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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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 同日 某時刻 某所
 
 エッシェンバッハ派の秘密格納庫。
 そこに彩羽の声が響き渡った。
 
「来里人っ! 返事をしてちょうだい!」
 格納庫には漆黒の二機が膝を突くようにして停止している。
 よく見れば、彩羽の“シュピンネ”が来里人の機体に肩を貸すようにして蹲っているのがわかった。
 
 来里人の機体は中破しており、装着した“ユーバツィア”に至っては殆ど原形を留めていない。
 通信ごしに彩羽が呼びかけてはいるが、コクピットの来里人からは返事がない。
 
 外部からハッチを開けようとしているものの、ダメージのせいで電算系統に異常が出ているのだろうか。
 彩羽が外部から端末を繋いで操作系統に介入しても、ハッチは一向に開かなかった。
 開きかけてはいる。
 だが、ダメージで破損しかかっているのだろう。
 ハッチは僅かに開くものの、それまでだ。
 
「貸してみろ」
 
 彩羽にしては珍しく焦りながらキーボードを叩いていると、背後から声がかけられる。
 声の主は“犀”と名乗った、あの大柄な青年だ。
 
 彼はハッチに近付くと、素早く状態を確認する。
 ダメージで破損しかかっているせいでできた隙間。
 それを見つけると、彼は落ち着き払った様子で手をかけた。
「……!」

 ハッチの隙間に手をかけ、力を込める“犀”。
 数秒後、驚くべきことにハッチは、鈍い音を立てて開いたのだ。
 
「開いたぞ」
 それに驚きを禁じ得ないものの、すぐに彩羽は我に返って来里人へと駆け寄る。
「来里人っ!」
 コクピットの中で来里人は目を閉じ、ぐったりとしていた。
 きっと気絶しているのだろう。
 
 それを察した彩羽は“犀”を振り返る。
「お願い」
 彩羽に頷くと、“犀”は来里人を抱えてコクピットから連れ出した。
 
「速く応急処置をしないと!」
 再び声を上げる彩羽。
 それに応じたのは、学生服の青年だった。
「無論です。ならばすぐに、ここでやりましょう」
 
 驚く彩羽。
 一方、“犀”は意図が理解できているのか、疑問も見せずに来里人を手近なコンテナの上に寝かせる。
 
 すると学生服の青年は来里人へと歩み寄った。
「ふむ。なるほど――胴部に粉砕骨折ですか。ですが、破片が大きいのが幸いでしたね。荷電粒子砲のエネルギーをサイオニック・ドメインで軽減し、更に“カノーネ”タイプの“ユーバツィア”に搭載された弾薬の爆発もサイオニック・ドメインで軽減……したばかりかリアクティブアーマーのように逆利用。更には姿を隠す煙幕としてまで使うとは。けれど、一番驚くべきはそれほど無茶をしておきながらこの程度の怪我で済んだことでしょうか」
 
 立て板に水と語る学生服の青年。
 まるで『実際に見ている』かのように語る彼だが、彩羽は未だ不安そうだ。
 
(大丈夫。既に怪我の状態が見えた以上、応急処置ができる筈よ)
 彩羽の心境を見て取ったように、彼女の心へと念波が送られてくる。
 はっとなって振り返ると、その先にいたのは黒いセーラー服を着た黒髪の少女だ。
 やはり彼女は口はもとより、瞼一つ微動だにしていない。
 けれども彩羽は彼女がそれなりに饒舌なのも理解していた。
(あなたを庇っての怪我だもの。心配になるのはよくわかるわ。でもここは少し落ち着いて)
「ええ。そうしないと、彼も集中できないものね」
 
 肉声で応えると、彩羽はただ静かに見守る。
 一方、学生服の青年は来里人の怪我に手をかざしたまま、目を閉じて何かに集中していた。
 
 数分後、青年は目を開けて彩羽へと向き直る。
「骨は破片を動かしてどうにか組み立てました。後は本人の回復力に任せましょう。まあ、彼も『契約者』ですから、常人以上の回復力があるでしょうし、大丈夫でしょう。さて、次は――」
 
 そこまで語ると、青年は格納庫の奥へと向き直る。
 その先には漆黒の機体がほぼ大破に近い状態で固定されていた。
 
 両腕が吹き飛び、それ以外にも各所の装甲が破損し剥離している。
 ダメージを受けていたとはいえ、来里人の機体はまだ五体を留めていたが、これはそれよりも更にひどい。
 
 ――“ドンナー”bis。
 この機体は迅竜機甲師団にそう呼ばれている機体だ。
 既にパイロットはコクピットから連れ出されているらしく、近くのコンテナの上には“鼬”が寝かされていた。
 更にその横には和服姿の美人が横たわっている。
 二人に付き添うようにして立っているのは、ポニーテールで長身の少女だ。
「うぅ……よかった。賢志郎くんも、沙耶さんも無事で……」
 安堵の声を漏らす長身の少女。
 彼女に黙礼し、学生服の青年は横を通り過ぎて破損した機体へと歩み寄る。
 
「無茶というならこちらもですね」
 機体に歩み寄り、青年は呟く。
「ええ。まったくですよ。何はともあれ、彼等とこの機体を失わずに済んだのは僥倖でした」
 青年の呟きに応えたのは、近くで機体を検査していたスミスだ。
 
「まあ、これも彼女のおかげですよ」
 そう言ってスミスが振り返った先にいたのは中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)だ。
 そして、その背後には彼女の愛機たるサタナエルが見える。
 
 今の綾瀬はドレス姿。
 きっとこのドレスは彼女の魔鎧たる漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)に違いない。
 サタナエルの前には魔王 ベリアル(まおう・べりある)の姿も見える。
 どうやら、綾瀬一向は揃い踏みのようだ。
 
「両腕部のパーツに組み込まれた自爆装置が作動する瞬間にワープで接近。爆発に紛れて“シュベールト”を連れて脱出とは、随分と離れ業をやってのける御仁だ」
 驚きましたとばかりに両腕を広げるスミス。
 一方の綾瀬は涼しい顔だ。
 
「それぐらいのことをやってみせなければ信頼して頂くことも、認めて頂くこともできないのでしょう?」
 綾瀬の言葉にスミスは笑ってみせる。
「これはこれは。失礼を致しました。エッシェンバッハ派として感謝致しますよ」
「では?」
「ええ。私としては構いません。皆さんはいかがでしょう?」
 問いかけるようにシュバルツタイプのパイロット達を見回すスミス。
 
 その場にいた学生服の青年とセーラー服の少女、“犀”と航は無言で頷くだけだ。
 彩羽も無言で頷き、近くで成り行きを見守っていたスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)夜愚 素十素(よぐ・そとうす)もやはり無言で頷く。
 彼等が頷き終えた後、最後に“蛇”が口を開いた。
 
「ああ……わーったよ。テメェ等はオレ達の仲間を助けてくれたことに違いねェ。だから異論なんざねェんだヨ」
 頭をがしがしと掻きながら言う“蛇”。
 それを待っていたかのようにスミスは言った。
 
「決まりですね。中願寺綾瀬さん御一行。我々エッシェンバッハ派は貴女方を歓迎します」
 スミスの言葉を受け、綾瀬は優雅に一礼してみせる。
 そして綾瀬はシュバルツタイプのパイロット達に向き直ると、微笑とともに言うのだった。
「皆様ごきげんよう……皆様の使っているコードネームに習って『猫(カッツェ)』とでも呼んで頂ければ幸いですわ。よろしくお願い致します」