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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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♯12


(お手数をおかけして申し訳ない、感謝します)
 その言葉を最後に、源 鉄心(みなもと・てっしん)はアナザー・コリマとのテレパシーによる会話を切り上げた。
 それからみんな方に向き直る。
「一応、裏は取れた。国連軍の欧州方面軍は、黒い大樹攻略を近日中に行うそうだ。作戦計画では、明後日行われるらしいが戦力の集結状況次第では延期の可能性もあるそうだ」
「できれば、計画通りに進んで欲しいものだ」
 窓際に椅子を移したルバートは、考えを読めない表情で町の様子を眺めている。
「国連軍は大樹を攻略できるでしょうか」
 レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は不安そうだ。
 欧州の黒い大樹は、イギリスから遠く、ドイツにあるという。国連軍は、怪物達の大規模なイギリス上陸の背後をつき、黒い大樹攻略作戦を発動するのだという。
 もともと強固な海上防衛網を作っていたイギリスは、ダエーヴァの上陸を水際で押さえ込んでいた。ダエーヴァ側も、海を渡るのにそこまで積極的ではなかったらしい。その状況を変化させたのが、アナザー・マレーナの存在だ。
 彼女の存在を知ると、怪物達はイギリス上陸を最優先目標に定め、大規模な上陸作戦を開始した。
「うまくいくとよいが、賭けでもあるな。親衛隊の半分もこちらに回ってくれればいいが」
「親衛隊、怪物に操られた人間ですよね」
「あれはもはや人間ではあるまい。我らと同じ、濁った血を流す怪物にされてしまっているからな」
 黒血騎士団は、その素性を隠して何度か怪物達と戦いを繰り広げてきたという。とはいえ、黒血騎士団は少数の組織であり、またその容姿から国連軍とも距離を置く。戦争というよりも、ダエーヴァに対するテロのような活動だったようだ。
 親衛隊は、ある時期から突然現れた。人間をベースに怪物を混ぜた彼らは、薬物と精神汚染により、アカ・マハナに絶対の忠誠を誓っている。他の怪物と比べ手強く、怪物化した黒血騎士団と拮抗、あるいは凌駕するという。均一の性能ではなく、個体差があるようだ。
「こちらも何人か仕留めたが、その代償を支払わされた。国連軍には手に余るだろう」
 少しでも多くの親衛隊を引きずり出すために、アナザー・マレーナと、黒血騎士団は工作中だという。ここに残っているのはルバート一人なのだ。
「私はこれからドイツに向かう。怪物達は海を抑えておく事にそこまで執着はしておらんから道中はそこまで心配する必要はあるまい。国連軍と面識があるのならば、そこで彼らと合流すればいい」
「お一人で、ドイツに?」
「お前はもう歳だから前線に立つなと言われておってな、今回の作戦では仲間はずれなのだ。国連軍の頑張り具合を確認するのが私の役目だ、共に行く者達が船を準備している。ここに居るものと、先ほど出かけていった者達が乗れる程度の船を見つけるよう伝えておいた。乗り心地までは保障せんがな」



「これはこれは、男の一人暮らしだもんな」
 裏椿 理王(うらつばき・りおう)が扉を開け、室内に光が入るとその惨状に思わず声を漏らした。
 散らかるゴミのほとんどは雑誌類で、次にアルコール飲料の缶などが転がっている。よく見れば、何かの記念か受賞で貰ったらしい盾なども床に散らばっていた。
「これは、ウソを教えられたんじゃないんですかね……」
 酷い室内の様子に、最もショックを受けているのはアルベリッヒだった。ルバートから、ここにアルベリッヒが住んでいた事を聞きやってきたのである。
 アルベリッヒの記憶を辿れば、この辺りに一時期住んでいた事もあったそうだが、ブラッディ・ディヴァインの活動のためにすぐに引き払っており、部屋自体もここではないし、実家も違うという。
『あのルバート氏が、ウソの情報を伝える理由は薄いと思うの』
 桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)の持つパソコンのアバターの美少女が悩んだような表情を見せる。わざわざパソコンの画面が開いているのは、ここまでの地図を表示させていたからだ。
「……全く、我ながら情けない」
 アナザーのアルベリッヒが自殺したのはかなり以前の事らしいが、部屋はそのままで残されていた。放置されていたのは、親族の意思かそれとも怪物の襲来によって余裕が無くなったか、理由の推察は色々あるが、調査に赴いた彼らにとっては僥倖である。
「それにしても、雑誌や新聞が多いな。そんなに情報集めるの好きだったっけ?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に尋ねられて首を傾げる。
「研究関連の資料ならわかりますが、見る限り一般紙にただの週刊誌ですね」
 いくつかを手に取るが、アルベリッヒはあまり興味なさそうだった。
「どれどれ」
 手渡された雑誌を、エースはサイコメトリを試みた。
 読み取れるイメージは、暗い部屋、その奥で光るコンピューター。人の姿は無い。この部屋ではないようだ。
「他の部屋も見て回ろう」
 手分けして捜索する。アルベリッヒの家は、どの部屋も似たような状況だ。長い時間放置されているために埃は仕方ないが、本棚の本を全て床にばら撒いていたり、割れた鏡が放置されていたりするのを見ると、常人が暮らしていたとはとても思えない。
「あった、うわ、随分古いタイプのパソコンだな」
 サイコメトリで見えたパソコンがあった部屋を見つけたエースは、理王達を呼んで調査してもらう事にした。
「電源が死んでるからな。持ち込んだこっちの機材と繋げればうまくいくかもしれないけど」
 そう言いながら、二人はさっそくパソコンを分解し始めた。容赦が無い。電源が死んでいるというのは、徹底した非難が行われた町はそもそも電気が通っていないのだ。ルバートがカセットコンロを持ち出したのも、その関係だろう。
「レジーヌ少尉はうまくやってるかな」
 ケーブルを慎重に取り外しながら、理王はルバートのところに残った彼女を心配する。2LDKを全員で家捜しするまでもないのと、ルバートの監視と情報収集に人を分けたのである。
「私服姿の彼女を見れたのはよかったな。うん」
 教導団では大体みんな軍服だ。それが制服でもある。見知った相手でも、私服を見る機会は案外ないものである。
「……」
 これからこの古いパソコンと繋がれる予定の屍鬼乃のモニターには、呆れ顔の美少女の顔が映し出されていた。
 彼らにパソコンの相手を任せたエースは、サイコメトリを適度に使いながら探索を再開した。見えるイメージはどれも無人の部屋ばかりなのが少し気にかかったが、その謎は案外早く解けた。
 手狭なバスルームでサイコメトリをすると、映し出されたイメージはやせ細った赤髪の男が見えた。その手には、拳銃。はっとなってすぐに手を放したため、決定的瞬間までは見えなかった。
「なるほどね。他のイメージも同じタイミングなのか」
 サイコメトリで読み取ったのは、どれもこの部屋の持ち主が自殺した前後の記憶のようだ。そのため、目撃者でない物品は無人の部屋のイメージしかないという事らしい。
「本当に自殺だったんだな」
 イメージを最後まで確認しなかったが、この世界のアルベリッヒは、自分の手で死んだのは確かなようだ。イメージには他の誰かの気配も感じ取れはしなかった。
 書斎らしき部屋の落ちている本は、雑誌ではなく宇宙工学に関するものがほとんどだった。アナザーのアルベリッヒは、宇宙服の改良や開発に大きく貢献していたという。こちらではどうやら軍事技術ではなく、宇宙開発のために研究していたようだ。
 一冊手にとって、ぱらぱらとめくってみるが、流石に高度な技術を扱う本は一目で内容を理解するのは難しい。ページをめくっていると、本の間に何かがはさまっていた。
「写真か」
 しおり代わりにでもしていたのだろうか。
 写真は何人かの若者が、着こなせていないタキシード姿で映っている。パーティか何かの写真だろうか、アルベリッヒの姿もあり、彼もまた若く、十代後半ぐらいだろうか。
「……あれ、この人って」

 アルベリッヒの自宅の調査が進む一方、アルベリッヒ本人は早々に外に退散していた。
 狭い路地へと繋がる角に背中を預け、ため息を吐き出す。アナザー・アルベリッヒの自宅の調査に来た理由の半分に、あの場から一度離れたかったというのもあった。
「結構、和気藹々やってるみたいだねぇ」
 細い路地側から、紫煙と山田 太郎(やまだ・たろう)の声が流れてくる。姿は見せていないが、声で誰かはアルベリッヒは理解した。
「これはまた、珍しい」
「バイトに来てただけなんだが、どうも厄介ごとに巻き込まれたらしい。悪いとは思ったけど、あんた達の話は聞かせてもらってたぜ。このままじゃ報酬どころか、敵前逃亡扱いになるんかねぇ」
「怪物退治の仕事ですか。教導団だけでなく、フリーの傭兵も雇い入れてたんですね」
「まぁ、人の手は欲しいわな。それが、自分の国と関係無い奴らなら色々面倒も無い。その分支払いもいいってわけだが……それどころじゃあないんだが、どうしたもんかねぇ」
 太郎は独自に周囲の調査をしていたようで、いくつかの情報をアルベリッヒに提供した。
 それらは、ルバートの話した内容を裏付けるものであり、一週間程前に現れた怪物によって、この町の住民は避難を早めたそうだ。電気などが通っていないのも、怪物達の工作によるものらしい。
「怪我人は出たが、直接の死人は居ないらしい」
「怪物達を誘い込む場所は他にもあると思うんですがねぇ、勝手知ったる庭の方が動きやすいのでしょうか」
「さてな。ただ、この町の避難の手際の良さから、無人になるのは最初っから決まってた事なのかもな」
 アルベリッヒがルバートが自分達を国連軍に届ける手配について話をすると、それ自体は太郎も盗み聞きしていたようだ。
「帰るんなら、それが一番妥当かな。まあ、上手く乗り込めそうならそん時はよろしく頼むよ」
「何か問題でも?」
「いや、ちょっとな……さて、タバコも終わっちまったし、俺はもう少し色々見てまわる事にするよ。またな」
 タバコの吸殻だけが路地に残され、太郎の姿は目にする事は無かった。

「調査を人任せにして自分は休憩し続ける気かね」
「そうは言っても、死んだ自分の部屋を家捜しするっていうのもね」
 アルベリッヒが「少し外の空気を吸ってきます」と出ていってから、十五分ぐらいが経っただろうか。
 その間も、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)の二人は、アナザー・アルベリッヒの部屋の探索を続けていた。
「それにしても、まともな食事はほとんどしてなかったみたいね」
「酒は腐るほどあるんですがね。空いているのも、そうでないのも……」
 特に分担が行われたわけではないが、二人は主にキッチン周辺を探索していた。
 冷蔵庫の中は、電気が通ってないので中身を危惧したが、見事なまでに空っぽだった。その代わりに、目につくところにはほぼ必ず酒の瓶が転がっている。銘柄を見る限り、好みがあるようではなく、値段もマチマチといった様子だ。
「酒ならなんでも良かったという具合だね」
「あまり言いたくはないけれど、普通の精神状態だったら自殺しようなんて考えないと思うわ」
「酔えればいい、という事だったんだろうけど……しかし、だとすれば、少し勿体無い」
 手に取った瓶に貼られたラベルは、そう簡単には手に入らないワインである。他にも、ちょこちょこと高級品が混じっている。
「奇妙な縁よね、こっちではルバートさんが生きてて、アルベリッヒさんが死んでるなんて」
「単なる偶然だと思うけど、それよりもこれからどうするべきかだよ。こうして調査している事が何かに繋がるかといえば、難しいところだし。このまま上手く話しが進めば、国連軍だったっけ、彼らのところまで連れていってもらってあとは日本を経由して帰る事になるんだろうし」
「帰れるだけじゃ、不満?」
「私はそれで全然構わないさ。私はね」
 ここにも落ちている雑誌を拾う。ごくありふれた雑誌である。
「そういえば、何で雑誌や新聞が散乱してるのかしら。アルベリッヒさんの趣味ってわけじゃないんでしょ?」
「そう言ってたね」
 彼はそこまでゴシップを好むタイプではないし、新聞もパラパラと見出しに目を通す姿は見た事がある程度だ。興味を引く記事があれば読んだりもするだろうが、わざわざ雑誌を買ったりしたのは見た事がない。
 最近は、専門分野外だとぼやきながら、遺伝子学やナノマシンに関する資料を持つ姿の方が多かった。
「暇つぶし、というわけでもないんだろう」
 目につく雑誌を集めて、順番にパラパラとめくっていく。二人でしばらく確認していると、ある共通点を見つけた。雑誌のほとんどに、ある航空機事故についての記事が記載されているのである。
 事故の内容は、民間のジャンボ機が墜落、大西洋の真ん中に墜落したため生存者は一人もいなかったというものだ。
 最初、この事故は突然ジャンボ機が行方不明になったという怪事件として扱われ、その後墜落した証拠が発見され、事故となったようだ。
 どの雑誌でも大きく扱われているのは、そのジャンボ機がアメリカからロンドンへ向かうもので、現地人も多く乗っていたからのようだ。
「この事故について調べてたのか?」
 あとに発行された雑誌を見ると、事故の原因がエンジントラブルであった事が判明し、謎が消えたぶんだけ扱いも小さくなっている。人の興味なんて、そんなものなのだろう。
 その頃、理王らも無事パソコンのデータを閲覧できる状況まで持っていくことができていた。データを漁っていくと、各地のテロ組織についての情報などが丁寧に整理されているのが見つかった。
「彼はここでもテロリストを?」
 しかしもう少し詳しく調べていくと、そういった情報を集め始めたのはある時を境にしたものであり、その境目になった日には友人と会う約束をしていたようだ。その友人とのメールは何通も残っている。
「ふむ……」
 一方、シルフィアも雑誌に記載されていた事故で行方不明となっている人の名前の一覧に、気になるものを見つけていた。
「ほら、アル君、これ」
 そう指さしたところには、『hiroaki nagasone』と書かれている。
 同じ文字列は、アルベリッヒが会う予定だった友人と行われていたメールの差出人名にも表示されていた。