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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

リアクション

 
「……これで、サトリさんが元に戻るな」
 解毒薬は、薄灰色の濁った液体だった。小瓶に入ったそれを見て考えながら、ザミエルは言う。
「愛していないと効果が無いのか。飲ませ方は普通でいいのかな。愛する人からしか効果が無いなら、リンさんに口移しとかでお願いするしかないが。あ、ラスが口移ししても構わないぞ」
「! またいきなり何を……何でそうなるんだ」
「家族なんだし恥ずかしがらなくても良いし、『愛する人』には変わりないだろう。何なら私は横を向いているからその隙にぶちゅーと行ってこい」
 心底嫌そう、というか気色悪そうな顔をするラスに、ザミエルは茶目っ気を含めた笑みを浮かべる。
「ぶちゅーって……」
「まぁ、冗談はここまでとして……」
 ますます嫌そうな顔を前にして、ザミエルはあっさりとリンに解毒薬を渡した。
「リンさん、よろしくお願いします」
「分かったわ。でも、口移しって……私がサトリを嫌いにならないかしら」
「飲ませた後にこれを飲んでおけば問題無いと思うぞ! 多少支配されるかもしれないがな!」
「……そう? でもまあ、サトリに支配されるなら……」
 むきプリ君から増産した『支配される薬』も受け取って覚の猿轡を外すと、リンは解毒薬を口に含んだ。彼女が夫にぶちゅーっとしている間に、ザミエルは何か納得いってなさそうな顔のラス、そしてLINに向けて言った。
「個人的には、リィナの提案は良いと思う。ナラカに行く為の手段もないわけじゃない。行こうと思えば行く事は出来る」
「ピノに会いに行く……って事か? ナラカまで?」
「聞く必要なんかないわ。ピノの気持ちなら知ってるもの」
 余程自信があるのか思い込んでいるのか、LINはそこを譲る気はないらしい。ラスが当惑気味な表情になる中、今度は朔が、未だに激しい感情を燃やす彼女に静かな声で諭しかけた。
「自分の幸せの為に暴挙に出る……許されないことだ。だが今、生死の狭間を彷徨った貴女なら理解できたんじゃないか、『死』という事が。そして、それを家族に強いろうとした自身の愚かさに」
 LINは黙ってきつい目を向けてきていたが、言葉は届いていると信じて朔は続ける。
「貴女の気持ちもわからないではない……昔の私も過去ばかり見てたからな。だけど、今の大切な人を……ないがしろにしてはいけないよ」
「…………」
「……ん……俺は……リン?」
 LINが唇を噛み締める。その時、覚が正気を取り戻して眼前に在る妻の名を呼んだ。むきプリ君の解毒薬はどうやら効果があったようだ。口から薬を零しながら瞬きを繰り返す覚に、『支配される薬』を一気飲みしたリンは「良かった……!」と言った途端に嬉しそうに口付けをした。口に含んだ薬によって彼を嫌いになることも無かったらしい。
「大丈夫なのよね、サトリ。ラスを刺そうとしたりピノを殺そうとしたり自殺しようとかもう思わないわよね!」
「? 刺す? 自殺……? ……あ」
 覚は自分の右手に視線を落とす。それから息子の胸元を見て顔を青くして狼狽した。
「ら……ラス! 大丈夫なのか!? お、おれ……俺は……何で……」
「ピノが治療してくれたし、死ぬ程じゃない。気にするなとは言えないけど、不可抗力だし、まあ気にするなよ。怒るんなら薬を開発したむきプリに怒るから」
「薬……? そうか、あれは……」
 明らかに気にし続けている覚の後ろで、むきプリ君が「俺が開発したのではないぞ! 未来の俺だ!」と訂正を入れる。その中で、リンはほっとした顔で夫の拘束を解いていた。その様子を見て、ザミエルもひとまず安心して改めてLINに向き直る。
「肝心なのは、向き合う覚悟だ」
「…………」
「あなたなら、現世に娘さんの魂を呼び出すことも出来るだろう?」
「! ピノに会えるの!?」
 それを聞いて、まだロープを外していたリンは勢いよく振り向いた。覚も、夢を前にしたかのような呆然とした顔を向けてくる。2人に――特にリンに娘を引き合わせるのは癪だという思いを持ちながら、LINはザミエルとリィナ、朔を順に見た。
 拒みきれないと判断し、彼女は言う。
「……いいわ。そんなに言うなら……あなた達が望むような答えが聞けない事は分かってるもの。その耳で、直に確認するといいわ」
 そうして、LINは虚無霊を呼び出すのと似て異なる方法でナラカからピノ――ピノを呼び出す作業を始める。
「心配するな……どんな答えが出てきても私はお前の味方で居てやるよ」
「あ、ああ……」
 皆がそれを見守る中で、ザミエルはラスにそっと笑う。彼等の――LINの前の空間がゆらりと揺らぐ。その不定形さに縁取りを加えたところを想像すると、それは子供の――少女の輪郭を持っているようだった。背景が透けて見えて、目を凝らさないと認識出来ない存在。どこまでもどこまでも、幽かな存在。
「ピノ……?」
「ピノ……ピノなのね!? ピノ、分かる? ママよ!!」
 目を見開く覚の隣で、たまらずにリンが叫ぶ。少女の口の辺りが、僅かに動いた。何を言ったのかは不明だったが、LINは通訳することなく少女に言う。
「ねえピノ、聞きたい事があるの。ピノは、今の2人だけの生活で寂しくない?」
 一瞬、彼女はリンに自慢気な目を送った。本物の娘と暮らしているというのだという気持ちが出たのだろう。
「ママは寂しいわ。昔みたいに、家族4人で暮らせたらと思ってる。それで、お兄ちゃんとパパにもナラカに来てもらおうと思うんだけど……どう思う?」
 少女の輪郭がゆらゆら揺れる。困っているような、何かを探しているような。そろそろと動き出した少女は、間隔を開けてピノの前に立った。ぱくぱくと何かを言っているが、やはり分からない。今度は、LINも通訳した。
「挨拶して……身体を貸してほしいって言ってるわ」
「身体? ああ……憑依ってことかな。…………。いいよ、貸してあげる」
 ピノが言うと、少女は小さくお辞儀をした……ように見えた。次に、ピノに近付く。2人が重なり、数秒後、髪を黒く変化させたピノはまず「パパ……!」と覚に抱き付いた。
「ピノ……」
 信じられない思いで彼がその頭にそっと触れると、目に涙を滲ませたピノは周囲を見回した。
「なんで……なんでママが2人いるの? なんで1人は捕まって、怪我してるの? どうなってるの?」
「ピノ、それはね……」
 リンが彼女に近付き、我慢しきれないというように抱き締める。拘束中のLINが悔しそうにする中、リンは泣きながら全ての事情を説明した。自分とLINの違いについて、LINが何故拘束されているのか。行動を起こしたLINの望みを。
「ママが、パパを……お兄ちゃんにそんな事を……」
「ピノ、聞かせて欲しいの。ピノは、やっぱり家族4人で……いいえ、5人で暮らしたい? ピノが望むなら、私は死んでナラカに行ってもいいわ。ピノがしてほしいようにする」
「死んで……?」
 抱き付かれたまま、ピノの目が小さく見開いた。リンがそっと体を離しても、俯いたまま何も言わない。今、聞いた事の意味を考えているのだろう。
 やがて、少女はLINに向けて口を開いた。
「……ママ、ごめんなさい……」
「え?」
「あたしがもっと丈夫だったら、死ななかったら、ママが家族を殺そうなんて思う事もなかったんだよね……。あたしのせいで、みんなに辛い思いをさせちゃったんだよね」
「! 違う……ピノ、そんな風に思わないで。ピノは何も悪くないのよ!」
「そうだぞ、ピノ。ピノが謝ることはないんだ」
 LINは狼狽し、驚いた覚も、気にする必要は無いのだと言い聞かせる。「ピノ……」と、リンは彼女の発言に衝撃を受けていた。
「親父の言う通りだピノ、悪いのはこの未来から来た母さんなんだ」
「ダメだよお兄ちゃん、そんなこと言ったら」
「え……だ、ダメ……?」
「ママはきっと……ずっと寂しかったんだよ。あたしもナラカに来てから……ずっと寂しかったの。知らない場所で、知らない人達に囲まれて……ママ達に、すごく会いたかった。一緒に暮らしたかったよ。でも……」
 友達が出来たから、と、ピノは言った。
「今は、寂しくないよ。今すぐにみんな集まらなくても大丈夫。自然にこっちに来るまで、あたし、ずっと待ってるから……」
「……自然にって、だけど、あなたは転生して……」
 LINが年老いる前に、ピノは転生してナラカから姿を消している。だからこそ、LINは孤独に苛まれたのだ。だが――
「行かないよ」
 と、ピノは言った。
「転生出来るようになっても、あたしはナラカにずっと居るよ。……未来の、ママと一緒に待ってるよ」
「私と、一緒に……。2人、で……?」
「それでママが寂しいなら、あたしが傍にいてあげる。ママが笑えるように近くにいるよ。だからママ、パパとお兄ちゃんの命を狙わないで。……もちろん、ピノちゃんの命も」
「ピノ……」
「優しい子だな、ピノは……なんにも変わってなくて、父さんは嬉しいよ」
 ピノはラスと覚に恥ずかしそうな笑顔を向ける、LINは、ピノが自分に賛同してくれると信じて疑っていなかった。思いがけない娘の言葉に、何も考えられなくなる。
ピノ……ピノ、本当にそれで良いの? 我慢してない?」
 思わず娘の両肩を掴む。ピノは、静かに首を振った。
「もう、分かっただろう? この子が何を願っているのか……」
 LINの後ろから、朔がそっと声を掛ける。
「貴女にこの子を想う気持ちがあるなら……過去の事は諦めてこの子と第二の人生を歩むべきだ……それが貴女の幸せでもある」
「……この子と、2人で……」
 LINは、ぺたりとその場に座り込んだ。ずるりと、両肩を掴んでいた手が地に落ちる。彼女からは、もう攻撃的な空気は感じなかった。