同様、超大型剣へと変化する。
『リミッターは既に解除できてる! 叩き斬ってやれっ!』
エヴァの声と同時に白刃を振り下ろすレーヴァティン。
鎧竜の拳が炸裂したのとほぼ同時、白刃も“フェルゼン”bisの装甲へと叩き込まれる。
拳と剣。
渾身の力を込めた二つの攻撃は、漆黒の機体へと見事に炸裂した。
再び響き渡る、重厚でいて澄んだ音。
その直後、乾いた音をたてて“フェルゼン”bisの手甲、そして装甲が砕けていく。
あれほどの強度を誇った装甲が。
科学から魔法に至るまで多種多様な攻撃を片端から弾き続けたあの装甲が。
どれだけの波状攻撃や飽和攻撃も平然と耐えてみせたあの装甲が。
圧倒的な防御力を見せつけ続けてきたあの装甲が。
綿密な連携によって重ねられた必殺の一撃の数々。
その前に、遂にかの装甲は砕けたのだ。
『どんな装甲だろうと関係ない。剛剣の一撃、貫き通させてもらう』
『テメーらの目的なんて知ったこっちゃないね。どんな理由があるか知らねぇがやってることはただのテロリストじゃねえか。海京でのこと、忘れたとは言わせねぇぞ反論があるなら言ってみな』
装甲を砕くと同時、敵味方共通の全帯域通信に切り替えて言う煉とエヴァ。
その言葉が響き渡る中、砕けた装甲の破片が戦場に舞い散っていく。
煉とエヴァが言い放った言葉への返答はない。
そして、次の瞬間。
レーヴァティンの機体は得体の知れない衝撃を受けて吹き飛んだ。
『な……っ!?』
『なんなのっ!?』
驚きの声を上げる煉とエヴァ。
それだけではない。
E.L.A.E.N.A.I.やシャルルマーニュも吹っ飛ばされている。
その場にいた機体の中で、かろうじて反応できたのは一機。
最もスピードに優れるフェオンのみだ。
『ごにゃ〜ぽ……とんでもない速さなんだよ……!』
押さえ込んだ焦燥を感じさせる裁の声。
フェオンのカメラアイが見据える先には、『機体は得体の知れない衝撃』の正体がいる。
正体。
それは凄まじい速さで動いて攻撃を仕掛けてきた一機のイコン。
そして、そのイコンとはつい先程まで裁達が戦っていた機体なのだ。
装甲を破壊された“フェルゼン”bis。
だが、かの機体は行動不能に陥ってはいなかったのだ。
粉砕された装甲の下から現れたボディ。
スリムなシルエットを覆うのは必要最小限の装甲だけだ。
重装甲のイメージが強過ぎるせいか、この姿となった“フェルゼン”bisの装甲は余計に薄く見える。
それ以前に、もはや同じ機体とわかるかどうかも怪しいものだ。
両手に残った手甲に、かろうじて重装甲時の名残があるのものの、機体としてはもはや別物に近いのではないだろうか。
舞い散る装甲の破片の中から飛び出した“フェルゼン”bisは、尋常ならざる速さでレーヴァティンを強襲。
一気呵成に叩き伏せたのだ。
その後、速度を緩めることなく後衛のE.L.A.E.N.A.I.とシャルルマーニュへ襲いかかった“フェルゼン”bis。
漆黒の機体は後衛二機もすぐさま叩き伏せると、初撃をかわしたフェオンへと狙いを定めたのだった。
『ごにゃ〜ぽ! 上等なんだよ!』
気合いを入れるように叫ぶと、裁はフェオンを疾走させた。
ピーキーな分、そのスピードは並のイコンの追従を許さない。
だが、“フェルゼン”bisは同等かそれ以上のスピードでフェオンへと対応してみせる。
フェオンが繰り出すは速度を活かした掌底の乱打。
対するは、速度を活かした拳の乱打。
無数の乱撃がぶつかり合う。
スピードの上では互角。
だが、パワーの上では“フェルゼン”bisが上だ。
あれほどの重装甲を鎧ったまま自在に動けるだけの馬力。
ある意味重石たる重装甲をパージした今、その馬力がどれだけの力を発揮するか――。
それは想像に難くなかった。
『ごにゃーぽ!』
拳の一撃は確かに手の平で受け止めたはず。
裁がそう考えた時には既に、フェオンは“フェルゼン”bisの圧倒的な馬力によって吹っ飛ばされている。
しかし裁も負けてはいない。
変幻自在の動きで“フェルゼン”bisの追撃を避けると、そのまま横へと回り込む。
横へと回り込んだフェオンは漆黒の機体の腕を掴んだ。
掴んだ腕に力をかけ、関節技へと移行するフェオン。
たとえ重装甲の“フェルゼン”bisといえども、関節まではそうはいかないだろう。
ましてや今はその装甲もない。
フェオンが一気に関節技をかけにかかった瞬間、“フェルゼン”bisは滑らかな動きで発動前の関節技から逃れる。
『ごにゃーぽ……!』
更に“フェルゼン”bisはフェオンの腕を掴むと、慣れた手つきで逆に関節技をかけ始める。
その一連の動作は鎧竜のモニターにも映し出されていた。
そして、当然ながら真一郎もそれを目の当たりにしている。
「違う……キックボクシングじゃあ……ない」
戦いの緊張感と昂りで震える声を漏らす真一郎。
「え……?」
咄嗟に問い返す可奈。
モニターに釘付けになったまま、真一郎は可奈の疑問に答えるように再び声を漏らす。
「最初はキックボクシングかと思った……だが、似ているが違う。あれは……」
釘付けになる真一郎の前、モニターの中で“フェルゼン”bisがフェオンの関節を極める。
「……シュートボクシングだ」
絞り出すような声で言う真一郎。
ベースはボクシング。
拳だけでなく蹴りの技も扱う。
それに加えて関節技も駆使する戦法。
となれば、真一郎には思い当る格闘技がある。
――シュートボクシング。
拳や蹴りによる打撃技はもちろん。
投げ技や関節技も取り入れた総合格闘技である。
フェオンに痛烈な一撃を入れた“フェルゼン”bis。
漆黒の機体はすぐさま次なる標的たる鎧竜へと向かってくる。
「くっ!」
咄嗟に操縦桿を倒し、鎧竜にガード姿勢を取らせる真一郎。
相手が関節技も扱うとわかった以上、迂闊な攻撃はできない。
防御姿勢を取った鎧竜を押しきろうと、ダッシュの勢いを乗せたラッシュを繰り出す“フェルゼン”bis。
少なくとも、鎧竜の防御力ならばたとえ“フェルゼン”bisの攻撃といえども耐えられる目算はある。
その証拠に、ラッシュを受け止めて続けてはいるが、鎧竜の装甲の耐久値はまだ安全域だ。
このままでは膠着状態になると悟ったのだろう。
“フェルゼン”bisはラッシュを中止すると、ローキックの連打へと攻撃を切り替える。
とはいえ、この攻撃も鎧竜の脚部装甲によって防がれる。
装甲同士のぶつかり合う音を小刻みに響かせながら、弾かれていく“フェルゼン”bisの蹴り。
脚部装甲で相手の攻撃を弾きつつ、真一郎が反撃に転じようとした時だった。
鎧竜のコクピットに先程よりも大音量の警報が鳴り響く。
しかも、今度は音のペースも小刻みで早い。
「え……嘘!? まだ継戦時間は残ってるはずなのに……!?」
驚きの声を上げる可奈。
彼女が目を皿のようにして見つめるモニターには、既に殆ど残っていない継戦残時間のカウンターが表示されている。
「抜かったっ……!」
一方、真一郎はその理由を察したようだ。
ローキックの連打による脚部関節へのダメージ蓄積。
それが継戦可能時間を凄まじい勢いで削っていたのだ。
歯噛みしながら操縦桿を倒し、ペダルを踏み込む真一郎。
「もってくれよ……! 鎧竜!」
もはや防御を捨て、攻撃を受けることも厭わずに鎧竜は拳の一撃を繰り出す。
これが防御を捨てた一撃であること。
それに気付いた“フェルゼン”bisは咄嗟に身を退いて回避を行う。
だがかろうじて鎧竜の拳は“フェルゼン”bisの身体を捉えた。
そして、それだけで十分だった。
鎧竜も規格外の重装甲に鎧われていながら、ある程度自在に動き回れるだけの馬力を有する機体。
その馬力から繰り出される拳打の威力は計り知れない。
加えて、今の“フェルゼン”bisは装甲などほぼない状態。
たとえかすっただけでも、それなりに有効打足りえるのだ。
しかしながら、捨て身の一撃は鎧竜への負担も大きかった。
“フェルゼン”bisに一撃をくらわせた直後、小刻みではない長音の警告音がコクピットに鳴り響く。
「……っ!」
これ以上は鎧竜の足腰を損壊しかねない。
真一郎が焦った瞬間、遂に鎧竜は耐えかねたようにその場にへたり込む。
幸い、足腰が折れるより前にへたり込んだおかげで修復のきかない事態になることは避けられた。
ただし、今の鎧竜は動けそうにもない。
もっとも、ダメージがあるのは“フェルゼン”bisも同じようだ。
鎧竜の拳を受けた箇所を手で押さえ、そのまま撤退していこうとする。
その背に向けて、真一郎は共通帯域通信で呼びかけた。
「お前の仲間と同じようにコードネームでも構わん……せめて名前くらいは教えていけ」
しばしの沈黙。
僅かな間を置いた後、落ち着いた青年の声がただ一度だけ通信帯域に響く。
『――犀(ナースホナ)』
ただ一言。
それだけ告げると、“フェルゼン”bisは、やはり重装甲時の姿が信じられないほどの身軽さで木々の間をくぐり抜けていく。
そして、瞬く間にどこかへと去っていった。