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第12章 チョコレートを選ぼう

「美羽、こっちこっち〜!」
 空京にある日本の通貨が使える百貨店の入口で、野球帽をかぶった少女が手を振っている。
「あ、リ……」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、リコと少女の名前を呼びそうになったが、ごくりと飲み込んだ。
 少女が高根沢 理子(たかねざわ・りこ)だと知られてしまったら、ちょっとした騒ぎになってしまい、買い物を楽しめなくなってしまうから。
「待った? 早かったね」
 美羽は理子に走り寄って明るい笑みを向ける。
「ううん、今来たところ。それじゃ、買い物にレッツゴー!」
「レッツゴー!」
 理子と美羽は元気に拳を振り上げた後、百貨店の中へと入っていく。

 百貨店の入口付近は催物会場となっており、この時期にはもちろん、バレンタインのチョコレートや、手作りに使う道具、ラッピング類が沢山並んでいる。
 ちょうどタイムセールが行われているらしく、ワゴンに女の子達が殺到している。
「うわっ。あれって普段1粒500円するチョコでしょ? ロイヤルガードの皆へのプレゼントはあれで決まりね! 人数分ゲットするわよ、美羽!」
「任せてー!」
 即、理子と美羽もワゴンに突撃する。
「美羽さん、リ……さん、あちらはお一人様1点限りですよー!」
 そんな2人をほほえましげに見ながら、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が声をかける。
「2人とも大丈夫かしら……」
 理子の護衛としてついてきた、テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)は少し心配そうに見守っている。
「心配いりません。2人ともお強いですし……むしろ、一般の方々が少し心配ですね」
 ベアトリーチェがそう返すと、テティスは「確かに」と頷いた。
「ねえ、リコ。このチョコ、かわいいと思わない?」
「うん、こっちも可愛い! 迷う迷う〜」
 1人1個までじゃなければ、2人でワゴンごと会計に持っていきそうな勢いで選んでいる。
「せっかくですから、テティスさんも一緒にチョコを選びませんか?」
 ベアトリーチェは、チョコレート売り場の方を指差しながら、テティスに尋ねた。
「え、ええ……そうね」
 テティスはちょっと戸惑いながらもうなずいて、ベアトリーチェと一緒に、高級チョコのコーナーへと歩く。
「値段も違いますが、普通のチョコとは味が違いますしね。1年に一度くらいは、このようなチョコをお渡しできるといいですね……」
「どうかな、喜んでもらえるのかな……」
 不安げなテティスに微笑みかけて、ベアトリーチェはチョコレートクランチを指差した。
「ほら、このチョコなんて、彼方さんにも喜んでもらえると思いますよ」
「え……。あ、うん。そうかもしれないわ。高級そうなものより、こういった美味しく食べられそうなタイプのチョコレートの方が、彼には良いかも」
 テティスはちょっと考え込みながら、ベアトリーチェが勧めたチョコレートを手に取った。
「あの……でも、預かっててもらえるかな? 私が持ってたら、いかにもって感じだし……」
 実は今日、テティスの想い人である、皇 彼方(はなぶさ・かなた)も理子の護衛としてきているのだ。
 バレンタインが近づいているため、テティスは妙に意識をしてしまい、最近彼と上手く話が出来ていない。
「わかりました。お預かりしますね」
「ありがとう!」
 礼を言って、テティスはちょっと顔を赤らめて微笑み、チョコレートを持って会計に向かったのだった。

「遅い、遅いな……」
 店の入り口で、彼方は腕を組んでうろうろしていた。
「遅いって……まだ、店に入って5分しか経ってないけど?」
「菓子なんて、5分もあれば、選べるだろ。ったく、これだから女の買い物は……」
 ぶつぶつ言いながら、彼方は入り口付近を行ったり来たり。
「バレンタインのチョコだし……5分じゃ選べないと思うけど。あ、テティスもチョコ選んでるみたい。あのチョコ、彼方にくれるんじゃないかな……」
 途端。彼方が足を止めて、店の中に目を向ける。
 しかし、彼方の位置からはテティスの姿は見えなかった。
「いやまあ、テティスも義理チョコくらい配るだろ。昔の仲間もそうだけど、今の友達とか、結構できたしな、うん」
 自分を落ち着かせるようにそう言った後、彼方はまたうろうろし始める。
 コハクはクスリと笑みを浮かべた後……美羽の方に目を向けた。
 彼女は理子と一緒に、沢山籠の中にチョコレートを入れて、会計に向かうところだった。
「美羽も、友達沢山いるからね……」
 そう呟きながら、彼方と一緒に女性達の帰りを待つ。

 女性陣が戻ってきたのは、それから数時間も後だった。
「催事場にも沢山あったけど、専門店のチョコも一通り見てみなきゃ決められないし」
「エクレアやシュークリームも美味しそうだったんだけれど、日持ちしないしね。やっぱり全部チョコレートにしたんだよ!」
 理子と美羽は大きな袋を抱えて戻って来た。
 ベアトリーチェは、あまり荷物を持っておらず、テティスは小さな箱に入った、同じ種類のチョコレートを持っているだけだった。友人に配るものらしい。
「遅いよ……。とにかくもう、帰ろう。暗くなる前に戻らないと、皆心配するしな」
 彼方は努めてチョコレートを見ずに、宮殿の方へと歩き出す。
「後で取りにいくわね。今日はありがとう」
 テティスは小声でベアトリーチェにそう言った後、彼方と一緒に歩き出した。
「……ちゃんとあげられるといいね」 
 彼方とテティスの後ろ姿を見ながら、美羽はそう言って、ベアトリーチェと微笑み合った。
「ロイヤルガードの皆にも配るんだ」
 美羽の持つ袋の中には、ロイヤルガードの男の子達に配るためのチョコレートも入っている。
 そして、一つだけ、ちょっと豪華なチョコも入っている……。
「あ……皆、喜んでくれるかな?」
 ふと、コハクと目があった美羽はわずかに照れながら、そう言った。
「うん、嬉しいと思うよ」
 そう答えて、コハクも美羽に微笑みかける。
「えへへ……っ。さー、帰ろー!」
「帰ろー!」
 美羽と理子はまた拳を振り上げて、帰路を急ぐことにする。

 ……美羽が用意した、一つだけ豪華なチョコ。
 それは、コハクへのプレゼント。
 喜んでくれるといいなと思いながら、美羽は袋を胸に抱えていた。