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リアクション
『想い、重ねて』
「セイランさん、貴重な時間を割いていただき、ありがとうございます」
「いいえ、イナテミスの方も落ち着いてきましたから、大丈夫ですわ。
……お兄様とティティナさんの事、ですわね」
向かい合って座るセイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)の言葉に、沢渡 真言(さわたり・まこと)がはい、と頷く。
「二人の仲の進展を待っていたら、私が老後を迎えてしまいます」
冗談の類とも取られかねない発言を、真言は至って真面目な表情を浮かべて口にする。この場合の二人とは、ケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)とティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)の事である。
「お兄様もティティナさんも、自分から動かれる方ではありませんものね。
先日晴れてお付き合いすることになりましたけれど……」
そう言ってセイランが真言を見れば、「いえいえそれだけでは」と言いたげな顔をしていた。まるで娘の晴れ姿を早く見たい親のよう、そんな事をチラッと思いながらセイランは何か二人をその気にさせるイベントがないか思案する。
「空京などの大都市では、この時期ブライダルフェア等のイベントが催されています。イナテミスでもそういったイベントはやったりしないんでしょうか?」
と、そんな時に真言から投げかけられた提案に、セイランはなるほど、と思った。そこからの思考の展開は速い。
「イナテミスでも、大きな事件が終わった事、平和が訪れた事は街の皆が実感しています。タイミングとしては今こそが相応しいと思いますわ」
「人手が必要というのであれば、アールさんと隆寛さんに話をしておきます。他に手伝えることはありますか?」
「業者への手配等はわたくしが担当しますから、そうですね……」
こうして、二人の間でイナテミスを会場にしたブライダルフェアの企画が作り上げられていった――。
「よっ、と。部材、ここに置いとくぜ」
大量の部材を一度に運んできたニーズヘッグに、周りの作業員から威勢のいい感謝の声が送られる。
「しっかし、結婚式場、ねぇ。確かにんなもんは無かったけどよぉ、何でまた作る事になったんだか」
ニーズヘッグが口にしたのは、今目の前で建設が進められている結婚式場、『エレメント・ナイト・ガーデン』の事であった。つい先日町長の名の下決定したかと思えば、次の日には目を疑うほどの作業員が集まった。イナテミス開拓の際も物凄い勢いで建物が出来ていった気がするが、今回のもきっとそうなのだろう。
「ま、平和になった、って事だな。オレも仕事が出来て、うめぇもんが食えて、悪かねぇし」
深く考えるのを止めて、ニーズヘッグは次々と街に運ばれてくる部材を建設場所へ運び込む仕事に精を出す――。
そうして建設が急ピッチで進められる中、街の広場にはいくつか建物が置かれ、そこでは式場の完成予定図を前に、式のプランを説明する場が設けられていた。
そう、二人の企画は町長、カラム・バークレー他街の運営に携わる者たちによって、『今度イナテミスに完成する式場で、結婚式を挙げてもらおう!』といった内容に変わっていた。これなら街の発展にも繋がるし、ケイオースを自然に関わらせることが出来た。
「お兄様にはデモンストレーションの一環として、花婿衣装を着て式に臨んでいただきたいと思いますの。
精霊の長であるお兄様でしたら、宣伝としても十分でしょう?」
そうセイランに言われ、ケイオースは逡巡しつつも最終的には了承した。セイランの言う通りでもあったからである。
「それで、相手の方は誰なんだ?」
その質問にセイランは、満面の笑みで「今、交渉中ですわ。決まり次第お知らせいたします」と答えたのであった。
「まあ、素敵……!
どのドレスもとても美しいですけれど、やはりこちらの真っ白なドレスは特別ですわ」
試着会場に真言とやって来たティティナは、そこに飾られていた色とりどりのドレスに目を輝かせていたが、ある一つのドレスに目を留めるとそれをうっとりとした様子で眺めていた。
「ティティナはあのドレスが気に入ったみたいね」
「そうですね。では、決めた通りにお願いします」
「ふふ、任せて頂戴。バッチリコーディネートしてあげる。
……ねぇ、真言も着るのよね? ね?」
「え、わ、私は――」
アール・ウェルシュ(あーる・うぇるしゅ)にずい、と迫られ、真言は半ば押し切られる形で了承してしまう。今のアールからは断り難い雰囲気が溢れていた。
「うふふ、じゃあ先にティティナを着替えさせてくるから、その後でね」
ウィンクを残して、アールがティティナの下へ向かう。ため息を吐きつつまあ、アールが楽しそうだからいいかな、と思っていると、こちらは神父の格好をした沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)がやって来た。
「隆寛さん、とてもよくお似合いですよ」
「ありがとうございます。慣れぬ姿で苦労もありますが、なんとか務めを果たせているようです」
隆寛が苦笑を浮かべつつ答える。彼は予行を申し出てきたカップルのために、神父役を何度か務めていた。本人の適性はともかくとして、雰囲気はまさに神父のそれであった。
「お待たせ。どうかしら?」
そうしていると、アールがドレスに身を包んだティティナを連れてきた。ティティナが憧れていた真っ白なドレス、宝石を散りばめたティアラに透き通るヴェールを纏ったティティナは、同性である真言ですら思わず見惚れてしまうほど、美しかった。
「い、いかがでしょう、お姉様……?」
言葉がないのを不安に思ったティティナが尋ねると、真言はハッとして現実に返り、「とてもよくお似合いですよ、ティティナ」と答える。
「そ、そうですか……。
今は仮初めですけれど、いつか本当にこのドレスを纏う日が……」
ぽわんとして想像に浸っていたティティナは、周りの温かな視線を感じて「な、なんでもありませんですわ!?」と言ってしまい、失笑を買う。
「向こうに仮の式場があるから、そこで雰囲気を味わってみたらどうかしら? 真言を着替えさせて追いかけさせるから、あなたは先へどうぞ」
「わ、忘れてなかったのですね……」
アールに引きずられていく真言を見送って、ティティナは隆寛と隣の仮設の式場へと向かう。立派な作りの扉が開かれた先に、ティティナは先客が居ることに気付いたが、備えるよりも前に振り返った相手――花婿が着るような礼装に身を包んでいた――が言葉を発する。
「あなたが私の相手を務める方ですね、よろしくお願いしま――」
「――――」
二人――ケイオースとティティナ――は視線を合わせたまま、固まってしまう――。
「もう……皆様でひどいですわ。わたくしにこんなドッキリを用意していただなんて」
珍しく怒った様子を見せるティティナに、ケイオースが苦笑を浮かべる。二人をあの場で、あの格好で会うように仕組んだのは真言とセイランであり、もちろんその事で二人はティティナとケイオースから叱責を受け、しゅんとした表情を浮かべて謝罪した。そしてアールから詳細を話された上で、今ティティナとケイオースは試着会場を後にし、橙に染まりつつある街中を並んで歩いていた。
「ケイオース様にはお恥ずかしい姿を見せてしまいましたし……あぁ、恥ずかしくて死んでしまいそうですわ」
顔を伏せていやいやと首を振るティティナを見て、まずは落ち着かせた方がいいなと思ったケイオースは視線を一瞬彷徨わせ、そして格好の場所を見つけた――。
――イナテミス精魔塔。人と精霊と魔族の共存を象徴する塔からは、イナテミスの街並みが一望出来た。
「……どうだ、落ち着いたか?」
「……はい。本当に、すみませんでした」
吹き抜ける風に落ち着きを取り戻したティティナの横にケイオースが立ち、同じようにイナテミスの街を見下ろす。
「ここも、随分変わりましたわね」
「あぁ、これほどの変わり様は、経験したことがない。日々驚きの毎日だが……同時にそれを楽しみにしている自分が居る」
精霊にとって人間の生き様は、なんとも忙しいものに映るだろう。それは彼らと人間との時間軸が一緒でない以上必然でもあったが、この街の精霊と魔族は徐々に適応しつつあった。
「……お姉様のお気持ちは、分かりますの。わたくしの幸せを願ってのことだというのは、分かっていますの」
少しの沈黙を経て、ティティナがぽつぽつと語り出す。ケイオースとの関係を進めようとする真言は、決して自分よがりでそうしているのではなく、ティティナの幸せを願うが故。
「……ですが、わたくしは不安になります。わたくしだけがこんな、幸せになって良いのかと。
まるで幸せに押し潰されてしまいそうな……贅沢な悩みだというのは理解していますけれど、そんな事を考えてしまいますの」
与えられた幸せが多ければ、大きければ、それだけ不安になる。結果、小さな幸せで、たとえばケイオースと一緒に居られるだけで満足してしまう自分がいる。
そう口にしたティティナの、肩に手を当ててケイオースが言う。
「俺も、どうしていいか分からなくなる時がある。……そして俺は、こう考えるようにした。
幸せは、巡るものだと。抱えられない分の幸せは、周りの人に譲ってもらおうと」
「幸せは、巡るもの……」
ケイオースの言葉を反芻して、ティティナがそっと自分の胸に手を当てる。
「とても素敵な言葉だと思います……けれど、幸せをどうすれば周りの人に譲れるのでしょう」
「それは今すぐには答えを出せないな。……だが、考える事は出来る。
二人で得た幸せをどうしていくか……それが共に歩む、ということではないだろうか」
ケイオースの言葉がスッ、とティティナの胸に染み入っていく。この人となら幸せも、そして不安も、共に分かち合えると。
「…………。ケイオース様。変なことをお聞きしますけど……。
わたくしのドレス姿……その、どう、でしたか?」
頬を染め、チラチラと視線を彷徨わせながら尋ねるティティナへ、ケイオースは微笑をたたえて答える。
「よく似合っていた。その……もう一度目にすることが出来るなら、この上ない幸せだと……俺は思う」
「……フフッ……今のは、プロポーズ、ですか?」
「……あぁ。……何だ、その……恥ずかしいな。
君はよく、この気持ちに耐えられたな」
「耐えてなど居ませんでしたわ。……でも、ケイオース様だからこそ、お伝えしなければ、と思いましたの」
「そうか。……俺も、君だからこそ言いたいと、そう思った」
「……ケイオース様……」
ティティナがケイオースの胸に身を寄せ、ケイオースがティティナを抱き締める。
二人の逢瀬は街を包む闇が、そっと柔らかく隠していった――。
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