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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回) Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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●5階〜アストレース居住区

「ん〜? そろそろかねぇ?」
 近付く爆発音と振動に、東條 カガチ(とうじょう・かがち)は壁から頭を起こした。
「どうかな。まだ遠い気もする」
 窓枠に腰かけ、外を眺めつつ東條 葵(とうじょう・あおい)が応える。
 見ていて気持ちのいい光景ではなかった。何もかも立ち枯れて、死滅してしまった、生きるもののない世界。
 ドルグワントがアストレースのミイラを運び出したあとも彼らはここにいて、ずっと女神の警護を担当していたドルグワントマナフとメイドをしていたドルグワントシャミから、ここでの生活の話を聞いていた。
 もちろん2人とて、知っていることには限りがある。ディーバ・プロジェクトのことやそのほかの研究のことなど、知らないことは多かった。けれど、ここで暮らしていた研究員や科学者たちだって、普通の人間――泣いて、笑って、食べて、眠る、ただの人間だったことは分かった。アンリ博士を慕うルドラやアストレースの姿も。
「彼らは本当の家族のようだった」
 原田 左之助(はらだ・さのすけ)の体を借りて、マナフは残念そうに告げた。
「アストレースの手術は決まっていたが、それにはまだ2年あるはずだった。わたしはここへやってきた博士たちに「アンリ博士の許可はとったのか」と尋ねた。しかし博士たちは「博士2人の承認があれば実行権がある」と言った。それはドルグワントにだけだ。たしかにアストレースはアンリ博士個人の所有物ではない。しかし8年育てたのはアンリ博士だ。わたしはその点が気にかかった。「アンリ博士の許可がなくては彼女をここから連れ出すことは許されない。アンリ博士に確認をとるまで待ってほしい」とわたしは言った。しかし彼らは「待てない」と言った。「緊急の連絡が入った」と。
 数回の押し問答のあと、タルウィ博士がいつもの癇癪を起こしてわたしは結合をほどかれてしまった」
 彼は「死んだ」。初期型ドルグワントは実験体であるドゥルジたちと同じ構成をしており、核となる石が残っていれば再結合は可能だが、それがなければいくらエネルギーを流しても結合はしない。つまり生き返ることはない。
 そこから先のことはオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)のなかのシャミが語ったが、彼女も知っていることはあまりなかった。
 アストレースの手術が決行されたことを知ったアンリ博士が突然研究員たちを惨殺し始め、ドルグワントの結合をほどいていった。それだけだ。アストーを隠した直後、彼女もほどかれてしまったため、それ以降アンリ博士がどうなったかは知らない。ザリ博士、タルウィ博士がどうなったのかも。
「ま、知ってもしゃーないわな。もう5000年も前の話だ」
 話はカガチのそのひと言で終わった。
 その後、彼らは一度4階にあるアンリ博士の研究室『繭』へ行こうと試みた。5階にはアストレースが使用していた専用の通路があり、それを使えばほかのドルグワントには見つからずにすむから、と。
 しかし『繭』前につながる通路に、とある巨人の姿を見て、あわててこの居住区へトンボ返りしたのだった。
「あ、あれ、アエーシュマさまよ!! 間違いなく!!」
 アエーシュマとは一番最初に作られたドルグワントであり、実験体だった。あまりに強力すぎる力を持つがゆえに精神とのバランスがとれず、ついには精神崩壊を引き起こしてしまったのだ。
「……まさか再結合されてたなんて…」
 いや、おかしくはない。そのためにドゥルジは彼の石を集めていたのだから。そしてその石は、この遺跡のどこかに保管してあったはず。
 戦力を求めてルドラが最強のドルグワントを再構築する可能性は十分あった。
「よかったわね、ドゥルジ――とはさすがに言えないわね〜」
 代弁したのは師王 アスカ(しおう・あすか)だった。アエーシュマのすごさはすでにオルベールから聞いている。もし想像しているとおりの強さだったら、今の人数では太刀打ちできないかもしれない。できて相討ちとか。こちらにも相当被害が出そうだ。
 そこで彼らは、無難にほかの者たちの到着を待つことにしたのだった。多分あと数人いれば、なんとかなるだろうから。
「……音が止まった」
 ぽつっと葵がつぶやく。
「あ、じゃあそろそろ行ってみる? だれか来てるかもしれないよ?」
 椎名 真(しいな・まこと)の提案に、みんなうなずいた。
「兄さん、行こう」
「ああ」
 忘却の槍を手に、壁にもたれて座っていた左之助が身を起こす。部屋を出て行く彼らのあとに続こうとして、戸口の隅にある、崩れた砂山を見た。
 見ようによっては人が横倒れになっているようにも見える。おそらくこれがマナフなのだろう。
 違うかもしれない。しかし左之助にはどこか確信があった。
「……女護って殺された、か。嫌いじゃねぇ、そういうの」
 ひと気のなくなった室内を振り返る。そこにはアストレースの車椅子と、動かなくなった機械の鳥があるだけ。
 だが、いる。
「俺たちに任せとけ。俺たちには大勢の仲間がいる。必ず何もかも終わらせてやる」
 そして背を向けると、彼は二度と振り返ることなく立ち去った。




「――うむ。振動が止まったな」
 ぐるっと辺りを見回す。ついさっきまで低い地鳴りとともに壁や柱が震えて空気がビリビリと音をたてていたが、今はもうどこにもそれがない。上からパラパラこぼれてきていた天井の欠片も量が少なくなっていた。
「あの五柱守護神とやら? 元に戻すのに成功したみたいですねー、崩壊してないとこみると」
 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)のつぶやきに、彼のまとった銀の魔鎧ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が答えた。
「しかしすごい防御システムもあったものですねー。あれって甚五郎のいた地球にもある考え方ですよね、えーと、毒を食らわば皿まで?」
「死なばもろともだ」
「そーそー。ワタシ、そう言いましたよね?」
 鎧の形態をとっているため外見は不明だが、きっとかわいらしい、無邪気な少女なのだろう。きゃらきゃらと屈託のない声でホリイは笑う。
「…………」
 ホリイとの付き合いは昨日今日始まったばかりではない。甚五郎はあえて突っ込むことはしなかったが、少し何かに耐えるような表情で目を閉じた。
「まあいい。それより皆を捜そう。すっかりはぐれてしまった」
 出口のシャッタードアを破壊してあの通路を脱出しても、危機は去らなかった。五柱守護神が柱を離れたことによる崩壊の危険性はあの通路にとどまらず、一帯全てに及んでいたのだ。
 もしかすると、この遺跡自体が崩壊の危機にあったのかもしれない。
「ヒーロー番組のクライマックスみたいですね。いざというときの自爆装置って、いかにも悪の科学者の本拠地って感じですよねー」
 逃げる間も、楽天家のホリイはどこか他人事のように、この状況には興味津々といった様子でそんなことを言っていた。
 ともかく。
 建物自体が歪み始めたせいで浮き始めた床のタイルや壁の亀裂、天井から剥離した瓦礫片から逃れようと走ったり物陰に一時避難したりしているうち、みんな散り散りになってしまったのだった。
「皆さんのいる場所ですねっ。えーと……ワタシ、あの道を左だと思います」
 ホリイが言っているのは目の前のT字路だ。
「ほう。その根拠は?」
「ワタシのトレジャーセンスです」
「そんなもの、おまえは使えないだろう」
「女の勘って言っていいんですかー?」
「…………」
 まあ、いい。どちらにしても右か左かどちらかに行くしかないのだから。
 そう思って左に歩を進めた甚五郎をそれまでずっと口を閉ざして彼に付き従っていた、甚五郎のパートナーで機晶姫のブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が呼び止めた。
「甚五郎。だれかが来ます」
 彼女は右手の道を見ていた。
 少しして、ひたひたとこちらへ近付いてくる足音が甚五郎の耳にも届くようになる。目をこらしていると、現れたのはやはり彼のパートナーの少年、阿部 勇(あべ・いさむ)だった。
 背の高い、まだ若干15歳のこの目つきが悪い少年は、本当かどうかは定かでないが未来から来た彼の分家筋の者だと名乗っている。
「勇か」
「向こうには特に何もなかったよ」
「ほらね。ワタシの言うとおりなのです」
 ホリイが得意げに言う。
「ずっと通路が続いているだけかな。壁を伝ってきたけど、ドアも窓もなかった。
 この壁の向こう側、相当大きな部屋だよ」
 右手の壁を見る。
「でも、さっきの仕掛けといい、ここはすごいね。ロストテクノロジーの固まりだ。僕の時代には失われているものばかり」
「そうか。だが、おまえが無事合流できてよかった。
 さあ、行くぞ」
 勇が来た道と反対の道へ歩き出そうとした彼らの耳に、突然前方から獣の咆哮のような声が聞こえてきた。
 ――オオオオオオオォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオーーーーーーーーッ!!

 大きく、小さく。低い、遠吠えのようにも聞こえる。
「あれが、例のなぞの男か」
 話には聞いていた。4階で咆哮を放つ男と遭遇したと。短い銀の髪と赤く光る目をした筋肉隆々の巨人。
 しかしその姿を見た直後、彼らはことごとく意識を失っていた。
「こちらへ近付いてきているようです」
「うむ。かなりの強敵だ、気を抜くな」
 かまえをとった彼の目に、ちらりと銀の光をはじくものが見えた。
 次の瞬間。
「!」
 嗤う男の姿を見たと思った刹那、彼は呼吸も困難なほど激しい痛みを腹部に感じた。
 手にしていた緑竜殺しが砕け散り、柱まで吹き飛ばされる。彼の背後、柱に大きな亀裂が入った。
「だ、大丈夫ですか、甚五郎っ」
「……いきなり間合いをとられるとは――はっ」
 ヒュッと風を感じて、甚五郎は首をすくめる。砕け散る柱。あやうく頭をなくすところだった。
「どりゃあ!」
 彼がカウンターと放った蹴りはだれもいない空を切る。正体不明の男は、その巨体に不釣り合いなほど俊敏な動きをしていた。
 ブリジットが灼骨のカーマインで側面から援護射撃をし、距離をとらせる。そのすきに甚五郎はアンボーン・テクニック、歴戦の立ち回りを発動させた。
 正面から撃ち込むブリジットの弾丸をものともせず、全て避けて再び男が向かってくる。天井を、壁を、地面のように疾走するその動きは野生の獣をはるかに超えていた。到底常人の目で追えるものではない。
 甚五郎にできることといえば、相手が攻撃する際に捕まえて放さないことか。
「一撃受ける。ホリイ、気合いを入れろ」
「はいっ、甚五郎!」
 ホリイのオートガードが輝きを増す。ぐっと両足に力を入れてその瞬間に備えたとき。
 側路から突然何者かが飛び込んでくるや、抜刀術で男に斬りつけた。
 ――クオオオオッ…!

 タイミングはピッタリだった。
 甚五郎に集中していた男は避けることもできずに足を斬られ、苦鳴の声をあげて背後の暗がりへ飛び退く。
「よっしゃ! いまだ!」
 剣をかまえた男の声に応じるように、ばたばたと側路から数人の者が駆け込んできた。
 だれ1人として見覚えのない者たちばかりだった。一緒にここまで乗り込んできた者たちとは違う。
「おまえたちは」
「俺ぁ蒼空学園所属の東條 カガチ! ま、詳しい自己紹介だの何だのはあとにしようや。今はアエーシュマを止めるのが先ってねぇ!」
 再び突撃をかけてきたアエーシュマに立ち向かったのはカガチ左之助の4人だった。
 彼らはアスカのゴッドスピードで高速化した動きで男を囲むや、徹底して足を狙って攻撃を繰り出す。
 あきらかに男が高速で動くことを知っての機動力奪いだ。肌も龍鱗化していて、男から受ける攻撃を最小限に抑えようとしている。 彼らはこの正体不明の男のことを知っているようだった。
「アエーシュマ。それがやつの名か」
「甚五郎、ワタシたちも行くのですっ」
「うむ」
 甚五郎もブリジットも参戦し、男の足を狙って攻撃を始める。
「兄さん、大丈夫ですか?」
 霜橋で前衛について戦っている真が、隣で忘却の槍をふるっている左之助に訊いた。
 槍捌き、足運び、どれをとっても動きに精彩を欠いたところはないが、しかしあれだけの体調不良状態のあとにこんなフルパワーの戦闘だ。左之助の体が心配だった。
「ああ。ここんとこずっと最悪の気分が続いててなぁ、久々に大暴れしたい気分なんだ。限界までこいつに付き合ってやるよ」
 ヒロイックアサルトの流動する光に包まれた左之助の手が槍を持ち直し、アエーシュマの右足へ向けて疾風突きを放つ。
 アエーシュマはバリアを張ってこれを防いだが、反対側からタイミングを合わせて踏み込んだ蒼灯 鴉(そうひ・からす)の龍顎咬は防げなかった。
 龍の頭に変化した鴉の、鋭い牙がふくらはぎに深々と突き立てられる。
 ――ガアアアアアアアアッ!!

 アエーシュマは激怒し、即座に鴉の首を掴み上げ、振り飛ばした。
 鴉は柱を砕き、さらに奥の壁に激突してその場にうずくまる。しかし、すぐさま猛烈な痛みを激怒に変えた。
「……くそったれ! 俺ぁ犬ッコロじゃねーぞ!!」
 切れた口元をぬぐい、再び戦いの輪へ戻っていく。
「鴉っっ!!
 ベル、まだですの〜?」
 恋人の鴉が壁に激突し、痛みに顔をゆがめるのを目撃してしまったアスカは、あせって隣のオルベールの肩をたたく。
「待って、もうじきだからっ」
 あせっているのはオルベールも同じだった。
 壁の装飾の一部のように見えるふたを開いて、そこにキーを打ち込まなければドアは開かない。だがここはシャミの管轄区ではないため、番号が分からないのだ。
 知っている番号をかたっぱしから打ち込むが、ドアは全くの無反応だ。
(シャミ、考えて。博士はどんな番号を使うと思う?)
 ……分からなかった。アストー付きだったことからアンリと交流がなかったわけではないが、それは外側から見た彼でしかない。
 それでもあきらめずに打ち込んでいると。
「ベル、少し離れて〜」
 業を煮やしたアスカが黒曜石の覇剣を手に、チェインスマイトのかまえをとった。彼女がまとっている紫銀の魔鎧ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)の技だ。それを、ドアへ向けて放つ。
「えーいっ!」
 連続する2撃を受けたドアからガーンと高い音がする。だがドアは開閉部の中央が少しけずれただけで、びくともしなかった。
「そんな…」
 思わず手をあてたアスカの視界に、通路の角を曲がって現れたピンクの髪をしたハーフフェアリーの姿が入る。
「ハーティオン、見て! あそこにひとがいるわよ!」
 それはラブ・リトル(らぶ・りとる)だった。戦闘音を聞きつけて来たのだろう。アスカたちの方へと飛んでくる。じきに熱いハートを持つロボットコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)もやってきた。
「どうした?」
「ここを開けたいんですの〜」
「――ふむ。では試してみるか」
 彼のこぶしが胸のハート・クリスタルに触れる。彼の希望を聞き入れるようにハート・クリスタルがきらめくと、中央部から剣柄が伸びた。彼の心の力が具現化した剣、勇心剣を引き抜いて、ソードプレイを発動させる。
「てやあっ!!」
 瞬間的に打ち込まれる連続攻撃。
 アスカのチェインスマイトで破損していた部位に、さらなる攻撃を加える。ガツッと音をたて、勇心剣が3分の1ほど食い込んだ。
「むうっ!」
 指をかけられるだけのスペースができたのを見てとったコアは、強引に左右へ押し開ける。
「鴉! みんな! 開きましたわぁ〜」
「……いいから、おまえは、行け…!」
 アエーシュマからの猛攻を受け流しながら鴉は言った。
「でもっ!」
「さっさと行って、あのばか野郎を連れ戻して来い! 俺がじきじきにあのクソ生意気な態度を更生させてやる!」
 それまで絶対死なないと、鴉の背中は言っていた。だが相手はアエーシュマだ。6人がかりの攻撃を受けながら、まだ動くことを止めない。
 それでもためらっていると、ホープの冷静な声がした。
「アスカ、考えて。俺たちは何をしにここへ来たの? 鴉がああして踏ん張っているのは何のため?」
「…………」
 アスカはギリッと奥歯を噛み締めて唇の震えを止めた。
「ベル、ホープ。さあ行きましょう〜。きっとドゥルジはこの奥にいるわ〜」
(そうだよ。踏ん張れ、ちみっこ)
 アスカは先頭きってなかへ踏み込む。
「カガチ」
 ドアをくぐる直前、葵はカガチを見た。
 カガチは蛟紡と花散里の二刀で、いつになく真剣な表情でアエーシュマの攻撃を受け止め、さらには防御を切り崩そうとしている。
 だが葵がこちらを見ていることに気付いて、ニカッと笑って見せた。
「……行けよ、葵ちゃん。やりたいこと、あんだろ」
 5階にいる間、窓枠に腰かけて、葵はずっと黙していた。語らず、言わずに、ただ時がすぎて失われたものを見ていた。
 そしてカガチは、そんな葵を見ていたのだ。
「やってきなよ。ここは俺らが食い止めるからさぁ。そんで、これ終ったらみんな揃って飯食いに行こうぜ」
 なかに敵がいないはずがない。本当はカガチも行きたかったが、この様子ではそれも無理だ。
「うん」
 葵は小さくうなずき、ドアをくぐった。