校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
リアクション公開中!
タケシは数人の覚醒者たちとともに、世界樹セフィロトを目指して進んでいた。 思ったとおり暴れている死龍に警備の目が集まって、警備は手数だった。 「もうじきだよ、アストレース」 覚醒者たちに命じるときとは格段に違う、やさしい声でドルグワントの腕のなかのアストレースに話しかける。 彼らの行く手を、矢野 佑一(やの・ゆういち)とそのパートナーミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)、シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)、プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)たちがふさいだ。 「ルドラ、こんなことはやめるんだ」 「邪魔をするな、人間」 「アストレースをよく見て。そうして話しかけても返事をしてくれないだろう? 彼女はもう死んでいるんだよ。きみの知っている時代からは5000年が経過しているんだ」 カシャカシャと小さな作動音がタケシのヘッドセット型パソコンからしていた。 タケシはアストレースをちらと見る。 「問題ない。彼女が世界樹を操作することだけに集中できるように手術を受けることはプロジェクトで決められている。そうなっているだけだ」 ――1つ。 「じゃあこれはどう? 今、きみは覚醒者と呼ばれている者たちに囲まれているけれど、彼らはどうしてそうなったの?」 「初期型のドルグワントA〜Cナンバーはアンリの開発した機器によって結合をほどかれた。それが大気に乗ってパラミタ中に散って、彼らの体内に蓄積、沈殿し、結集した結果だ」 「蓄積、沈殿するのにかかった年月は?」 「邪魔をするな、人間」 カシャカシャカシャとヘッドセットがフル回転をする。 「言葉で惑わそうとしても無駄だ」 ――2つ。 (ああ、やっぱり。狂ってる) アストレースはミイラ化しているのに。 人間なら少し考えれば明白であることが、彼には分からない。 「ルドラさま、ここは私たちが」 進み出たのはメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だった。 ライパースタッフを手にかまえをとる彼の言葉に合わせて、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)とリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がそれぞれの剣を手に前に出る。 「ディーバ・プロジェクトは博士たちだけでなく、僕たち全員の悲願です。そのために僕たちはこの体のなかでよみがえったのですから。それを阻もうとする者は、決して許してはおけません」 戦闘を前に、エオリアは護国の聖域を発動させた。彼を中心として魔法攻撃に対して耐性を上げる聖光が広がり、彼らを包み込んでいく。 「…………」 佑一たちを見渡して、リリアは若干、何か心にかかるものがあるような素振りを見せた。 「リリア?」 「……なんでもないわ」 ためらいを振り落とすような仕草で首を振ってソード・オブ・リリアをかまえる。 メシエの足もとから噴き上がったパイロキネシスの炎が左右に分かれて床を走った。それを合図とし、エオリアとリリアが走り込む。 炎とともに突っ込んでくる2人の剣士。 「みんな、気をつけてね!」 メシエの魔法に対抗するべく、ミシェルはカタクリズムを発動させた。その胸元では、彼女に大きな力を与えてくれる羽化の鍵が、ほのかに燐光を発しながら揺れている。 羽化の鍵によってより強さを増した力の風は、廊下という限定された空間でさらに勢力を増し、台風のように無軌道に吹き荒れて炎を吹き飛ばしたにとどまらず、エオリアとリリアの足を止める。 「――はっ」 飛ばされまいとするエオリアの視界を、そのとき何かがかすめた。 とっさに上げた剣とシュヴァルツの銃がぶつかる。 いつの間に間合いへ迫られていたのか。まったく気付けなかった。 「おまえさんには何の恨みもないし、境遇には同情する部分がないわけでもないんだがな。まあ、恨みがない相手とは戦えないというほどやわではないんでね」 一片のぬくもりも感じられない、悪魔のささやきがエオリアの耳朶を打つ。 直後、シュヴァルツ・ヴァルトはその名にふさわしい、入り込んだもの全てを飲み尽くすような黒き森の深淵の笑みを口元に刻むと蹴り飛ばし、カーマインで銃撃した。 至近距離から撃ち込まれた4発の弾のうち、急所にきた2発をエオリアは崩れた体勢ながらもかろうじて弾く。 メシエのサンダークラップがシュヴァルツ目がけて打ち込まれたが、雷撃はどれも残像を貫くのみで終わった。 (速い!) 歴戦の武術を発動させたシュヴァルツのゴッドスピードで加速した動きをエオリアは追うことができない。再び間合いへと入られてしまう。 シュヴァルツは武器を悪霊狩りの刀に持ち替え、先の攻撃でけがを負った肩を中心に、容赦なく斬撃を叩き込み始めた。 「エオリア!」 彼が血を流し、押されているのを見て、リリアは悲鳴のように呼んだ。 しかし彼女もまたプリムラから弓で攻撃を受けていて、ヒールを飛ばす隙も見出せない。 リリアのスタンクラッシュやブレイドガードは行動予測を用いたミシェルのフラワシミーアシャムによる鉄壁の防御で完全に封じられていた。 前のとき、具合が悪くて本来の力が出せなかったけど、今度こそはと、ミシェルは奮起している。そんな思いが操る魔法や、ミーアシャムにも伝わっているのだろう。 プリムラもミシェルを信頼し、防御はすべて彼女に任せている。そして自身は攻撃担当と、前もって破壊のプリズムで攻撃力を上げていた。呪縛の弓から連射された強力な矢が、リリアの動きを封じる。 「この間のお返しに、本当はあごでも砕いてあげたいんだけど……でも、砕きたい相手はあなたじゃないしね。さすがに八つ当たりするほど私、子どもじゃないから」 ぼそっとつぶやいて、神威の矢をつがえる。 「だけど、だからって手を抜いたりはしないわよ。きっちり、やってあげる」 ピュンッと弓弦のしなる音がして、矢が飛んだ。 だが矢はリリアに届くはるか手前でメシエがサンダークラップで撃ち落とす。 「ああ、そうくる? でも、これは避けられないでしょう」 花妖精プリムラの周囲で、風もないのにふわりと七色の花びらが舞った。 色とりどりの花びらは徐々に回転速度を増し、プリムラを離れて恣意的な動きでリリアに向かっていく。 彼女を中心に取り囲み、吹き荒れる竜巻。たくさんの小さな花びらは刃となって彼女を傷つける。 まるで数十のカミソリで一度に切りつけられているかのよう。 リリアは翻弄された。 (――エース…! きっと来てくれると思っていたのに…! あなたは今どこで、何をしてるの…?) 「きゃあああっ!」 「リリア!!」 花びらの嵐に、メシエが飛び込んだ。 彼女を胸に抱き込み、自分の体でかばって壁へと囲い込む。 「メシエ…」 「動くな。それより、早くその傷を治せ」 メシエはバリアを張っていた。しかし張る前に何枚かの花びらを受けて、その背にはいくつか裂傷が走っていた。 どれも浅い傷だ。彼の超人的肉体ならばすぐ癒えてしまう。 リリアは震える指で脇の傷をなぞった。 「ルドラさま、今のうちにこちらへ」 どう見てもこの戦い、佑一たちの側が優勢。もうすでにエオリアはシュヴァルツに気絶させられてしまっている。じきにメシエやリリアも拘束されるだろう。 見切りをつけ、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がそう切り出した。 「少し遠回りとなりますが、こちらから行きましょう」 「分かった。案内しろ」 「はい」 先に立ち、側路へ誘導しようとする。 だがそこは樹月 刀真(きづき・とうま)がすでにふさいでいた。 赤の瞳に振り払えない暗い影を宿した剣士。 「月夜」 その声に、反射的、びくりと小さく月夜の肩がはねた。 それと悟られまいと、気丈に月夜は見返す。しかし彼女をよく知る刀真には通用しなかった。 彼女はまるで親に叱られるのをおそれて虚勢を張る子どものようだ。 (月夜さん…) そんな彼女を見て、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は胸を痛めた。 自分も、あんなふうだったのだろうか。 (私たちは刀真さんの物ですのに) 今、白花はそれが分かる。理解し、満足し、安定している。 その存在意義を見失っている月夜の姿は、白花の目にとても痛々しく映った。その背に変わらず翼はある。けれど、その翼の使い方を忘れてしまった天使のように。 まるで寄る辺なき船のよう。 そしてそんな彼女を見つめる刀真もまた、他人には見えない傷を心に負ってしまっている。 2人を瀕死にまで追いやって、その血を浴びたことで…。 そんなもの、感じる必要は全くないのに。自分は刀真の物。物をどう扱おうが刀真の勝手で、たとえもし不要と捨てられる日が来たとしても、喜んで受け入れるだろう。 もちろんそれは、刀真がそれをするだけの理由があるのだと――そうでなければするはずがないという、固い信頼の上に築かれているわけだが。 少しはさびしいかもしれないけれど、きちんと受け止められる。それはおそらくきっと、月夜だって同じ。たとえこの場で彼に斬られ、命を落とすことになったとしても、本当の月夜は満足して死ねるだろう。白花にはそれが真実と分かっていた。刀真の腕のなかで最後の息を吐けるのであれば、うらやましいとさえ思えた。 それをどう伝えたらいいのか…。 ためらっている彼女の横を抜け、玉藻 前(たまもの・まえ)が堂々刀真に歩み寄った。 いきなりぼくんと一発入れる。 「なーにをいつまでも見つめ合っとるだけなんじゃ。中坊のカップルか、おまえらは」 「前…」 冷徹、高飛車、自由奔放、それでいて妖艶と、四拍子そろった絶世の美女――美妖狐か?――前は、振り向いた刀真に向け、ふん、と鼻を鳴らす。 「ゴチャゴチャとよけいなことを同時に考えるからそのようになるのだ。萎縮して動けぬなど本末転倒ではないか。 今はほかのことは一切気にせず、月夜を取り戻すことにのみ集中しろ」 「だが」 「案ずるな。おまえはただ、心のままに動けばよい。月夜と正面から通じ合え。あとはおまえたちの絆が教えてくれる」 「そうです、刀真さん」 白花が進み出、白の剣を手渡す。今、それは彼女のかけた禁猟区でほのかに輝いていた。 迷わないで。 どうか私たちの間にある絆の強さを、疑わないで。 何が起きようとも、相手がだれであったとしても。失われたりはしない。決して。 「……ああ」 心に染み入ってくる、無言の声を聞いた気がして、刀真は噛み締める。 「よし。では行くがよい、刀真。きっかけは妾が作ってやろう」 にや、と笑った前の目はやけに輝いていて、いかにも何か意地の悪い手を考えている――そしてそれを楽しんでいる――といったふうだった。 「刀真さん、きます」 白虎が威嚇のうなりを発し、白花が喚起する。 アストレースをタケシに渡して、少年型ドルグワントが剣を手に向かってくる。 月夜を振り返った刀真に、もはや迷いはなかった。 飛来するエネルギー弾を刀真の剣がはじいた。 刀真を護るように前へ出た白花のまとった風の鎧が敵を感知し、吹き荒れる。それをバリアで突き破って接近したドルグワントを、白花は龍殺しの槍で迎えうつ。 彼女は守護の能力に長けた者だ。戦いのときは防御に専念しこそすれ、敵といえど相手を傷つける行動には早々出ない。 だが彼女は今ダブルインペイルを発動させ、巧みな槍捌きで間違いなく刀真と連携し、彼を護って戦っていた。白虎と蒼い鳥に不意をつかせて敵の気を散らしてもらうなどもして、積極的に戦っている。 そんな彼女の姿を見ているうち、胸にもやもやとしたものを感じて月夜は眉根を寄せた。 「どうじゃ? 月夜」 目ざとくそれを見つけて、前があざ笑う。 「おまえがそちら側に執着しておるということは、もはや刀真を必要としていないのだろう? だからおまえの居場所は我と白花がもらうことにしたぞ。刀真もわれらがおまえの代わりでいることに問題はないと言ってくれたよ。 ほら。もうおまえ(光条兵器)を使っていないだろう? 使わずとも、何不自由なく戦えている。強敵も、このとおり」 と、彼女の送った視線の先で、白花の槍が剣を封じた瞬間に刀真の剣がドルグワントの首をはねていた。 「それでかまわないのであろうなぁ? 月夜」 ちろりと、見下す視線にカッとなる。 「……なぜそんなことを私に訊くの」 「さあてねぇ。だが、そんなことは関係ないのでは? おまえはただ口にするだけでいい「かまわない」と」 「…………」 彼女が何をたくらんでいるか分からなかったが、たしかに口にすることはできる。望みどおりそうしてやろうと口を開いたが、なぜか言葉が声となって出てくれなかった。 (なぜ言えないの?) 「勝手にすればいい」そう口にするだけなのに。言葉がのどから先に進まない。 あんな男など知らない。白花は一緒に戦った仲間だけれど、すぐ向こう側に寝返った裏切り者。彼女がどうしようが関係ない。 なのにどうして、関係ないと切り捨てられないの? なぜこんな感情を感じなくてはならないの? 激しい怒り、何かを失った悲しみ、孤独のさびしさ。 そして頭の芯まで焦げつくような嫉妬。 それらがごちゃ混ぜになった黒くどろどろした重いものが、じわじわと足の方から浸食してきて……底なし沼のように頭の先まで飲み込もうとする。 (私はルドラさま、アストーさまの剣。そうであることに迷いはない。なのになぜ、こんなものを感じなくてはならないの?) 理不尽な悔しさはまたたく間に怒りに変わった。 この手で殺せばいい。あの男も、あの女たちも、全員。そうすればきっとこんなのは消えて、何も感じなくてすむようになる。 決意し、ラスターハンドガンを抜くと剣の結界を発動させた。 彼女を取り囲むように周囲に現れた何本もの抜き身の剣。それらが回転して、一斉に3人へと向かおうとしたとき。 「月夜」 と、男が名を呼んだ。 その声が。 視線が。 全存在が。 彼女の固い決意をいともたやすく破砕する。 刀真もまた、現れたとき同様瞬時に消えた魔法の剣に確信していた。 そうだ。俺たちの絆はここにちゃんとある。 それを断ち切れる者など存在しない。 「月夜、剣を」 彼女の前まで歩を進め、刀真は当たり前のように命じた。 腕から力が抜け、ラスターハンドガンが転がり落ちる。月夜の胸から黒の剣が生まれ――彼女はそれを自ら男へ手渡していた。 「行くぞ、ルドラ!」 いまや刀真の視界にあるのは、アストレースを抱いたタケシのみ。 「二尾が宿りて迅雷が奔る!」 振り上げられた剣がタケシのヘッドセットごとタケシを斬ろうとする。だが――――……。 今のタケシは真司のPキャンセラーで封じられており、バリアを張ることもエネルギー弾を撃つこともできない。身をねじった彼の動きが逃げようとしたからではなく、腕のなかのアストレースを庇おうとしているのだと悟った一瞬、刀真の心に鈍りが生まれた。 手がわずかに揺れて、ヘッドセットだけを破壊するにとどめる。そして2つに割れたヘッドセットが爆発した衝撃で壁に激突したタケシの義眼に、すかさず迅雷斬を放とうとしたのだが。 「だめだ!」 佑一の投げたワイヤークローがその手にからみついて、軌道をわずかに変えた。 青白い光が宙を裂き走り、タケシすれすれに壁を破壊する。直撃はしなかったが、周囲へ散った雷電の余波の小さな雷光が義眼へ走った。 「しまった!」 タケシは床に横倒れになった。そして激突の衝撃で腕から放してしまっていたアストレースの方へと手を伸ばす。 「アスト……レー…」 義眼では目まぐるしく赤い光の筋がいくつも走っていた。S&R(Search&Restoration)プログラムが作動しているのだ。しかし、不安定な光をチカチカと放っている。ザザザという、砂を噛むような異音。やがて光は弱まり、消えて、タケシは動かなくなった。 「……くそ」 傍らにひざをついた佑一はあせりつつも籠手型HC弐式を作動させる。 「何をするつもりだ」 「義眼のプログラムを書き換える」 「そんなことをしても無駄だ。ルドラは破壊する」 「ルドラじゃない、タケシくんだ。正常に戻って現実を認識できれば、タケシくんを元に戻す方法を教えてくれるかもしれない!」 そのためにはプログラムを抜き出し、書き換えて上書きするための無線周波数を知る必要があった。バックアップを保存したり、通信に使用したりしていたヘッドセットとやりとりしていたWLAN機能があるはず。 あとは機器に感電の影響がどこまで出ているか…。 祈る思いで佑一は籠手型HC弐式を操り、外部から義眼にアクセスして起動させようとする。 「反応してくれ、ルドラ。頼むから…!」 それから数時間にも感じられる数分がすぎて。 「佑一さん…」 ミシェルの小さくて温かな手が、慰めるように背中に触れた。