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リアクション
診察室へと戻った彼女はデスクの前に置かれた椅子へと腰掛ける。
美貌を僅かにを上げ、壁にかけられた時計に目をやるアヴドーチカ。
時計の針はちょうど約束の時間を示している。
診察の『予約』が入っている相手は軍人の例に漏れず時間には正確だ。
そろそろ来てもおかしくはない。
――そう思っていた時、ドアの外で物音がする。
音がしたのは廊下側に面したドア。
医務室の外で、それもすぐ近くで何かが壁にぶつかったようだ。
「……!」
物音から何かを察したアヴドーチカは素早くドアへと駆け寄る。
もし向こうに相手がいた場合を考え、そっとドアを開けるアヴドーチカ。
廊下に顔を出した彼女は、予想通りの相手がそこにいるのを目の当たりにする。
「おまえさん! 大丈夫かい!?」
そこにいたのは長い黒髪が印象的な女性だ。
座り込み、俯いている姿勢のせいか、長い髪に隠れて顔までは見えない。
それでもアヴドーチカはその人物が誰であるかはわかっていた。
「もし……ここはどのブロックでしょうか? 申し訳ありませんが、可能でしたら私を医務室まで連れていってはもらえませんか? 帰投後、速やかに医療班のハイドランジア医師の所へお伺いすることになっていまして……」
アヴドーチカの待っていた相手はそう問いかける。
どうやら、周囲の状況が上手く認識できていないらしい。
廊下に座り込んでいたのも、前後不覚の状態で歩いている時に壁へとぶつかったせいだろう。
アヴドーチカは長い黒髪の女性に手を差し伸べる。
一方、相手はその手を掴んで立ち上がろうとするも、その手は空を切ってしまう。
どうやら、アヴドーチカの手がよく見えていないらしい。
何度か虚空を掴むように手を動かした後、アヴドーチカの方がその手を掴む。
「安心しなよ。ここがその医務室で、そんでもって私がそのハイドランジア医師だ」
それを聞いてからわずかに間を置いて、ようやく長い黒髪の女性は顔を上げた。
顔にかかっていた長い黒髪が左右に流れ、あらわになった彼女の顔を見て、彼女が診察の『予約』の入っている相手――蓮華であることを再確認する。
ようやく安心したような表情になる蓮華。
もしかすると、アヴドーチカの言葉は聞き取れているが、その声がアヴドーチカのものであるとは認識できていなかったのかもしれない。
それを察したアヴドーチカは蓮華に肩を貸すようにして助け起こすと、そのまま診察室へと運び込む。
そのまま彼女をベッドに寝かせると、アヴドーチカは手早く診察を開始した。
「こりゃ……結構な無茶をやらかしたもんだね」
ため息を吐くと、アヴドーチカは必要な処置を済ませる。
すると蓮華はすやすと寝息をたてて眠りへと落ちた。
五感が疲弊しきった状態の中、緊張だけで持たせていたのだろう。
医務室についたことで安心し、緊張の糸が切れたのかもしれない。
少なくとも今は大丈夫そうだと判断したアヴドーチカはほっと胸を撫で下ろし、蓮華に毛布をかけた。