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リアクション
一方。
「よし! 今年のクリスマスこそは、兄さんとの仲を進展させますよ!」
あの、世界制服をもくろむ悪の天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)のパートナー高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)は、恐るべき計画を進めようとしていました。
ブラコンの咲耶は、クリスマスにハデスにアタックすることにしたのです。
毎度毎度、どんなに邪険に扱われようと酷い目に合わされようと、好きなものは好きです。彼を思うだけで気合が入ります。
普段は大人しい咲耶ですが、今夜はオーラが違いました。
「ちょっと大胆ですけど、兄さんの部屋に忍び込んで私がプレゼントになりましょうっ!」
彼女は、ハデスにも劣らない不敵な笑みを浮かべます。
これは、勝てます。咲耶は自信がありました。
「よし、兄さんはまだ研究室みたいですね。今のうちに」
こっそりとハデスの部屋へとやってきた咲耶は、様子を伺いながらも室内へと入り込みました。ハデスは、いつものように研究室にこもっているようで、しばらく戻ってくる様子はありません。
「……」
自分の計画に酔いしれ幾分ハイになっていた咲耶は、部屋を見回してクラリとよろめきそうになります。ハデスの部屋です。私室です。
「兄さんの臭い、兄さんの感触、兄さんの雰囲気、兄さんの生活感、兄さんの……。はっ」
危うくヤンデレ化しそうだった咲耶は、我に返ってアタック作戦を実行し始めました。
服を脱いで、全裸にリボンを巻いただけという大胆な格好になった咲耶は、用意してきた大きな靴下の中に入って、全裸待機ならぬリボン待機をします。
そう、彼女自身がプレゼントなのです。
ハデスは、どんな反応をするでしょうか。
ああ見えても男です。あんなことやこんなことや、あまつさえ、言えないことまで……。
「ああ、兄さん……」
妄想しているだけで大変なことになりそうです。
咲耶は、気を落ち着け直しじっと待ちます。じっと……。
そして、そのまま眠ってしまったのでありました。
同じ頃。
「くっ、もうすぐ、夜明けの時間か……。このプレゼントを、なんとか朝までに完成させねば……」
ハデスは、いつも通りアジトの研究室に篭っていました。
しかし、今夜はなにやら焦っている様子です。
オリュンポス幹部としての威厳も失われ、いつもの高笑いをする余裕もないようでした。
「咲耶には、いつも苦労をかけているからな。せっかくのクリスマスだし、プレゼントの一つも作ってやらねば……」
ハデスはハデスで、咲耶に心のこもったクリスマスプレゼントを贈ろうとしていたのです。
咲耶がシルバーのペンダントを欲しがっていたのを思い出し、手作りで挑んでいるのでした。
いつにも増して、ハデスは真剣な表情で作業代に向かいます。
時間は容赦なく過ぎていきます。
もうすぐ夜明けです。 咲耶が目を覚ます前に、プレゼントを作って、咲耶の部屋の靴下に入れなければなりません。下手をすると、咲耶の部屋に入ったところで、 変態扱いされて吹っ飛ばされるというオチが待っていそうです。そんな間抜けはさらせません。
あの、天下のドクター・ハデスが銀をペンダント状に溶かし込む作業などに時間を取られるはずはありません。
純度100%の銀を最初から練成していたのです。まさに錬銀術です。
「よし! ようやく完成したぞ!」
目の下に隈を作ったハデスは、プレゼントを手早くラッピングし、咲耶の部屋に向かいます。
「……静かだな。よし、まだ起きてはいないようだな」
室内に忍び込んだハデスは、暗がりの中様子を探りました。物音一つしません。それもそのはずです。咲耶は今、ハデスの部屋で靴下に入っているのですから。
しかし、神経を使い果たし疲れきっていたハデスは気づきませんでした。
プレゼントの箱を靴下にいれ、咲耶のベッドの枕元に起きます。
「さて、俺はゆっくりと寝るとするか」
自室へと戻りかけたハデスは、咲耶の部屋にもう一つプレゼントが置いてあるのを見つけました。
いや、それはプレゼントというよりも、ですね。
「……」
大きな靴下の中に、見たこともない男が入って待ち構えていたのです。
今夜活動中の、フリー・テロリストたちの一味なのですが、まさかハデスが狙われることになろうとは……。忘れてはいけません。ハデスもリア充の一人なのです。
「咲耶の部屋で何をしている」
今夜のハデスはシリアスな真面目モードです。
正義のヒーローの口調で言うと、【オニキスキラー】を取り出し容赦なく敵を仕留めます。
咲耶の部屋にいたフリー・テロリストは、闇に包まれ消滅しました。
「色々と疲れた」
疲労で猛烈な睡魔に襲われます。その後、ハデスは自分の行動を覚えていませんでした。多分、自室に戻ってぐっすりと眠ったはずですが……。
さて、夜が明けるころ。
「コレヨリ、家ノ掃除ヲ行ナイマス」
自立型お掃除ロボットであるハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)は、本来の用途通り、ハデスたちの自宅の掃除をおこないます。
「はです様ノ部屋ノ掃除ヲ開始シマス」
発明品は、ハデスの部屋に入り、内部をセンサーでサーチしました。そこにあったのは、なにやら大きな靴下です。中には眠ったまま目を覚まさない咲耶が入っているのでした。
「目標、不燃物ノ袋ト判断」
咲耶の入った靴下を不燃物のゴミ袋だと判断した発明品は、そのまま不燃ごみのゴミ集積所に出してきます。
「デハ、掃除ノ続キヲ再開シマス」
発明品は、咲耶の部屋も掃除し、同じように靴下を見つけたので、ゴミ集積場へと廃棄しに行きました。それは、あの夜這いのフリー・テロリストが入っていた靴下でした。
集積場の二足の大きな靴下は、まもなくやってきたゴミ収集車に載せられて、ゴミ埋立地に運ばれていったのでした。
「サラニ、掃除ノ続キヲ再開シマス」
こうして、全ての掃除を終えた発明品は、今日の仕事を終えてゆっくりと休みに入ったのでした。
そういえば。
ハデスと咲耶の姿が見えませんが、どうしたのでしょうか?
夜が明けました。
朝、目が覚めた咲耶は、ゴミの埋立地で気が付きます。
「こ、ここはどこですか〜。というか、この格好でどうやって帰ればいいんですかー」
「ふ、フハハハ! たまに真面目にやろうとすると、すぐこれだ!」
ハデスも、埋立地に立っていたのでした。
あの後、自分の部屋へ戻ったつもりが、フリー・テロリストの靴下に入って寝入ってしまったのです。そして、そのまま一緒にここまで運んでこられたのでした。
「帰ろう」
ハデスは、涙目でうろたえる咲耶に白衣を着せてやります。
「兄さん……」
咲耶は、ハデスを見つめます。
「メリー・クリスマス」
そんな二人に、クリスマスの朝日は祝福するように降り注いでいました。