校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●教導団の閲兵式(本編二) 人数がいるわりに、式の進行は実にスムーズだった。 司会役のルカルカ・ルー(るかるか・るー)が淀みなく宣誓者の紹介を行い、その合間合間を縫うようにして、夏侯 淵(かこう・えん)が誘導を担当していた。 「去年も軍務びっしりだったが、今年は正月からキビしいぜ」 忙しく行ったり来たりを繰り返しつつ、彼は盟友(悪友?)のカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)に言った。 「へっ、その割に楽しそうじゃねぇか?」 かく言うカルキノスは記録係だ。撮影機材を担いで、参加者たちの映像を録画している。今は一段落する間ができたので、いそいで記録のバックアップを取っていた。 「まあな。ルカが充実してるんなら、俺も充実した気分ってことだ」 「あいつ、団長のそばにあってもまったく見劣りしなくなったな。尉官ロイガとして王道を歩んでるってことか」 カルキは腕組みしてしみじみと言った。長い付き合いゆえ、感慨深いものがあるのだろう。 「それはそうと、ルカは抱負を述べないのか?」 ときどき男の娘よばわりされる淵ではあるが、こうしてしっかり男子制服を着ていれば、立派な士官候補生に見えるのだった。そのことをからかってやりたい気にもなるが、ともかくカルキは質問に答えることにした。 「以前、ルカ自身が団長に宣誓したことがある。だからルカの目指す所は既に団長は承知してるはずだ。そこから団長個人に対する部分を抜き、国防とニルヴァーナへの意欲を加えた物がルカの抱負となるだろうぜ。簡潔に、求められる役割を果たし国防に資する為に精励恪勤する……と言ったところだろうな」 「おい、それ、ダリルの言葉だろう」 「げ? なんで判った」 「カルキがまとめた言葉にしちゃ理路整然としすぎてるぜ」 「へっ、どうせ俺はいい加減だよ」 むくれているようで、カルキは歯を見せて笑っているのである。自分の本質が淵に理解されているのがくすぐったくも嬉しいらしい。 ところでそのダリル・ガイザックは、団長たちの接遇をしている。今はちょうど、羅 英照(ろー・いんざお)から何か耳打ちされているようだ。 ダリルは本日朝方から数時間にわたり蓮見朱里の出産を手がけ、さらには式次第の打ち合わせ、準備、と立て続けに休む間もなく任務をこなしているというのに疲れをまったく見せていない。驚くべき体力といえよう。 「ダリル……あいつのクソ真面目っぷりにはときどきお手上げになるが、それでも今日ばっかりは敬服しちまうぜ。あいつは『有機コンピューター』だとか言われるが、そのボディはティーガー戦車か何かじゃねぇか?」 そんなことを言っているうちに宣誓が再開された。 「よし、行くぜ。忙しいがおかげで、今夜は旨い酒が飲めそうだ……」 淵は完爾として、マイクを握り駆けていった。 つぎに壇上に上がったのはクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)だ。 「団長の前でお話しして……お言葉までかけて頂けるなんて……」 と緊張でガチガチになってしまった彼女のために、パートナーたるサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が彼女の横に付き添って立っていた。 サイアスは半歩下がっている。クエスティーナが先に所信表明、次が自分なのだ。 (「クエス……横には立つ。しかし今日は支えの手を出すつもりはない。以前は団長に直接言葉をかけられただけで失神しかかったものだが……成長の跡を見せてくれ」) 空京万博での経験を思い出すと、サイアスは苦笑いしたくなる。衛生科所属医師が真っ先に倒れてどうする、とそのときは呆れたものだ。 クエスが団長に抱く敬意の深さは、まるで神を前にしているかのようである。サイアスに言わせれば『崇拝』だ。無論、彼も金鋭鋒を極めて偉大な人物であると思っているが、それは『上司』として尊敬するという妥当な場所に落ち着いている。 鋭鋒の眼が自分に注がれている――クエスはそのことを意識し深呼吸を終えると、憧れの団長に、そしてこの場の全員に語るように言葉を述べた。 「医師として、一人でも……多くの人を………助けたい、です」 短くブレイクを置いて再開する。 「闘争より平和を、武器より言葉を願うのは……、人間、誰しも同じ……だと思います。 けれど……現実は、そうとばかりは……いえないの、です。 起こってしまった争いを、収める為……にも。自由や命を、守る為……にも、軍隊は……必要、だと思い、ます。 争いを始めるのが人……なら、終えるのも癒すのも人……だと思うの、です。」 さらに一拍おいて、この言葉で締めくくった。 「私は……命と平和を……愛し、ます」 これがもっとも言いたかったことだ。命と平和を愛するがゆえに、クエスは教導団に身を置いた。戦わない軍人として、衛生科所属医師となった。これは自分の意思を確認する言葉であり、誓うことで、自らの望みを改めて胸に刻むことができた。 総立ちのスタンディングオベーションがクエスを迎えた。 クエスティーナに治療を受けた者、命を救ってもらった兵士は、この会場にも多くあった。彼らはその感謝を込めて、そして、クエスティーナを初めて知る者であっても、彼女の言葉に胸を打たれ、立ち上がって拍手をしたのだった。 クエスは呆然となった。感激とありがたさで胸が一杯になる。 「……法と医学を修めた者として、共により多くの命を救いたく考えています」 いつの間にかサイアスが、上記言葉をもって自身の所信表明を終えていたのにも気がつかなかったくらいだ。 鋭鋒が歩み出て告げた。 「これからも宜しく頼む。我々の目的は常に平和であること、これを確認させてくれたことに感謝の言葉を捧げたい」 あまりに勿体ないお言葉……クエスの眼にはもう、鋭鋒の姿しか見えない。感激で意識が飛びそうになったが必死で堪えた。ここで倒れては台無しだと思ったからだ。 ああ、けれど、あと一歩でも団長が近づいたらもう失神するかもしれない。 触れられでもすれば、爆発してしまうかも……。 そうならないように、そっとサイアスがクエスの手を引いてその場を去らせた。 (「成長はしているな……まだ危なっかしいところもあるが私は嬉しい」) あとは、懇親会でも気をつけよう――サイアスは誓うのだった。