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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

リアクション


♯4


 霧に包まれたと思ってから、しばらく朝霧 垂(あさぎり・しづり)は見慣れた町並みを一人で行動していた。
 風景は変わっていないが、町生活する人と、自分達に仕事を依頼してきたはずの軍との連絡が取れなくなってからまだ時間はさほど経過していない。
「どうなってんだか」
 消えた町の人の分だけ、町は怪物が増えていた。
 どうやら何か探しているかのようで、町そのものに対しては積極的な破壊活動はしていないらしい。
「こんな化け物で溢れてるなんて聞いてねえぞ」
 これを全部片付けるのに、どれだけ時間がかかるだろうか。とりあえず、一日二日ではちょっと足りないだろう。軍の連中や、同じく仕事で来ているはずの契約者でもいれば話は変わってくるのだが、何故か連絡も取れない。
 とりあえず様子を見つつ、仲間や関係者と合流できないか移動しているが、何ら手がかりは無いままだった。
「こうなったら一つ暴れてみるか。どっちにしろあいつら倒すしかねぇんだし。派手に暴れてれば誰か俺を見つけてくれんだろ」
 今の所、見かけるのはイギリスで何度か戦った昆虫人間ばかりだ。躊躇う理由は特に無い。
 と、そんな彼女を引き止めたのは、割と近くで聞こえた、何者かが暴れてる音だ。
 既に、誰かがどこかで戦っているのかもしれない。
「ま、こんだけいりゃ取り分無くなるって事もないだろ」
 目の前の怪物達はとりあえず置いておいて、まずはその音を確かめる事にした。もしかしたら、既に誰かが怪物と戦っているのかもしれない。
 三回目の十字路を曲がった先で、怪物の影を見て身を隠す。
「どうなってんだ?」
 ほとんどの怪物はこちらに背を向けており、背後に注意は向けていなかった。問題はそこではなく、その怪物達の前で、片腕をくの字の刃物で腕に突き立てられ、張り付けにされているのもまた怪物に見えた。
 張り付けにされた怪物を、甲虫が一定のリズムで拳を打ち込んでいる。まだ生きているのだろう、一撃ごとに苦悶の声を漏らしている。足元を見れば、その怪物のものらしき腕が転がっていた。
「仲間割れ、か?」
 少しずつ距離を詰めながら、様子を伺う。
 すると、声が聞こえてきた。
「せっかく譲ってもらった玩具だもの、すぐには殺さないわぁ。うふふふ、いいのよ、暴れても」
 声は女性のものに聞こえる。少し身を乗り出して、さらに様子を伺う。そこにいるのは、五体前後のインセクトマンと、その指揮官らしきアルラウネ型の中型怪物が一体。
「そうしたら、今度はもう片方の腕も落としちゃうから、うふふふ」
 アルラウネは随分と楽しそうにお喋りをしている。対して、今なお殴られ続けている怪物からは返答は無い。そのような余裕は無いようだ。
 しかし、妙である。垂の感覚が確かであるのならば、あの繋がれている奴の方が、怪物としては格上であるように見えた。今でこそ瀕死だが、アルラウネとその取り巻きでどうにかできる相手には見えない。
 それにあの腕を貫いている刃物だが、この地域に出る怪物が、獲物を持っているという話は聞いた事がない。あの場に居る怪物よりも、格上の怪物が居たに違いない。最も、現在はその姿は見当たらない。
 怪物が怪物を襲っている。本来であれば、無視してしまっていい案件だ。どちらも、人間にとっては脅威でしかなく数が減ってくれるに越した事は無い。
 だが、垂は動いた。
 そこに明確な根拠などなく、本能的な直感が彼女を動かしていた。
 最初に、取り囲む怪物をすり抜けて、幸い彼らはつながれた怪物以外に注意を向けてなく容易かった、怪物をなぶっている甲虫を背後から一撃で怪物の横の壁に張り付けた。
「いまいち状況が理解できねぇけど、とりあえずお前を助ける……だから、お前は何が何でも生き延びて、俺に状況を説明しろ。良いな?」
 繋がれている怪物の目を見て、それだけ告げるとすぐに背を向けた。呆けていたアルラウネに視線を向けると、はっとした様子で部下の怪物をけしかけた。
 垂の背後では、怪物が何かを言おうとしている。だが、はっきりと喋れずうめき声をあげただけだった。何かを語る意思があるのであれば、今はそれで十分だ。
「すぐに終わらせるぜ」
 その宣言通り、向かってくるインセクトマンを順番に、一撃で下していった。指揮官が近くにいるため動きはこなれている様子ではあったが、ちょっといい動きができる程度では相手にならない。
 だからこそ、割のいいバイトとしてちょっとした人気があるのである。
 瞬く間に配下が全滅したアルラウネは、そそくさと退散していった。追いかけたいところではあるが、今は後回しにする。
「無事か」
 改めて確認すると、怪物の状態は酷いものだった。
 掠れた呼吸の音が、頭部と、そして胸の辺りから漏れている。人間であればこんな状態で永らえたりはできないだろう。
「あんた……強い、だな」
 掠れながらも、怪物はどうにか人の言葉を紡いでいた。
「頼む、マレーナ様を……助けて、くれ。まだ、そんなに遠くには……」
 空気の漏れるような音が続く。
「マレー……ナ?」
 聞き覚えのある名前を聞いたような気がした。
「頼む……どうか……頼む」
 怪物はそう繰り返す。
 一旦浮かんだ疑問を振り払い、垂は怪物の目を見て答えた。
「ああ、任せろ」
 それを聞いて安心したのか、怪物は静かな呼吸を何度かしたあと、黙って眠りについた。
「……マレーナか。俺の想像している人で合ってるんなら」
 見上げた空はどんよりとした雲が覆っている。日本から遠く離れたこの地からでは、浮遊する大陸を望む事はできないだろう。だが、恐らくこのまま日本に向かっても、それを見る事は適わないはずだ。
「―――ここは、アナザーってわけか」
 怪物の亡骸をその場に残し、垂は移動を開始した。



 インセクトマンの中で、最も数が多いのは、アリ型とされるアリをベースにしたと思われるものだ。そこそこの外骨格と、アリ由来と思われる怪力、そして大顎を主な武器としている。銃を持っただけの人間が相手をする場合、顔の大部分を占める目を狙って撃つのが最善策であり、それ以外の手段での打撃を与えるのは難しい。
 無論素手で殴ってダメージを与えるのは至難の業であり、鉄パイプといった鈍器でも、「そこそこ」扱いされる外骨格に弾かれてしまう。刃物も当然、通らない。
 怪物は、そう称されるぶんには、十分な性能を持っているのである。
 そんな怪物どもを相手に、見た目にはほんの少女が立ち回り、その強固とされる外骨格ごと怪物を切り伏せる様は、彼らを驚愕させた。
「これが、日本刀の切れ味って奴か。MANGAで見た事あるけど、鉄も切れるってのもあながちウソじゃないんだな」
 アナザー・マレーナの傍らにいる一人が唸る。
 少女、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が持つ魔剣『青龍』は見た目には日本刀である。魔剣とつくだけあって、普通の日本刀ではないが、それを今ここで説明する余裕も意味もあんまりない。
「よく事情は存ぜませんが、助太刀させていただきますわ」
 彼女の背後には、二人の怪物と一人の女性の姿があった。二人の怪物は、人間がフルプレートの鎧をまとっているようにも見るが、見る者が見れば、それが鎧でない事はわかる程度には異形の代物だ。
 この地域で出現する怪物とは全く異なる容姿に、二人の怪物は、インセクトマンの群れから女性を守るように立ち回っていた事から、エリシアはそっちの怪物を手助けする事にした。
 拳を繰り出すアリ型の怪物の腕を掻い潜り、一閃。止まらないまま、防御かカウンターか決め切れないアリ型を斜めに切り捨てる。
 エリシアの判断と機動力は、怪物よりも一枚も二枚も上手だ。
 だが、彼女の表情に余裕あまりない。こうしている間にも、ぞくぞくと新手が現れているのだ。
 自分に迫ってくる敵を蹴散らすのはできても、横をそのさらに横をと自分を通り過ぎていく怪物全ての相手はできない。後方の二体の怪物も、近寄る怪物を蹴散らしているが、押しつぶされるのは時間の問題だ。
「ここで、彼女一人を逃走させるのは得策ではありませんわね」
 この場に至るまでにも、相当な数の怪物が街中をうろついていた。この場を逃走できても、次の群れに補足されるのは時間の問題だろう。
「自分と彼女だけ、というわけにもいきませんものね」
 影に潜むものに搭乗できるのは最大二人。つまりこの場の半分は取り残される事になる。たった今出会い、状況もほとんど把握していない中では、誰が残るかの判断をするのは難しい。それに、後ろの怪物達が、果たして本当に味方なのかすら、はっきりとはわかっていないのだ。
 状況的にはあの女性が最優先の護衛対象なのだろうが、あの二人の怪物だって、突然現れた見ず知らずの自分に大事な護衛対象を任せるという判断はできないし、しないはずだ。
「……厄介ですわね」
 最善策は、この場をなんとか切り抜け、改めて情報収集をするという事だ。とはいえ、現状ではこのまま闇雲にやりあっていても活路は見出せない。
 魔剣『青龍』の力で周囲の植物を成長させて迎撃の援護に利用するが、反応が鈍い。エリシアは異郷の地が原因かと深くは考えなかった。それよりも、目の前の怪物が優先だった。その原因は彼女達の前には姿を現さず、同系統の怪物が妨害を行っていたのである。
 次第に焦りに意識を侵食されていく最中、彼女の背後にざわつきがあった。
「ねぇ、最初に一つだけ確認しておきたいんだけど」
 その声の主、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)を中心に、夢想の宴が展開される。遠くカナンの友人であるニンフ君の物語は、怪物達を押し戻し、傷ついた怪物達とアナザー・マレーナを回復させていく。
「せっかくの観光が台無しだ。まあこうなってしまっては仕方なしか」
 キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)、いや彼に憑依している木曾 義仲(きそ・よしなか)が愚痴を口にしながら、夢想の宴で死に損なった怪物に止めを刺す。
「今目の前にいるマレーナ君は剣の花嫁? それとも地球人?」
 怪物達に背を向け、リカインはアナザー・マレーナの目を見ながら首をかしげた。
 めまぐるしい状況変化に、アナザー・マレーナも護衛の怪物達もついていけてない様子であった。だが、彼女の返答に時間がかかったのは、それだけが原因ではないようだ。
「私を、私をそう呼ぶ人に出会ったのは、いつ以来でしょうか―――」
 その言葉が返ってくるまで、リカインは怪物達に背を向けたまま、襲い掛かる攻撃を避け、防ぎ続けた。返答を待って、怪物達に向き合う。
「そう、それだけ聞ければ今は十分」
 三人、実質二人が加わった事で、状況はほぼ拮抗した。
「あんまり、町に被害を出しちゃダメよね」
 リカインは七神官の盾で怪物達の攻撃を押し返し、防御に徹していた。それでも時折盾で防ぐついでに、振り下ろされる鎌や拳を破壊しているのは流石といったところか。
 キューの身体に憑依している義仲は、「むぅ、杖だと疾風突きできないか」とかぼやきながらも、近寄ってくる怪物やすり抜けてこようとする怪物を蹴散らしている。