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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

リアクション


♯9


「状況を確認させてもらうわね」
 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は険しい顔を保ったまま、これまで行われた会話を反芻する。
「あなた達、黒地騎士団というのは、国連軍とは無関係の組織。ただし、国連軍に対しては敵対関係は持っていない。了解したわ、その理由もね」
 理由は不明だが、アナザーに来てしまった契約者達は、同時多発的にあちこちで怪物と戦いを繰り広げた。ここに飛ばされた契約者の多くが、怪物退治の任務を受けている事もあり、それは自然な展開だった。
 その戦いの最中、多くの契約者は違和感を覚える事になった。自分達のいたはずのオリジンではありえない状況に遭遇、ないし推察した彼らは、それぞれの考えの元に、近くで行われている戦闘に介入したり、身を隠し状況の把握に努めるといった対応を行った。
 ニキータ達は後者であり、その結果合流した相手は、アナザー・マレーナと共に行動する一団だった。彼らは地下鉄の駅の一つに身を隠し、この状況の打開策を模索していた。
「インテグラルのような、ではなく、インテグラルそのものであったか」
 三毛猫 タマ(みけねこ・たま)は最初、アナザー・マレーナの従者に出会った際、「しかし、その姿…まるでインテグラルであるな」と観察したが、彼女達から話を聞いてその推察が頓珍漢なものではない事を確認した。
 化け物の姿、彼らに言わせると呪いの力は、魔法の技術が衰退し、夢物語扱いされているのが一般的なアナザーにおいて、ダエーヴァに対抗できる力であったが、同時に彼らが人の目を避けて行動せねばならない理由でもあった。
 欧州における怪物とは形態は違うとはいえ、同じものをベースにしている彼らの姿は、怪物達から遠く離れているわけではない。人間からしてみれば、怪物の仲間で括られるのも仕方の無い事だろう。
 また、彼らもその誤解を解くために積極的に行動してきていないようだ。
「そしてあなた達は、ドイツにおける黒い大樹攻略作戦が行われる間、敵の主力を引き付けるために活動していた。これでいいわね?」
「ええ、そうなります」
「結構大変だったんだぜ。怪物の汚名を着せられて、街中を撃たれながら闊歩してやったんだ」
「幸い、負傷者は出ませんでしたが、危険な工作でしたね」
 この町が無人であるのは、彼らが怪物に先んじて活動し、市民が避難するよう仕向けたためだという。
「そうまでした割りに、現状を鑑みると随分な状況ではないかと思うのであるが」
「私達の予想が甘かったのです。まさか上陸したアカ・マハナ自身が親衛隊を引き連れて現れるとは考えていませんでした」
 欧州で活動をするダエーヴァの指令級、アカ・マハナは前線に出るようなタイプではなく、指揮も行わない。親衛隊と名付けた彼女のお気に入りの上級兵士が庶務や実務を全て行っていた。
「ダエーヴァも本腰を入れてきた、というわけね」
「いや、たぶんこれは狩りのつもりなんだろう。あちらさんは、そういう遊びが大好きなみたいでね」
 護衛の怪物がそう語る。当初の予定では、少数の機動力とアナザー・マレーナという餌で怪物達をかき回し、本隊が派遣される親衛隊を討ち取る構想だったようだ。親衛隊は優秀ではあるが数は少なく、今回も温存されると考えていたようである。
 要となる本隊とは、契約者達に助けられる前に一度交信したのみで、それからは連絡が取れていないという。救援に向かっているらしいが、果たしてどうなっているのかはわからない。
「単なる気まぐれに、私達は振り回されてしまっているのでしょう。しかし、私達にとっての本命は国連軍の作戦です。彼らの作戦の支援になれば、私達は」
「おーけー、わかったわ。あまり暗くなりそうな事は口にしちゃダメよ。とにかく、私達の優先事項は第一に生き残る事、次に国連軍の作戦とやらが成功するようにダエーヴァの注意を引きつつ、できれば戦力を削る事、第三にできるんなら敵の指令級をここで片付けちゃう事、これでいいのよね?」
「我輩らというイレギュラーが無ければどうなっていたかわからぬがな。こちらの怪物の件が片付けば、出張仕事も減って互いに利のある話よ。もっとも、観光ついでのバイトが減ると文句が聞こえるかもしれんがな」
 さっそくニキータ達は、即席の指揮系統の製作に入る。携帯電話のような基地局を経由する通信機は使い物にならないが、テレパシーや、あるいはそこそこの出力がある通信機同士による直通の通信であれば可能だ。そこそこの出力は、トラックに搭載されている無線や、パワードスーツに備わっているものがそれにあたる。
 既にそれなりの数の契約者と合流、顔合わせはできるのだが、一体どれだけの人がアナザーに来てしまったのか、全貌はまだ掴めていない。孤立している仲間が居ないとも限らないため、その捜索も必要か。
 こういう決まり作りは、何だかんだ言っても教導団の人間が方法を心得ている。他所様の学生を巻き込む上の手加減も含めて、である。
 そんな中、僅かな休息の間に体力の回復に専念しているアナザー・マレーナに、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が近づいていった。
「どうやらボクも囮として行かなきゃいけないみたいなんだ」
 ブルタはそう切り出して、少し反応を伺った。
 足りない信用を、女性を助ける事はイギリス紳士の嗜みであると説いて無理やり押し通す形でこの集団に同行している彼に、囮の役割が振られるのはある意味当然の帰結であった。
 囮の役割は単純であり、外に出て怪物達の目を引き付ける事である。一番最初の頃と違い、仲間との通信連絡はある程度確保されているし、撤退場所も既に決まっているので、見捨てられたり使い捨てられるわけではない。彼が選ばれたのも、普段の行いが無関係とまでは言えないだろうが、キュッヘンシャーベという機動力と火力を兼ね備えたウォーストライダーを持ち込めていたという事実の方が大きい。
 この分担を、彼は周囲が思っている以上に素直に、そして素早く了承した。イギリスにやってきて、イギリス紳士の魂が宿ったのかもしれない。
「これから死地に赴く、ので、勇気のでるおまじないを、もらえないかな?」
 ブルタの申し出に、アナザー・マレーナはきょとんとした顔で見返した。護衛の二人も、僅かに動揺したようだ。
 少しして、アナザー・マレーナはうす笑みを浮かべる。
「呪われし魔女に関わると録な目に会いませんよ……」
 すっと立ち上がり、ブルタに近づく。
「そんなものでも、望むのであれば」
 そう言って、ブルタの額に唇を当てた。
「……!」
 ブルタもここまですんなりされるとは思ってなかったのか、ちょっとだけ硬直していたが、それもコンマ何秒の話である。すぐさまいつもの通りになったブルタは、懐から危険な水着を取り出し、差し出した。
「僕の世界で人気の女性の必需品です、どうぞ」
「そうですか、では頂きましょう」
 危険な水着を受け取り、儀礼的な笑みを浮かべてアナザー・マレーナはブルタを送り出した。ブルタの姿が見えなくなってから、二人の護衛はため息交じりで、小声で言葉を交わす。
「ほんとに、こいつら別世界から来たんだな」
「そうなのでしょうね……あの二人組みといい、我々の常識はきっと通用しないのでしょう」
「そうだな。ま、俺らも十分非常識だけどな」

「あんたは天使を知ってるかい?」
 女郎蜘蛛型の怪物に肉薄した紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、そう問いかけた。欧州では、喋る奴と喋らない奴の見分けが簡単なのがありがたい。
 既に決着は半ばついており、この女郎蜘蛛が率いていた、機動力重視のアナザー・マレーナ捜索隊は全員倒れている。
 トラックで走り回り、途中でアナザー・マレーナと数人の護衛だけ地下に退避した目くらましは、思い通りの成果を発揮しているらしく、怪物達はアナザー・マレーナの探索のために一つ一つの部隊は小規模なものになっていた。
「天使、天使!」
 女郎蜘蛛は、掠れた声で、搾り出すように歓喜の声をあげる。
「天使とは、アカ・マハナ様、そう―――」
「そうかい」
 唯斗は魔闘撃で女郎蜘蛛を倒した。出血を強いる攻撃方法で返り血を浴びると、あとあと厄介になる。
 女郎蜘蛛が倒れたのを確認すると、素早くその場を離れた。囮だからといって、自分が目立つ必要もないだろう。
「しかし、返ってくる台詞はみんな同じだな」
 どうも、怪物達にとってアカ・マハナというのが天使的存在であるようだ。その名前が、欧州で活動しているダエーヴァの指令級であるという話は、既に耳にしている。
「よくよく教育が施されてんのか、あるいは本当に天使みたいに美しいんですかね」
 ともあれ、怪物達には翼を持って空を飛ぶ天使的存在にはあまり興味が無いようだ。日本の時もそうだったが、怪物達とは直接的な接触は無いのだろう。
 大規模な戦闘に姿を現す可能性が高いらしいが、自分達を除けば数人のアナザー・マレーナ陣営が居る程度で、防衛部隊も大規模な戦闘も起こりえない地点だ。そんな場所にわざわざやってくる程豆であるのならば、天使達の動き方も違ってくるだろう。
 一方、同じ頃、ブルタもまた死に損なった現場指揮官のアルラウネ型の怪物を尋問していた。ついでに付け加えれば、彼が見つけた時から倒れていたのである。
「ふーん、ま、現場の下っ端なんてそんなもんだよね」
 もともと死に掛けだったアルラウネは、情報を聞き終えて間もなくくたばった。手軽なのはいい事である。
「しかし、随分お花畑な連中を相手にしてるんだね、マレーナ達は」
 アルラウネが語るには「美しき」アカ・マハナ様の「麗しい」お言葉によって「至上たる」命令を受け、と続く賛美の言葉は、正直ちょっと引きそうな感じだ。
 兎角、彼ら現場の怪物の役目は、アナザー・マレーナを死なない程度に痛めつけて、必ず生きたままとんでもなく賛美されるアカ・マハナという輩に引き渡す事だそうである。生きたままの理由を問い詰めると、出てくるのはそう命令されている、という答えで、つまるところ真意は不明である。
「あー、あっちもそろそろ痺れを切らす感じなのね」
 羽音に、ブルタは空を見上げる。
 今まではほとんどが地上をテクテクと歩くインセクトマンばかりだったが、ついに飛行するタイプが現れはじめたようだ。ぱっと見える限り、その形態は蝶々のようなものと、蜂のような二種類で構成されている。
 キュッヘンシャーベに乗り込み、対神スナイパーライフルをいつでも撃てるように備える。
「今見えるのは雑魚ばっか。指揮官型をまずは探さないとね」
 弾薬の数には限りがあるのだ。