空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション

「ロノウェ様……今日はもう、これまでにしますか?」
 じっと窓辺でたたずむロノウェの翳った表情に何事かを感じて、翔は提案した。
 しかしロノウェは首を振る。
「会うわ。次の人間たちを呼んで」
「…………」
 翔は少し考え込むそぶりを見せた。
「なに?」
「――いえ。分かりました。お呼びします」
 次に彼女の前に現れたのは、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)ルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)ソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)の4人だった。
 夜魅と手をつないで入ってきたコトノハに、おや? となる。
「こんにちは、ロノウェさん。今日は私――」
「ヨミは?」
 コトノハの言葉をふさいで夜魅が問いを発した。
「夜魅……」
「ヨミは? あたし、ヨミに会いに来たんだもん!」
 ぷく、と片ほおを膨らませてロノウェを見る。どうやら夜魅の中のロノウェの印象は、ヨミを不当に叱りつけてチョコ厳禁の罰を与えた人、らしい。
「禁止期間、過ぎたよね! あたし、ヨミと一緒に食べようと思って、いっぱいお菓子持ってきたの」
 これ! とばかりにふくらんだビニール袋を突き出して、ガサガサ揺らす。
「ヨミはどこ?」
「本館の2階フロアにいるはずよ」
「分かった!」
 直後、夜魅はくるっと回れ右をした。そのまま部屋を走り出て、ぱたぱた廊下を走って行く。
「まったくあの子ったら……。ごめんなさい、ロノウェさん」
 しょうがない子、そう言いたそうな口ぶりとは裏腹に、コトノハはほほ笑んでいた。
「いいえ。元気のいいお子さんね」
 これが母親というものなのだろう。心のどこかでそんなことを思いつつ、3人に着席をすすめる。
「それで、今日は何の用?」
「私、今日は提案に来たんです。ロノウェさん、一緒にアガデを復興しませんか?」
 アガデの名に、ぴく、とロノウェの組んだ指先が反応した。
「……復興?」
「そうです」コトノハは意気込み、前傾姿勢になる。「アガデの都はまだ先日の破壊から立ち直っていません。人々は焼け出されたままです。そのお手伝いに、ロノウェ軍の方も参加していただければ――」
「無駄よ」
 ロノウェは一言の下に否定した。
「なぜです!?」
「それをしたのがロノウェ軍だということを忘れたの? アガデの人々は魔族を憎み、報復としてロンウェルに侵攻して来たわ」
 先日の平野での戦い。あれはそういうことだ。だからこそロノウェも受けて立った。
「彼らは自分たちの家族を虐殺した魔族を心底憎み、うらんでいるでしょう。それは当然だと思うし、だからこそそんな地へ私の兵を派遣することはできないわ。争いが起きるのは目に見えているもの」
 コトノハは少し考え込み、おもむろに話し始めた。それは、日本とトルコの話。難破したトルコの人たちを日本人が助けてから約100年後、イラン・イラク戦争の時にトルコ人が「恩返しだ」と日本人を救ったというエルトゥールル号の逸話だった。
「私、こう思うんです。うらみは、恩に変える努力をしなければ、いつまでもそのままなんじゃないかって。アガデの人の思いはいつまで経っても……それこそ100年経っても、魔族へのうらみ、憎しみのまま、凝り固まってしまう。もうじき魔族は地上へ出てくるのに。
 それを変えるのはロノウェ軍の魔族がしなければならないこと、義務じゃないですか?」
 コトノハの鋭い指摘に、ロノウェはとっさに答えられなかった。
 先ほど彼女は台風で遭難した船の救助の話をしたが、ではその台風を起こしたのがもともとその国だったなら、どうだっただろう? 話は違うのではないかと言いたかったが、アガデの人々の魔族への憎しみの責任はロノウェ軍にあり、その気持ちを変える義務があると言われると……。
「ま、戦後処理というのは難しいものです。戦争そのものより、ずっとね」
 頭に巨石でものしかかってくるような重苦しい沈黙を破って、ソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)が発言した。
「あなたは?」
「私は――」
「申し遅れました。俺たちはこういうものです」
 それまでふわふわの背もたれに沈みこんでいたルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)が、やおらソファから身を起こし、立ち上がると、いきいきとした表情で名刺を差し出した。
「『PEACE WAKER』?」
「戦災復興支援のコミュニティです。まだできたてですが。それでぜひかわいいロノウェさんに――いたっ、いたたたっ。ちょ! ソフィアさん、それものすごく痛いんですけどッ!!」
 名刺を持つロノウェの手を両手で握り込もうとした瞬間腕を掴まれ、背中でねじり上げられた痛みにルークがもだえる。
「俺、まだ何もしてないでしょう!?」
「しようとしていたでしょう?」
 ずい、とソフィアが一歩ルークに近づき、耳が凍りつきそうなくらい冷たい言葉を発する。
 ソフィアはルークという人間を隅々まで把握しているという自負があった。その普段の行状からして、場もわきまえずいきなりロノウェを口説きだしかねない。それはもう、100%間違いなく。
「……は……ハイ……スミマセン……」
「あなたは席でおとなしくしていてください。ロノウェさんとは私が話します」
 ソフィアのひと睨みでルークはさーっと顔から血の気を失わせ、コクコクとうなずきながらおとなしく自分の席に戻った。
「それで? もういいかしら?」
 一体何があったのかサッパリだったが、2人の間で話はついたようだと見越して、ロノウェが問う。
「はい。先ほどルークが申したように、私どもは戦災復興支援をしています。それで、今度の人間と魔族の戦いが集結したあと、各地に赴き復興支援を行いたいと考え、ぜひロノウェさんにその許可をいただきに参りました」
 ロノウェは名刺でトントンと机を打った。
「『PEACE WAKER』のメンバー表、詳細な年間活動報告、行動実績等は提出できる? シャンバラ側の活動許可書は?」
「それは……まだできたてのコミュニティですから」
「それでは許可できないわ。あなた方の言っていることが真実か、判断するものがないもの。まずそれを持ってきてからね」
「戦争で傷つくのは、いつも民間人です」
 両ひざの間で軽く組んだ己の指を見つめながら、ルークがつぶやいた。
「それは、どちらの世界でも同じこと。地上を新天地と定め、気持ちを一新して移る人もいるでしょうが、ザナドゥに残る人たちにとっては、これから元の生活に戻ることも新たな戦いになるでしょう。ほんの少しでもその手助けができればいいと、俺たちは思っているんです」
 淡々と語るルークと、ロノウェは視線を合わせた。
 間延びした口調といい、先ほどの道化ぶりといい、あか抜けない、どこにでもいそうな冴えない男だった。なのにこうして視線を交えてみると、瞳の奥に強い意志の力を感じる。
 ロノウェは、手元の紙にさらさらと何かを書きつけた。
「このザナドゥは大まかに分けて5つの勢力があるわ。私が許可を出せるのはロンウェルを含む私の領地だけよ。まずは先日の戦いで荒れた平野の修復と、戦死した魔族の親類たちに対する支援をして見せて。その結果によって、ほかの魔神たちに推薦状を書くかを判断するわ」
「……人間の一般ボランティアを募ってもいいですか?」
 ロノウェから渡された直筆の許可書と軍への協力要請書を見ながら、ルークは訊いた。
「なぜ?」
「その方が相互理解が深まるから。さっきの彼女が言ったように魔族も人と同じように悩み、苦しむのだと知れば、見る目も変わる」
「……分かったわ」
「ありがとうございます」
 帽子のつばの端を指ではさみ、軽く持ち上げる動作をする。
「それで、ロノウェさん。間近で見ると、きみ本当かわいいねぇ」
「――は?」
「よかったらこのあとお茶――いたっ! それ痛いです、ソフィアさん……っ」
「それでは私たちはこれで失礼させていただきます」
 軍人らしいきれいな礼をして、ソフィアはきびきびとドアまで歩いて行った。踏まれた足を引きずるルークをどんどん前へ押しやりながら。
 後ろについて一緒に出て行こうとしたコトノハを、ロノウェが呼び止める。
「先のこと……考えておくわ」
 椅子は、窓の方を向いていた。
 ロノウェの姿は大きな背もたれで完全に隠れて、どんな表情をして言ったかまでは分からなかったが、コトノハにはその言葉だけで十分だった。
「失礼します」
 うきうきと弾む声でぺこっと頭を下げ、出ていく。
 ぱたん、とドアの閉じる音がして、大きく息をついたとき。
「英断だったね、委員長ちゃん」
 そんな言葉がすぐ近くでした。
 今この部屋にいるのは私だけじゃなかったの? ぎょっとしてあわてて椅子を回転させるロノウェ。執務机をはさんで立っていたのは、あの暁色の魔鎧をまとった――ええと、名前は何だったかしら? 覚えてないけれど、とにかく、あの失礼極まりない男だった。
「あなた……どこから!」
「え? さっきコトノハさんと入れ違いで入――って、ちょっと待った!!」
 ロノウェが壁にたてかけてあった巨大ハンマーの柄をしっかと握ったのを見て、あわててシャインヴェイダー蔵部 食人(くらべ・はみと))は手をばたばた振ってみせた。
「待った待った待った!! 俺はただ、話をしに来ただけだよ」
「――本当に?」

  嘘です。

 本当は、しっかり後ろ手に紙袋持ってます。
「と、とにかく」
 こほ、と空咳をして、シャインヴェイダーはごまかした。
「俺は、感動したんだ。委員長ちゃんが彼を認めて、自分の領地を自由に行き来できる許可書を与えたことに。本当に人間を信用しようとしてくれているんだね」
 瞬間、ロノウェの顔がボッと赤く染まった。
 顔どころか、耳の先まで赤くなっている。
(おや?)
「ば、ばかね。何言ってるのよ。私は彼を試すことにしただけ、信用なんかじゃないわ。だ、大体、何よ? あなたが真面目にそんなこと言うなんて……何かおかしな物でも、口にしたんじゃないっ?」
「んー? いや、そうじゃなくて」
 本気で感動したんだけどなぁ。ま、いーか。
「それで、何の用? 忙しいんだけど」
 と、ロノウェは動揺したままガサガサ無意味に机の上の書類を掻き回す。
「うん、分かってる。だから長居はしないよ。ただ、伝えておきたいと思ったんだ。きみが人との共存を本気で目指すのなら、俺はこれからきみの仲間としてきみを手伝いたい、って。
 さっきのきみを見て、ますますそう思った」
「あなた……」
 顔を上げたロノウェの前、シャインヴェイダーは兜を脱いだ。人間・食人としての顔を出し、兜でつぶれていた髪を掻き上げて空気でふくらませる。そうして、初めて彼女に笑顔を見せた。
「俺は蔵部 食人。あらためてよろしく、委員長ちゃん」
 まさかあの失礼な男にこんな態度で出られるとは。
 どう返すべきかとまどっているうちに、にゅっと紙袋が突き出された。
「これ、は――」
「プレゼントだ。おっと。今まで言ってたような物じゃないから、安心して」
 まさか、と訝り始めたロノウェが何を考えているかを見抜いて指を振る。
 受け取ってみると、たしかにそれは例の布製品と違って箱に入っているし、もう少し重量がありそうだった。
「こいつに言われたんだ」と、己を覆う魔鎧魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)を指す食人。「ないものをあるようにごまかすような物は駄目だと。それで気づいたんだ、ちゃんとありのままの自分でいることが大事なんだって」
 プレゼント梱包されたそれを取り出して、机の上に置く。丁寧に包装紙を開くと、中から出てきた、物、は――――……
  「ハンドマッサージの原理を利用」
  「バイブレーション機能により、乳腺・大胸筋に刺激を与え」
  「1か月でAカップからDカップへ生まれかわる」
  「99%の成功率」

 などといかにもな宣伝文句がデカデカと太文字で箱に書かれた豊乳器具だった。
「……………」
「まだこれからだもんな。人間と魔族の絆も、委員長ちゃんの胸も、一緒に育んでいけば―――はぐうっ!!」
 突然お寺の鐘突き棒を顔面にめり込まれたような衝撃を受けて、食人は最後まで言い切ることができなかった。
 バリン! と窓ガラスを突き破る派手な音がして、庭に出ていた者たちがいっせいに顔を上げる。彼らが目にしたのは、闇空に一瞬きらめくザナドゥの星になった暁色の何かだった。
 そして、ひゅるるるる〜〜〜と何かが落下してくる音がして、芝生に顔面から着地した男。
「あーあ。だから手渡しはやめて、ドアの前にそっと置いて立ち去ろうって言ったんだよ、ボクは」
 ため息まじりにヴェイダーがつぶやいたが、ぐるぐる目を回して気絶している食人の耳には、残念ながら入っていなかった。


「まったく、何がしたかったの、彼は……っ」
 怒髪天級の怒りにぜいぜいと肩で息をしつつ、ロノウェがハンマーを元の位置に戻していると、本郷 翔(ほんごう・かける)がドアを開けた。
「失礼します。ロノウェ様、お昼になりましたのでお食事をかねて休憩になさいませんか? 本日はお客さまが大勢いらっしゃっていますので、せっかくですから中庭で皆さんとご一緒されてはいかがかと思いまして場をご用意させていただいたのですが、よろしかったでしょうか? もしお気に召さないようでしたら、ダイニングルームにあらためてご用意させていただきますが」
 執事然とした態度で笑みを浮かべてにこやかに話す翔には、どう見ても破壊された窓に動じている様子はない。
「あなたがあいつを通したのね?」
「はい。面会を求められましたので。用件を伺いまして、危険はない相手と判断しました」
「あれを通すなんて、一体何を――」
「ああ、顔色がずい分よくなられました。先ほどはすっかり口数も少なくなっておられて心配しておりました。お元気になられたようで、なによりです」
 憤慨しているロノウェに、笑顔で応対する翔。彼をまじまじと見て、その意を悟ったロノウェは、あきらめの極致ではーっと息を吐いて脱力した。
「もういいわ。それで、人――」
『まずそういうとこやめましょうや。お互い、いらん壁作ることないでしょ』
 耳によみがえった男の言葉に、はっとなって口を止める。
「……あなた、名前は?」
「本郷 翔といいます」
 前に名乗っていたはずだが、と内心小首をかしげつつ応じた。第一名乗ったところで、ロノウェは全員「人間」としか――
「そう。それで翔、中庭で昼食をとるのね?」
「――はい。ロノウェ様がよろしければ」
「かまわないわ」
 ロノウェが自分を名前で呼んだ驚きを押し隠して、翔は今までどおりの声で応じながらロノウェの後ろについて歩き出した。
 階下へ向かって廊下を進むロノウェの後頭部を見つつ、思案する。
「ロノウェ様」
「なに?」
「考えたのですが、最終審査を通られた魔族の方を対象とした講座が必要ではないでしょうか。地上で生活する上での常識、作法、法律、そういったものを扱う講座です。それがあれば、トラブルも多少未然に防げるかと」
「講師にあてがあるの?」
 下で申請書の講座を開いている2人だろうか、そう考えたとき。
「よければ、私にお任せいただけませんか?」
「あなたが?」
「はい」
「……そうね。あなたの立ち居振舞いは私から見ても見事だから、あなたが適任でしょう」
「ありがとうございます」
 ロノウェの許可をとれたことにホッとする間もなく、翔は講座に必要なもの――マニュアルの作成について、思いを巡らせ始めたのだった。