校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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再び部屋は混戦状態に陥っていた。 ドルグワントの狙いはスキップフロアのダリルだが、彼を護り、阻む者たちによって戦いは1階フロアへ拡大している。 激しい剣と剣のせめぎ合いがあちこちで起きているなか、ティエン・シア(てぃえん・しあ)はアストーのそばでおろおろするばかりだった。 彼女を安全な場所へ匿いたい。けれどダフマと接続している今、アストーはこの場を離れられなかった。 (お兄ちゃん。僕……どうしたらいいの…?) 心のなかの陣に必死に問いかける。 すると。 「ティエン」 まるで彼女の祈りが具現化したように、高柳 陣(たかやなぎ・じん)の声がした。 あわててそちらを振り返ると、本当に陣がいる。 「お兄ちゃんっ!」 「私もいるわよーティエン!」 少し離れた後ろでユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が対物ライフルを片手にぶんぶん手を振っていた。 「あっ、お姉ちゃん!」 「ユピリア、気持ちは分かるが目と手はこちらへ向けてくれぬか」 やはり後方で、木曽 義仲(きそ・よしなか)が緑竜殺しでドルグワントと対峙している。スウェーで水平に振り切られたサバイバルナイフを避けると、ヒロイックアサルトの光に包まれた手がカウンターで爆炎波を叩き込んだ。 「はいはーい」 ライフルをかまえるやいなや義仲を狙って跳躍したドルグワントを正確に撃つ。銃弾はバリアに当たって砕けたが、ドルグワントは攻撃をいったんやめ、床に着地した。 「ここから先、一歩だって行かせないんだから!」 「その調子だユピリア。だがその銃弾、周囲の機械には当ててくれるなよ」 ユピリアがこんなに奮起しているのは、陣に「いざというとき、おまえは役に立つ」と認められたい一心からだ。――陣はとっくにティエンの方に目を向けていて、全くこちらに気を配ってないのだが。 多分、楽天家で前向きな彼女は、それすらも自分への全幅の信頼ととり、無邪気に喜ぶのだろう。 (まったく。何があってもへこたれぬ、健気なおなごよの) 義仲は苦笑する。 そして彼女の援護射撃のなか、ドルグワントへ向けてまっすぐ突撃をかけた。 「はあっ!」 ユピリアが射撃をやめ、バリアが解除されたのを見計らってチェインスマイトを叩き込む。 「義仲くんも来てくれたんだね」 素直に喜んでいるティエンを見て、陣はふうと息を吐いた。 「あー、やっぱおまえ、正気に返ってたんだな」 「……う。 あ、あのね、お兄ちゃんっ、これには深いわけが――」 「まあいい」 言葉に詰まったあと、大急ぎ弁明をしようとするティエンの先をふさいで、陣はすたすたと歩を進めた。 そしてアストーの前でぴたりと止まる。 (これがアストーか) 彼女は目を閉じた無表情でそこに立っていた。 透きとおるような白い肌。滝のように流れ落ちた白金の髪。血が通っているように見えないほど青白いほおをしているのに、唇は桜の花びらのように色づいている。 あの少女型ドルグワントが育ったら、きっとこんなふうになるのだろう。 アストーは美しかった。 非の打ちどころのない、彫刻のように。 「なぁ、アストーさんよ。俺は高柳 陣っていう者だ。 以前あんたの息子がティエンやユピリアにしたことを俺は許さねぇ。たとえあいつらが許しても」 実際、2人はとっくに許していそうだった。もともとティエンもユピリアも、いつまでも根に持つ性格ではない。ただそれは自分に関してだけで……やはり陣のように、互いにしたことへはわだかまりがまだあるに違いなかった。 「けどな、俺もあれから少しは事情ってヤツを知って、それがあんたのためだったってことは理解してる。あんたに笑って欲しかったんだろうな、ドゥルジは。その点は、認められる。 けど、それは同じ兵器だからとかじゃねぇ。家族としてだったんだろう? あんたがやつのたった1人の「母親」だからだ。 なぁ、あんたはどうなんだ? 今こうして兵器として死に際に立って、それが本当に家族のためなのか? そうやって1人抱えて、息子とだんなと……うちのティエンを悲しませんのか? ルドラってヤツは家族もなくしちまったんだろ? なら、もう5000年も経ってんだ。いいかげん家族のもとへ逝かせてやれよ」 ガリガリっと頭を掻く。 他人に説教するなんてガラじゃないと陣は思っていた。こういうのは正直、性に合わない。だけどティエンが彼女を助けたいって思っているのは分かった。だから……ティエンの手助けをしたいと思ったのだった。 「お兄ちゃん……ありがとう」 ティエンも十分分かっている。そっと陣の袖を引いて、額を寄せた。 「そうよ!」 と突然憤慨しきった声が起きる。 オルベールだった。 「聞いて、アストーさま! あなたのやっていることはただの自己犠牲よ! それで残される者たちの気持ち、考えたことないでしょ! ルドラさまはかわいそう! だけど、じゃあドゥルジはかわいそうじゃないの!? 今するべきことは他国の攻撃や崩壊死じゃない、その腕で自分の子を抱きしめてあげること! 誰かのためなんて、もう考えなくていいのよ! アストーさまたちはもう自由なの! ……お願いだから…。シャミの願いとドゥルジの想いをつぶさないで…! 私の大好きな人を不幸にしないでっ!!」 感極まって、わっと手のなかに突っ伏す。 そのため「ドゥルジ」の名前にアストーの伏せられたまつげがピクピクと動いたのをオルベールは見逃したが、六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)はしっかりと見ていた。 (彼女を呼び戻すキーワードは、やはりドゥルジですか) 鼎はこの部屋へ入ってから、ずっとアストーや周囲の機械を観察してきていた。 周囲で何が起きていようとも全く微動だにしない、まるで彫像のようなアストー。 彼女は今、この肉体にいない。 それが鼎の出した結論だった。 彼女は遺跡を操っている。つまり、遺跡と同化しているのだ。 (後ろのラインが彼女と遺跡をつないでいるということは、このラインを通じて遺跡へ移り、遺跡そのものとなっているというわけですね) そして、そのアストーをこの肉体へ呼び戻すキーワードが「ドゥルジ」。 鼎はポケットのなかのドゥルジの小石に触れた。 そのとき。 「かーなーめーさーーーーーん」 ちょっと、やや、かなり(?)緊張感の抜けた声で彼のパートナーで悪魔のディング・セストスラビク(でぃんぐ・せすとすらびく)の声が脇からした。 「ねーねー鼎さん、まだですかー? まーだー?」 「……うるさいですね! 今来たばかりでしょうっ」 「えー?」 と、不満そうな目で、ジトーっと見る。 「時間を稼いでくださいと言ったでしょう? もう少しです、我慢してください」 そう言って、鼎はディングの視線から逃げるようにそっぽを向いた。 「だーってサ、ディング」 にしし、と笑って、やはり鼎のパートナーで自称未来人エマーナ・クオウコル(えまーな・くおうこる)が横から覗き上げる。 彼女を見下ろし、ディングははーーっと深い深いため息をついた。 「はぁ。ま、いいですけどね…」 今イチやる気になれないながらも灼骨のカーマインをかまえる。 「ディングー、そんなテンションだと反対にやられちゃうかもよー?」 「私が? あんな人形などに?」 ぴくり。眉が反応する。 (おっ。ここがスイッチかー) 「この私が! いいだろう! やってやる!」 手近なドルグワントに連射しながら突き進む。バリアで防がれようが、ガンガン撃つ。撃って、撃って、撃ちまくる。そして相手が高速機動しないと判断したように見えたら銃撃をやめる。バリアが解除されれば疾風迅雷発動。ドルグワントの背後をとったディングはこめかみに銃口を押しあて、撃ち抜いた。 くずおれたドルグワントを、ふん、と見下ろす。 「どうです? エマーナ」 しかしエマーナは全く見ていなかった。 「おっとしあな〜 ♪ おっとしあな〜 ♪ 」 落とし穴キットでガリガリバリバリ床に穴を開けている。 「あ、ディングー。こっち追い込んでここに落としてよ」 「……エマーナ…」 思わずこめかみに指をあてるディングの死角をついて、背後からドルグワントがサバイバルナイフを突き込もうとした。 「ディング危ない!」 エマーナは奈落の鉄鎖を放った。鉄鎖は腕に作用して、ドルグワントはバランスを崩し床に倒れてしまう。 エマーナが自分を助けた? 驚くディングにすかさずエマーナは言った。 「ねえねえディング、そいつ連れてきてよ。埋めて、上から銃撃しちゃおう ♪ 」 にこにこ、にこにこ。 ある意味悪魔より悪魔らしい少女だった。 「……まぁ、多分大丈夫ですね」 はじめのうちはどうなることかと思っていたが、意外とやれている2人の様子を見て鼎は結論付ける。 そしてあらためてアストーへと正面を向けた。手には、ドゥルジの小石が乗っている。 「アストー。ようやく会えましたね。話には聞いていましたし、今のあなたの心境はおおよそ見当がつきます。 今、あなたがそうして言うことをきいている相手は、本当にあなたの望みをかなえられる唯一の人物ですか? それはあなたの思い込みではないですか? 私も、その願いをかなえられる…。この石、分かりますか。ドゥルジの生きた石です」 鼎はドゥルジの小石を彼女の前に差し出した。もしかしたら、石同士でシンパシーのようなものがあるかもしれないと。 ぴく、とまたもアストーの眉が反応する。 「この石を用いれば、崩壊しているドゥルジを再結合させることができます」 オルベールは一瞬否定を口にしかけたが、あわてて口をふさいだ。 これは鼎なりの賭けだ。アストーが目覚めたとき、もしもドゥルジが崩壊したままだったのなら。ルドラが、彼が1度再結合されたことを知らせていなければ。 アストーはルドラの助力がなければドゥルジは再結合できない状態だと思っているかもしれない。 「そして私はそれができる。どうすればいいか、やり方も知っている。簡単ですよ。ドルグワントの体を使えばいいんですからね。 これを用いてドゥルジをよみがえらせてあげます。ただし、戦闘行為の即時停止が条件です。そしてもう1つ、私にこの遺跡の施設で調べ事をする許可です。 応じなければ? 簡単ですよ。ただこの石を使うだけです。このなかに入っているドゥルジの力をね。 言っておきますけどね、私の知る限りまだ生きている石はコレだけです。つまり最後の「ドゥルジのコアになる石」だ。 どうです? 応じますか? 言っておきますが、私は嘘はつきませんよ。それに自分に正直です。できる約束しかしない。 さぁ、返答をください。脅され、破壊し、不確かに手に入れるか? 認め、穏やかに、確実に手に入れるか? どっちにします? ……ああ、それともう1つ。 もし狂った人間に同情して、悲しみで戦いをしているなら。それを止めてやるのも、優しさですよ?」 ≪……ドゥル、ジ…?≫ 部屋のどこかに設置されているから女性の声が聞こえてきた。 同時に、アストーの唇が動く。 『ドゥルジ……私の……愛しい息子…』 「アストーさま…!」 徐々に開いてゆくまぶたに全員の意識が集中する。 このときをエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は待っていた。 アストーを護ろうとする者たちの気がそれた一瞬。 その一瞬に彼が飛ばした我は射す光の閃刃が、アストーの背面のコードを全て切断した。 『!』 驚愕のあまり動けずにいた鼎の前、アストーの目が恐怖に見開かれ、全身が引き攣る。 次の瞬間。 ≪イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!≫ アストーの死の絶叫が遺跡中に響き渡った。