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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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第8章 混戦


 負傷者救護のための天幕の一つを、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)千返 ナオ(ちがえ・なお)とともに訪れていた。
 そこには、森の中で不時着した飛空艇から救出したザイキ・メオウルテスがいた。
「少しは楽になったみたいで、よかった」
 意識を取り戻して寝台に寝ているザイキの様子を見て、かつみはわざと気軽な様子でそう言った。怪我は森から搬送する前にエドゥアルトがしっかりと応急処置をしたのもあってか、重症化したものはほとんどなく回復しつつある。だが、その表情が暗いのは、やはり。
(自分を蝕む灰の影響が気になっているんだな)
 今は洗脳の念波が消え、突然味方に刃を向けるようなことは起こらないはずだと、警察から説明されている。かつて島にあって魔族化した天使たちに肉体的負荷を容赦なくかけていた結界は解かれていた。だが、自身の肉体が灰の影響から脱しない限り、不安は消えないと感じているのだろう。
「世話をかけたな。あの香やペンダントもキオネに渡してもらえたとか。感謝している」
 不安を押し隠して平静な口調で礼を口にするザイキの様子からは、いかにも、この島の自警団員から尊敬されるリーダーとしての格を感じられた。
「今、コクビャクの兵力はだいぶ落ちている。完全制圧のため、警察も契約者も『丘』へ最後の戦いに出ている。
 だから……今は動かずに、ゆっくり休んだ方がいいんじゃないかな」
 ――ザイキがここに収容された時、自警団員たちが、行方不明になって死んだと思われていた尊敬する団長が生きて帰ってきたことに大いに歓喜したのを、かつみ達は知っている。
 彼の存在はそんなにも、島の戦士たちにとっては大きいものなのだ。
 彼が戦場に出れば、味方の士気は上がるだろう。エドゥアルトもそれは感じていた。けど。
(今無理して彼が出なくても、コクビャクに対してこちらが有利に展開する術はある。無理はしない方がいい)
 ザイキの様子を見ながら、かつみはそう考えた。
 かつみの言葉に、ザイキはまだ考えあぐねる様子で大きく息を吐く。
 と、
「そうです。団長は大事な我らの指導者なんです。折角ご帰還されたのに、こんなところで無茶をして死なれては困ります」
 天幕に入ってきた、まだ下っ端の自警団員らしき天使が力強くそう言った。
「我らが警察や契約者の方々と協力して精いっぱい戦っております。
 他の、灰に侵された天使たちも、現在制作中の抗体によって治療の目途が付きそうですし」
 続いて医療スタッフと共に入ってきたやはり団員らしい若者も、やはりそう言った。
「――そうだ、抗体製作はどうなっているんですか?」
 かつみは医療スタッフに訊いた。
 それが、コクビャクの威力を削いで味方を有利にする重要な要素だと聞いていたからだ。
 医療スタッフは、ザイキに繋いだバイタルチェック用の計器を見ながら答えた。

「順調ですよ。培養もだいぶ進みましたからね。
 味方の戦士の3分の1から半数くらいに、灰が噴霧された場合に備えて予防の接種をさせるくらいは整ったと警察では見ています。
 実際、数十人ほどにはすでに接種させました。あと半刻たたず効果が出るはずなので、そうしたら今出陣している兵を一旦退却させ、予防済みの兵士と交替させるつもりです」

 そこまで言って、医療スタッフはハッとしたように、
「あ、申し訳ありません。契約者の方々が後回しになってしまっていて……」
「いや、」
 かつみは簡単に謝るのを押しとどめた。今はまだ数が限られている以上、弱い者から先にケアするということなのだろう。それは別にいい。
 ザイキは灰に侵されてた床についていてもなお、中心人物として自警団員に慕われている。けれど、ただ先頭に立つ者として闇雲に崇められているばかりではなく、弱った時にはきちんと手厚く保護(?)されている。縋られるばかりの関係ではない繋がりも確立されているらしいのが若い団員たちの言葉の端々から感じられ、それにはなんだかほっとさせられるものがあった。
「俺たちも行こう」
 味方を助けるために、戦場へ。かつみは言った。
「そうだね」
「はいっ」
 エドゥアルトとナオが返事して、3人は天幕を出ていった。


 かつみが医療スタッフから聞いた内容は、程なく警察と天使の連合軍内にも広まっていった。
 その結果、まだ油断はならないものの灰への恐怖は薄らいでいき、代わって士気は高まっていった。
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、戦場に立ってその変化を感じ取っていた。
「こちら側が優勢に押し進めている。
 劣勢に立つよりはもちろんいいけど、向こうが焦って“灰”を仕掛けてこないとも限らんからな」
 『ソード・オブ・リコ』を構え、呟きながら、陽一は目の前から丘に向かって、守りを固めるコクビャク兵の群れを見つめた。
(スピード勝負だな)
 反撃する間を与えず中枢を攻撃し、戦闘全体を止めて一気に決着をつける。

 『荒馬のブーツ』に【パスファインダー】を合わせた機動力で、陽一は一気に奇襲をかけた。
 ソード・オブ・リコは巨大な光を発し、『ナノ攻撃強化装置』で高めた腕力でそれを振り回しながら丘の縁を縫うように駆けていく様はさながら、巨大な彗星の猛進といった迫力で、迂闊な尖兵などが近寄れるものではなかった。結果、陽一の進路を阻む者はない。
 時折立ち塞がるものは【メンタルアサルト】によるフェイントを絡め、【ホークアイ】と研ぎ澄まされた自身の観察眼とで【行動予測】をフルに働かせ、敵を翻弄して躱し、退ける。
 雑魚戦を繰り返して時間を無駄にするより、一刻も早く、敵の指揮官を捜し出して捕まえる。
 そして、これを人質に取って部下たちを投降させるのだ。
 指揮官は、兵たちの奥にいる。
 それに向かって一直線に、陽一は、巨大光剣と一体となって疾走していくのだった。



「だいぶ、数が減ってきましたね」
 ウィルは覇者の剣を一度下ろし、戦場を見渡して言った。
「うむ、数が減った分、本当に重要な場所を固めておるな」
 ファラもそれに倣って戦場を見渡す。
 本当に重要な場所、とは、扉付近だ。もう、丘の上や裾野に注意を向けるほどの兵数はない。
「あと一息ね」
「完全制圧のために、中枢部に向かっている人もいるのでしょう」
 ルナの言葉に、ウィルは頷いて、そちらに目をやりながら言った。
「どれ、ここいらでひとつ、派手に蹴散らしてやるとするかの」
 ファラはそう呟き、一瞬、集中したかと思うと、言葉通り、派手に【サンダーブラスト】を放ったのだった。





「向こうの勢いが増している。このままでは持たんぞ」
 エルデルドは、通信機器を使ってそう、丘の地下階に下ったゼクセスに連絡した。
『灰を使えばいいだろう。そのために渡してあるんだ』
 返ってきた声は、如何にも鬱陶しげだった。
「それが、向こうでは灰に対抗する薬品を開発したらしいというんだ。例の裏切り者の魔鎧が手引きして」
『はったりだ。たとえ真実だったとしても、灰は時間稼ぎには使えるだろうが』
「指揮官どの!」
『とにかく、こちらが機械を動かすまでの辛抱だ。最後の一人まで丘を守って、一秒でも時間を稼げ。あとは何とでもなる!』
 うるさそうに言って、通信はそれきり途絶えた。
 どうやら地下でも厄介なことが起こっているらしい。それで、地上からの報告が鬱陶しいらしかった。
(……地上の展開軍をどう思っているのだ、指揮官は……!)
 エルデルドは憤然として、通信の途絶えた機器をただ見下ろしていた。

「!!」
 その瞬間、何かが彼の隣を光の速度で通り過ぎ、丘の扉に吸い込まれていった。
「何だ!?」
 慌ててエルデルドは扉を開け、中を見たが、人影はない。
 それも驚いたが、室内の様子はさらにエルデルドを驚かせた。
 ――天井が壁が、太い樹の根に貫かれ、設置された機械までもが圧迫されていたのだ。
 至る所に、成長した根が押しやった土が崩れて落ちて積もっていた。