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最後の願い 前編

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最後の願い 前編

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第3章 奸計の指先、来たりて

「ねえ、理子」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、密かに理子に確認を取った。
「何、内緒の話?」
 ルカルカの様子を見て、理子は他の人に声が聞き取れない場所へ移動する。
「確認しておきたいの。
 ねえ、今回のことって、本当は上で了解済みのことじゃないの?」
「は?」
 理子はぽかんとする。
「違うわよ?」
「抜き打ちの訓練とか、試練とかの類じゃないの?」
 有事の際の為の、事件に見せ掛けた訓練ではないか、と、ルカルカは考えたのだ。
 ――だって、そうでもなければ……
「違うわ」
 理子は、しかしきっぱりと言った。
「少なくとも、あたしは聞いてないし、そんな計画立ててない」
 ああ。と、その言葉にルカルカは、絶望的な気持ちで目を伏せた。
 それでは、オリヴィエ博士は、庇いようもなく、『犯罪者』だ……。
「……女王襲撃の予告犯を知ってるのね?」
「よく知ってるわ。
 私情は挟まない。ルカは軍人でありロイガー、女王の騎士で、そしてアイシャの友よ。
 でも、博士が本気で女王殺害を企てているとは、どうしても思えなかった」
「そっか……」
 理子は頷いた。
「でも、動機が何であれ、犯罪を無しにはできないわ。
 やってしまってから、『実は善意でした』なんて、社会では通用しないもの」
 だから、博士がちゃんと政府と繋がった上で今回のことをしてくれているのなら、と、そうルカルカは思っていたのだ。
「ルカルカ」
 ぽんぽん、と理子はルカルカの肩を叩いた。
「アイシャは絶対護る。
 でも、その人にも、何か理由があるのね。……犯罪だけど」
「……うん」
「いい人なのね」
 ルカルカは首を傾げた。
「自分勝手だけど、テロリストになんかなる人じゃなかった」
「そっか」
 理子は笑った。
「うん、解った。ありがとう、ルカ」

「理子」
 部屋の隅から元の場所に戻りながら、ルカルカはもうひとつ、危惧していることを言った。
「恐ろしいのは、便乗犯による本当のテロよ」
「皆、同じ見解なのね」
 理子は頷く。
 博士の予告と、最近の宮殿関係者襲撃は別物ではないか、という意見は多い。
「ダリル達が、宮殿の関係者を洗ってる。ルカは理子を護るわ」


 ルカルカのパートナー、剣の花嫁であるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と魔鎧のニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)は、監視室で監視カメラのチェックを行っていた。
 最近増設されたカメラは、監視室のモニターでは補い切れないほど多く、頻繁に切り替わりながら、あちこちを移している。
 加えて、その傍ら、不審人物が密かに入り込んでいないかをチェックする為に、ダリルが宮殿関係者の名簿を捲っていた。



「食堂は今のところ、異常はない。
 出入の多い場所だから、騎士の護衛も若干増えているようだ」
「こっちも特に問題はないかな。忙しいけど」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、黒川大という偽名を使って、王宮の調理場に入り込んでいる。
 いつもはこんな潜入捜査の時には、目立たないよう下積み料理人になるのだが、今回は、要人の料理に毒が盛られていたりという事態を用心して、部門料理人となっていた。
 勤務者データを見て不審に思われたらしく、ルカルカが厨房に現れたりもしていたが、顔を見た途端に回れ右して帰って行った。
「うん、美味しい」
 味見をして満足する。今日も絶好調の味付けだ。
 出来上がった料理は、配膳を担当する者が食堂へと運ぶ。

「ずばり、巨人とやらの正体は、ドージェじゃないかと推理するんだけどなあ」
「それはまた、大胆な予想だな」
 調理場の弥十郎と、配膳担当のパートナー、佐々木 八雲(ささき・やくも)が、黙々と仕事をしつつ警備も怠らないながら、精神感応で会話する。
「巨人とオリヴィエ博士の接点、て何だろうねえ」
 ふとそう言った弥十郎に、八雲は
「噂では、ゴーレムが巨人を手伝っているらしいな」
と返す。うんうんと頷いた弥十郎は、その自説を披露したのだった。
「ドージェなら、何故女王を殺そうとする?」
「その辺は、よく解らないけど。
 単純に殺す、じゃなくて、何か裏、っていうか、別の意味を含めた言葉、という可能性はないかなあ」
「ふむ……」
「ハルカはナラカに行ったことがあったよね。
 その時に、何か世話にでもなって手伝ってるんじゃないのかなぁ?」
「なるほど……」
「まあ、憶測だけどねえ」
 弥十郎は、首を傾げた。



 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、空京王宮の関係者をしばしば襲撃しているという犯人が気になっていた。
 そもそも、巨人の噂が出て来るまで、それは鏖殺寺院の仕業ではないのかと思われていた。
「それが、巨人の出現と女王殺害云々の噂によって、塗り潰されてしまったわけですか……」
 ふたつが関係あるのなら問題無いが、もしも別件だったなら、別に警戒しなくてはならない。
 もしもの場合の為に、唯人は警戒を怠らず、動きを探ることにした。
 これまで、襲撃が撃退されているのは、狙われたのが騎士など、ある程度の戦闘力を持った相手だったこと、そして殺しにかかるのではなく、誘拐しようとする行動だったからだ。
 勝手が違ったのか油断があったのかは不明だが、返り討ちにあって逃亡、または殺害に至っているのは、生け捕りにしなくてはならないという意識が働いた為だろう。
「つまり、何か得たい情報があったということですか……」
 唯人は首を傾げた。


◇ ◇ ◇


「我々の任務は、女王の祈祷所が王宮内の何処にあるか探ることだ」
「護衛の仕事ではなかったのじゃな」
 鏖殺寺院からの依頼を受けて来た辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、依頼内容など別に何でも構わんが、と言いつつも、予想と違っていたことにそう言った。
「ウーリア様とは、情報を獲得した後合流する。
 最近聞いた、例の巨人の噂について、何か利用できることがあればと探っているはずだ」
 この作戦を、刹那と共に行う二人の男の内、アエリアがそう説明した。
「祈祷所の場所を突き止めたら、ただちにウーリア様に連絡しろ。
 ウーリア様の使い魔を、ひとつ渡しておく」
 クトニアから、黒い小さな小鳥を受け取る。
「了解じゃ」
「落ち合う場所は憶えているな?
 実際に女王の場所まで到達したなら誘拐しろ。
 だが無理はせず、祈祷所の場所を探りあてることが優先だ。
 どうせ向こうも警戒を強めている。今迄とは逆に、今回は派手に動いても構わないとのことだ。連中を掻き回せ」
「派手にやるなら、もっと大勢で攻め込む方がよくはないか?」
 刹那の問いに
「勿論。そうするさ」
とクトニアは言った。



 宮殿内部、外部に分かれて警備する中で、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)は外部の警備をしていた。
 パートナーの魔道書、イリア・ヘラー(いりあ・へらー)の、ディテクトエビルや捜索特技などを駆使しているのだが、襲撃者の気配は感じられなかった。
「もう内部に入り込んでるんじゃねーのかっ?」
 ドラゴニュートのギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)が苛々と言う。
「焦りは禁物じゃ。何事にも。落ちついて行かねばのう」
 ルファンが冷静に諭し、
「解ってら!」
と言いつつもギャドルは落ち着かない。
「もー、ギャザオってばぴりぴりしてんだから」
 イリアはそんなギャドルにぶちぶちと文句を言う。
「戦いたいからってさ〜」
「クソガキは黙ってろ」
「ガキじゃないようっ」


「巨人は、来るかな」
 同じく宮殿外部の警備につきながら、鬼院尋人はふと上空を見上げて呟いた。
 パートナーの獣人、呀 雷號(が・らいごう)が、カトゥスに乗って宮殿上空を旋回している。
 空京の上空での空中戦は禁止されていることで、上空を警戒しているのは、哨戒と情報収集を担当する佐野和輝と、雷號だけである。
 彼は、巨人出現の報に驚き、興味を示していたようだった。
「古代の種族が何故今……一体、今迄何処に?」
 可能なら会ってみたい、と思っていたようだ。
 確かに、自分も会ってみたい、と尋人も思っている。
「会って話をしてみたいよな……。どんな武器を、どう使うのかな。
 ……でも、本当に悪い人なのかな……。
 博士の知り合いなんだから、悪い人じゃないと思うんだけどなあ……」


 宮殿外部の警備網の最前線には、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)とパートナーのヴァルキリー、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が加わっている。
「巨人……巨人か。
 ドージェくらいしか連想できる人物がいない……」
 周囲を警戒しつつも、丈二は今回の敵の正体について考え、独りごちる。
 だが、ドージェでは有り得まい。
 もしもドージェが女王を殺そうとするのなら、教導団とパラ実との間で戦争が再発する事態になりかねない。
 ドージェは善人でも悪人でもないが、そういう企みをするとは思えなかった。
「女王陛下は大丈夫? ですか?」
 今も休みなく祈祷を続ける女王を心配して、ヒルダが理子に訊ねた。
 それは陽一が扮するものだったが、ヒルダは理子として接した。
「大丈夫。心配しないで」
「もしも献血が必要な時は、ヒル……私も、応募します」
「ふふ。必要があるか、今度訊いてみるね」
 女王は吸血鬼だ。もしも助力を必要とした場合、吸血がてっとり早いのではないかと、単純にヒルダは踏んだわけである。
「……ようやく、建国したのに。
 そしてパラミタが滅びるかもという大変な時に、女王陛下を弑逆しようだなんて……!」


 ダリルがモニターのひとつに目を留めた。
「何かあった?」
 その様子に気付いたニケが声をかける。
「第三礼拝堂近辺の警備担当に通達」
「えっ?」
「来たぞ!」
 ルカ! とダリルはルカルカにテレパシーを送った。