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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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 戦闘終了後 迅竜 医務室
 
「急いでおくれよ! やっこさん、骨格と内臓を随分と痛めてるみたいだ!」
 医務室でアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)は叫んだ。
 ストレッチャーに乗せられ、医務室へと運ばれてきた二人。
 ザカコ、ヘル両名の身体に目を走らせ、アヴドーチカはざっと状態を診察する。
 
 禽竜に乗って激しい空戦を繰り広げ、過酷なマニューバを繰り返した二人。
 その負担は、間違いなく二人の身体を傷つけていた。
 
「玄白、外科的治療ならおまえも得意だろう? 私はこっちの坊やをやる! そっちはその恐そうな奴を頼む!」
 声を張り上げながら、アヴドーチカは素早くザカコの前へと陣取る。
「エメリアンと三号は私を手伝うんだよ! 結和――おまえは玄白を手伝いな!」
 手早く指示を飛ばしながら処置の準備を始めるアヴドーチカ。
 
「う、うん……っ! わか、わかったよ!」
 緊張でろれつが回らないながらも、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)は必死に返事をする。
 その横でアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)も力強く頷いた。
「わかったよ。他にも必要なものがあればすぐに言ってね?」
 三人はザカコの治療へと取り掛かる。
 
 一方、すぐ近くではヘルの治療も行われていた。
「内臓の損傷と骨折……どちらもひどい上に数が多い……」
 彼の状態を診察する杉田 玄白(すぎた・げんぱく)の顔も険しい。
「ならすぐにでも処置しないとっ!」
 玄白の隣で一人の少女が声を上げる。
 彼女――高峰 結和(たかみね・ゆうわ)の前には準備を終わった器具が並んでいる。
 その手際はまだ一段と良くなったようだ。
 
 玄白はかつて結和とともに治療を行ったことがある。
 その時のことを思い出す玄白。
 見ないうちに洗練された結和の手際に、場違いながらも微笑ましい気持ちが湧くのを玄白は感じていた。
 しかし、玄白はすぐに頭を切り替えた。
 結和に向き直ると、玄白は難しい顔で言う。
 
「そうしたい所ではあります。ですが、そうもいかないかもしれません」
 やはり難しい顔で玄白は告げる。
 医者として数々の困難な現場に目の当たりにしてきた彼ですらこうした顔になる。
 この事実がこの状況がいかに抜き差しならないものであるかを物語っている。
 それでも冷静さを失わずにいるあたり、やはり彼は経験豊富な名医に違いないのだろう。
 
「どうしてですかっ……! 早くしないとヘルさんは……っ!」
 対する結和は感情的だ。
 そんな彼女に向け、玄白はまるで諭すように説明する。

「どんな処置をすれば良いのかは解っているのですが、ヘルさんの体力消耗が激し過ぎる。たとえ身体的に強化された契約者とはいえ、彼が処置に耐えきれるとは言いきれないのです」
 そう言われては結和も黙り込むしかない。
「まずすべきは損傷した内臓の縫合。ですが、今の彼の場合、その縫合の負担すら無視できない危険なのです」
 熟考に入る玄白。
 しばしの間、玄白と結和の間を沈黙が支配する。
 
 ややあってその沈黙を破ったのは結和だった。
「治癒魔法なら……なんとかできるかもしれません……!」
 その言葉を受け、玄白は更に考え込む。
 すぐさま結和は更なる説明を始めた。
「治癒魔法の魔力を点・線状に集中させれば、針と糸で縫合のような処置ができるはずです。失血で体力損耗が激しい今回のような場合も治癒魔法を使用すれば負担を減らせるはず……!」
 結和の説明を聞き、玄白は大きく頷いた。
「なるほど」
 彼に頷きを返すと、結和は更に付け加えた。
「それに、治癒魔法なら組織の再生も速いはずです。だから、体機能の復調も早いし、結果的に体力が戻るまでの時間も早まるはずなんです」
 言い終え、一つ息を吐く結和。
 結和の瞳をじっと見つめると、玄白は何かを決意したような面持ちで口を開く。
 
「委細は承知しました。高峰さんの方法でいきましょう」
 玄白からの返答に一瞬驚いたものの、結和はすぐに表情を引き締める。
「は、はいっ!」
 互いに頷き合う結和と玄白。
 直後、二人は処置を開始した。
 
「まず切開しましょう」
 告げるや否や、玄白は慣れた手つきでヘルの患部を切開する。
 切開したことで体内の状態をより鮮明に目視できた二人。
 状態を見て息を呑んだものの、その一方で胸を撫で下ろしてもいた。
 
「これだけの負傷ながら粉砕骨折ではなかったのが幸いですね。さあ、高峰さん。内臓の『縫合』をお願いします――」
 小さく頷き、結和はヘルの内臓に手を近付けた。
 細心の注意を払い、可能な限りの距離まで近付けた手に魔力を集中させる結和。
 面を線、線を点にすることを意識し、結和は精神を集中させる。
 
 治癒魔法の温かな魔力が彼女の手の平から僅かに漏れた直後、少しずつヘルの内臓にできた傷口が縫合されていく。
 しばしその状態を維持することに注力する結和。
 その甲斐あってか、ほどなくしてヘルの内臓は縫合治療が完了する。
 
「縫合……終了しました……!」
 大きく息を吐き、袖口で額の汗を拭う結和。
 ふと見れば、骨格の方は既に玄白が骨片を組み合わせてくれていたようだ。
「こちらの方も終了しました。後は高峰さんの治癒魔法で骨を繋げてください」
「は、はいっ!」
 再び意識を集中する結和。
 玄白の鮮やかな手際によって組み合わされていたおかげか、すぐに骨は再結合する。
 
 その後、患部をすべて治療し終えた二人は切開部位の縫合を残すのみとなった。
 それも結和の治癒魔法によって『縫合』すると、二人はついにヘルの治療を終える。
 
「縫合……完了ですっ……!」
 今まで以上に大きく息を吐いて結和は言う。
 彼女達のおかげでヘルのバイタルは安定を取り戻す。
 呼吸も乱れていないのを見るに、少しすれば目を覚ますだろう。
 
「治癒魔法――」
 その語感を確かめるように玄白は呟く。
 直後、玄白は結和へと向き直った。
 
「――パラミタに身を置いてそれなりに経ちますが、やはりこの大陸の技術にはいつも驚かされます。おかで無事、彼を治療することができました。ですが、それだけではありません」
 そこであえて一拍の間を置く玄白。
「的確な判断と確かな技術、そしてその為に必要な知識と経験――高峰さん、あなたのおかげです。成長、されましたね」
 その言葉を聞き、結和は感極まったように目を震わせる。
 
「あ……ありがとう、ございますっ!」
 深々と頭を下げる結和。
 
 その様子を傍目から微笑ましげに見ていたアヴドーチカは、小さく笑みを浮かべる。
 ちなみに、彼女の方も既に患者への処置を完了していた。
 彼女の確かな腕によって、ザカコの容態も無事落ち着いたようだ。
 
「エメリヤン、三号、この坊やを頼むよ」
 話を振られ、咄嗟に頷いたものの、エメリヤンと三号はアヴドーチカの意図をはかりかねているようだ。
 
「ど、どうするの……?」
「どこか用事でも……?」

 問いかけてくる二人に向け、アヴドーチカは隣の部屋を軽く指さしてみせる。
 
「ちょいと診察の予約が入ってるのさ。もしその坊やはもう大丈夫。でももし、急変するようなことがあったらすぐに私を呼んでおくれよ」
 それだけ言うと、アヴドーチカは白衣をひるがえしてドアへと歩いていく。
 処置室のドアを開け、隣の部屋――診察室へと、アヴドーチカは戻っていった。