校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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(今のうちか) 部屋のあちこちで戦いの音が高く響くなか、東條 葵(とうじょう・あおい)はそっと階上へ上がった。 そこにはルドラのコンソールがある。 「ルドラ」 傍らのコンピュータに呼びかけても、ルドラは返事をしなかった。 葵はルドラを知っているがルドラは葵を知らない。そんな状況で言葉で何を言っても無駄だ。 「やあルドラ。はじめまして。俺は東條 葵。きみの味方だよ。隠れてないで出ておいで」 葵の指がキーの上を滑り、打ち込みを始める。当然、反応はない。ルドラはすでにいくつもの厚い壁を築いていた。 数百の壁は迷路のように巧妙で、彼に膨大な時間と手間を空費させ、疲労させようとする。彼が苦痛と感じるように。 けれどそれが葵にはますます子どものように感じられてならなかった。 『来ないで……僕に現実を見せないで…』 鉄壁の防御プログラム。膨大なトラップの迷宮が広がる。 「出ておいで、ルドラ」 あくまでルドラを傷つけないように。葵は意識を集中し、プログラムの迷宮へ下りて行く…。 一方で、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は懸命にアストーに向かって呼びかけていた。 「アストーさま! アストーさま、聞こえますか!」 だが部屋中に満ちた剣げきの音で届かないのか、アストーはぴくりともしない。 いや、そもそもこの部屋の状況すら分かっているのだろうか? 数十の人間が同じフロアにいて、これだけ激しい戦闘音がしているというのに、まったく何の反応もしないとは。 それを確かめるにはそばへ行くしかないが…。 「……んもう。こうなったらそれしかないわよね!」 オルベールは覚悟を決めて戦場へ一歩踏み出す。そこに、まるで狙い定めたようにドルグワントの少女が襲いかかった。 すぐさまカタクリズムを発動させるが、少女はバリアを張って突っ切ってくる。 防いだのはクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)のリヒト・ズィッヘルだった。 ガチッと音がして、バリアと鎌刃が噛み合う。 「エルンテ・フェスト」 オルベールの耳にかすかに届いたのは、白き死神の小さなつぶやき。 片鎌槍はうす闇のなか、さらに青光を増して鎌刃を巨大化させる。 何の感情も映さない、赤の瞳と金の瞳が交錯した次の瞬間、時間は動き出す。 白金の少女は倒れ、死神の刃はまた1つ命を刈った。――心なき命を。 「あの、ありが――」 オルベールが礼を言おうとするのをよそに、クリビアは視線を段上のルドラらしきコンピュータに移すと跳躍した。 「ちょ!?」 驚くオルベールの前、リヒト・ズィッヘルが大きく振りかぶられる。 「ルドラ。死した主君の代わりに使命を全うしようとする姿勢は、機械ながらアッパレです。 しかし、使命に囚われるあまり周りを見ず、それ以外を思考することをあなたは自ら放棄した。その瞬間、あなたはただの機械になりさがったのです。 あなたを止めるべき者は死んだ。あなたが守るべき者も死んだ。 寂しいですか? 寂しいと感じる心はあるのですか? 安心なさい。それがあろうとなかろうと、私があなたを止めてみせます」 だれが聞くでもないつぶやきは宙に溶け入るように消えた。ルドラの耳に届いたかどうかすら分からない。 だがクリビアは気にしない。ただ死神の鎌をふるうのみ。 だが次の瞬間、下から来た力の風が彼女をおおった。 「!」 バランスを崩したクリビアはいったん攻撃を中止して着地する。そして自分に向けてカタクリズムを放った、先ほど救った女性を見返した。 「あなた」 「やめてくれ」 そう言ったのは段上の東條 葵(とうじょう・あおい)だった。 「あなたたち、なぜ邪魔するの! そいつが全ての元凶じゃない! 破壊されて当然よ!」 最後のドルグワントを片付けた美羽が叫ぶ。 「「ルドラ」が悪いんじゃない。彼は精密に作られたプログラムで、その繊細さから狂ってしまっただけなんだ」 「狂ってりゃ、そいつのしたことは許されるのか。これだけの騒ぎを引き起こしといて、全部なかったことになるって?」 今度はアキュートが。 「したことはなくならない。だけど、自分のしたことを認識させ、つぐなわせることはできる。 狂ったプログラムは修正できるんだ」 「修正ってのは、つまり書き換えるってことだろ。書き換えれば、そいつはもはや別物だ。 ここできっちり、終わらせてやるのが一番だ」 「違うよ。別物じゃない。本当のルドラに戻るんだ」 アンリほどの天才科学者なら自己修復プログラムがあるはずだ。もしくはどこかに焼きつけてあるはず。これだけ繊細なプログラムを組んでいて、そうしないはずがない。 あくまで推測だったが、葵は半ば以上確信していた。 ルドラはアンリが死んだ場合にディーバ・プロジェクトを引き継ぐ役目を負っていた。自分の死後、ルドラにもしもの場合が起きたときのことをアンリが想定しないなどということがあるだろうか? どんな科学者でも二重三重に対策を講じているはずだ。S&Rのように。 意識的にか無意識的にかは分からないが、おそらくはルドラが作動しないようにしているのだろう。それを見つけて作動させれば、ルドラは修復され、5000年過ぎたことを認識できるはずだ。 「それがおまえにできるのか?」 「時間が……チャンスがほしい」 「俺も、葵ちゃんに1票」 ドアをくぐって入ってきたカガチが手を挙げた。 すると真似をして次々にアスカやオルベール、真たちが手を挙げて階段の下につく。彼らを進ませない、バリケードのように。 修正派と破壊派で、互いを見つめ合った。にらみ合っているわけではないが、無言の緊迫した空気が流れる。 「お願い」オルベールが訴えた。「ルドラは家族同然だったアンリ博士やアストレースさまを失って、傷ついているだけなの」 そのとき。 「アストレース?」 アキュートのポケットからぴょこっとナガバノモウセンゴケの花妖精ペト・ペト(ぺと・ぺと)がそのかわいらしい顔を出した。 ずっとうたたねしていたのか、眠そうに目をこしこしこすっている。 そして、無邪気にこう言った。 「さっき、アストレースって言いましたか? ペト、その子知ってるですよ〜。アキュートの持ってた紙に書いてあったのです。ひよこの歌が好きな子なんですよね〜」 と、何かひらめいた顔をする。 「アキュート、アキュート。ペト、すっかり気分良くなったのですっ。全快記念に歌っちゃうのですよ〜」 にっこにっこ笑って、よいしょ、と愛用の小さなギターをポケットの底から引っ張り出し、歌い出す。 それは、黄色いぽわぽわわた毛のひよこたちが春のぽかぽかひだまりの庭のあちこちでかくれんぼをする歌だった。 だれもが一度は聞いたことがある曲だ。どこまでも平和で、なんてことのない日常の光景。それがペトの子どもらしい歌声が歌によく似合っていた。 聞いていると心がおだやかになって、どこかなつかしい気持ちにさせる…。 ≪…………astres?■≫ 葵は手元のモニターに現れた反応に気付いてはっとなった。 急いでコンソールに向き直り、キーを打つ。 「そうだよ、ルドラ。アストレースが好きだった歌だ。彼女はこれをよく歌っていたんだよね」 「ち。……わーった」 アキュートが折れた。 「アキュート」 クリビアが責めるように名を呼ぶ。彼女はペトを苦しめたルドラをまだ許しきれていなかった。 だが、もしかするとペトはこうなると思ってわざと歌ったのではないか。そう思うと、強く出れなかった。 「30分だ。それでおまえがそいつを元に戻せなかったら破壊する。それでどうだ?」 「――30分だね」 「1分でもすぎたら、私がイレイザーキャノンで破壊する!」 美羽の宣言に、葵が承諾するようにうなずいた。 「よかったな、葵ちゃん。ほら、もうひと踏ん張り」 ぽい、とSPタブレットを口に放り込む。カリ、と噛んで、それがピーチミントでなくスーパーミントだったことにちょっといやそうな顔をしたけれど、吐き出したりはしなかった。 「ルドラ。俺だよ。出てきてくれて、ありがとう。 さあ始めようか。まずは5000年の「時」を進めよう」 葵はルドラに話しかけるようにやさしくキーを打つ。そしてルドラにも気づかれないよう、切り離した空間で探索用のプログラムを構築し始めた。 『5000年前に亡くなったアストレースを再び迎え入れて、このダフマにて眠らせる。 それによりこの地の、果てはこの世界を永遠に護り続ける『完璧な女神』とする。 アストーはこの遺跡の管理人。ドルグワントはアストーや遺跡の世話を。ルドラはドルグワントの統括とアストーの話し相手を』 それが葵の願いだった。 ルドラが元に戻り、自分のしたことが間違いだと認識しても、破壊を望む者がいるかもしれない。彼らから100%守れる約束はできない。彼らの気持ちも分かるからね。 でも俺は、この遺跡がアストレースの永遠の箱庭と、アストーの静かな住処と、ドルグワント達の楽園となればいいと思うし、そうしたい。 俺のなかのドルグワントの欠片が言っているような気がするんだ。 それは刷り込みや命令にすぎないってきみは言うかもしれないけど。だけど、護りたいって想いは、本物だと思うんだ…。 「僕たち」ドルグワントは。マナフは。シャミもきっと。アストーだって。もしかしたら、ここにいた人間たちだって。 みんな、みんな、アストレースのことが大好きだったんだ。ディーバ・プロジェクトとか関係なしに。 ねえルドラ。きみもそうだろう…? ≪…………■≫ ルドラのカーソルが何か反応しかけたとき。 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)、夏侯 淵(かこう・えん)、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)、セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)、朝霧 垂(あさぎり・しづり)――国軍の面々が突入してきた。