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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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第2章 潜入開始


 『丘』の一部を中心に、コクビャク兵が重点的に配置されているのが分かる。
 その奥が、丘の施設内への入り口であることも。
 それは兵の数が減っているのもあるが、もう彼らは自分たちの目的を隠す必要がなくなっている、ということをも示していた。

 この丘の中にあるものを掌握すれば、彼らは勝利を手にするのだ。
 地上に展開する兵の目的は、それまでの時間を稼ぐことに過ぎない。


「いよいよ大詰めですね……最後まで、頑張りましょう」
 ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)は、ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)ルナ・リベルタス(るな・りべるたす)に声をかけた。
 コクビャクの兵は少ないが、実は警察と守護天使の連合軍の側も、灰の噴霧を警戒して出せる兵の一部を人生に留めたままになっている。現在培養中の抗体の完成を待ってそれを接種してすぐに後を追って戦場に出るという手はずになっているのである。上手くいけば、万が一灰が噴霧され、それを躱す術がなかった場合にも、全滅は免れる。警察が立てた、最悪を避けるための策であった。
「もちろん、味方を灰の危険に晒すことは避けなければなりませんね」
 ファラは頷き、丘の周囲の兵の展開をぐるりと見渡す。 
「前ほど敵味方が混在しておらんのは助かるのう」
 広範囲を一気になぎ倒すような技も、先の戦闘よりは気を遣わなくて済む。
 敵は丘を守ることに重点を置いており、こちらに向かって大きく戦線を進めてくることはなさそうだ。
 しかしこちらとしても、『丘』なる施設の内部に入ることが最大の目標なのだった。
「侵入口が根と土の間の穴だけでは進軍に時間がかかり過ぎる。
 ここは丘周辺……特に扉周辺のコクビャク兵達を倒し、味方の突撃口を増やした方が良かろう」
 ファラの言葉に、ウィルは頷いた。
 根を辿っていく穴は、充分な広さを保ちながら丘の最深部まで侵入者を導けるとは限らない。安定した侵入路を開くにこしたことはないのだ。
「あの兵士達を片付ければ良いのね。分かったわ」
 ルナはコクビャク兵の波に目を向け、静かに頷いた。
 ウィルは『覇者の剣』を構える。
 今この時にも、丘への侵入を果たすため、身を潜めて草原を走り、大樹の根元へと向かう契約者たちの姿が見える――
「行きましょう!」
 日を反射する刃の光と共にウィルは走る。丘へ。ファラとルナも、全く遅れることなく続く。





 扉付近を守るコクビャク兵たちがウィルらの攻撃に注意を向ける中、その間隙を縫うようにして綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が辿りついたのは、大樹の根によって『丘』上部に開けられた5つの穴の中でも、最も大きく、いかにも中に入ってくれと言わんばかりのちょうどいい形に開いた穴だった。
「……もしかして罠ってことは……」
 その都合よさが単なる偶然なのか仕組まれたものなのか、ついさゆみが勘繰りたくなるほどに。
「罠だとしたら露骨すぎるんじゃないかしら」
「敢えて『露骨な罠』を演出してる、とか……」
 疑り深く首を捻っているさゆみの遥か頭上で、大樹の枝が風に揺れた。
(……)
 近くで見ると、この樹はどこか不思議な様子をしている、と感じる。まるで生きているような……いや、樹には命は確かにあるが、樹木を超えた、強い思惟を持った生命のように感じるのだ。
 それが、静かに2人を見下ろしていて……
 さわさわ、と、柔らかそうな新葉が涼やかに風になびいたからだろうか、邪悪な気配は感じない。
「それで、どうするの……?」
 アデリーヌに問われて、さゆみは我に返って彼女を振り返る。行くか、行かないか。
 罠を疑って突っ立っていても、ここでぼーっと時間が過ぎていくだけだ。さゆみは心を決めた。
「行きましょう」
 その決意を受けてアデリーヌも静かに頷く。かと思うと、さっさと先に立って穴に半身を入れ、足場を探し始める。
 ――さゆみに先導させるわけにはいかない。
 パートナーとして恋人として、その絶望的な方向音痴ぶりを何より知っているアデリーヌである。知らぬ場所の道行きは自分が先に立つ、はもはや常識となりつつあるかに見えた。傍らのさゆみがちょっと呆気に取られるほどの決然ぶりで、穴の中を注意深く探っていたアデリーヌは、さゆみについてくるよう合図すると、さっと姿を消した。穴の中に全身が入ったのだ。
 さゆみも後に続いた。

 ――が。すぐに。
「(ぎゅむぅ)」
 薄暗い地中の穴の中で、立ち止まったパートナーの背中に激突して鼻を押し潰しかけた。
「きゃっ……、早速狭くなってるみたいだから、気を付けて」
 言いながら、アデリーヌは前の道を探っていた。
(こんなに狭い一本道だったら、迷う余地もないんじゃあ……)
「……位置的に、この壁の向こうは、例の扉の中に当たるんじゃないかしら?」
 ふと、アデリーヌが、目の前にある土の壁に触れて、さゆみにそうささやいた。
 『丘』なる施設の地上階、ということだ。その室内には、コクビャク幹部たちの使った、最深部に至る階段もあるだろう。だが、
「これ、相当厚い土の壁よね。無理に崩すのは……」
 こんこん、と、拳で軽く叩いてその厚みを確かめて、さゆみは呟いた。
 勘だけでここを力任せに崩す――スキルを使えばできなくもなさそうだが、向こう側にコクビャクがいたりしたら、乱戦になるだけならまだしも、こんな閉塞した場所で灰を使われたりしたら厄介だ。丘の上の部分が崩れて埋まってしまう可能性もある。
「地道に、こっちの穴の道を行きましょう」
 さゆみの言葉に、アデリーヌも頷いた。
 見通しの悪い穴の中で、地中へと伸びた大きな根の樹皮に手で触れる。それを伝っていくと、新たな隙間の道がぽっかり口を開けているのが分かる。
「足場が悪いわ。気を付けて」
「えぇ」
 そうして2人は進んでいく。地の底へと。




「扉の前を散らしましょう、中に行く人が近付けるように!」
 その言葉と共にウィルが、覇者の剣を振るいつつ斬り込む。
 【金剛力】の怪力と【ウェポンマスタリー】の技術が乗ったその剣は触れただけで吹き飛ばさんばかりの威力を込めて、戦場に翻り、斬撃を浴びた敵兵たちが次々と倒れていく。
「……とはいえ、灰とやらを持っている人物の動きにだけは気を付けるべきじゃのう。
 物騒なものを預かるのだから、おそらくは指揮官クラスだろうが」
 ファラは冷静に呟き、兵たちの動きを見据える。統制を取る者のいる位置を見透かそうとするかのように。
 手の中に込めた雷の力は、いつでも放つ用意ができている。
「丘の方に向かう連中がいるようじゃな」
「根の穴から入る人たちの妨害をするつもりかもしれません」
「私が片付けてくるわ。こう見えても速さには自信があるのよ」
 言うや否や、ルナが駆けだす。『千里走りの術』と【疾風迅雷】がもたらす加速は、彼女をほとんど疾風に変えた。風のように姿が見えないまま地を、丘の裾を走り抜け、敵兵たちが気付いた時にはすでに身近に迫っている。
 【爆炎波】が、炸裂する爆弾のように彼らを吹き飛ばした。