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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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お突き合いでお付き合い


 天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)に告白したのは、今年の二月。
 大荒野のバレンタインデスマッチの帰りを待っての夕方のことだった。
 その告白した場所に、結奈は立っていた。
 待つのはやはり、イングリット・ネルソン。
 ――けれど、同じなのはそれだけ。
 初夏の朝日の中を背筋を伸ばして颯爽と歩いてくるイングリットの姿を認めると、結奈は手を振った。
「いんぐりっとちゃん、来てくれてありがとう!」
「こちらこそ、手紙を下さってありがとうございますわ」
 イングリットの笑顔には僅かに緊張が混じっていた。
 あの時は、二月。今は、初夏。
 あの時は、結奈は普段のツインテールの髪を下ろして。今は、ポニーテール。
 あの時は、大人っぽい服装で。今は、動きやすいミニスカートで。
 あの時は、おしとやかに。今は、ストレッチをしながら待っていた。
「今日は、強さの証明をしてくださるそうですわね」
「うん! お手合わせお願いね!」
 ……イングリットは、お嬢様学校の百合園女学院に通う中でも、イギリス貴族を出自にし、日本の百合園女学院からパラミタを訪れたという由緒正しい正真正銘のお嬢様だ。
 その彼女が古流武術――バリツにハマってからというもの、修行に明け暮れ、強い相手を求めて大荒野にまで来るようになった。
 だからなのだろう。告白に対してのイングリットの返事は、保留と、「わたくしよりも強いことを証明できる方とお付き合いしたい」だった。
 結奈はそれに応えて勝負を挑んだのだ。つまりこの一戦はイングリットにとっても一つの転機となる可能性がある。
 イングリットは結奈に力強く頷く。
「わたくしはいかなる強者の挑戦も受けますわ!」
 彼女はポリシーに則り、正々堂々と結奈の挑戦を受けたのだった。


 二人は他人を巻き込まないようにと静かな草地に移動した。
 そして互いに距離を取って対峙し、構える。風が二人の合間を駆け抜け、ざわざわと木の葉が鳴った。
「今日は本気でいかせてもらうよ!」
 先に仕掛けたのは結奈だった。彼女は笑顔のまま、地面を蹴って間合いを詰める。
 イングリットがバリツなら、結奈は我流。その動きは荒く、突進に近かった。
 迎え撃つイングリットは彼女の動きを目で追いながら腰を落とす。
「……はっ!」
 結奈はイングリットに向かって突進、目前で体勢をぎりぎりまで低くした。死角に入ろうとしつつ、掌底を顎に突き出す。
 イングリットは半身を逸らしながら一歩下がって重い一撃を回避する。
 結奈はしかしイングリットの足元を狙って蹴りを繰り出し、更に掌底をイングリットの顔目がけて打ち上げた。イングリットが両腕で庇うのも構わず、重い掌底を二度、三度と繰り返す。
「……くっ」
 イングリットの唇から息が漏れた。防御のことは考えず、がむしゃらに打つ拳は重く力強い。実年齢はともかくも、小学校高学年くらいにしか見えず、体重もイングリットの半分もない。女性としては長身のイングリットと比べれば、大人と子供程の違いがあった。
 にも関わらず、これだけの力があるのは契約者としての経験からくるのだろう。
「まだまだいくよ、いんぐりっとちゃん」
 更には楽しそうな笑顔を浮かべているにも関わらず、ラヴェイジャーとしての威圧感も備えている。
「攻撃は最大の防御なり……と申しますが、実際の戦闘もそうとは限りませんわよ……!」
 イングリットは不敵な笑みで応じると、手を広げて何度目かの掌底を放つ手首をパシンと捉えると、腰を曲げ、結奈を投げ飛ばす。
 結奈はそれを体重をうまく移動させて、膝を曲げて着地すると、バネを利用してそのまま再びイングリットに突進した。
「足元がお留守ですわよ」
 イングリットも負けじと、すいっと身体の軸をずらして回避すると、背中側から結奈の脚を払う。払われた結奈は倒れ込むが、ごろごろと余計に草地に転がって反動を付けると、また起き上がって掌底を繰り出した。
 それから二人はしばしそれを繰り返した。結奈の掌底をイングリットは掌で受け、横に流し、時折腕を掴んで彼女を投げる。
 重力に翻弄され、地面に叩きつけられ、結奈はこれ以上打ち合ってもジリ貧だと感じてきた。
 イングリットの方が大荒野で鍛えてきたせいか一枚上手だ。体力的にも余裕がありそうだった。
「さあ、どうぞ。もうないようでしたら、こちらから行かせていただきますわ……!」
 肩で息を吐き、次の掌底をすぐに繰り出せない結奈に、今度はイングリットが動き、拳を突き出した。
(……最後の手段……!)
 イングリットが繰り出した一撃を結奈はそのまま小さな体で受けた。避けられなかったのではない、わざとだ。
「……!?」
 気が付いた時には、イングリットの身体は結奈の両腕と体に持ち上げられていた――ベアハッグだ。素早さも防御も犠牲にした分の怪力は、イングリットの身体をきつく締めあげて抵抗させない。
「く、くううっ……」
「どう、いんぐりっとちゃん?」
 イングリットは暫く振りほどこうとしていたが、やがて諦めて力を抜いた。
「参りましたわ」
 結奈は腕を離す。イングリットは地面に足を付けて息を整えるが、締め付けた結奈の方もまた体中が疲労感に満ちていた。
 一息ついたところで、結奈は上目遣いで、制服の埃を払うイングリットを見上げた。
「いんぐりっとちゃん、お付き合いしてもらえないかなあ。まだ私の強さ認めてもらえない?」
「……なかなかの腕前でしたわね」
 イングリットは微笑した。
「約束通り、あなたとお付き合いしましょう。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「こっちこそよろしくね、いんぐりっとちゃん!」
 お辞儀をするイングリットに、満面の笑顔で喜ぶ結奈だった。