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リアクション
第3章
――やがて、募った有志にむきプリ君の薬を飲んでもらう日が訪れた。
「世界を救う薬を作る……研究者冥利に尽きるな」
シャンバラ教導団の一室にある『安心薬』の研究・製造室を出る間際、ダリルはそう言って微かに笑みを浮かべた。今回の件は、教導団の頭脳と自負する力の発揮のしどころである。静かに志気を上げる彼と一緒に3種類の薬を持って行くのは、むきプリ君とプリム、リィナ、エリザベートとカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だ。ルカルカと夏侯 淵(かこう・えん)は、既に配布場所であるツァンダに向かっている。今は、エリザベート達が製造室の責任者に出掛ける前の挨拶をしているところだった。
「じゃあ行ってきますねぇ。成分が集まったらまた戻ってきますよぉ〜」
「はい……。『特効薬』を作る準備をして……待っていますね」
3種類の薬を増産し、また『特効薬』を作る為の場所として、彼女達はこの部屋を借りていた。提案者はカルキノスで、ここには専用施設と、教導団の組織力があるからという事だった。彼は、一旦許可が取れれば教導団ほど頼りになる組織はないと言っていた。
ちなみに、『安心薬』とはホレグスリを加工して作られる薬であり、この製造室はむきプリ君が取引先として日頃から遣り取りしている場所でもある。
「ここ貸してくれてありがとな。助かったぜ」
「未来で起きたという『異常』に関する事件の調査は教導団でも継続して行ってきました。原因が判明し、薬を作ることで解決するというなら設備を貸すのも任務の一環ですよ」
補佐として働く青年が微笑み、リィナも彼に礼を言った。
「では、もう少しの間よろしく頼む。今日明日には、作業も全て終わるだろう」
室内では何人ものスタッフが立ち働いている。協力してくれている彼等にも「行ってくる」と言い、彼女達は薬を携えてツァンダに向かった。
⇔
その少し後、情報科の一室では、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が上司からの電話を受けていた。『未来を救う為、ムッキー・プリンプトの開発した薬を飲むように』という気が進まない事この上ない用件に不景気極まりない顔をしている。教導団が積極的に協力している案件ということもあり、上司も今は無駄に事情に詳しくなっている。
彼女は、教導団大尉としてマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と共にこの未来に関する事件の調査活動を行ってきた。何だかんだで1日も休みがなく、疲労は溜まる一方だ。このままでは過労死するか、その前に人使いの荒い上官をぶん殴ってやろうか、などとロクでもない妄想が脳裏を過ぎるいよいよテンパリ過ぎている昨今、その妄想相手からの電話に「お前が行け」とは勿論言わずに礼を失しないよう口を開く。
「あの、申し訳ありませんが……」
『既にそちらに人を向かわせている。彼と一緒にツァンダまで行くように』
「…………」
冗談じゃない、と思ったが、やはりこちらに選択肢は無かったらしい。一方的に電話は切れ、受話器を置いた直後に部屋に人が入ってくる。
「マリー」
「……うん」
ゆかりはうんざりしながら、マリエッタと一緒に重い腰を上げた。
⇔
「来るとしたら、今日しかないわね……」
その頃、リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)はネーベルグランツに乗ってフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)と一緒に空の見回りを行っていた。
『フリューネ……もうちょっと付き合ってくれない?』
未来での調査から戻ってきた2月のあの日、リネンはフリューネにこう相談した。
『ちょっと気になることがあって……私たち、けっこう気軽に未来まで行ってきたわけよね。それってつまり、未来からも……』
『そうね、未来からも過去に来れるということ。この件に随分影響を及ぼしているらしい魔王、という存在とか、気になるわよね』
フリューネも、過去側が対策を見つけたとして、それを講じて解決、とスムーズに行くとは考えていないようだった。この『現象』の裏に誰かの思惑があるのなら、その誰かは自分達の動きを黙って見てはいないだろう。
『見回り……付き合ってくれる?』
『ええ、もちろんよ』
――そうして2人は、2月からずっと魔王、もしくは未来からの妨害者を意識した見回りを続けていた。これまでは異常が無かったが、今日は未来の現象の原因であった微生物を殺す為の薬を作る日――この日を狙って、その何者かが現れる可能性は高い。
「油断しないで見回りを続けましょう」
エネフに乗ったフリューネは、会場である蒼空学園の方へと向かっていく。リネンもまた、それに続いた。
◇◇◇◇◇◇
「……さて、サプリメントを分析した結果ですが……」
薬の配布場所として選んだのは、蒼空学園の校庭だった。適度に広く、人を集められ、尚且つトラブルがあっても対処できると判断したからだ。ルークはそこでレン達と、教導団から護衛任務を受けて来たジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)とフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)に未来で買ったサプリメントの正体について説明していた。ジェイコブ達も、パークスでこれまでの事件の概要は把握している。
「例の微生物が混入されていました。乾燥状態では動きませんが、水に溶かすと活動を開始するタイプの微生物です。予言ペンギンの予言と資料から『魔王』の正体がムッチー・プリンプト氏である事はほぼ間違いありません。ムッチー氏はこのサプリメントを製造していた会社に所属している。それを考えると、『病気』は彼に因って――人為的に広められたものだと結論付けるのが妥当でしょう」
「それで、その『魔王』……ムッチーが今日、妨害工作に乗り出そうとしてくるというのか?」
仕事の内容を確認する為にも、ジェイコブが念を押す。ルークは頷き、話を続けた。
「俺達はこれから協力者の皆さんから『成分』を抽出し、病気の特効薬を作ります。薬は、勿論未来に持って行くわけですが……病気に罹患した人々が治癒し始めたと知れば、そして薬が“どこ”で作られたのかを知れば、こちらの動きを邪魔しようと彼が過去……つまりこの時代に来て攻撃してくるということは十分に考えられます。警戒は、決して怠らないでください」
「……わかりましたわ。薬の効果が出ている協力者の方々が迎撃するのは難しいですものね」
フィリシアが言い、納得したジェイコブと彼女は早速周辺の警備を始めた。レンとメティスは、ブリュケとフィアレフトと視線を見交わす。
「『魔王』が全てを……」
ブリュケは、以前にピノに抱いていた怒りと憎しみを『魔王』に抱いているようだった。『魔王』が誰の兄弟だとか、容姿がどうとか、そんな事は怒りの軽減には繋がらない。厳しい表情で黙り込む彼を、フィアレフトは不安な気持ちで見詰めていた。ピノを殺そうとしたように、ムッチーが現れたらブリュケは彼を殺そうとするかもしれない。だが、やはり――幼馴染に殺人は犯してほしくはない。
「……イディアちゃん」
その彼女を、メティスは優しく抱きしめた。紫陽花色の髪をそっと撫でる。盗まれた「つま先」の調査をしていてゆっくり話をすることが出来ていなかったが、ファーシー同様、メティスもフィアレフトの幸せを願っていた。
「メティスさん……」
「私がお腹を痛めた子じゃないけれど、あなたは私にとって間違いなく娘なんですよ。だから……必ず、あなたが泣くような未来は止めてみせます」
「…………」
瞬きせずその言葉を聴いていたフィアレフトは、少しの間の後、メティスの胸に額を当てた。
「……ありがとうございます……」
「リィナ先生、拙者も参加するでござるよ!」
そこで、日下部 出雲(くさかべ・いずも)の明るい声が聞こえた。出雲は、教導団から到着したリィナ達が持ってきた薬と、ファーシー達が用意してきたお菓子や缶ジュースを見て目を輝かせた。献血をするとお菓子が貰えたり終了後にお土産が貰えたりするが、今回は何が貰えるのかと出雲はわくわくしていたのだ。
「そうか。薬は3種類あるが、どれがいい?」
「この『人の記憶の一部を消す薬』にするでござるよ!」
「記憶……じゃあこれね」
「あと、これも。出雲さん、協力してくれてありがとう!」
ルカルカが薬の小瓶を渡し、ファーシーがお菓子と缶ジュースをセットで渡す。
「こちらこそでござるよ!」
出雲は上機嫌でそれを受け取り、近場に座るとお土産を平らげてから薬を飲む。薬の影響か、嬉しそうにしていたのがぽかんとした表情に変わる。
「リィナさん、今のうちに採血をしてしまいましょう」
「……ああ、そうだな」
ルークに言われ、リィナは出雲に近付き採血をした。ぽかんとしたまま、出雲は彼女の指示に従い採血は終わる。それから少し、はっとしてきょろきょろした出雲は一度首を傾げ、ぽん、と手を打ってからこちらへ来た。明るい表情で、何かわくわくしているように見える。
「リィナ先生、拙者も薬を飲んでお菓子を貰うでござるよ!」
『…………。……え?』
出雲は、自分が薬を飲んだ記憶をすっかりと忘れていたのだ。
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