校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●教導団の閲兵式(閉会) メインとなる閲兵式は、鋭鋒の訓辞をもって閉会となった。 そのまま懇親会のスケジュールが出る。 人数が多いので一旦ここで散会、きっちり一時間後にこの場所で宴となることが告げられた。人数が少なければ温泉での懇親会も提案されていたのだが、さすがに入りきらないので講堂をホールにして立食パーティということになっていた。 「みんなご苦労さん……今日は早朝からバタバタだったもんね。一日がひどく長い気がするよ☆」 司会の大任を締めくくり、ルカルカ・ルーが降りてきた。 「『鋼鉄の獅子』部隊としての方針表明ができなかったのは心残りだが、今日の我々は裏方だ。仕方あるまい」 ダリル・ガイザックも一緒である。 「懇親会は温泉だと思ってたのなあ……」 ぼやきながら、カルキノス・シュトロエンデが彼女たちにタオルを渡した。脚光のあたる場所にずっといたので、ひそかに汗だくなのである。 「サンキュ☆」 タオルで顔を拭いながら、今日の疲れが蒸発していくようにルカルカは感じていた。 あとは懇親会だけ、もう一頑張りだ。 講堂の外通路。リノリウムの緑色の床に、がっしりした黒いベンチが置いてある。 そこに座り、一仕事終えてほっとしている小暮秀幸のところに、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)がふらりとやって来た。アリーセは隣に座る。 「小暮少尉、お疲れ様です」 「これで一旦お役御免、今日の俺の公務はここまでなんで……」 「小暮さん、て呼んだほうがいいですか?」 「ああ、その……うん。それで頼むよ」 堅物のイメージがある秀幸が照れたように頬をかく様子が、アリーセには妙に可愛らしく映った。その鼻にちょんとかかって、小刻みに揺れる眼鏡もなんだか可愛かった。うん、やはり彼は眼鏡が似合う。ベストジーニストならぬベスト眼鏡ストだ(?)。 「ところで、今日は姿を見なかったけど?」 秀幸に問われ、ごく奥ゆかしくアリーセは笑った。 「運悪く当番が回ってきてしまい、さっきまで本校勤務でした。なのでようやく新年という感じです」 「ということは今来たんだ?」 「任務ですから仕方ありません。まあ、人前で抱負を語るような性格でもないですし……。小暮さんは今日、どういうお仕事をされてました?」 仕事の話なので身が入ったのか、秀幸は背筋を伸ばして式についてつらつらと語った。 「相変わらず真面目ですね」 「責任が伴うだけに、どうしてもね」 「眼鏡、汚れてますよ。拭いて差し上げましょうか?」 「いや結構」と言いながら秀幸はアリーセを見た――彼女は、じーっと自分を見つめている。というか、自分の眼鏡を見つめている……悪戯っぽい瞳で。 「……だから普通の眼鏡なんで仕掛けとか秘密とかないんだけど」 「普通の眼鏡なら、私が触っても問題ないですよね?」 「ああ、まあ……」 まんまと乗せられたように、秀幸は眼鏡を手渡した。アリーセは清潔そうな白いハンカチを出して拭ってくれる。眼鏡を外しているので落ち着かない様子で、彼は彼女の仕草を見守っていた。 「小暮、終わったな」 そこに、大岡永谷が通りかかった。 「お、大岡殿」 別に慌てる必要もなかろうに、泡を食ったように秀幸はアリーセから眼鏡を取り戻してかけた。 永谷は、彼の隣に座るアリーセに目を止めて、 「そちらは確か……」 「一条アリーセです。あなたも運営で働いてた方ですね? お疲れ様でした」 「戦闘兵科の大岡永谷です」 一瞬、二人の目と目が合った。 「じゃあ、俺はこれで。また後でな、小暮」 きびきびと立ち去りながら足取りとは裏腹に、妙に後ろ髪引かれるような思いに永谷は包まれていた。 (「小暮……あの女性(ひと)に眼鏡を預けてた。どういう関係なんだろう? 親しい……んだろうな、やっぱり」) 永谷が見えなくなると、アリーセは彼との距離を詰めて言った。 「私、こんな日に退屈な仕事にあたってしまったわけで、まだ新年のお祝いも済ませていません」 「懇親会には来るんだろう?」 「メインの閲兵式に出てませんからねえ。勤務あけでくたくただし、今日は帰ろうかと……」 それは気の毒に、という顔を秀幸が浮かべたので、アリーセはさりげなく言った。 「小暮さんは、もうハツモウデは済ませましたか?」 「いや、今日は一日忙殺されていたから」 「まだでしたら、ご一緒しませんか? もし明日にでも時間があれば、ですけど。日本の方に一度きちんとハツモウデについて教えてもらいたくて」 「明日なら大丈夫。でも……」 「でも?」 「いや、予定はないし構わない。ただ、俺もそう詳しいわけでないので……」 誤魔化すように言いながら、秀幸がちらりと、永谷の去った方向に目をやったのをアリーセは見逃さなかった。(が、それについては黙っていた) 「いいんですよ。じゃ、約束ですからね」 「うん。約束だ」 スケジュールをあわせ、待ち合わせ時間も決めて別れる。 「じゃあまた明日」 「明日」 秀幸は微笑していた。なんとなく心が弾むような気がしたが、「楽しみだなあ」なんて言うのも、文化を真面目に学ぼうとしているアリーセに対して悪いと思い、黙って手を振った。