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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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 第5章

 時は少し遡り、リョーコと風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)と蒼空学園に向かう中、テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)はこんな事を考えていた。
 未来を救う為に、皆でむきプリ君の作った薬を飲もうという話になったわけだが。
(でも、どの薬を……)
 3種類ある内のどれを飲むか。そこまではまだ決めていない。隣を歩く優斗に目を遣りつつ、考える。そして「!!」と閃いた。
(優斗さんが『愛する者に支配される薬』を飲んで、ミアちゃんが『愛する者を嫌いになる薬』を飲めば、優斗さんは確実に私のモノになるのでは……)
 といっても、2人がそう都合良くその薬を選ぶとは限らない。どうしようかと考え、テレサは一番後ろを歩いているリョーコに話しかけた。ミアが優斗と会話に花を咲かせる間に。そっと、小声で。
「リョーコさん、私……」
 2人に飲ませたい薬の名前を告げてから、続ける。
「だから、優斗さんとミア。ちゃんが違う薬を選んだらその薬にすり替えて持ってきてください。あと、私の分は栄養剤でお願いします」
「分かったわテレサちゃん、私に任せておいて」
 全ての意味を心得たとばかりに、リョーコは笑った。

 テレサがリョーコの所へ行き、優斗と2人並び歩きながらミアは思う。
 未来を救う為に、皆でむきプリ君の作った薬を飲もうという話になったわけだが。
(でも、どの薬を……)
 3種類ある内のどれを飲むか。そこまではまだ決めていない。ファーシーから伝え聞いた薬の効果を思い出しつつ、考える。そして。
(あっ!)
 と閃いた。
(お兄ちゃんが『愛する者に支配される薬』を飲んで、お姉ちゃんが『愛する者を嫌いになる薬』を飲めば、お兄ちゃんは確実に僕のモノになるよ……)
 といっても、2人がそう都合良くその薬を選ぶとは限らない。どうしようかと考えていると、テレサが優斗の横に戻ってきた。1人になったリョーコは、3人の後ろを歩いている。そこで、ミアは彼女に話しかけた。テレサが優斗と会話に花を咲かせる間に。そっと、小声で。
「リョーコお姉ちゃん、僕……」
 2人に飲ませたい薬の名前を告げてから、続ける。
「だから、お兄ちゃんとお姉ちゃんが違う薬を選んだらその薬にすり替えて持ってきてほしいんだ。僕の分には栄養剤を入れてね」
「分かったわミアちゃん、私に任せておいて」
 全ての意味を心得たとばかりに、リョーコは笑った。

 テレサとミアの提案で、コンビニに寄ってから蒼空学園を訪れる。校庭には、今回の件の簡単な概要と薬の種類が書かれた掲示板が置かれていた。その前で優斗はどの薬を飲もうかと考え、はっと思いついた。
(『記憶の一部が消える薬』なら、上手くいけば僕がテレサやミアに告白した記憶が消えてくれるかもしれない……そうすれば、以前のように兄妹としてやり直す事も……これはチャンスかもしれない!)
 テレサとミアに告白したのは蒼空学園で人格入れ替わり事件が起きていた時で、身体は優斗だったが中身はリョーコだった。だが、テレサ達は優斗本人から告白されたと思っている。
「テレサ、ミア、皆を救う為です。この『記憶の一部が消える薬』を飲みましょう!」
 皆、と言う時に「+僕」と内心で付け加えながら提案する。すると、2人はそう迷う素振りも見せずに笑みを作った。
「分かりました。それでいいですよ」
「そうだね、それでいいよ!」
「決まりですね! では……」
 優斗は安心して、早速薬を貰いに行こうと言いかける。だが、リョーコが口を開く方が早かった。
「優ちゃん達はここで待ってて。私が貰ってくるわ」
「そうですか。よろしくお願いします、リョーコさん」
 何の疑いも無く、それなら、と優斗は待つことにした。リョーコはピノのところに薬を貰いに行き、その結果――

「テレサ、ミア! 僕を支配してください!」
「嫌です、優斗さんの望みなんて叶えたくありません!」
「嫌だよ、優斗お兄ちゃんの望みなんて叶えたくないよ!」
 優斗は記憶を失わず、栄養剤を飲む予定だったテレサとミアは懇願する彼を全力で拒絶していた。最早そこからは好意の欠片も感じられない。
 ――『ピノちゃん、愛する者を嫌いになる薬を2本と、愛する者を支配される薬を1本頂戴。3本とも同じ瓶にしたいんだけど、出来る?』
 ――『うん、出来るよ。でも、間違えないように気をつけてね!』
 という会話の末に、リョーコは薬を持ってきた。勿論、間違えないように気をつけて、優斗に支配される薬を、テレサ達に嫌いになる薬を手渡した。彼女は3人の希望を総合して(?)渡す薬を決めたようだ。
 何にしろ。
「僕は、愛する家族に支配されたいんだ!」
「浮気する人には近付かれたくありません!」
「浮気する人には近付かれたくないよ!」
 今、優斗はテレサ達に嫌われて――というか爆発しそうな程の支配されたい欲求が満たされずに悲しみに暮れている。彼は遂には、隼人・レバレッジ(はやと・ればれっじ)にまで突撃した。ルミーナと一緒に『魔王』に警戒していた隼人がぎょっとするのにも関わらず、彼は叫ぶ。
「隼人! 僕を支配してください!!」
「!? キモいわ!」
 反射的に、隼人は優斗を殴り飛ばした。あまりのキモさに一切の手加減が出来ず、優斗は「ぶべらっ!」と飛んでいった。
「は、隼人さん……」
「み、見なかったことにしようぜ」
 小さくなっていく優斗をまあ、と見送るルミーナの腕を取り、隼人は今の記憶を必死に消去しながら警戒を再開した。うきうきとした調子でリョーコが兄を追い掛けていたが、それも見ないふりをする。優斗に追いついたリョーコは、しゃがみこみ――
「未来を救うためとはいえ、優ちゃん、嫌われて可哀想……」
「……誰も、僕を愛し支配してくれないんです……どうすれば……。支配してくれるなら、僕はなんでもやるのに……」
 ぷっくりと頬を腫らしてがっくりとうなだれる優斗をしばし見つめてから、おもむろに婚姻届(未記入)を取り出して彼に見せた。
「これは……」
「支配される事を望むなら、これにサインをすればいいのよ。テレサちゃんやミアちゃんにもサインしてもらえれば、優ちゃんは一生支配してもらえる事になるわよ?」
「えっ!?」
 顔を上げた優斗は、婚姻届を勢いよく彼女から取って一も二もなく言葉を続けた。
「これにサインをすれば僕は支配してもらえるんですか……はい、サインします!」
 何の書類かを認識しているのかが若干怪しい感じではあるが、希望を目に宿した優斗は即名前を書いて、婚姻届を返した。その彼に、リョーコは録音機器のスイッチを入れながら訊ねかける。
「後はテレサちゃん達だけど、2人共、優ちゃんの事を嫌っちゃってるから説得は一筋縄ではいかないわ……優ちゃんに覚悟はある?」
「はい! テレサとミアが結婚して支配してくれるなら、僕はどんなことでもします!」
 婚姻届だということは理解していたらしい。
「そう。じゃあ行きましょうか」
 にっこり笑ったリョーコは、優斗を伴って歩き出した。3人が飲んだ薬の効果が切れたのは、彼女がテレサ達に届を見せる横で優斗が平身低頭頼み込んでいた時だった。

「りょ、リョーコさん!」
 薬が切れた直後は、3人共何がどうなっているのかとぽかんとしていた。初めに我に返った優斗が、何てことをさせるんだと第一声を発する。その途端、リョーコは彼から逃げ出した。慌てて、優雅に逃げていく彼女を追いかける。その頃になってテレサとミアの思考も追いついた。
「! ……ミアちゃん!」
「! ……お姉ちゃん!」
 それだけで意思疎通を済ませた2人は、鬼気迫る形相で「あなたー!」「あなた、待ってー!」と言いながら全力で追いかけ始めた。既に、妻になったつもりでいる。
「……!!!」
 ぎょっとして必死に逃げるも捕捉され、優斗はそのまま拘束される。
「ちょっ! テレサ、ミア、これほどいて……」
「さあミアちゃん、リョーコさんの所へ行きましょう!」
「うん、婚姻届にサインするよ!」
 だが、拘束が解かれることはなかった。リョーコの元へ行く彼女達を目で追いながら、優斗は焦る。サインされてしまうまで、1分の猶予も無いだろう。
(で、でも……何としても僕はあの書類を取り戻して破棄しなければならない! ……そうだ!)
 テレサ達の数十メートル背後に立つフィアレフトに目をつける。彼は、今にも渡されそうになっている婚姻届に向けて風術を使った。自然な風に見せかけたそれは、リョーコが摘んでいた届をひゅうっ、と飛ばす。風に舞ってどこまでも飛んでいきそうだった届は、テレサ達が振り向く前にサイコキネシスによって角度を変えた後にフィアレフトの手元に収まった。「?」という顔をする少女に、優斗はテレパシーを飛ばす。
(フィアレフトさん、その紙を隠してください! 早く!)
(!? な、何ですか?)
 反射的にショルダーバッグに届を入れてきょろきょろとする彼女に、彼は続ける。
(今の婚姻届を、未来まで持って行って未来の僕に渡してほしいんです)
(未来の優斗さんにですか? よ、よく分かりませんけど……)
 テレサとミアは、校庭中を走り回って飛んだ婚姻届を探している。ハテナを連発するフィアレフトに、優斗は伝える。
(もしテレサ達に拾われたら僕は終わりです! お願いします!)
(? わ、分かりました……)
 承諾はしてくれたが、フィアレフトはまだ疑問を残しているようだった。そんな彼女に、ファーシーが話しかける。
「どうしたの? イディア」
「あ、ママ……」
 そこで、「おうファーシー。元気そうだな」という声がした。親子が振り向くと、大きな荷物を持った弁天屋 菊(べんてんや・きく)が立っていた。

              ⇔

「わりいな、どうしてもヒラニプラには足を運びにくくて不義理をしてしまった。申し訳ない」
 菊は、2020年――ファーシーが銅板だった頃に彼女の結婚式で手料理を出した。それ以来、会う機会も無く久しぶりの再会だった。新しい機体を得にヒラニプラへ行くのを見送ったのが最後ということもあり、菊はファーシーが蒼空学園に入った事を知らないまま過ごしていた。2018年、性暴力に及んだ上官を半殺しにして教導団を脱走した菊は、モーナの工房へも立ち寄れなかったのだ。今日はツァンダで人集めをしていると噂で聞いて訪れたが、彼女がどこに定住しているかまでは変わらず知らないままだった。
 一目でファーシーの姿を認めたのは、結婚式で銅板から現れた彼女を見ていたからだ。
「ううん、久しぶりに会えて嬉しいわ。あんまり変わってないわねー」
「で、何を困ってるんだ?」
 校庭の様子を見回しながら聞く菊に、ファーシーはフィアレフトと一緒に未来で広がっている病気の事、その治療に必要な新薬を作る為に、多くの人による薬の摂取と体液採取が必要な事を説明した。
「……ってことなの」
「なんです」
「そっか……、わかった。手伝ってやるから1本よこしな」
「……いいの?」
「義を見てせざるは勇無きなり、じゃねーけど、知り合いが困ってるなら助けるのは当然だろ」
 ファーシーは、何となく申し訳なさそうに確認してきた。それにきっぱりと即答し、菊は並んでいる小瓶にざっと目を走らせる。
「といっても、恋愛はいまだにからっきしだからなぁ……」
 これ以外は効かないだろう、と考えて「記憶を消すやつをくれ」と言う。効き目にランダム性のある薬だが、選択肢が他に無い以上、迷いは無かった。
「うん、記憶ね。……何だかごめんね」
「何を失うのか判らないが、忘れたモノがあるって事だけは教えてくれよ」
 受け取った小瓶の蓋を開けて一気に飲む。果たして忘れた物事とは――

「……どう?」
「……とりあえず、ファーシーの事は覚えてるよな。薬を飲んだ事も」
 採血を終えて戻ると、本人よりドキドキしているらしいファーシーにそう答える。初めて契約をした時の事も、兄や家族の事も、教導団を脱走した時の事も覚えていた。人生の岐路となった出来事について穴は無いようだが、忘れてしまった以上、考えても思い出せないのは分かっている。『何を忘れたか』もまあそのうち判るだろう、と、菊は深くは悩まなかった。『教えてくれ』と言われたからか、ファーシーはその手掛かりを探すように菊を殊更にじっと見つめている。
「そう……ところで、その大きな荷物は何?」
「ああ、これか? この中には料理の材料が入ってんだ。ファーシー達に振舞おうと思ってな」
 作り置きの効く料理は完成したもの、下拵えが必要なものはそれを済ませた上で持ってきている。中には、5000年前の料理レシピに基づいて用意されたものもあった。
「結婚式ん時は食べられなかったけど、今なら食べられるんだよな。あたしの腕もあれから上がってるから、前よりできばえの良い料理を振舞えると思うよ。ま、これから作るから落ち着いた時にでも食ってくれ」
 人集めをしていると聞いていた事もあり、少人数用にも宴会料理用にもなるように準備をしてきている。見たところ人数も多そうだし、後者用の料理を作った方が良いだろう。
「ありがとう! ……そうねー、あの時は、見てるだけだったものね」
「……まま」
 苦笑しつつ言うファーシーの所に、初めて見る青年――ブリュケにやけに懐いていた小さな子供がとてとてと歩いてくる。
「ママ?」
「うん、そう。わたしの子供で、イディアっていうの。1歳半を少し過ぎたくらいかな」
 驚く菊に、ファーシーは子供を紹介した。皆のおかげで、ルヴィとの子供が出来たの、と嬉しそうに言う。彼女に促されたイディアはたどたどしいながら「こんにちは」と挨拶してきた。「ああ、こんにちは」と答えてから、それなら、と菊は思った。
「子供が出来たなら料理もするよな。どうだ? 今日覚えていかないか……あれ?」
「りょ、料理ですか!? それなら、私も覚えます!」
 それを聞いて、フィアレフトが慌てて言う。だが、菊は料理のレシピが思い出せなくて記憶を探っていた。どんな意図で材料を用意したのかは覚えていたが、レシピを完全に忘れている。
(もしかして、薬の効果か?)
 だが、今日はアレンジを加えたレシピを清書したノートを持ってきている。内容は思い出せないが、読めば多分解るだろう。
「ママが一発で作れるようになるとは思いませんから」
 そんな事を考えていたら、フィアレフトはそう言った。「ママ?」と再び驚く。
「あ、私、未来から来たイディアなんです」
「……そういう事か。じゃあ、イディアにも教えるな。その前にあたしが覚えなきゃだけど……忘れちまったから」
 菊はノートを取り出し、内容を確認してから2人にもノートを見せた。復習がてら口でも説明しながら、彼女は親子にレシピを伝えていった。