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リアクション
14 咲き誇る花、その姿
「ファーシーは、こんな連中に囲まれて暮らしてきたんですか? そして、ほだされてきたんですか? それで、あんな……一緒に先に進んでいこうなんて、天然お花畑なことを……」
「ちがうよ!」
茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)がそこでアクアに言った。彼女は、ファーシーが平手打ちをかました直前に合流した。衿栖達が蒼空学園を出発してから置いていかれた事に気付いて追いかけてきたのだ。行き先は、ファーシーの護衛をすると置き手紙があったのですぐに分かった。
平手打ち前の事は、出番がない間に衿栖から聞き出し、大体の所は把握している。
「ファーシーは、アクアを今でも友達だと思ってるんだよ! アクアと一緒に進んで生きたいって、本気で思ってるんだよ」
「…………」
一目見た瞬間に、それは思った。そうなるだろうと、それを意図し騙し呼び寄せようと送った手紙だったが、いざ実際に目の当たりにしたらせせら笑うどころか腹立たしいだけだった。こちらが嫌味と悪意を込めた部分に何一つ気付かず、呑気な顔で。
忌々しい。
「確かに、天然かも知れないよ。頭にも、花が咲いているのかも知れない。だけどその花は、きっととても綺麗な花なんだと思う」
真っ直ぐな瞳で、朱里は言う。
「朱里も衿栖も、レオンも……そんなファーシーの考えに賛成するよ。アクアには、これまでの5000年を取り戻すくらい幸せになって欲しいと思ってる」
「…………」
朱里を睨みつけ、アクアは――
「あははははははははっっ!!!!!」
再び笑い出した。これが笑わずにいられるものか。馬鹿らし過ぎて、笑うしかない。
(そういうことですか……。これはたまらない、こんな連中に囲まれていたら、ファーシーは……、私は……)
一つの理解と、妬みと、同情。様々な感情が交じり合う。
ぐちゃぐちゃだ。そして同時に、自分をもが馬鹿らしく見えた。
余裕が無い。何もかもが億劫で、どうでも良くて……それなのに、今の自分はどうだ? 感じていた眠気は吹き飛び、憎しみに、自分の抱いた感情にしがみつき、必死に――
醜い。ひたすらに、ミニクイ。
笑っても笑っても、その声は空に溶けていく。しかし。
「ねえ、ぶっちゃけあんた、今ものすごく格好悪いって理解出来てる?」
割って入ったその台詞に、アクアはぴたりと笑うのを止めた。声の方を――ファーシーの傍に膝をついていたブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)を見る。
「結局、悲劇のヒロインを気取ってるだけじゃない。捕まって実験された、それが何。知り合いの幸せを妬んで嫌がらせとかダサいわ」
「…………」
アクアは、ブリジットから目が離せなかった。呆然と、見詰め続ける。
純粋な驚きからの行為だったが、それは傍目、あまりの侮蔑に言葉を失ったようにしか見えなかった。その驚きが、間もなく怒りに転化されるだろうと自然に思えてしまう程に。
ブリジットは、アクアの視線などものともしなかった。
「見た目は悪くないのに残念な子になってるわよ。構って欲しいなら、別のアプローチがあるでしょ? なんだかんだいって、こんな手の込んだことまでするんだから、ファーシーに興味があるんでしょ……あ、それともあんたが興味あったのはルヴィの方かな。妹分と思ってたファーシーに取られて頭にきたとか?」
「…………!」
皆が驚く。それは、ずけずけとした物言いに対する純粋なものだったり、目から鱗だったり、ああそれ言っちゃったら……! というものであったかもしれない。
ぴくり、とアクアが反応した。橘 舞(たちばな・まい)がブリジットを窘める。
「ブリジット、それは少し言いすぎですよ。喧嘩はいけません。皆仲良くしないと」
「舞、わかってないわね、この手のは全部吐き出させた方がいいのよ」
「……なんと、まあ……」
言い合う2人を見遣り、金 仙姫(きむ・そに)はやれやれと溜息を吐いた。
(思った以上に、めんどくさいことになったのぉ。まぁ、事情も事情、アクアとやらの気持ちも分からぬではないがな……)
とりあえず、ブリジットに声を掛ける。
「ブリ、少し落ち着け。それではむしろ逆効果じゃ」
「何よ仙姫。私は思ったことを言っただけよ、落ち着いてるわ」
「それが落ち着きの平均値だったら、世の中騒がしくて回らないと思うがの」
あくまでも冷静に、いつも通りにツッコミを入れると仙姫は少し声を低めた。
「わざと怒らせようとしておるんじゃろうがな……アクアは、精神がかなり不安定のようじゃし、やりすぎるのは危険じゃな。ほら、しかも図星っぽいぞ」
慎重に、ちらりとアクアの方を見る。口を半開きにして、目を見開いている彼女の頬は、少しばかり紅潮しているように見えた。
(言いたいことを全部……)
彼女達の会話を耳にして、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)も改めてアクアを注視する。動機を知り、これまでの経緯を見守りながら彼が考えたのは、5000年という時は、やっぱり長いということ。20年も生きていない翡翠からして見ると、想像も付かない世界なのだろう。その間、ずっと苦しんでいたのなら同情して然るべきなのだろうが――
想像出来ない事を無理に理解しようとしても、彼女自身不快なだけだろう。それなら今、ここで自分が採るべき行動は、いつも通りに誰かの、アクアの話を聞くことだ。
(今回も、理解しない……、つまり彼女に不用意に感情移入しないって方針で行きましょうか)
愚痴を聞くのが喫茶店のマスターの仕事だ。どちらにしろ、彼女の動機は翡翠にとって共感しにくいものだった。どう考えても、それは所謂八つ当たりや逆恨みである。似たような境遇であったファーシーが、自分より遥かに幸福そうにしているのを見て嫉妬する気持ちも分からないでもない……のだが、正直に言うと、一緒に不幸になってくれ、という気概が気に入らない。
気絶する前に言っていたように、辛い経験ならファーシーもしてきた。ボディが昔と違う、というのも別にアクアだけがそうではない。
「…………」
驚きから回復しないアクアを見る。ぽかんとしているようにも見えるのは、ブリジットの言葉はやはり図星だったのか。それとも的外れすぎてあきれているのか。
舞が立ち上がり、アクアに近付いていく。ファーシーを移動させた――舞達の位置からアクアまでは、多少距離が開きすぎている。会話をしやすいように、ただ、まだ攻撃は届かないだろう所で足を止めて彼女に言う。
「違ったのでしたら……謝ります。私は……正直に言うと、アクアさんの身に起きたことについては……その、どういっていいのか分からないです。同じ体験をしていない私が下手に同情するような台詞を言っても、その言葉には重みが無いというか、きっと、逆にアクアさんを怒らせて傷つけてしまうだけに思いますし……」
「…………」
アクアからの反応は無い。攻撃してくる気配も無かった。何を思っているのかは分からない。舞が彼女に話しかける。
「アクアさん、でも、私でもこれだけは言えます。ファーシーさんも、最初から幸せだった訳じゃないですよ。色々大変なことがあってたくさんの人達の協力もあって、何度も壁にぶつかってそれを1つ1つ乗り越えて……、その積み重ねの結果に、今があるんですよ。
足がなかなか動かなくて、落ち込んでおられましたし……」
沈黙を続けるアクアに、翡翠もそっと穏やかに言う。
「一度、ファーシー様と喧嘩するなり、私らに愚痴を吐くなりしてお腹の中に溜め込んだ物全部、吐き出してみてはどうでしょう? 吐き出すだけ吐き出してから改めて考えて、その上でファーシー様と仲良くするなり離れるなりすればいいんじゃないですか?」
「…………」
「これからでも遅くはありませんよ。幸い……といっていいのか悩みますが、研究者さんは既に亡くなってる様ですし、人生をやり直すハードルは今までよりも下がってるんじゃないですか?」
「…………」
アクアは、翡翠をじっ、と見詰めていた。それから、舞の方をちらりと見る。
「……もう、分かりました。貴方達の殆どが、まとめて天然でファーシーをたぶらかしていたということが……」
「?」
「え゛?」
さて、「え」に濁点を付けたのは集まったうちの何人だったか。
「ファーシーは、昔はもうちょっとマシでした。天然は天然でしたけど、もう少し地に足が着いているというか、世間知らずでしたけど、生意気でしたし口も悪かったですし……」
「いや、そこは今と大して変わっとらんような……」
シルヴェスターが言う。今はこういう場面だから、生意気な面が出ていない、出ようがないだけで。だが、アクアは聞いていなかった。
「よくも、ファーシーを変えてくれましたね。ファーシーを幸せにしてくれましたね……」
口の端を上げて、一同を睨めつけながら、笑う。
「私がファーシーを憎しみを抱くことも無かった。何もかも、貴方達の所為で……」
逆恨みもいい所だが、アクアは本気だった。彼女の瞳から一筋、水が流れる。
「…………」
皆、恨みを不条理な形で発展させた彼女に驚き、二の句を継げなくなっていた。しかし、それを冷静な目で見詰めている男が1人。
これがマンガという媒体であれば一目瞭然だったわけだが、文章が為に触れられなかった目立つポジションにいる男。
カーテンでぐるぐる巻きにされてぽいっとその辺に置かれていた男である。さて、誰でしょう?