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忘新年会ライフ

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忘新年会ライフ

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 偽イングリットとイングリットが壁を破壊して現れる少し前。
「右手に見えますのはー、つちかべです」
「左手に見えますのはー、中身がもう無い開けられた宝箱です」
「正面は……壁です。行き止まりです。回れー右!」
 ツアー参加者を引き連れて先頭を行く桐生 円(きりゅう・まどか)が声をあげると、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が客達の後方から飛ぶようにやって来る。
「すいません! ちょっとここで休憩にしまーす!」
 歩は参加者に呼びかけた後、円に小声で囁く。
「円ちゃん! も、もう少し真面目にやろうよ?」
 歩は「楽しませるのも当然だけど、怪我させないのも大事だよね。ツアコンの皆でお客様を囲むような陣形で進むようにして、急な襲撃にも対応できるようにするのはどうだろ?」と事前に提案し、このツアー名『ペンギン隊』の後方を守っていたのだ。
「だってー、面白そうなもの無いんだもん」
 二人が打ち合わせをする間、ダークサイズの戦闘員にして西カナンの「砂イルカ牧場」の従業員であるDSペンギン三匹が、頭にライト付きのヘルメットを付けて蒼木屋の仕出し弁当を参加者に販売したり、ダンジョンの歴史を紙芝居で上演したりして間を取ってくれている。
「はぁ……年末にツアーコンダクターのアルバイトだって言うから、あたしはてっきり初詣のお客さんを案内するツアーコンダクターだと思ってたのに……」
「ちゃんと、ツアーコンダクターっていったよ。ダンジョンとは言ってないけど」

 歩がバイトの全容を知ったのは、つい先ほど、ツアーコンダクター達への説明会の最中であった。
「えーっ、煩悩に合わせたダンジョンツアー!?」
「うん。そうだよ」
 手元に配られたガイドブックと円の説明を聞いて、ようやく事態を把握した歩。
「うーん、思ったよりも大変そうだなぁ……」
「大丈夫! 何時もの冒険よりはきっと楽だよ!」
「でも、円ちゃんもいるし戦いで危ないって事はないかなぁ」
 歩が悩んでいると、イングリットがやって来る。
「こんばんは。歩さん、円さん」
「イングリットちゃんもアルバイトなの?」
「はい。わたくしこういったアルバイトは初めてなので、ご迷惑をおかけするかもしれませんけど……」
「平気だよ。ボクと歩ちゃんといればね!」
「先輩達もご一緒して下さるのですか?」
「うん!」
「(ちょっ……!?)」
「だよね、歩ちゃん?」
「う……うん」
 勝手に円が頷き、歩は引き返せなくなってしまう。
「頼もしいですわ! 頑張りましょう!」
 イングリットが微笑み、二人の元から去っていく。
「はぁ……イングリッドちゃんもアルバイトでいるみたいだし……」
「歩ちゃん、引き受けるの?」
「うん。後輩にかっこ悪いところ見せらんないし、がんばろー!」
 グッとやる気を出す歩に円が笑う。
「なんかおねーさんっぽくてカッコいいよね」

「先輩!」
 少し凹み気味の歩が、聞こえたイングリットの声にシャンと立ち直る。
「何? イングリットちゃん」
「少しペースを上げてもいいと思います。皆さん、黙っていても疲れる時間帯に入ってますし、一気に最下層まで行きませんか?」
「そうだね。イングリットちゃんは平気?」
「わたくしですか? 平気ですわ。望みを言うならもう少し歯ごたえのあるモンスターが出てきて下さると嬉しいですけど」
 肩をすくめて笑うイングリット。
 強い相手を求めて、日夜キマク周辺で武者修業を行なっていると噂がある頼もしい後輩の言葉に歩が頬を少し緩める。ちなみに円は、DSペンギンから参加者に販売する用の仕出し弁当を強奪し、モグモグと食べている。
「頼もしい! あ、そうだ。イングリットちゃん、聞きたかった事があるんだけど」
「はい、何でしょう?」
「えっと、どうしてこのアルバイトすることにしたのかな?」
「最初は悩んでいましたけど、説明会の時にお隣に凄く強そうな方がいましたので……きっと強いモンスターが一杯出るんだと思って……」
「あ……やっぱり、武者修業の一環なんだね……」
「はい! わたくしは、より強い相手と戦うことこそ生きがいなんですの」
 キラキラと目を輝かせるイングリットに、歩が考えこむ。
「イングリットちゃん。このダンジョンって、皆の煩悩が具現化するって言ってたの知ってるかな?」
「そう言えば……そんなお話もありましたわね……それが何か?」
「うん。イングリッドちゃんが結構危なそうかなぁって。ほら、強さにこだわってるところあるから、煩悩もそれに関係するの出てきちゃうんじゃないかなぁ……って、心配し過ぎだよね、ゴメンゴメン!」
 歩が笑うと、イングリットが真顔になる。
「それは是非出てきて頂かないと……」
「え?」
「先輩! どうやったら、その煩悩さんと戦えますか?」
「え? 冗談だよね?」
「いいえ」
 ご飯粒を頬に付けた円が口を開く。
「それ、面白そうだね。イングリットくん、強く念じればいいんだって聞いたよ、ボク」
「円ちゃん! 何を!?」
「すりるがあったほうが、ツアーコンダクターは人気出るよね」
「自分でスリルを作り出しちゃ駄目ぇぇ!!」
歩の悲痛な叫びは、イングリットと円には届かなかった。
目を閉じて全力で念じるイングリットを遠巻きに見ている円。
「ま、まあ、円ちゃんたちいるし、きっと大丈夫だよね!……ドラゴンとかだと怖いけど」
しかし……。
いくら待ってもイングリットの煩悩とやらは出てこない。
「残念ですわ……まだまだわたくしも煩悩が足りないみたいです」
ホッと胸を撫で下ろす歩。
「そ、そうなんだ……でも、そんなの強くない方がいいもんね」
ツアー参加者に出発を呼びかけに行った円が戻ってきて、クイッと歩の袖を引っ張る。
「歩ちゃん……」
「何?」
「お客さんが……減っていく」
「……え?」

ドゴオオォォォーーン!!
「ぬわーーーー!」
「がぁあああーーッ!」
「弱い弱い弱い……あなた達、弱すぎますわーー!!」
 円と歩が駆けつけると、ツアー参加者をちぎっては投げちぎっては投げしている少女がいた。
「イ、イングリットちゃん!! 何を!?」
 歩が絶叫する背後からヒョイと顔を出すイングリット。
「わたくしならここですけど?」
「え……じゃあ、アレは誰……?」
 歩が指さした先には、ツアー参加者の躯を山積みにしているイングリットがいた。
「わたくしがもう一人……」
「いいえ、わたくしは一人! 天下無双! パラミタ最強はこのイングリット・ネルソンですわ!!」
 高笑いをする偽イングリット。
「あれが……イングリットちゃんの煩悩……」
「歩ちゃん、ボク達じゃ勝てないよ……どうする?」
「先輩達、ここはわたくしにお任せ下さい。お客様達を連れて、早く108階へ!」
 拳を握りしめたイングリットが前に出る。
「じゃ、任せたよ」
「えぇぇぇー!? 円ちゃん! それ酷くない!?」
 シリアスな顔で顔を横に振る円が、諭す口調で歩に語りかける。
「歩ちゃん、別れというのは冒険には付きものなんだ。ボク達はお客さんを連れて最下層に行くのが目的。そしてイングリットくんは……」
「ええ、パラミタ最強は二人も要りませんわ……つまり、わたくし自身を倒すのが目的!!」
 地を蹴り、偽イングリットへ向かうイングリット。
「上等ですわ!!」
 イングリット対彼女の煩悩の偽イングリットの戦いから、ボロボロのツアー客を連れて円と歩は走りだす。
「うぅ……ゴメンね。イングリットちゃん!!」
 背後で断続的に起こる地響きや拳がぶつかる音に歩が詫びる。
「歩ちゃん、コッチだよ!」
 円が歩を手招きする。見ると、壁の一部が崩落した先に階段があった。
「円ちゃん、そっちは順路じゃないよ?」
「きっと、ショートカットだよ! 行こう!」
 円が突入していき、ツアー参加者達がフルマラソンのゴール寸前のランナーに近い足取りでそれに続く。
「(円ちゃんこそ煩悩の固まりなのに、どうしてまだ何も出てこないんだろう?)」
 歩はそう考えるが、お客を一人あの場に置いてきた事すら忘れている程テンパッていたため、円達の後に続く。
 一行が入って行った階段の付近には土砂に埋もれた看板があった。『立入禁止! Vドラゴン生息場所』と古ぼけた文字が並ぶ看板が……。