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最後の願い 前編

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最後の願い 前編

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 何しろ、多勢対一、という状況だった。
 一人にかかずらっている余裕はない。そんな乱戦の中で、巨人だけが戦い、ゴーレムは後方で佇んでいた。
「だからといって、あれを放っておく手はありません。
 あんな侮辱的な言動をされて、黙ってはいられませんし」
 トランプルに乗り込む志方 綾乃(しかた・あやの)は、バスターライフルをチャージしつつ、ツインレーザーライフルの銃口を、騎士型ゴーレムの足元に向けた。
 岩場の多い場所ではあったが、それでも、イコンの巨大さでは完全に隠れ切ることは難しく、はっ、と巨人がそれに気付く。
 ゴーレムの方を振り向いた。
「遅いですわ!」
 巨人とゴーレムの距離を見れば、援護は確実に間に合わない。
 綾乃は引き鉄を引く。
「右に構えろ!」
 巨人の叫びに、ゴーレムは初めて動き、持っていた盾を綾乃に向けた。
「!?」
 盾が、ライフルのレーザーを防ぐ。
「……今のは?」
 綾乃は、攻撃が防がれたことよりも、ゴーレムの持つ盾の反応の方に違和感を覚えた。
 巨人が岩場を飛び越えて来る。
「早い!」
 綾乃はチャージが完全でないバスターライフルを構え持った。
 巨人の攻撃を受ける寸前にすかさず撃つ。
 それもまた、ゴーレムが防ぎきるのを目にしながら、綾乃は確信した。
「やっぱり、見えるところだけじゃありませんね」
 見掛けは、ゴーレムが持つに適当な大きさだが、そこを中心に、見えない壁が広がっている。
 そして直後、綾乃は衝撃に倒れた。
 だがイコンにも自分にも致命傷はなく、巨人は一撃入れると、また次の敵に向かって行く。
「……甘いですね」
 綾乃は肩を竦める。
 トランプルを降りて地上に立ち、再びゴーレムを見上げると、ゴーレムは再び沈黙を守っている。
「何故戦闘にゴーレムを使わないのでしょう? 此処まで持って来ておきながら……」



「外したわ。距離があるし、仕方ないわね」
 巨人の足元に弾けた銃弾に、英霊、瀬名 千鶴(せな・ちづる)は肩を竦めた。
 元より、攻撃の為というよりは、出方を探る為のものだったが、不意打ちに対して、巨人はあまり気を払っていないように見えた。
 ライフル弾くらいなら、当たっても構わないということなのだろうか。
「教導団の演習場を一人で壊滅させるほどの相手です。
 私達ではまともに行っても足手まといになるだけですし、此処は、教導団の人達の援護に徹しましょう」
 上空から、最大ズームで地上の様子を確認し、パートナーの千鶴と共にイルマタルに搭乗するテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は言った。魔鎧のデウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)は、テレジアの全身にまとって、しっかりと彼女を護っている。
「そうね。射程距離ぎりぎりのところからライフルを撃って行くわ。
 いえ、真上からなら射程距離とか関係無いかしら。弾幕だから当てる必要はないんだし。
 一応、味方に当てないよう、もう少し近付くわね」
 接近戦を仕掛けているイコンがいる。援護射撃にも注意が必要だ。


「岩造、巨人はイコンと同等の大きさ。気を付けて行くのじゃ」
 龍皇飛閃の操縦席、魔鎧の武者鎧 『鉄の龍神』(むしゃよろい・くろがねのりゅうじん)はパイロットスーツよろしく、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)の身にまとわれている。
「巨人の持つ大剣には気をつけるのじゃ」
 イコンのように飛行能力もなく、持つ武器はあの剣ただひとつ。
 それでもあの巨人は演習場を壊滅させた。
 あの剣は、かなり強力なものだと鉄の龍神は考えた。
「解っている。弁慶の援護に合わせて動くぜ」
 武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)は、離れた岩場の陰に隠れ、巨人への攻撃を、イコン用の撃撃武器で援護する手筈だ。

 だが巨人は、弁慶の爆弾弓に気付くと、素早く周り込んで立ち位置を変えた。
「しまった、岩造の向こう側へ行きおったか」
 弁慶もそれに合わせて移動するが、巨人に対峙するイコンは岩造だけではないことや、常に射撃攻撃に曝されていることで、巨人の位置は全く一定しない。
「全体を見ながら位置を決めなくてはならぬな……」
 幸い、巨人に攻撃を仕掛ける岩造に、援護射撃をしているイコンが他にもいる。
 弁慶は当座を彼等に任せた。
「巨人は、自分から攻撃することは少ないようだな。反撃が基本のようだ」
 岩造の補佐をするドラゴニュートのドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)が言った。
「ならこちらから仕掛ける! 遠距離攻撃を仕掛けて一気に飛び込む。ドラニオ、頼むぞ」
「慎重にゆけよ」
 鉄の龍神が念を押した。
 だが、まじかるステッキによる遠距離からの攻撃は躱される。
「狙いが甘いぞ!」
 かいくぐって飛び込んで来た巨人が言った。
「ちっ!」
 岩造は、防御の為にまじかるステッキを構えたが、それを巨人の剣は真っ二つに斬った。
「何っ!?」
「!? 岩造、出力が……」
 計器を操作しながら、ドラニオが言う。
 イコンの動きが鈍い。
 岩造はまじかるステッキを捨て、斬龍刀を取ろうとしたが、先に腕が斬り落とされた。


「遠距離からの援護だけでは埒があきません。
 むしろ接近戦を仕掛けて巨人を怯ませ、後を教導団の方に任せた方がいいのでは?」
 テレジアはそう提案した。
「そう簡単にはいかないわよ」
「簡単に行くわけはありません。
 一撃だけかすれば、あとは機体を破壊されても構いません。
 巨人にだって、アキレス腱はあるでしょう?」
「でもそれ、他の人が狙ったみたいだよ〜?」
 通信を手伝っていたデウスが、つい先刻に入ってきていた情報を教える。
「巨人も、一度狙って失敗したところを、もう一度狙うとは思わないでしょう」
「楽観はできないけど、確かに狙うとすれば、そこかもね」
 千鶴も考える。
 だが直接攻撃するよりはやはり、上空からそこを狙った方が確実に思えた。
「あら……?
 高度、下がっています。出力低下」
「え?」
 計器の数字に気付いた時は遅かった。
 千鶴ははっと操縦桿を握る。
「回避……」
 間に合わない、と思ったところに、衝撃波が来た。



「器用ですね。
 あの大剣を、片手で上手く扱っている。
 自分から撃って出ることはないし、全体的にちまちました戦い方なのは、一人に集中できないせいですか」
 三船 敬一(みふね・けいいち)のパートナー、獣人のレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)が、パワードスーツで飛び出して行った仲間三人を見送った後、戦闘に巻き込まれない位置から、戦況を見届けている。
「あの剣以外、特に武装が特別にも思えませんし……斬るのは腕やら武器やらのみ。何がしたいんだか……」
「ゴーレムは、動かないわね」
 援護射撃の合間に、強化人間の白河 淋(しらかわ・りん)は、ゴーレムの方も確認を怠らない。
 ゴーレムは立ち竦んだままだが、時折、ムズ、と微かに体が揺れることがあるのだ。
「何というか……そわそわしているというか、ハラハラしているというか……そんな風にも見えるんですけど……」
 ゴーレムってそういうものでしたか、と自問する。
 ゴーレムは感情を持たず、命令を出さなければ微動だにしないものだと思ったが。
 しかし、巨人があんな無意味な動きを命じているとも思えないし、何とも不可解だ。
 とりあえず注意を怠らないまま、巨人への攻撃は続けることにする。

 巨人が上空を見上げた。
「埒があかんな……」
 巨人の大剣は、攻撃を完全に防いではいたものの、その弾幕の多さには辟易しているようだ。

 攻撃をしてくる相手には対処できるが、遠距離からの射撃は防ぐか避けるしかない。
 生半可な攻撃など、多少食らったところでダメージにもならないが、ただ、それらが、自分を攻撃する為ではなく、仲間の援護の為なのが、彼にとっては問題だった。
 作戦としては正しいのだが、巨人には、ぬるい、と苛立ちばかりが強くなる。


 E.L.A.E.N.A.I.で上空から、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は、巨人が上空を見上げて舌打ちするのが見えたが、勿論、巨人の攻撃範囲内に近付くつもりは毛頭なかった。
「遠距離攻撃には、弱くも、強くないようですね。
 ……まあこの数の差では無理もありませんが」

「使いたくはなかったが」
 巨人は、それまで片手で持っていた大剣を両手で持った。
 ぱり、と剣の周りを何かが取り巻く。

「!?? 何です?」
 地上に待機するレギーナは、地響きを感じて警戒する。
「地響き、じゃありませんね。空気が揺れている……?」
 巨人が剣を振り上げた。
「うわ!」
 何かに体を持って行かれるような重圧に、奇怪な音が耳を貫く。
 地上から天まで届くような衝撃波が走り、地面を抉った。

 地面に身を伏せて衝撃をやり過ごしたレジーナは、静かになると、通信機に齧り付く。
「皆さん、無事ですか!?」
「……済まぬ。巻き込まれた」
 弱い口調で、英霊のコンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)の返答が入る。
「怪我は!?」
「パワードスーツは大破。命には別状あるまい。しかし動けぬ」
「回収に向かいます」
「済まぬ」
「ちっ、遠距離攻撃も持っていたのか。勿体ぶりやがって……」
 パワードスーツ隊は、1ヶ所に固まらないようにしていたので、敬一達、他の仲間は無事だった。
「ドラガセス、状況は?」
「衝撃波の端に引っ掛かった。
 他にも何機か食らったイコンを見たが、似たようなものだった。
 巨人め、直撃を避けるように撃ったとしか思えぬ」
 通信機からは、弱々しくも、はっきりとした返答が返る。命に別状がないのは本当だろう。
「白河」
「衝撃波発生時は動けませんでしたが、今は大丈夫です。支援射撃を再開します」
「了解」
 ほどなくして、コンスタンティヌス回収終了の連絡が入った。