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リアクション
第18章 2人きりの夜
「オルフェ、ただいま」
空京にある自宅に、セルマ・アリス(せるま・ありす)はそわそわと戻って来た。
テーブルに買ってきたものを置きながら、取り出した小さな箱だけは服の中に隠し持つ。
「あ、セルマ……お帰りなさいなのです♪」
キッチンから、妻……ではなく婿のオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)の可愛らしい笑顔が覗く。
「ただいま」
もう一度そう言ったセルマの顔は緩み放題だった。
(家で二人きりで過ごせるなんて最近なかったからな……)
一緒に住んでいるパートナー達は今日、仕事や用事……或いは気を利かせて出かけていた。
今日は、新婚の夫婦、2人きりなのだ。
「料理運びますね♪」
オルフェリアはキッチンに戻っていく。
セルマは彼女の後姿をにこにこ笑みを浮かべながら見ていた。
「うう〜、頬の緩みが止まらない」
よし、ここはひとつ頬を叩いて抑えよう。
そう思って、ぱしんっ、ぱしんっとセルマは自分の頬を叩いた。
「ん、これで大丈夫、準備準備っと」
テーブルには、食器だけが並んでいる。
セルマは買ってきたノンアルコールのシャンパン、白と黒の猫のマジパンがついた苺のケーキに、お菓子を並べておく。
「はい。温めただけのものと……それから」
オルフェリアが運んでいた料理を、テーブルの上に置いていく。
「……実は、今日の日の為に、オルフェは色々準備してきたのですよ」
「準備? ……もしかして」
セルマは並べられていく料理に、目を向けた。
スモークチキン。温めたハンバーグ、ソーセージ。
「セルマ……のお婿さんとして美味しい物を作りたくて……。半年前から料理の特訓をしたのです」
それらと一緒に、温かそうで、心が安らぐ色の料理があった。
「味見はしたし、他の人も大丈夫って言ってたから大丈夫だと思うのです……」
オルフェリアがセルマの前に置いたのは、スクランブルエッグだった。
「オルフェが作ったの? 半年前から特訓!?」
セルマの言葉に、こくんとオルフェリアは頷く。
「もし良かったら食べて貰えると嬉しいのです」
セルマは驚きながら、嬉しそうな笑みを浮かべていく。
「そりゃ上達するわけだ」
そのスクランブルエッグは少し焦げていたけれど、どの料理よりもおいしそうに見えた。
すごく美味しそう、嬉しい、という感情を笑みでセルマは表していく。
オルフェリアはちょっとだけはにかんで。
「あ、あとですね……」
パタパタと部屋の隅から袋を持ってくる。
「ちょうどアロマキャンドルがあったので、今日はお家の灯りを消してキャンドルの灯りでご飯食べませんか?」
オルフェリアはアロマキャンドルをテーブルに並べる。
「うん、せっかくだしやってみようか。火の扱いだけは気を付けてね」
「はい、ほら……すごく綺麗なのですよ♪」
火を灯して、電気を消すと、いつもの部屋が幻想的な空間になった。
キャンドルそのものだけではなく、小さな灯は部屋の姿をも変えてくれる。
「うん、素敵だね」
セルマは微笑んで、オルフェリアと向い合せで腰かけた。
シャンパンで乾杯をした後で。
出来たてのスクランブルエッグを一番に戴く。
「……美味しい。温かくて、柔らかくて。不思議と心が弾んでくる。オルフェの頑張りが伝わってくるよ」
「よかったのです」
ほっと、オルフェリアは息をついて。
セルマが買ってきてくれた、マジパンの猫をとって、眺める。
「可愛いのです」
「うん、この日の為のケーキだよ。どうぞ」
セルマはナイフでケーキを切り分けて、皿に乗せるとオルフェリアに差し出した。
「キャンドルの灯ってなんだか落ち着くね……」
アロマキャンドルの幻想的な光に照らされて、可愛いケーキも、幻想的な姿へと変わる。
「苺、甘酸っぱいです♪」
美味しそうにケーキを食べるオルフェリアを、優しい目でセルマは見つめる。
(最近二人っきりになることも少なかったし、今の状況すごくいいな……)
そんな思いを抱きながら、彼女が用意してくれた料理を堪能していく。
ケーキを食べ終えた後。
2人はちょっとだけ沈黙した。
オルフェリアは軽く視線を彷徨わせて、恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「なんだか、いつも他の人達と一緒に居ることが多いので、二人だけだと恥ずかしいのです」
顔を上げてセルマを見て、オルフェリアは恥ずかしそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。
「セルマ……結婚してくれて、ありがとうなのですよ。オルフェは毎日セルマ……に感謝してるのです」
「俺だって同じ気持ちだよ」
セルマの手が伸びる。
「これからもオルフェと一緒にたくさん愛し合って生きたい」
オルフェリアの手をとって、優しく握りしめながら笑みを彼女へと向ける。
「ありがとうなのです。本当に本当にありがとうなのですよ!」
感謝の気持ちをいっぱい口にして。
「あ、クリスマスといえば、プレゼントですよね!」
ちょっと照れながらオルフェリアがそう言うと、セルマは頷いてポケットから赤いリボンのついた小さな箱を取り出した。
「プレゼントなら用意できてるよ。料理頑張ってくれてたなら丁度いいかもしれない」
そっと、セルマは箱をオルフェリアに差し出した。
「何なのです?」
言いながら、開けてみる。
……小箱の中には、水色のバレッタが入っていた。
セルマは立ち上がって。彼女の隣に歩くと。
彼女の髪を掬い、バレッタを手に取って留めた。
「ありがとうなのです。こうして留めておけば、髪の毛がはいらないのですね。また料理に挑戦するのですよ」
オルフェリアは純粋な笑みで喜んだ後。
「オルフェも用意したですよー♪」
足下に置いてあった袋を持ち上げて、立ち上がった。
袋の中から取り出したのは、両手サイズのガラスケース。
ガラスケースの中で、可愛らしいクマのマスコットが、薔薇を包み込んでいる。
「薔薇のプリザーブドフラワーなのです!」
「可愛い!」
セルマは笑顔で眺める。
「ちょっと一度外に出てみませんか?」
突然のオルフェリアの言葉に、セルマは首を傾げる。
「ほら、寒くなると、気温で色が紫から青に変わるのですよ♪」
「うん」
暖房で温まっていた部屋の中とは違い。
外はとても寒かった。
自然と寄り添いながら外に出て。
オルフェリアがガラスケースを包み込んだ手を前へと出した。
クマに抱かれた紫色の薔薇が――ゆっくりと、青色に変わっていく。
「変わったのです」
オルフェリアは青くなった薔薇のプリザーブドフラワーを、セルマへと差し出した。
「もしよろしければ、貰っていただけないでしょうか?」
「勿論、嬉しいよ!」
言ってセルマは手を伸ばして。
オルフェリアごと、プレゼントを包み込んだ。
両腕で、胸の中に抱きしめた。
「ありがとう、オルフェ」
「セルマ……暖かい、のです……」
二人の体温が。
呼吸が――。
薔薇を再び紫に染めた。