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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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 イルミンスールの森での戦闘と同時刻 シャンバラ教導団本校
 
「教導団には敵機体に関する報告だけのつもりだったけど……竜系列の改修まで以来が来るとはね……」
 教導団本校の正面入り口。
 校門に向けて歩きながら、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)は呟いた。
「なーんか迅竜に来てからアッシーばっかやってるような……つまんないからあたしにも少しは噛ませなさいよ!」
 彼女の隣を歩きながらジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)が口を尖らせる。
 そう言う通り、愛機であるフィーニクス・NX/Fを駆ってパートナーのイーリャを送り届けたのは彼女だ。
 数日前に続き、またも送迎役がまわってきたとあっては、口を尖らせたくもなるのかもしれない。
 ましてや、愛機のNXは最新技術が投入されたカスタム機。
 従来のフィーニクスを凌駕する戦闘力を持つ機体を単なる移動手段としてしか使っていないのも、ジヴァにしてみれば些か面白くないのかもしれない。
 
 愛機を格納庫に預けた後、イーリャとジヴァはとある人物との待ち合わせ場所である正面入り口。
 正確にはそこの正門前へと向かっていた。

「ここに限ったことではないけれど、やっぱりパラミタの学校は広いわね……」
 ぼやくように、というよりは感心したようにイーリャは一人ごちる。
 機体を預けてからは歩いてきたものの、思っていた以上に待ち合わせ場所までは距離があった。
 とはいえ、この調子でいけば五分前には余裕を持って到着できるだろう。
 この学校の広さは、以前訪れた時にも感じていたことだ。
 
 前回の戦いの際、イーリャはこの場所を訪れた。
 戦場で収集された情報、およびイコン工学理論の権威としての所見の報告。
 それを終え、一度迅竜へと戻ったイーリャ。
 だが、それで終わりではなかった。
 
 イコン工学理論の権威たるイーリャに、新たな依頼が舞い込んだのだ。
 教導団に『返却』された機体の数々。
 名前に『竜』の字を持つ四機のイコン。
 それらの改修依頼を受け、彼女は再びこの場所を訪れていた。
 
 イーリャが到着したのは約束の時間の五分前。
 一方、出迎えの相手は既に校門前で彼女を待っているようだった。
 
 その相手は一人の青年だ。
 短く整えられた頭髪に精悍な容貌。
 一部の隙も無く着こなされた軍服。
 そうした外見に加え、ある種の風格ともいうべきもの。
 纏う雰囲気がその人物を優秀な軍人であると感じさせる。
 事実、軍服の胸には大尉の階級章が見て取れる。
 
「お待ちしておりました。イーリャ・アカーシ博士、ジヴァ・アカーシさん」
 校門前で待つ彼は、イーリャの姿を認めるや否や最敬礼する。
 対するイーリャも姿勢を正す。
 教導団式の最敬礼を思い出しながら、自分も同じ形で答礼するイーリャ。
「お出迎えありがとうございます。叶 白竜(よう・ぱいろん)大尉」
 しばし敬礼を交わした後、白竜は早速切り出した。
「本日、ご足労頂きましたのは他でもありません。我々教導団としても、イコン技術の権威たる博士の御力をお借りしたいのです」
 
 敬礼を終えて校門へと歩き出したイーリャ。
 ジヴァもそれに続く。
 歩きながら、イーリャは白竜の言葉に頷きを返す。
「ありがとうございます。私としてもお役にたてることがあれば嬉しいですから」

 校門を抜け、白竜は二人を格納庫区画へと案内していく。
「白竜大尉、一つ……いえ、二つほどお聞きしてよろしいでしょうか?」
 イーリャは少し前を歩く白竜へと問いかける。
「何でしょうか?」
「先程のお出迎え、そして今こうして案内して頂いていることには感謝しております。ですが一方で、白竜大尉は一連の事件に関する機密情報の管理や調査への責任を負う立場の方。てっきり、調査の中心として動かれているものかと。私の道案内をしていてもよろしいのでしょうか?」

 他意はない質問。
 だが、イーリャの表情にはどこか申し訳なさそうな色もある。
 それを感じ取った白竜はイーリャを振り返った。

「お気遣い痛み入ります。ですがご心配には及びません。博士は我々教導団にとって賓客。ならばある程度の立場の者が応対するのが当然というもの。それに――」

 そこで一拍の間を置く白竜。
 イーリャも何かを察したのか、無理に割きを促すことはせずに沈黙をもって待つ。
 
「――これから博士にお会い頂く相手は、この事件に関する機密に近い所にいる人物。その人物と博士を引き合わせる以上、この件は私の領分なのです。そして、博士への依頼が『竜』の字を冠する四機の改修である以上、尚更のことです」
 そう答えると、再び歩き出す白竜。
 イーリャとジヴァもそれに続く。
 しかし、イーリャの予想とは裏腹に白竜は程なくして足を止めた。
 
「ここは……?」
 ついイーリャは問いかけていた。
 白竜が案内したのは、校門からそれほど離れていない場所にある格納スペース。
 といっても、アスファルトの打たれたある程度のスペースに格納庫がいくつか存在するだけのシンプルなものだ。
 
 建ち並ぶ格納庫も一般的なもので、その上、整備を行っているものに関しては扉が開けっぱなしだ。
 一面アスファルトの屋外は屋外で、かなり見通しが良い。
 端的に言えば丸見えだ。
 機密も何もあったものではない。
 てっきり、一部のごく限られた者以外には入ることはおろか、見ることも許されないような場所に案内されるものかと思っていたイーリャは意外そうな顔をする。
 
 それを予想していたのか、白竜はすぐさまイーリャへと語る。
「こちらにご案内致しました理由は二つあります。一つは、やはりアカーシ博士といえど、教導団の重要機密区画へおいそれとお通しするのは難しいということ。ご足労頂いておきながらのご無礼、ご容赦ください」

 詫びの礼をする白竜。
「いえ、どうかお気になさらないでください。私も天御柱学院で多少なりとも機密に関わることがありますから、その点に関しては存じているつもりです」
 イーリャがそう答えると、白竜は礼を終える。
「そしてもう一つの理由は、イーリャ博士――もとい迅竜にお渡ししたいものが保管されているのがこの区画だからです」

 そう答えると、白竜は扉の開け放たれていた格納庫の一つ。
 その前へイーリャとジヴァを案内する。
 格納庫の中には一人の技術者が何かの装置と思しきものの整備に勤しんでいる。
 
 その技術者は白竜達に気付くと、立ち上がって敬礼する。
「失礼。叶白竜大尉です。イーリャ・アカーシ博士並びにジヴァ・アカーシ氏をお連れしました」
 答礼しながら告げる白竜。
 すると技術者は、三人に中へと入るように手で促す。
「お待ちしておりましたよ。既に団長からお話は伺ってます」

 白竜達を待っていた技術者。
 彼こそ、今までに『返却』された竜系列の調整を行ってきた技術者なのだ。
 新たな『竜』が起動する度、団長に報告と説明を行っていたのも彼である。
 
「御噂はかねがね。お会いしたく思っておりました。イーリャ・アカーシ博士」
 立ち上がって技術者はイーリャへと握手を求める。
「こちらこそ光栄です」
 握手に応じるイーリャ。
 しばし握手した後、技術者は早速問いかけた。

「アカーシ博士が竜系列の改修をお引き受けくださったことはお聞きしてます。失礼かとは存じますが、プランの方を見せて頂いても?」
 微笑みを返すと、イーリャはハンドヘルドコンピュータに出した設計図を見せる。
「いえ。やっぱり技術者同士、気になりますものね。まず具体的にすべきは現状の改修案でしょう。すぐ考えて実行できそうなものから私なりにピックアップしてみました」
 説明しながらイーリャはハンドヘルドコンピュータを操作する。
 すぐに画面にはワイヤーフレームで描かれた禽竜が映し出された。
「……すぐ考えつくのはバルカンライフルへの着剣機構の取り付けですね」
 
 話を聞いている技術者の方も早速興味を惹かれたようだ。
「なるほど。詳しくお願いします」
 その言葉に頷き、イーリャはページを切り替える。
 新たなページに記されていたのは、ワイヤーフレームで描かれたワイヤーフレームだ。
 
「銃剣なら使えなかった時もすぐ戻せるし、突進力が長所の禽竜には刺突武器の方が相性はいいはずです。時間があるならライフルもブルバップ化とかで取り回しを改善したいけど……これは時間喰いそうだし余裕があれば」
「ふむふむ」
 感心したように頷く技術者。
 彼に向けてイーリャはなおも語る。
「将来的には希望の多い突撃型白兵武器、ビームカッターやエナジーバーストみたいな体当りも考えていきたいですね」
 
 説明しながら慣れた手つきでページを切り替えていくイーリャ。
 続いて表示されたのは剣竜の設計図だ。
 
「現時点では飛行ユニットの搭載が唯斗……現在のパイロットから出ていますが。といっても……唯斗からの要望はすぐには難しそうです。とりあえず刀以外でも光学剣と戦えるようビームコート付の手甲を両手に。飛行ユニットは今後の重要課題ですね……」
 
 言いつつイーリャは三つ目の設計図に画面を切り替える。
 次は盾竜だ。
 もっとも、この設計図に関しては既出の二つとは違って殆ど手は加えられていないが。
 
「これは甲斐さん――私と同じく迅竜クルーの方が手をつけてくれてるようなのでお任せで。提案としては迅竜と索敵能力を補えるようなデータリンク構築くらいかしら? 後は……うーん」

 残るは鎧竜だが、迅竜に配備されたばかりでまだ詳細な問題点やそれに伴う改善点が出ていない。
 そもそも、先程イーリャのティ=フォンに入った連絡によれば、まさに今初出撃の真っ最中だというのだから。
 
 俄かにイーリャが考え込んだ時だった。
 彼女と技術者のやり取りを間近で見ていたジヴァがハンドヘルドコンピュータの画面をひょいと覗き込む。
 
「ってかさ。禽竜、鎧竜……この辺、ビーム兵器積んじゃってもいいんじゃない? 例えばコームラントの大型ビームキャノンとかプラヴァー砲戦型のプラズマカノンとか」
 
 その言葉にイーリャよりも先に技術者が反応する。
 彼は即座にジヴァへと向き直った。
「なるほど。詳しく聞かせてもらえますか?」
「いいわよ」
 頷くジヴァ。
「禽竜は仮想敵のフリューゲルがビームコート搭載って疑惑も出てるけど、禽竜ベースで大目に見ても『カスあたりなら耐えられる』って程度じゃない。光学兵器は自重も反動も実体砲より軽いし……射撃時にエネルギードカ食いするって短所も、エネルギー有り余るほどある竜系なら無問題でしょ?」
 そこまで一息に語ると、ジヴァはちょうど画面に映し出されていた鎧竜の設計図を指さして続ける。
「特に鎧竜……活動時間は短いし、有り余るパワーはどつきあい以外でも有効活用すべきと思うのよね」
 
 イーリャの意見だけではなく、ジヴァの意見に対しても技術者は感心した素振りを見せる。
 小刻みに頷いてみせると、技術者は二人を順繰りに見つめていく。
 
「ふむふむ。なるほどなるほど。流石はイコン工学の権威とその連れの方、実に参考になります」
 
 そう言われて恐縮するイーリャ。
 一方のジヴァはというと、満更でもないといった表情で自信たっぷりに胸を張っている。
 
 そんな二人を見て微笑みを向けた後、技術者は自分の背後に向けて手の平を向けた。
「さて、では次はこちらの番ですね――」

 彼に促され、イーリャとジヴァは彼の背後を見やる。
 そこにあったのは、つい今しがたまで彼が整備していた装置だ。
 
「アカーシ博士、あなたがた天御柱学院がトリニティ・システムを発表した時――我々の他校の技術者の間には衝撃が走った」
 少しばかり昔のことを思い出すように言った後、技術者はイーリャへと水を向ける。
「あなたも同じ技術者ならわかるとは思いますが。同等のものを自分達でも作りたくなってしまうのですよ。あれほどのものを見せられたとあってはね。まあ、意地といえば意地です」

 語りながら技術者は横に向けて歩く。
 技術者がまるで道を開けるように移動したのを受け、イーリャは自然と装置に歩み寄っていた。
 
 人間よりも巨大なサイズである以上、人間ではなくイコンが使うものだということはわかる。
 巨大で厚みのある円盤状のパーツと、そこから伸びた太く頑丈なケーブル。
 円盤には連なった金具が取り付けられている。
 似ているものを挙げるとすれば、古風な映写機に使用されるフィルムの缶。
 それに金属製のバンドを取りつけたという感じだろう。
 連なった金具は上下に伸びており、形だけなら腕時計にも似ているといえた。
 もっとも、円盤の巨大さとバンドの取り付けられた向き――上下真っ直ぐではなく斜め方向。
 それらのおかげで、この装置は腕時計というよりも、とある別の道具を思わせる。
 
「まるでメッセンジャーバッグね。まさかこれをしょって出撃するってのかしら」
 考えを巡らせるイーリャの横で口を開いたジヴァ。
 半ば冗談交じりの率直な感想。
 本人にしてみれば、何の気なしにそれを言っただけだ。
 
 だが、本人の意志とは裏腹にイーリャ、そして技術者の二人は感心したように彼女を見つめる。
 
「え?」
 少し困惑気味に問い返すジヴァ。
 それに対し、イーリャの顔はある種の確信があった。
 
 円盤とケーブル、そしてバンド。
 それだけでは今ひとつ使い道は判然としない。
 だが、ケーブルの先端に繋がれた円筒形のパーツ。
 これを見たイーリャはこの装置が何であるかを理解していた。
 
「おそらくこの円盤の中身は並列接続された複数の機晶バッテリー。そして、接続されているのは新式ビームサーベルといった所でしょう」
 イーリャの言葉に頷く技術者。
 その表情は感心を通り越して感嘆しているのが感じられる。
 
「ご名答。流石は天御柱学院が誇る頭脳」
 そう答えてから、技術者は件の装置に歩み寄った。
 
「機体に搭載可能なトリニティ・システムと、それを前提とする新型装備の技術は天御柱学院にしかない。ならば、それに相当するエネルギー源を外部バッテリーとして用意することで、新型装備を使用可能にする――単純で強引な発想です。もっとも、それを実際に形にした我々も大概ですが」

 苦笑するように言う技術者。
 装置をじっと見つめていたイーリャが自分へと向き直ったのに頷きを返すと、彼は続けた。
 
「お察しの通り、強引な発想だけあって普通のイコンには手に余る代物です。バッテリー自体のエネルギーはすべてビームサーベルに流れ込むおかげで出力は高いものの、スタートアップに本体のエネルギーを使わざるを得ない。その上、パフォーマンスの意地にもやはり本体のエネルギーを食うものですから。結局、装置の本体重量も相まって、装備するとパフォーマンスが低下するという事態が発生しましてね」
 
 イーリャから目を移すと、彼は再び装置を見上げる。
 
「鋼竜でしかテストしていませんが、他の機体でもそうでしょう。そういうわけで、作ったはいいものの、ここでお蔵入りになってたわけです。ですが――」
 そこで敢えて一拍の間を置く技術者。
 そして再びイーリャの目を真っ直ぐに見つめ、彼は言った。
「――とある機体なら話は別だ」
 
 それを聞き、イーリャは自然とその機体の名前を口にしていた。
「禽竜、ですね」
「ええ。その通りです。駆動に機晶エネルギーだけではなくジェットエンジンも併用する禽竜なら、円盤に多少なりともエネルギーを食われても問題はない。そして、本体重量をもろともしない殺人的な機動性。本来は装備することが想定されていない武装を無理矢理載せてるせいで機体バランスや操作性は最悪ですが、もともと禽竜の機体バランスや容易な操作性なんてあってないようなものですから」
 
 彼の言わんとしていることをイーリャも理解した。
 それを察して頷いた後、技術者は言う。
 
「確かに装備としては欠陥品かもしれません。ですが、こと禽竜にとっては理想的な装備なのです――」