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リアクション
第5章 ペンダント
鷹勢とパレット、ネーブルと画太郎、それにタァは、要塞からの移動を始めた。
「ここから『丘』までの間に、戦闘区域も広がっているみたいだ。気を引き締めていかないとね」
鷹勢が言うと、ネーブルも頷き、画太郎も「かぱっ!」と気合の入った一声を返す。
彼らの後ろに、人目にはつかない奈落人が一緒にいることは内緒で、一同は要塞を出た。が――
――出たところですぐ、一同は何やら厄介そうな光景に出くわすことになった。
「我らはプロレス団体。道具の一生から解放され、魔族も人もなくプロレスラーとしてこの家を守る!!」
縛につこうとしている(というかすでに要塞が着陸する前に縛されていた)コクビャクの若い構成員たちを背に、桜庭 愛(さくらば・まな)が、詰め寄ろうとする捜査員たちに対峙して大声を張り上げている。
要塞に潜入した後、彼女の傍若無人なまでのプロレス愛に何故だか感化されて一緒に暴れ回った若いコクビャク構成員たちと共に、催眠効果のあるガスを吸って爆睡かましてしまい、一度は運び出されたのだが、どうやら戻ってきたらしい。
「わたしは決して、あなたたちを見捨てない!」
縛された魔族の若者たちに対しても、愛は力説した。
彼らは、コクビャクの悪の理念に完全に染まっていたわけではない。どういうわけで加入したものかは知らないが、参加してからは遣り甲斐の感じられない雑用係に追いやられ、組織の底辺でいいように使われていたのだ。不満も、個人として組織に対して抱く疑問も、灰という同族をも害するという生物兵器を扱うことへの恐怖もお構いなしで。
「で、でも……俺たち、ここに参加していたことは事実だし……
パラミタの警察が許してくれるとは思えないけど……」
すでに諦めモードの一人がそう力なく呟くが、愛は全くもって折れなかった。
「それが何? プロレスを愛するならば……仲間だ!」
偶然の出会いが、その捌け口を望む心にたまたまリンクして、思わぬ侵入者と一緒にはっちゃけてみた。それだけかもしれない。
しかし彼らは、彼女らはプロレスに目覚めたのだ。
魔族も人もない。プロレスを通じて世界が繋がることを本気で望んでいる愛には、もう彼らは同胞なのだった。
そして、その繋がりは明るい、力強い未来をもたらすと信じている。
「わたしは人間、そしてあなたたちは魔族。でも、それが何?生きているもの同士じゃない。そんな些細なことで差別され疎まれてきたというのであれば闘うしかない。
権利を勝ち得るのよ。あなたたちは捨て駒じゃない。今こそ、立ち上がりなさい」
この場合、正確には魔族だから疎まれているというのではなく、コクビャクという反社会組織の構成員はほぼ魔族だということで、いきおい魔族が疎まれている格好になっているだけなのだが。
しかし、よく訳も分からぬうちにこの組織に所属させられ、望まずして世間に疎まれる立場に立ってしまって今後どうなるのか分からないという不安の中にいる若者たちの心に、少なからず響くものはあった。
「私たちは幹部の道具。だが今は自由意志をもって宣言する。
……奪おうとするならかかってきなさい。
道具から一個の個人となった我らの力で、我らを道具と否定するすべての力に抗って見せるから!」
あまりに堂々と宣言して立ちはだかられたので、(しかも悪意からではなく明らかに正義感に駆られている感じだ)捜査官たちもさすがに、無視して横をすり抜けて若者たちを確保する、という手段には出あぐねているようだった。……愛としては、すり抜けていこうものならラリアットの1つもぶちかます準備があるが。
「しかしだね、君。警察としては、コクビャクという組織の全容解明する必要があるわけで。
そのためには、末端の構成員までも一時は――」
「伊達や冗談で言ってるんじゃないの。
私にこの子たちを任せてくれないかな? 警察の人たち。
私がこの子たちを、人間と仲良く笑いあえるそんな存在にしてみせるから。必ず!」
あくまで譲らぬ愛は、捜査員にずいずいと迫っている。
そんな風に要塞の入口近くでごちゃごちゃと揉めているのを横に見ながら、通り過ぎようとしたネーブルは、そのごちゃごちゃのせいで進めずに捜査員たちの後ろでおろおろしている一人の若い警察官に気付いた。どうやら彼だけは、別の用事があるといった風情だ。何か、銀色のものを手に持っている。
何となく気になったネーブルが、彼に「あの…」と声をかけたちょうどその時。
「わっ!!」
人だかりを作る捜査員の一人が、前方から押されたのかよろめいて彼にぶつかり、彼もよろめいてひっくり返りそうになって手に持っていたものを放り出した。
「あ……」
「かぱっ…(お…っと)!」
後ろに反り返った警察官を倒れる寸前で画太郎が支え、ネーブルは彼が床に放り出したものを拾い上げようとした。
『あっ!!』
驚いたような大きな声が響いた。その声量にびっくりして、警察官がネーブルを見る。だが、声の主はネーブルではなかった。タァだった。
しかし、警察官の目にはタァは見えない。タァのことを警察官に説明はできない。仕方なくネーブルは自分が声を出した振りをして、その銀色のもの……ペンダントを拾い上げてしげしげと見入った。
どうしたの、と、小声で、背後にいるだろうタァに囁いた。
タァも失態を悟ったのだろう、今度は、ネーブルにしか聞こえないほどの声で囁きを返した。
『このペンダントにきざまれたかもん……!』
「あ、これは失礼しました。契約者の方ですよね?」
警察官はそう言って、ペンダントを持ったテーブルに手を伸ばす。返すよう促されていることは分かったが、ネーブルは思い切って訊いてみた。
「これは…何ですか……?」
「あ、そうか。契約者の方の方が、僕よりも分かるかもしれませんね。えぇっとですね……」
タァの存在には気付かない純朴そうな警察官は、ごそごそと懐から何か紙を取り出しながら説明を始めた。
曰く、これを持っていたのは、狂戦士と化して戦場に飛び込んできたヒエロ・ギネリアン。
彼はそれを「バルレヴェギエの嫡子」に渡してくれと言った。
中身は、何かの機械のプログラムらしい、それ単独では意味の分からないデータ。
「これですよ。プリントアウトしてきました」
分からないなりにその内容は紙に出力してきた、ということで、その紙も警察官はネーブルに渡した。
本当に、ただひたすらに文字と記号の羅列だった。それが3枚ほど、延々と続いている。
「けど、『バルレヴェギエの嫡子』ってのがどこにいるんだか……僕分からなくて」
渡してくるように上から言われたんだけど、正直困ってたんですよ。まだここに配属されて日が浅いのだろうか、若い警察官はあっけらかんと言って頭を掻いた。
「……。あの、私、知ってます……
渡します、から……」
ネーブルが恐る恐る言うと、警察官の顔が明るくなった。
「良かった! 契約者の方にお任せできるなら安心です」
では、と、警察官は去っていった。
「タァさん……の、ものみたい……ね…?」
人の目がなくなると、ネーブルは受け取ったものをタァの方に掲げた。
『……やはり。バルレヴェギエのかもんがきざまれている。
しかしなぜ、まがいしょくにんのヒエロがこれを?』
「分からない、の……? タァさんにも…?」
『……こころあたりはない、な。
そして、このプログラミングコード……』
しばし黙って考えているような間を経て、タァの声が聞こえた。
『あんごうかされた、てんいそうちのそうさきろく……?』
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