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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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♯10


「せっかくの私が出向いたというのに、これでは興醒めね」
 アカ・マハナはいつになっても訪れない、マレーナ捕縛の報告に苛立ちを感じ始めていた。
 乱入者の調査に派遣した親衛隊曰く、油断ならぬ強敵らしいが、そんな事は知ったことではない。
 マレーナの両手足をもいだら、どんな風にもがくのかが一番大事なのであって、それ以外の事に大して興味は無いのだ。
「どうも彼らはマレーナに協力しているようですね」
 現場の指揮官型の報告を確認するのは、シェパードの役目である。今回の狩りについての段取りも、全て彼が担当している。
「協力ねぇ……」
 今だよくわからない乱入者達の素性、目的、乱入してきた理由、そういったものもあまり興味は無い。
 わかる事といえば、マレーナが騎士団などと名付けて連れまわす、怪物達ではないという事だ。あの力は危険な代物ではあるが、対処しきれないほどというわけでもない。
「このままではいたずらに時間を消耗するだけでしょう。少し、私自身の目で乱入者を確認したいのですが」
「……嫌よ、あなたは私の傍から離れてはダメ」
「ありがたきお言葉。しかし、興味があるのです。ほんの僅かな時間で構いません、少しばかりお暇を頂けないでしょうか」
「どのような興味があるのかしら?」
「単純な事です。私より強いのか、弱いのか、それだけ気になるのです」
「相変わらずつまらない事を気にするのね。例えあなたがそこらの羽虫に劣る力であったとしても、私は構わないというのに」
「私が気にするのです。あなたのお傍に居る資格があるかどうかを」
「いいわ、ただし五分だけよ」
「ありがたきお言葉。では、必ず五分経たずに戻ります」

 それは一瞬、砲弾のように見えた。
 しかしそれが砲弾でない事は、観測役の清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)にはすぐにわかった。
 まるで自分を誇示するかのように、その黒く飛翔する塊は全身から殺気を放っていた。それは一般人さえ、寒気や嗚咽を感じる程の濃厚さだ。
 思わず反応してしまいそうになるのを抑え、観察に徹した。
 黒い鎧を全身に纏ったそれは、成人男性よりは一回りは大きいだろうか。幅広で大きく反った抜き身の剣を持っている。
 それは瞬く間に青白磁を上を通り過ぎ、地上で戦っていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)を確認するとほぼ直角に軌道を変えて、彼女の目の前に着地した。地面が衝撃でめくれあがるが、本人には大した衝撃があったようには見えない。
「我が名はシェパード、アカ・マハナ様の親衛隊を率いる者です。あなたとは縁無き立場ではありますが、これも運命、お相手願います」
 目の前に降り立ったのは、ダエーヴァのそれとわかる怪物の身体を持った、人間の顔を持つ何者かだった。
 詩穂にとって、シェパードと名乗った相手の言葉が示す意味はほとんどわからなかったが、親衛隊という言葉は、アナザー・マレーナが注意すべき相手と教えてくれている。
「私は、騎沙良 詩穂、だよ」
 相手の名乗りに対して、詩穂も自分の名を伝えた。
 不意打ちであったならば、一撃貰っていてもおかしくなかっただろう。それを、わざわざ正面に降り立ち、律儀に名前まで名乗ってきたのだ。こちらも名乗りを返さなければ、失礼にあたる。
 シェパードが現れると、周囲に居た怪物達は勝手に引いていった。正々堂々やりあいたいらしい。
 それにしても、今でよかったと内心詩穂は嘆息する。少し前、アナザー・マレーナを背にして戦っていた時に出会っていたら、恐らく状況はかなり変わっていただろう。
 片手に持っていた大降りの、恐らく相手を鎧ごと叩き潰すための剣、を両手に構える。
「参ります」
 そして、動いた。詩穂のD.D(Diver Down)も同時に反応する。
 空裂刀とシェパードの剣がぶつかり合う。
「一撃で折れない剣を持ちますか」
 現れる瞬間まで感じていった殺気はどこに行ったのか、剣を合わせる相手からはそういったものは感じない。
「思った通りだけど、重い」
 D.Dを装着してなお、一撃は重く身体に響く。
 しかし下がればそのまま押し切られるのは明白だった。下がらずに、むしろ前に出るように立ち向かう。
 何度か獲物を打ち付けあい、互いにそれを払うようにして間合いを取り直した時、詩穂は自分が息を切らしている事に気付いた。悟られぬよう、スーツの中で呼吸を整える。
 一言で言うのならば、シェパードと名乗った手合いは非常にやりにくい相手だった。目の前の怪物は、戦っていながら、そうは感じさせない空気を纏っていた。この辺りで見かけるインセクトマンも方向性は同じなのだが、彼らは機械的であり、殺気や気配で動きを読むという事ができない。
 インセクトマン程度であるのならば、目で見てからでも十分に対応できるし、機械的な部分はそれはそれで次の一手を推測する要因になる。しかし、目の前の相手は達人級の動きと手段を持ちながら、しかしそこには一切の揺らぎが無いのだ。
 あるいは、興味が無いのかもしれない。戦っている相手のことも、自分が戦っている事さえも。
 実際の戦闘では、どちらが優勢という事は無いのだが、詩穂は自分が押されているように感じていた。だが、何に押されているのかがよくわからない。
「もっと足を使え、馬鹿正直に相手し過ぎじゃ」
 通信機を通して、青白磁がアドバイスする。
 敵を正面に据えていないぶん、彼の方が冷静だったのだ。
「そうだね」
 正面で切りあうのを辞め、D.Dの機動力を活かした戦法に切り替えた。
「早い、ですね」
 速度をあげると、シェパードの獲物はあまり相性がよくなく、防戦に徹しはじめた。
 だが、それで決着がつくほど甘くも無く、致命傷になる一撃を与えさせてくれない。ビルを蹴り、宙を舞って、奇抜な動きで間合いを詰め、離すがシェパードの視線を完全に切れない。
「だったら!」
 シェパードの左斜め後ろから、ビルを蹴って加速し真っ直ぐに距離を詰める。弾丸のような接近に、シェパードは当然の如く振り返る。
 パイルバンカー・シールドを構えた詩穂を見ると、シェパードは武器を手放した。
「その武器は、報告を受けている」
 パイルバンカーの射出口に、右手を添えた。
 よくわからない行動だった、だが好機でもある。パイルバンカーを射出させた。
 シェパードは飛び出すパイルバンカーよりも、ほんの僅かに早く手を引き、そして飛び出すパイルバンカーを掴み、そのまま引きずり出した。
「なにそれ!」
 その勢いで、詩穂は空中に投げ出される。かなりの速度がついており、背中からビルに叩きつけられた。D.Dのおかげでさしたるダメージはなく、重力によって落ちながら姿勢を整え、足から着地する。
「時間がもう無いか」
 シェパードは掴んでいた金属の杭を投げ捨てると、自らの獲物を拾いあげ、飛翔した。鎧のような身体から、何かを噴出して空を飛べるようだ。
「追いかけるとか言うなよ?」
「……わかってる」
 D.Dの機動力なら追いかける事は可能だろう。しかし、そうして敵の中心に飛び込んだとして、無策で何とかなりはしないのもまた明白だった。
「シェパード、ね」
 彼女の言葉に返事するように、そう遠くない場所で建物が崩れる轟音と振動が響いた。
「撤退、じゃな」

 シェパードが出現する少し前、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)は部下と共に怪物達への攻撃を行っていた。
 戦闘工兵20名を率いるハインリヒは、部下と共に罠を仕掛け、敵の動きを誘導しアナザー・マレーナの居る場所から敵を上手に引き離していた。
「数じゃあ劣勢かもしれないが、前進するだけの相手に負けたらいけねぇよな」
 怪物達の行動ルールは単純だ。索敵範囲に敵を見つけたら、攻撃を行う。また、索敵方法も個体差はあるものの視界が優先される。物陰に隠れて息を潜めれば、簡単に背後を取る事ができる。
「指揮官型を見つけたら、すぐに報告するんですのよ」
 ちゃんと機能していれば、戦闘工兵達でも怪物を相手する事ができる。厄介なのは、指揮官型だ。個体の性能も、その個体が居ることで起こるインセクトマンの行動原理の変化も、どちらも危険だ。
 戦闘工兵を展開し、インセクトマンに対しては主に罠を使って制圧し、指揮官型を発見し次第、ホーエンシュタウフェンを装着したハインリヒを隊長とするパワードスーツ隊で撃退する。
 現場の細かい指揮はハインリヒ、ヴァリアはそれが円滑に行えるように後方支援に徹していた。
「新しいタイプの指揮官型が出てきたみたい」
「増えてきた飛行型か?」
「いえ、地上で行動するタイプみたいですわ……その姿は、鎧を着た人間のよう、だそうですわ」
「わかった。今になって現れた新手、慎重に対応しよう」
 すぐさま、その地点の戦闘工兵から救援要請が届く。ハインリヒは僚機を伴い、現場に急行した。
 現場に到着すると、そこに仕掛けていた罠はしっかり仕事をしていたようで、崩落した建築物の瓦礫が、インセクトマンを圧殺していた。その瓦礫の中央に、鎧を着た人間のような指揮官型の姿がある。
「地雷を踏み抜いて無傷か」
 見れば片足は瓦礫の下にある。あの指揮官型も瓦礫を頭から被ったのだろう。回避したのか、撃退したのか、それとも直撃したのかは救援要請を出した工兵にあとで確認するしかない。
「オレが前に出る。背後に回りこめ」
 建物を飛び越えて、ハインリヒは宣言通りに新たな指揮官型の前に躍り出た。僚機は裏道を回って、怪物の背後にまわる。
「不気味な奴だな」
 怪物には、頭の部分に丁度人間の顔があった。男の顔だ。大柄の鎧のわりに、顔立ちは優男のそれで、かつ美麗であった。デスマスクかもしれないので、その点に深く留意はしない。
 正面に飛び出したハインリヒを敵と認識した指揮官型は、両腕を振り下ろした。距離はまだ遠いが、何かが飛来する。
「ブーメラン、いや、ナイフか」
 くの字に折れ曲がったナイフは、縦に回転しながら飛来する。二つのナイフの隙間は微妙な間合いだ、飛びのいて避けても、間をすり抜けるのも、どちらも同程度の危険を孕む。
 どちらも同程度の危険ならとハインリヒは踏み出した。
 くの字の奇妙ナイフがホーエンシュタウフェンの装甲の上辺を削る。元々機動性のために装甲が若干低下しているが、投擲されたナイフでこの切れ味、中々の強敵だ。
 接近、格闘攻撃を仕掛けようとすると、怪物は腰あたりに手を伸ばし、さらにくの字のナイフを抜く。どこから取り出したのか、あるいはあの身体で生成しているのかもしれない。
 くの字ナイフの連続攻撃を、ハインリヒは華麗に避ける。しかしその背後に、最初に投擲されたナイフが戻ってきていた。
「ブーメランは戻ってくるもんな」
 真上に垂直に飛び、空中で脚部のブースターをふかして一回転、その間にナイフは通過し、間合いを少しとって着地した。
 怪物は、そのナイフを掴まない。既に次の獲物があるのだ。
「なっ」
 ブーメランの軌道による二度の攻撃を避けきったはずのハインリヒが、驚きの声を漏らす。
 掴まれなかったナイフはそのまま怪物の背後をすすみ、たった今背後を取るために現れた二機のホーエンシュタウフェンに寸分違わず向かっていったのだ。
 音はなく、熱もない飛来物、視界に入った瞬間に行動しても遅かった。
 二機とも機体に中央にナイフが突き刺さる。二機はそのまま転倒した。
「無事か」
 通信に一機は「なんとか……」と返事、装甲によって貫通はしなかったようだが、もう一機からは応答が無い。
 突然、怪物が大きく動いた。だが、それは誰かを攻撃するためのものではなく、回避動作だった。怪物の居た場所を、対神像ロケットランチャーの弾頭が通り過ぎていく。
「パワードスーツを回収しますわ」
 こちらの動きをモニタリングしていたヴァリアのパワードスーツ輸送車両が、倒れたパワードスーツのすぐ近くに乱暴に停車する。まだ動ける方が引きずり、車両の中に動けなくなったパワードスーツを投げ込んだ。
 それを阻止しようと怪物は矛先を返るが、ヴァリアが車体から身を乗り出してもう一発対神像ロケットランチャーを撃ち込んだ。回避されたが、怪物の接近は阻害できた。
 パワードスーツを回収すると、輸送車両はそくざに離脱を開始する。
「撤退の狼煙を崩せ、オレはもう少し時間を稼ぐ」
 ヴァリアは「了解しましたわ」と返事をすると、すぐにこの辺りでは一番高く、大体の場所から見る事ができるビルが発破によって崩れ始めた。
「撤退が完了するまで、少し付き合ってもらうぞ」
 それから数分間、ハインリヒはこの新たな怪物と戦い、撤収作業完了の報告を受けて自身も撤退した。自身に大きな負傷は受けなかったが、相手にも大きな打撃は与えられなかったと仲間と合流したのち報告している。