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第11章 にわか雨

「甘い匂いがしますね」
 若者達でにぎわう道を歩きながら、セラータ・エルシディオン(せらーた・えるしでぃおん)は匂いの方に目を向けていく。
 飲食店の店頭や、出店から流れてくる。
 甘い焼き菓子やチョコレートの匂いのようだった。
「温かい飲み物と……そうですね〜、ワッフルでもいかがです?」
 紙袋を下げたキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)が、セラータに問いかける。
「はい、頂きたいです。それにしても……なんだか、可愛らしい飾りが多いですね。まるで、お菓子の街のようです」
「バレンタイン間近ですからね〜」
 そう答えて、キリエはワッフルと飲み物を購入し、セラータと一緒に公園へと入っていく。
 公園にも、若者達の姿が多かった。
 遊具の傍に集まっている少女達は、チョコレート作りの相談をしているようだ。
 少女達をほほえましげに見ながら、セラータとキリエはベンチに腰かけて、おやつを食べることにした。
「皆、楽しそうですね。バレンタイン、良くはわかりませんが、楽しい日のようです」
 セラータは街や人々の様子に、そんな感想を持った。
「バレンタインは、大切な人やお世話になった方々にチョコを渡して、ありがとう。大好きです。って想いを伝える日なんです〜」
 そう言って、キリエは購入した紙袋をぽんぽんと叩いて、セラータに微笑みかける。
「一緒に作って交換しましょうねセラータ」
 紙袋の中には、チョコレート作りの材料や、道具が入っていた。
 バレンタインを知らないセラータに、教えてあげたいという気持ちと、大切な人である彼と、チョコレートをプレゼントし合って、日々の感謝の想いを伝えたいという気持ちがあった。
「一緒に作る思い出も出来ますし、楽しいですよ〜」
「はい」
 セラータは料理が苦手なため、本来なら料理作りは楽しめないのだが、キリエの優しい微笑みに、反射的に頷いていた。
「君と一緒ならきっと何でも楽しそうです」
 そう微笑み返して、2人もチョコレート作りの相談をしながら、今はワッフルと紅茶の味を楽しんでいた。
 風もほとんどなく、太陽の光が降り注いでいる温かな日だったけれど……。
 突然、冷たい水が、セラータの手の上に落ちた。
「あ……」
 空を見上げた、キリエの額にも。
「雨ですね……」
 セラータは購入したものが入っている紙袋を抱きしめる。
「激しくなりそうですね〜。どこか雨宿りが出来る場所はないでしょうか〜」
「そうですね」
 2人は周囲を見回して、中央付近に立ている大木に目を止めた。
「あの木の下に〜」
「行きましょう」
 すぐに、買い物袋を抱えて、一緒に駆け込んだ。
 雨は激しくなっていったが、空は暗くはなかった。
 直ぐに止むだろうと思って、2人は大木の下でしばらく待つことにした。
「びっくりしましたね〜。セラータこんなに濡れちゃって風邪をひいたら大変です」
 キリエはポケットからハンカチを取り出して、セラータの顔に手を伸ばした。
 セラータの頬を拭き始めたキリエの指が、彼の顔に僅かに触れた。
 セラータは、手を上げてキリエの手を掴む。
「俺よりも君の方がずっと濡れてます。それにこんなに手が冷えてしまって……」
 そして、セラータはキリエの冷えた手からハンカチを取ると、キリエの顔を拭いてあげた。
「ありがとう〜。次は、私の番ですよ〜」
 そう言って、今度はキリエがセラータの手からハンカチを取って、ぬれた彼の腕や、体を拭いてあげる。
「こうしている間に、君が冷えてしまいます」
 セラータも自分のハンカチを取り出して、キリエを拭き始めた。
 互いに互いのことばかり、心配していた。

 相手を労り、互いを拭き合っているうちに……空から降り注ぐものが、水から、光へと変わっていった。
「あ、みてみてっ!」
 少し離れた場所で雨宿りしていた少女達が声をあげる。
 キリエとセラータも、少女が指差す方向――空へと目を向けた。
 青い空に、七色の虹がかかっていた。
「綺麗ですね〜……」
 キリエが微笑み、セラータも笑みを浮かべて頷く。
 2人は互いを拭く手を止めて、太陽の光の下へと出た。
 濡れた公園はキラキラと光りを放っていて、眩しかった。
 濡れた自分達の姿と、明るい太陽の光。
 それから美しい虹を見ていると……なんだか、笑いが込み上げてきた。
 キリエとセラータは声を上げて笑い出して、互いの冷たい手をしっかりと握った。
 すぐにこの手も温まるだろう。
 心も、太陽の光を浴びている体も、とても暖かいから――。