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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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 第9章

「まだまだ残っているようですね。さて、俺は何を飲みましょうか……」
 橘 美咲(たちばな・みさき)と配布場所を訪れた工藤 源三郎(くどう・げんざぶろう)は、残った小瓶の数を見てそう言った。薬を飲むのは彼1人だ。マーリン・フェリル(まーりん・ふぇりる)を含めた3人で相談した結果決まったことだが、確かに、嫁入り前の美咲に変な薬を飲ませるわけにはいかない。使用人たる自分が汚れ役を一手に引き受けよう、と源三郎としても異論は無い。それどころか、新薬を作る為に必要なだけの『成分』が抽出出来ていなかったら、積極的にどんどん薬を飲んでいこうと思っている。
「この際、全種類飲んでみたら? どんな効果が出るか分からないけど」
「全部ですか! そうですね。もともと3本以上は飲むつもりでしたから」
 大真面目な顔で言う美咲に一瞬驚いた源三郎だったが、満遍なく全種類飲んだ方が良いだろうとまず1本目の『記憶の一部を失う薬』を手に取った。一気に飲み切り、2本目を持ちながらリィナに言う。
「何を忘れたかは分かりませんが、効果は出ていると思います。成分を取ってください」
「ああ。……沢山協力してくれるのはありがたいが、あまり採血すると貧血になるぞ」
 医者として、貧血を起こさせるわけにもいかないとリィナは少し渋い顔をする。この後、源三郎は貧血とは別のトラブルに見舞われるのだが、そこまでは彼女にも分からない。
「……来た!」
 その時、美咲が空を見上げて声を上げた。浮かぶ筋肉男を指差し、彼女はつい、こう叫ばずにはいられなかった。
「おまわりさん、この人です!」

「……なんだありゃ……キモいな」
「……何、あのキモい奴は?」
 空に浮かぶキモい筋肉を見て、ジェイコブと隼人は同時に眉を顰める。その疑問に答えたのは、成分抽出を終えた歌菜と羽純だった。
「あ! あれ……羽純くん!」
「ああ。……『魔王』だ」
「……あいつが『魔王』!? ……成程、薬の製造を阻みに来たってことかよ」
 隼人が驚き、筋肉男を睨みつける横でその余りの不気味さというかアレさ加減に頭痛を起こしたくなっていたジェイコブは、実際に少々の頭痛を感じた気がした。……まあ、それは気のせいだろうが、そこでふと彼は先程までこの校庭に居たセレンフィリティの事を思い出した。1年の大半をメタリックブルーのビキニ姿で過ごしている彼女は目の保養になるが。
「男の場合は、単にキモいだけだな」
「ですわね……女性のそれは称賛の的にもなりますけど」
 夫の言葉に、フィリシアも心から同意する。男のビキニパンツは、プロレスとか然るべき場所以外の場合は下手すればわいせつ物陳列罪だ。『魔王』の姿は薬の製造工程を素面で見続けた彼女の士気を決定的に落とす原因となった。普段から衛生兵として勤務する彼女にとって、アレはこの上ない『精神攻撃』だ。
「ご主人様の予感が当たりましたねぇ」
 ミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)も地上から『魔王』を見上げ、携帯電話を出して上空で警戒を続けているリネンに連絡を入れた。
「現れましたよぉ。あ、見えてますかぁ? 分かりました、ガードですねぇ?」

「……来たか。行くぞ、2人共」
「レン、……ちょっといいか」
 今にも攻撃をして来そうな『魔王』から目を離さず、レンはブリュケとメティスを伴って彼の元へ向かおうとしていた。そこで、マーリンが彼に声を掛ける。
「おまえの身に起きる、これからのことについて話をしたい」
 彼女の声には躊躇いがあった。話そうとしている事が、彼の死に関する事だからだ。
 ――未来から源三郎が持ち帰った新聞の中に、とある冒険屋の死亡記事が載っていた。
 そもそもとして、マーリンの中には疑問があった。
 未来で異変が起きた際に、今回のように事態解決に動く人間が少な過ぎるのではないか、と。
 特に、レンはファーシーと親しい間柄にも関わらず、フィアレフトやブリュケから一切話が出てこなかった。その理由を、マーリンはレンが2人の前から姿を消した為ではないかと考えていた。恐らく、子供達が物心つく前に居なくなったのだろうと思っていたが――記事は、彼女の予想を裏打ちしていてそれはもう遠い未来ではない。
 彼の死の事実を知ったマーリンは、それを本人に伝えるべきか否か迷っていた。
 迷いを振り切れぬままに声を掛けたからだろう、レンは彼女の言う『これからのこと』がどういった類のものか察したようだった。
「……マーリンさん、俺はその話を聞くことはできません」
 片眉を上げて怪訝な顔をする彼女に、彼は言う。
「未来を変えることは、本来タブーなんです。まして、それが自分の死についてなら尚更です」
「……レン」
 それを聞いたメティスの顔が憂いを帯びる。レンの言葉の調子から、言外に含まれているもの――その時期が近いと彼が考えている事を察してしまったらしい。ブリュケも話題が話題なだけに、注意を『魔王』からこちらに移していた。物問いたげにしている彼に、自分の記憶はあるか、と直接問うつもりはなかった。答えは、今までの彼の態度からもう明白だ。ブリュケとフィアレフトには、自分との想い出が殆ど無い。
 ブリュケに対し、ふっと笑う。
「……?」
 彼等を未来で守ってやれなくても。
(今、こうして守ってやることが出来るんだから、俺は満足だ……)
 後悔は無い。男は、どんな時でも誰かの為に戦うものだ。例え自分が死んだとしても、その心は決して死なないのだから。
 だから今こそ、皆が笑って暮らせる未来をこの手で掴み取るのだ。
「……子供達の未来を守れなかったから、今から守るんです」
 そう言ったレンの表情を見て、マーリンはこれ以上自分に言える事は無いのだと察した。上空では、『魔王』との戦いが既に始まっている。そちらに向けて歩き出すレン達の背を見送り、彼女は思う。
「……私が気を揉むことでもなかったか」
「どうしたんですか? マーリンさん」
 そこに、何か腹を押さえた源三郎が近付いてきた。何だか頬がこけている。
「いや、おまえの持ち帰った記事の事でな」
「記事? 何のことです?」
「……忘れたのか」
 源三郎は、本気で意味が解っていないようだった。『記憶の一部を失う薬』を飲んだのだと気付いたのは一拍後で、彼はマーリンが何を言う前に「!」という顔をして身を折った。下っ腹からぐぎゅるるる……という音が聞こえる。どれだけ薬を飲んだのか、どうやら腹を下したようだ。
「ちょちょちょ、ちょっとすみません!!」
 慌てて校舎に駆け込んでいくアフロを見ながら、マーリンはひとりごちた。
「まあ、知らず能天気でいる方があいつらしいな」

              ⇔

「見つけたぞ! 薬を作らせはせん! 全て破壊する!」
 筋肉男から強力な、属性違いの魔法攻撃が立て続けに3発、提供された『成分』を保存しているクーラーボックスに向けて放たれた。ミュートは光翼を伸ばし、護りの翼でその攻撃を受け止める。爆音が収まった後、クーラーボックスを包み守っていた翼を起こして彼女は言う。
「ここはワタシたちで引き受けますよぉ。皆さんは早く引き上げてくださいー」
『…………』
 むきプリ君とリィナ、ルカルカ達とエリザベートは、どう行動すべきかと視線を交し合う。一番初めに頷いたのは、ルカルカだった。
「そうね。今、私達が優先すべきなのはこの『成分』を持ち帰って『治療薬』を作ること。『魔王』の対処は任せましょう。ムッキーはどうする?」
 こう聞いたのは、『魔王』がむきプリ君の異母弟だからだ。
「むぅ、俺か……」
「ムッキー、決着を着けぇいくぜ!」
 眉間に皺を寄せるむきプリ君に、秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が力強く言う。彼は、ムッチーが未来で『魔王』になって未来人達を病気にしてしまった事に驚いていた。実際に見るまでは本当にムッチーか分からないとも思っていたが、実物を見て闘神は確信した。『魔王』はむきプリ君の関係者だ。
「ああ、これはむきプリとムッチーで解決するべき問題だしな」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)も、むきプリ君は残るべきだと助言する。その時、『魔王』の大声が空に響く。
「薬を作れる者を生かしてはおかん! それは兄でも同じ!」
 そして『魔王』――ムッチーは拳に魔力を溜めた。光る拳を振り上げて、こちらへ突進してこようとモーションを作る。
「予想通り、来たわね! あんまり空を汚すんじゃないわよ!」
 そこで、ペガサス、ネーベルグランツに乗ったリネンが駆けつけ、終焉のアイオーンから光弾を連続で発射する。弾を避けたムッチーの注意がリネンと、彼女と共に来たフリューネに向けられた。
「な、何だと! どういうことだ!」
「そのままの意味よ! この露出魔!」
 牽制しつつ攻撃を加える彼女達に、ムッチーはあっという間にテンパって手一杯になった。空を右往左往しながら光弾を避ける。彼――ふざけた格好をしている割に、動体視力と反射神経は兄と違って侮れない――に、フリューネが飛竜の槍で攻撃をしかける。
「……まぁ、露出度が高いのはお互い様だけどね」
 フリューネは方向修正をしつつそう呟き、近くにいたリネンもそれには多少苦笑する。
「そうかもしれないけど……」
「でも、私達はこんな悪趣味じゃないわよね!」
 更にそうして、フリューネは槍の連戟を放つ。リネンと彼女は、連携を取りながらムッチーを翻弄していた。それを地上から見上げ、闘神は言う。
「やっぱりありゃあムッチーだったか……ムッチーは、ムッキーも狙っている……とにかく、なんでこんな事をしてるのか聞かねぇとな」
「む……」
 戦いから目を離さず小さく唸ったむきプリ君は考える。確かに、一度しか会った事がなくても父の浮気相手の子供でも、ムッチーは兄弟には違いない。正直、まだ兄弟愛なるものは湧いてこないが。
「いや……浮気相手の子供だからこそ色々あったのかもしれん! ここは兄である俺が話を聞き、弟を更生させてやろう!」
「そう来ねぇとな! 行くぜぃムッキー!」
「お、おう!」
「よし、俺達は教導団に戻ろう。すぐに薬の精製と増産を始めないとな」
 むきプリ君の逡巡の間に荷物を纏めたダリルが言い、エリザベートが胸を張る。
「じゃあ、皆、集まってください〜。早速飛びますよぉ〜!」
 彼女がそう言った途端、『治療薬』を作る為に集まった皆はテレポートした。ミュートはそれを確認して、リネン達の所へと飛んでいった。
 その頃、上空では――

「人の掴んだ未来を邪魔すんじゃないわよ!」
 フリューネと婚約をして希望の光が広がっているリネンにとって、ムッチーの行為は許しがたいものだった。『魔王』は叩きのめして物理で説得し、未来に帰ってもらおうと容赦はしない。
「フリューネ!」
「ええ!」
 リネンの呼びかけに答えたフリューネのタービュランスが、ムッチーの飛行能力を解除した。すかさず、2人はコークスクリュー・ピアースを使用して空中をきりもみし、その勢いに乗ってムッチー目掛けて剣で、槍で、突き狙った。
「うおおおおおおおおおお!」
 命中すれば必殺になるであろう物理過ぎる説得を前に、空中で手をばたばたさせていたマスクを被ったビキニパンツ男は目を飛び出させんばかりに絶叫した。何とか貫かれまいと身を捻るがそれも空しく、剣と槍は分厚い筋肉を貫通する。
「ぬあああああああああああ!!!」
 断末魔の悲鳴と共に、『魔王』は地上に激突した。蒼空学園の校庭に、彼の血液が曼珠沙華に似た痕を描く。それを見た誰もが、これで終わりかと思うような光景だった。だが、『魔王』は気絶せず、刺された部分の肉が盛り上がる。
「! な、何だこれは!?」
 驚愕するむきプリ君達の前で、『魔王』は立ち上がった。傷は塞がり、最初に上空に現れた時より、明らかに筋肉が増えている。まるで、RPGゲームのボスの第2形態のようである。キモさも2割増しである。
 獣の咆哮のごとき声と共に、強大な魔力が解放される。びりびりと震える空気の中を唯斗が突っ切り、不敵な笑みを浮かべ挨拶た。
「いよぅ、魔王。よく来たな、歓迎するぜ」
「……なんだ、お前は?」
 ボス臭ある話し方をしているが、マスクとその他のおかげで台無しである。
「俺は、お前に会いたかったんだぜ? クソ面倒な事を起こしてくれて、フィアレフト達を泣かせて、その上ラスピノ一家も巻き込んで……いやぁ、いい加減にしねぇとブチキレるぞおい」
「…………」
 ブリュケが厳しい顔で視線を落とす中、『魔王』は腕を組んで仁王立ちになったまま睨んでくる。その彼に、唯斗は腕を突き出して人差し指と中指を立てた。
「テメェの罪は2つ!」
『魔王』の表情は変わらない。内心で何を考えているか分からないが、とりあえず堂々としている。
「女を泣かせた事! そして俺らに迷惑かけた事! あと何かキモい!」
「……いや男前だろう」
 3つめとして薬指が立った時に、厳かな口調で否定する『魔王』。自分では格好いいと思っているらしい。沈黙が訪れたその中に、「ダメだこいつ、早く何とかしないと」的な空気が流れる。
『…………』
「……つー事で、ちとナラカでも覗いて来いや」
 その空気の中で唯斗は好戦的な笑顔を浮かべ、一瞬ともいえぬ一瞬の間に『魔王』とほぼゼロ距離の位置まで迫ると割れた腹筋に手を置いた。森羅封印・万象回帰を使い、彼の持つ能力を無効化する。
「……!?」
 もりもりと盛り上がっていたボスの第2形態っぽい筋肉が、空に浮いていた時と同じ程度の筋肉量に戻った。先程までの、驚異的とも思える魔力も感じられない。
『魔王』がただのムッチーになった瞬間、唯斗は“我が一撃”を筋肉に叩き込んだ。ただのムッチーは思いっっ切りぶっとばされて宙を飛び、ツァンダのどこかへと飛んでいった。
「あっちだ! 追いかけるぞ!」
 着地地点を予測したブリュケは、すぐに校庭を飛び出していく。
(む……何か、親近感を感じるな……)
 一方むきプリ君は、確かに能力はあるのだろうが雑魚臭のするムッチーのぶっ飛び方に、ありし日の自分を思い出していた。最近はめっきり機会(?)も無いが、昔はよくこうやってぼこぼこにされていたものだ。
「『魔王』か……名前ほど大したことはなさそうだな」
 そこで、何気に聞き覚えのある声がすぐ傍でして、むきプリ君は声の主に目を向けてぎょっとした。思わず、「おおお……お前は!」と慄き、“彼女”から距離を取る。
 そこには、過去に自分を何度もぼこぼこにした真・月光蝶仮面(仮面の下、)の姿があった。月光蝶仮面は、面白くもなさそうに彼を一瞥する。
「ふん、筋肉ダルマ。実に……実に腹立たしい事だが今回だけは共闘と行こう」
「きょ、共闘……だと?」
「飛んでいった奴が、そのまま薬を破壊しに教導団に行く可能性もゼロじゃない。折角、妹が自分の身を犠牲にして作った薬だ……。そう易々と壊されてたまるか!」
 ここで逃がすわけにはいかない、と月光蝶仮面は走り出した。皆もムッチーを追いかけ始め、まだ油断はしていないようだ。不思議そうにしているむきプリ君に、闘神が話しかけてくる。
「ん? どうしたぃ? ムッキー」
「いや、普通、あの一撃で終わりなのではないかと思ってな……」

 実際、あの一撃で終わりだった。それ程に強烈な一撃だったのだ。だが、ムッチーは運が良かった。墜落し、道の真ん中でノびていたら通りすがりの変質者に耐性のある親切な人が回復スキルをかけてくれたのだ。
「薬はどこか別の所で作られるようだな。あの面子から考えて教導団か、イルミンスールか、というところか。とりあえず……」
「……あそこだ!」
 ムッチーは再び能力を取り戻し、空を飛んでヒラニプラ方面に向かおうとしていた。それをエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が見つけて宙を指す。その先に筋肉男がいることを確認したメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が、奈落の鉄鎖を彼にかける。
「! な、何だ!?」
 再び宙でばたばたとしたムッチーは、成す術もなく落ちていった。どかんという音が聞こえ、エース達は音が聞こえた方へと走り出した。