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リアクション
「……変なおじさんがめりこんでるの」
舗装路にめりこんだムッチーの前で立ち止まってそう言ったのは、クスクスと笑うハツネだった。
「変なおじさんではない! 『魔王』だ!」
『魔王』は勢い良く立ち上がると、ハツネの発言を訂正した。
「……『魔王』?」
ハツネは一時きょとんとしてから、その笑みを深くする。
「何だか面白いの。せっかくだから遊んであげるの♪」
フラワシの遠隔能力を付与した蛇骨の鎖を操り、ハツネはムッチーを拘束した。巻きついた鎖が頭と足先以外を隠して一番キモい部分が見えなくなったが、そこには特に頓着せず、彼女は楽しそうにギルティ・オブ・ポイズンドールの悪疫と焔の能力で攻撃する。悪い奴をやっつけよう、というよりも言葉通りに面白いからちょっと遊ぼう、というノリである。
「そうはいくか!!」
襲ってくる粘液を、『魔王』は氷の術で凍らせていく。更に、各属性の魔法攻撃でハツネに反撃した。腕が使えなくても気合で魔法が使えるようだ。
ハツネと『魔王』は、街中で互角の戦いを繰り広げる。やがて、むきプリ君とブリュケ達が追いついた。
「待て! ムチッ魔王!」
エースが制止の声を掛けると、『魔王』だけでなくその妙な略し方を聞いた全員が動きを止めた。「えっ」という雰囲気の中で、美咲が『魔王』に話しかける。
「あなたは、何を考えているんですか? 子供が産めなくなって長寿の種族が殺されていく。そんな未来でも、本当に良いと思っているんですか? 自分の目的が果たせれば、それで良いと?」
「そうだ! それで良い! 子供が出来ない世界が実現すれば、それで良いのだ! 大体、長寿の種族を殺したのはワタシじゃない。国だ! 学者だ! 奴らが勝手にそう判断し、勝手に人工生命達を殺しだした。そこに関しては、ワタシは何の誘導もしていない!」
響く声に、通りがかったツァンダの住人達が怪訝そうな顔を向けてくる。彼の視点からの語りでは何か抜けている点も多く、ルークは冷静な口調で確認した。
「サプリメントを通して人々に微生物を寄生させ、病気を広めたのはあなたですね?」
「ああ。だが、その後の事には関与していない。誰が死のうが、ワタシには関係ないことだ!」
「……!」
彼の発言に、やはり『魔王』を追いかけてきていたファーシーとピノの表情が硬くなった。それを目の端で見た美咲は激昂する。『魔王』に一気に肉薄し、力一杯に殴り飛ばす。
「ぶふぉっ!」
「ふざけるな!!」
「み、美咲さん……」
驚くファーシーを守るような位置に立ち、美咲は言う。
「生まれて来なければ、出会うことすら出来ない。死んでしまえば、もう逢うことは出来ない。逢いたくても逢えない悲しみがどれだけ深いのか、アンタに解るの!? その悲しみと怒りをぶつけられた、ピノさんの気持ちが!!」
「…………」
ピノが俯く一方で、ブリュケが怒りと気まずさが混ざったような顔で美咲から目を逸らす。
「ピノさんは、自分が提案した法律が原因で皆が死んでしまったと結論付けて、自分の死を受け入れたのよ! その気持ちが、想像出来る!? 家族を残して死ぬことを選んだ、ファーシーさんや多くの人々の諦めと絶望の気持ちを!」
「…………ふん!」
鎖に縛られたまま、『魔王』は彼女を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「そんな事は知らん! ワタシが解るわけもなかろう。ワタシはそいつらじゃないのだからな! 大体、全てを決めたのは国だ。文句を言うなら国に言え!」
「そうは言いますが、原因を作ったのはあなたですよね?」
病気を広げた後の事は知らないというのは無責任だ。そういう意味を込めて、ルークが言う。
「それが何だ? 大体、何にしろ、皆、何れは滅ぶのだ。早いか遅いかの違いだろう! 寿命で死ぬ時でも死を受け入れる必要はあるし、孤独死でもしない限り、誰も遺さないということはない!」
『魔王』は大声で、自信たっぷりな態度でそう言った。そんな理屈に納得出来るわけもなく、不穏な空気が増す中でピノが低い声を出した。
「……命を奪おうとする人って、みんな同じこと言うんだね。……ううん、そう思わないと、悪いことが出来ないのかな。いつか死ぬからいつ死んでもいいなんて……そんなことないんだよ。寿命で死ぬ時と、自分で死ぬ時や……殺される時の気持ちは違うんだよ。……あたしも、まだ経験したことないけど」
「それなら、経験しなければいいだろう!」
「……え?」
「生まれなければ、死ぬこともない! そうではないか?」
「…………。もしかして……それが、貴方の“動機”ですか?」
少し考えて、歌菜が『魔王』の前に出る。彼女は、更にこう問いを重ねた。
「それで、子供が生まれない未来を望むのですか?」
「…………」
だが、『魔王』は答えなかった。答えの代わりに沈黙するという場合もあるが、この沈黙は何か無に近く、肯定か否定かが分からない。しかし何にせよ、『魔王』の望む未来が正しいとは決して言えない。それだけは確かだ。歌菜がそう思っていると、羽純がすっと彼女の隣に立ち、『魔王』に言った。
「あの未来を、本当に正しいものと思えるのか? あんな悲しい未来を……。俺は、認める訳にはいかない」
「お前に認められる必要はない! ワタシは、ワタシの理想を実現した。実現できた者が勝者であり王であり、ワタシは『魔王』だ!」
「滅茶苦茶な理屈だな」
自分の主張を揺るがせない『魔王』の言葉に、ブリュケが苦々しげに吐き捨てる。少し前の自分を省みると尚更忌々しく思うのだろう。
「……もう、やめてください。未来を……未来に生きる人々の幸せを、奪おうとしないで。決め付けないで。誰だって、未来を変える力を持っているんだから!」
その中で、歌菜は『魔王』への説得を諦めなかった。マスクの下でどんな顔をしているか分からない彼に、話を続ける。
「困ったら、皆で道を探せばいいんです。誰だって、未来を変える力を持っているんだから」
「皆で、だと? 皆で、何が出来るのだ。ワタシは、未来過去、全ての人類の中で一番優秀だ。学者達も分からないような微生物を見つけ、その特質を保ったままサプリメントに加工する術を見つけた。それを、兄に気付かれることなく世界に広めたのだからな! ワタシ以上に画期的な案を出せる者はいないだろう! ワタシは、人を救うにはこれが一番だと考えたのだ!」
「皆で考えれば、貴方が納得出来る他の方法も見つけられると思います」
『魔王』が、何故生まれなければ死にもしない――人類が滅びることが幸福だと考えるようになったのか、その理由は分からない。思いつきだったのかもしれないし、そうではないのかもしれない。どちらにしろ、『方法』はひとつではない。
「いくら貴方でも、微生物自体を作ることは出来ない……人を蝕む微生物を貴方が見つけたのは、きっと運命だったんだと思います。でも、薬の製造法が判ったのも運命です。皆で未来を変えようと頑張った結果、掴めそうな運命。……貴方がそれを阻むなら、私達は全力で抗います」
「勝手にするがいい。ワタシの邪魔をした事を後悔させてやろう!」
口を開けて笑い、不遜な態度を崩さない『魔王』にレンは言う。
「『魔王』――いや、ムッチー、もうお前の望みは叶わない。お前の一度見た未来は、幻となるんだ」
「いいや、ワタシは、兄達を消すまでこの時代に留まり続ける。ワタシが負ける事はありえない!」
「……宇宙意思の反作用、時空の復元力について知ってるか? 少しSF的な話になるが、過去にタイムトラベルをして歴史を大きく変えようとしても、思わぬところで別の事件が起きて元とよく似た流れになることがあるという」
「何を言うかと思えば……そんな事は知っている」
『魔王』は鼻で笑った。朗々とした声が周囲に響く。
「だからこそ、お前達の計画は失敗するのだ! ワタシが微生物を見つけ、人々に広めたのが正史であり、過去の存在であるお前達が薬を未来に持ち込んだのが『時空への干渉』だ。ならば、『薬』など無いのが正しいのだ。修正されるのは、お前達だ!」
「……それは、違う」
「何だと?」
「時の流れは、一つの線だ。お前は、『薬』が出来てイディア達がそれを広めたからこそ今ここにいる。『薬』の完成はお前にとっての正史であり、それを変えることは出来ない」
『魔王』の顔から無駄な自信が消えた。真顔になった彼は、反論しようとはしなかった。
「ブリュケとイディアが時を渡ったのは、こうして妨害してくるお前を止める為に必要な事だった。ブリュケが『つま先』を盗み、俺とメティスがこの事件に関わったのも、俺のパートナーにリィナが居た事も偶然ではない。俺達だけではなく、ここにいる他の者にもきっと似たような事があっただろう」
「…………」
「歴史は元に戻ろうとしている。お前が歪めた時空が本来あるべき姿に戻ろうとしているんだ。この流れは止められない。俺達もまた歴史の一部……もうこれ以上、お前の好きにさせるつもりはない」
レンの言葉が終わると共に、メティスも両手槌を構えて前へ出た。羽純も、槍を手に『魔王』に言う。
「俺も、未来の情勢をこのままにはしておけない。歌菜と生きる未来の為……俺個人の都合だが、絶対に譲れない。……歌菜を、愛しているから」
「この薬作りにはな、プロジェクトXを超える絶望……じゃなくて感動が詰まっているんだぜ。こいつは未来を救う絶望……じゃなくて希望なんだ。お前ごときに踏みにじらせるわけにはいかないぜ」
そう言った隼人は、治療薬を作る為に薬を飲んだ優斗の様子を思い出していた。臨戦態勢に入る彼等を前に、『魔王』もいつまでも鎖に捕らわれてはいなかった。「むうううううううううん!!」と全身に力を込めて魔王らしく戒めを解く。
「……あっ」
「そんな事は知らん! ただ一つ確実なのは、強い者……つまり、ワタシが勝つという事だ!」
ハツネが小さく声を上げる前で、『魔王』は言い切った。譲る気も撤退する気も、勿論反省する気も彼には無いようだ。
「冗談はその格好だけで十分なんですが、冗談じゃないみたいですね」
美咲は、表情を引き締めて彼と相対する。何度見ても、ビキニパンツ一丁の格好は受け付けない。だが、それが瑣末な事に感じる程に彼女は怒りを感じていた。
「人の趣味嗜好について口を挟むつもりはないですけど、大勢の命を奪う結果に繋がるあなたの考えは認められません。この場でブチ壊します。他の時間軸で同じことをしているなら、そこまであなたと戦いに行きます。何度でも、その馬鹿な考えを否定してコテンパンにのしてやります。絶対です」
「やれるものならやってみろ!」
「やります。私達が相手をします!」
そうして美咲は、ダンシングエッジを身構えた。
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